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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
九章【糸を紡いで紐を成す】
146/158

『after:再会』④

「なるほど……」


 木陰から、マリアとユーリの会話に耳を傍立てて頷いている男がいた。


「誰?」

「え!? ひ、酷いですよ、カイン・サーキュラスさん。先日お会いしたばかりじゃないですか」


 言われてカインは思い出す。

 カインは不審者かと思って近付いたが、この人物はただ木に寄り掛かっていただけだ。

 そしてその理由は、手記を乱さずに残すためだったらしい。


「……あ。ごめんなさい。えっと、記者の…………ネイチャーさん…………ですよね?」

「はい。良かった。覚えてらっしゃるようで」

「あはは……。と、というか、お越しになられてたんですね……」

「まあ、はい。……さて。ここで一つ、質問を良いですか?」

「え? な、何ですか急に。……あ。もしかして、今日も仕事でここに?」

「それをさせてもらう約束で、ユウキさんから招待状を持っていくよう頼まれましたので。お答えしてもらわないと」

「……兄貴たちめ。良いですよ。どんとこい!」


 すると、記者の男は穏やかな笑みを見せた。





Are(アー) you(ユー) negative(ネガティヴ) trash(トラッシュ)? Or(オア) positive(ポジティヴ)? Or(オア) zero(ゼロ)?」





「…………何て?」

「……冗談です。良いでしょうか? そちらは……この世界が、プラスだと思いますか? それとも……マイナスのガラクタだと思いますか? ……虚しいゼロだと……思いますか?」


 聞く必要の無いことだ。

 そう思った矢先、カインは『そんなことはない』と自らを否定した。

 必要ないことなどない。

 意味が無いことなどない。

 全ては未来に繋がっていること。

 だから──



「プラスですよ。俺達は……自然数のように前に……未来に向かって進んでいるんです。そこがたとえ、暗闇の中だとしても……」



「…………貴重なご意見、ありがとうございました」


     *


 祭りが進んでいく中、ユウキたちやサザンたちも丘の上の方に食べ物やら何やらを運んで向かって行った。

 ただ、そこでサザンは今がチャンスと思ったのか、ユウキに直接話し掛ける。


「おい」

「あん?」

「……ワールド・ギアは、処分したんだろうな?」

「……ああ! そうそう! そのことなんだけどよ……」


 すると、ユウキだけでなくユーリもハッとして、ポケットの中から『それ』を取り出す。

 ユウキは義眼を、ユーリは腕輪を、だ。


「……ッ!」

「うえぇ!? ま、まだ持ってたんですか!?」

「……現場からなくなっていたから、お前たちが壊したのだと信じていたが……」

「壊そうとはしたさ! ただ……いかんせん硬くてよォ」

「……あと、残党狩りに使った。戦わなくても、元の世界に戻せるから」


 するとここで、サザンもまたポケットの中から何かを取り出す。


「! そいつは……」

「……タイム・ギアだ。恐らくはそのワールド・ギアと同じ……この世にあるべきでない代物」

「……」

「……実は、これも壊せなかった。硬いうえに、燃やすことも出来ん。処分する方法がないのだ」

「なるほどね。うーん、どうしたもんか……」


 そこで、二人の間に現れたのはアウラだった。


「ちょっと貸してください」


 彼はその三つの物体を両手に取ると──



 ガッシャァンッ



「「「!?」」」


 ────────握力で、潰して壊した。


「な……」

「これで良かったんですよね?」

「お、お前なァ!」

「え? 駄目でした?」


 実は少々もったいないと思っていたユウキだったが、既に後の祭り。


「シッシッシッ! 凄ェなァアウラ! おめェその華奢な体でそれってこたァ、鍛えりゃアマネクやゼロよりもやべェことになるんじゃねェの!?」

「いや、なる気ないけど」

「それが良いッ!」


 ここで残念そうな顔をしているユウキの肩に、ユーリはそっと手を置く。


「……ガッカリしない」

「し、してねェよ! そうだ! つーかてめェアウラッ! 俺だってなァ! 『覚醒レイズ』になれば壊せたんだよばっきゃろうッ!」

「えぇ……」

「……そうだな。暫く戦線から離れていた所為で、その手を思い付かなかった」

「えぇ……」


 アウラとエヴリンは、別の理由で呆れ果てている。


「お前自分が一番強いと思ってんじゃねェだろうなァ!? 俺だって、デウス島の時とは違ェんだからな!?」

「お、思ってませんよ……」

「いい加減にしろユウキ。というか貴様、壊せると分かっていながら壊さずにいたのか? まさか、悪用する気だったわけではないだろうな?」

「ち、違ェよッ! ただ、ほら、ちょっと、ほら………………可愛い子いっぱい出せるのかなァとか………………思ってねェよッ! なァオイッ!」

「見え透いた嘘を……ッ! 失望したぞッ!」

「ンだコラァッ! 冗談だっつーのッ! 喧嘩売ってんのかァ!?」

「売るわけがないだろう! 自分よりも弱い相手に!」

「あァ!? 舐めてんのかコラァッ!」


(駄目だこりゃ……)


 全員が心の中で溜息を吐いている。いや、一人だけ別か。


「良いぞ良いぞ! やれやれェッ!」

「ソニック……」


     *


 そして、ユウキとサザンの決闘が始まった。


「どっちが勝つと思う?」


 勝手に賭けを始める、バラを始めとする反戦軍のメンバーたち。


「サザンだろ」

「サザン・ハーンズ」

「お前ら仲間のこと応援してやれよ……」


 グレンとアカネは、どうやらサザンの方に分があると思っているらしい。


「多分ユウキに決まってるッ!」

「多分、恐らく、ユウキに決まってるだろうッ!」

「マジで多分、恐らく、ユウキに決まってるかもしれんだろうッ!」

「段々不安になってんじゃねェよッ!」


 猛獣三兄弟はかなり悩んでいるようだ。


「ユウキさんじゃないかな」

「流石にサザンさ~ん」


 双子だというのに、マツバとボタンはお互いに意見が食い違っている。


「オールベットッ! ミスター・サザンッ!」

「どう思う? おばば。俺はサザンかな」

「えっえっえっ。あの馬鹿は手段を選ばんからねぇ」


 ザクロとツツジはハッキリとしていたが、キクは敢えて誤魔化した。


「……」


 そしてアイは、微笑むだけで黙っている。


「ゆ、ユウキさん……怪我しないでくださいね……」

「聞こえる距離で良いなよつばき」

「ユウキさん惨敗に満額ッ!」

「酷い言いようじゃないですかい。アネモネさん」


 アネモネだけは賭けるつもりでいるが、つばき、ペンタス、ロケアは静観する気でいる。

 というかそもそも、実際に金を賭けているのはバラとザクロとアネモネだけだ。

 そして三人ともがサザンに入れた時点で、賭けは不成立になっていた。


     *


 決闘が始まる中、アウラは呆れて少し場を離れた。

 ソニックは馬鹿みたいに決闘を楽しんで見ているので、丘の上にはいられない。

 そこで──




「質問、良いですか? アウラ・エイドレスさん」




 先の記者の男、ネイチャーが現れる。


「え? あ、ああはい。何でしょう?」


 そして彼は、先程カインにしたものと同じ質問をアウラに投げかけた。

 アウラは悩むまでもなく、表情すら変えずに返答をしてみせる。



「分かりません」



「……はい?」

「他の誰かならともかく……僕にとってはあまりに難しい質問です。だから、『分かりません』としか言えないんです。分かっていないのに、分かっているふりをするわけには……いかないでしょう?」

「……なるほど」

「……えっと、記事になりますかね?」

「ええ! もちろん! 貴重なご意見、ありがとうございました」


     *


 ユウキとサザンの決闘は、あまりにも馬鹿馬鹿しい結果に終わった。

 このユウキ・ストリンガーという男、勝つためには手段を選ばない。卑怯な手を使うことに、躊躇いが無い。

 戦いが始まってすぐ彼は、完全に茫然としていたエヴリンを糸で拘束し、人質にする。

 そこでサザンの動きは一度止まるが、止まらないのは人質のエヴリン。

 ユウキは普通に彼女が強者であることを忘れていて、油断していた。

 その場で『超過ネクスト』に至ったエヴリンは糸の拘束を破り、ユウキを蹴り飛ばす。

 彼女の『今です!』という言葉でユウキをタコ殴りにしたのは、何故かバラたち反戦軍の面々だった。

 決闘の賭けが意味を無くしたせいでもあったが、とにかく結果だけ言えば、ユウキはその場にいた全員に『卑怯者』と言われながら袋叩きにされるのだった。


「……やり過ぎだったんじゃないか?」

「良いんです! 狡いことしたバツです!」

「クズ野郎にはお似合いだ」

「ガハハハハ! 実に面白い出し物であった!」


 結局、サザンからすれば決闘を邪魔された形になったので、渋い顔をするほかない。

 だが、またいつでも決闘くらいできる。世界が続く限りは、何度でも。


「……ところでだ。サザン。貴様また辞表を出したらしいな」

「……ッ! それは……」


 サザンは今、この新しい機人きじん共和国で官僚を務めている。

 当然簡単に辞められるわけがないので、辞表など書いたところであらゆる方面から引き留められて無意味に終わる。


「サザンさん! 駄目ですよ! 貴方は……まだまだやらなくちゃいけないことが、たくさんあるんですから!」

「そうであるぞ。サザン・ハーンズ。いや……官房長官殿」

「……私は……」

「……楽に生きられると思うな」

「……!」

「貴様は、屍を背負って生きることを選択したんだろう。……どこぞの馬鹿も言っていた。貴様はその選択に対して……責任を果たさなければならない」

「……ええ。分かっています。逃げようと思ったわけではありません。ただ、異動を願っただけです。いい加減……」

「フン。貴様のようなクズはそこがお似合いだ。……安心しろ。元・帝国軍のクズどもは……初めから帝国軍にいたクズの我々が、必ず居場所を確保させる。……必ずな」

「……」


 サザンはどちらかと言えば、ノーマンによって無理やり軍に入れられた身だ。

 クロウはそれを知っており、知っているからこそ、あとの元・軍人のノイドのことまで背負うことはないと言っている。

 わざわざ辞表を出してまで、今の立場を失う必要はないと言っているのだ。


「……サザンさん。いずれ上に立つ貴方の存在が、下の者にとっては重要になるんです。現場に残りたい気持ちは分かりますが、上を目指してください。それがどれだけつらく苦しい道のりでも」

「……ああ。そうだな」

「……そ、それと、やっぱり上に立つ者としては、身を固めていた方が良いと思うんですよね。ま、まあ流石に急にと言われても難しいと思うんですけど、やっぱり必要なことかと思うわけです。ですからあの、サザンさん。出来ればその、もう少し熟考して欲しいと言いますかその、やっぱり大事なのは落ち着きだと思うので、そういう点ではサザンさんは少しばかり……いやかなりアレなところがあるので。落ち着きを取り戻すために必要なのはやっぱりそういうのじゃないですか。だって冷静に考えて男というのはそもそもどれだけ上に立つかということに加えて、どれだけ異性にそういうアレ的なアレとしてアレと思われるか的なアレがあるわけですし、私としてはその──」



 気が付けば、サザンはこの場からいなくなっていた。


「いつまで言ってる」

「へ?」

「ガハハハ! 前途多難であるな! エヴリンよ!」

「……あんの鈍感バンダナ虹色鋏ィ……!」


     *


 サザンは記者のネイチャーに呼ばれたために、少しだけ離れた場所にいた。

 こちらからはエヴリンたちの方が見えるが、声までは聞こえていない。

 そして、彼はカインとアウラが受けたものと同じ質問を受けていた。

 どうやらネイチャーは、適当な者を選んで尋ねているだけらしい。


「……それを聞いてどうする?」

「え?」

「記事になるのか?」

「えっと……うーむ……」

「一見すると、無駄で無意味な質問。だが……私は、無駄で無意味だとは思わん。……()()()()()()()()()()()……そうだな?」

「!? な、何故……」

「何故かは分からんが……私には、そちらのことが何となく分かる。……気がする」

「は、はあ……」


 困った様子で頬を掻いたのち、ネイチャーは目を伏せる。

 初めは誤魔化そうとしたが、サザンの真っ直ぐな瞳を見て、観念したのかもしれない。


「どうした?」


「……()()()()()のですよ。私には……丁度五年ほど前から、それ以前の記憶が……」


「!?」

「ただ……そう。帝国本土最終戦。それに関する記事を見ていた時、何となく心を揺さぶるものがあったのです。それともう一つ。私はどうも……『今の世界』に無い知識がある。それをどのようにして得たのかという記憶はありませんが、私はこの世界に無い様々な知識がある。そして、ゼロの話を聞いた時、私は確信しました。恐らく私は……()()()()()()()()()()()です」

「……ッ!」


 サザンは、『もしかしたら』という可能性に至る。だが、それをここで言うことは出来ない。


「……質問に答えよう」

「え? は、はい」



「……そちらの言う通りだ。世界は、マイナスのガラクタだ。だが……だからこそ、守りがいがある。私はそう思っている」



「……? 私の言う通り……ですか?」

「……」

「えっと……よく分かりませんが、貴重なご意見、ありがとうございます」

「記憶を取り戻すのに、役立ったか?」

「……分かりません」

「そうか……」

「ただ……」


 サザンは、このネイチャーという男の瞳に、光が灯っていることに気が付いた。

 そう。今目の前にいることは、『ネイチャー』という名の男。

 他の誰でもない。もう、ゼロの手先ではない。


「……私は、私を拾ってくれた新聞社の人間の方に、感謝しているのです。記憶もない、あんな状態の私を……救ってくれた。それだけで……もう、記憶も何も要らないのだと、思い始めることが出来たのです。それだけで私は………………感動したのです」


     *


 ボコボコにされた状態のユウキの傍に居るのは、ユーリとブレイヴ。

 彼は仰向けになりながら、空を眺めていた。


「……綺麗じゃねェか。宇宙ってのは」

「その一部だけどね。ここから見える星空は」

「……だが、美しいことに変わりはあるまい」


 ユウキは静かに一度目を閉じ、確かに今この瞬間に感動していた。

 だが、まだまだここで立ち止まるわけにはいかない。彼の糸は、まだまだどこまでも貫き通さなければならない。


「……ね、ユウキ」

「あん?」

「…………いや。やっぱり何でもない」

「……?」


 目を閉じたユウキには、今の彼女の表情は窺えない。


「……ユウキ。我の名はブレイヴという」

「何だ急に」

「……だが、ユーリのいた世界の『伝説のクロガネ』や、デウス神の分身体であるマキナ・エクスを滅ぼして回った『伝説のクロガネ』の名は、『カワード』と言った。……何故なのだ?」

「……いや、俺が知るかよ」

「……分からぬから、分かろうとしているのだ」

「そうだなァ……」


 ユウキは目を開けて起き上がり、少し頭を悩ませる。だが、先に考え付いたのはユーリだった。


「……ブレイヴも、きっと世界の『異端』の一例だったんだよ。アウラやナイン・テラヘルツと一緒でね」

「あとマリアもだろ? いやあの科学者の方か? 何かそれやだな」

「……とにかく、この世界は今までの世界と違って、いくつもの奇跡が起きていた。ワールド・ギアを何度も使用した弊害か、原因は分からないけれど……」

「だとしたら、ユーリのやって来たことも、全くもって無駄じゃなかったっつーわけだな!」

「……どうかな。結局何も分からないままだから……」

「いいから! そう思っとけ!」

「……ユウキ……」


 ここで、ブレイヴは器用にも空気を読んで一歩退く。


「…………あのさ」

「何だ?」

「…………私って、結構寂しがりなんだよね。というか、これからすることもないっていうか……うん。ゼロの残党の処理も大体済んで、復興にもたくさん協力してきたけど……そっちもだいぶ一段落したし……。うん。ここでみんなに再会して、そこから先は自由にって話だったけど……その……」

「来いよ」

「え?」


 ユウキは、立ち上がって彼女の正面に立った。



「一緒に旅しようぜ。困ってる奴を助けてまわる旅だ。悪くねェだろ?」



 ユーリは思わず目を見開いた。

 これから先は自由にしようと言い出したのは、ユウキの方だった。

 だからこそ、彼の方からそんな提案が出るとは思わなかった。


「え、で、でも……」

「おいおい! 俺の自由は奪わせねェぞ!? 俺は誰にも縛られねェんだッ! 何故なら……あー……何だろう。思いつかねェや。まあいい! いいからとにかくッ!」


 そして、もう一歩前に出る。


「返事は『うん』か『はい』だッ!」


 そう言われたなら、ユーリはもう目を輝かせながら頷くしかない。


「うん……!」

「よしッ! じゃあブレイヴッ! お前も付いて来いよ!」

「え」

「あれ」

「? 何だよ!? 返事は『うん』か『はい』だッ!」

「お、おう」

「それでも良いぜッ!」


 ユウキはニッコリと笑い、親指を立てた。

 少しだけ思った感じにはならなかったが、これでも十分。十分過ぎる。

 ユーリはブレイヴと顔を合わせ、お互いに笑いかけた。




「ちょっとすみません」




 そこで現れたのはもちろん、記者のネイチャーだ。


「あん? どした?」

「質問を……良いですか?」


 そこで何故か、ユーリはハッとした。

 だが、その男の光を放つ目が最初に視界に入った所為で、身構えるようなことはない。


「……ああ。答えてやるよ」

「え? まだ質問していないのですが……」


 ユウキには、彼がどのような質問をするか何となく予想がついていた。

 それは、ただの勘。何の根拠もない、どこからか手繰り寄せただけの、か細い糸のような勘だった。



「……ゼロだろうさ。世界ってのは、ゼロから始まるのさ。今もまだ、この世界はゼロかもしれねェ。けど、きっと前に進んでいくはず。進んでいくはずなんだ。次の次元を……『一』を目指して進み続ける。いずれ辿り着いたそこには、きっと調和の糸がある。重なる糸は紐となって、何より誰もを感動させる……たった一つの線になるんだッ!」



 ネイチャーは、一瞬目を見開いて何かを察したようなそぶりを見せると、たった一言。


「……貴重なご意見、ありがとうございました」


 それだけ言って、優しげな笑みを浮かべて去っていった。

 それがどことなく、涙を堪えているような気もしたが、気の所為かもしれない。

 きっと……きっと────何も心配は要らないだろう。


「さてと……」


 そしてユウキは、緩んだハチマキを締め直す。


「結んでおくぜッ!」


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