『after:再会』③
「……やはり、邪魔になるか」
ブレイヴは、人々の祭りの場にいるには自身のサイズが大きすぎると判断し、自ら少し離れることにした。
挨拶だけで済ませ、丘の上の方に移動していった。
その間にユウキとユーリに詰め寄るのは、カインとマリア。
「今までどこで何やってたんだよッ!」
「ん? 何だよそんな必死になって」
「心配してたんですよ!?」
「……やっぱり?」
ユウキは気にしていないようだったが、ユーリは二人の心配を理解しているようでどこか余所余所しい態度だった。
「……一体何で急にいなくなったの? それも……戦いが終わってすぐ……」
「ああ、それは──」
「ま、待ってユウキ」
「ユーリがトイレに行きたいっつーからさ」
「「「「「………………」」」」」
再びの、絶句。
どうやらこの理由に関してだけは、この場の全員が今初めて耳にしたらしい。
「……ごめん。よく聞こえなかった」
「だから、ユーリがトイレに──」
「もももういいでしょ!? ほら! こうして再会したわけだし! いや、大きくなったねカインッ! マリアもッ! みんなも久しぶりッ! 良かったッ! みんなが元気そうで良かったッ!」
真っ赤になって焦るのはユーリ。五年間隠し通した内容を暴露されて、完全に冷静さを失っていた。
「いやいやいやいや良くないでしょッ! ハァ!? それで急にいなくなったの!? じゃあこの五年間は何してたの!? 何で連絡つかなかったの!?」
「あの戦いでCギアが壊れちまったみてェでさァ。何してたかって言われると……結構色々あったんだぜ? ゼロの呼び出した異世界の存在……残党はまだ世界中に残ってたんだ。俺達はその対処に追われて……」
「いや納得できないよッ! 馬鹿なの!? 兄貴とユーリは馬鹿なの!? ブレイヴもッ!」
ブレイヴは今頃、もう少しこの場にいたかったと思っている最中だろう。
もっとも、いなかったことで直接馬鹿にされずに済んでいるのだが。
「いやァ大変だったんだぜ? トイレって急に言われても、移動要塞マキナの内部のどこにあるかなんて分からねェし。うちの戦艦のトイレは、陸上用に改造した時にパイプがぶっ壊れてたから使えねェからさァ。仕方なく町の方までブレイヴに飛んでもらったってわけよッ!」
「…………ごめん」
ユーリは頭を下げているが、ユウキは全く悪びれていない。
まあ、責任はどちらかといえば彼女の方にあるので、仕方ないと言えば仕方ない。
「そっか。じゃあ仕方ない…………わけなくないッ!? 意味分かんねェよッ! なァオイッ!」
カインはユウキの胸倉を掴んでガシガシと揺らす。ユウキは楽しそうに笑っているが。
「カイン……」
そしてマリアを含めた全員は、自分たちの代わりにブチ切れてくれたカインのおかげで、逆に落ち着かせられていた。
「い、一応戻ったんだよ? ……二日後くらいに」
「遅ッ! 何でそんなに遅くなるんだよッ! どんだけ長いこと籠ってたのッ!?」
「…………」
「か、カイン、その辺で……」
マリアに宥められ、カインはようやく一息吐いた。
「……分かったよ」
「いや実はさ、町で珍しいスイーツバイキングをやっててさ。ユーリが気になるってんで、そこに立ち寄ってて──」
「ユウキッ!」
「ユーリさん……」
もうマリアも何も言えなくなってしまう。
ユウキの胸倉から手を放したカインは、もう怒りを通り越して呆れていた。
いやむしろ、呆れを通り越して涙を流していた。
一周回って、安堵していたのだ。……こうしてまた、再会できたことを。
「……泣くなよ馬鹿野郎」
「……馬鹿はそっちだろ。ふぐッ……ひぐッ……」
「……ゼロの残党は、ゼロが死んですぐ動こうと目論んでいた。ユーリの命を狙って来たんだ。二つのワールド・ギアがあれば、また別の世界に移動して、ゼロを呼び出せるからな」
「……分かってるよ……息つく暇もなかったってのは……」
「いや、それは正直あったけどな」
「吹っ飛ばすぞクソ兄貴ッ!」
もう泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか、分からない。
分かることはただ一つ。ここにいる全員が、『感動』しているという事実だけ。
だがそれだけで、それだけで十分だった。
「……結局、招待状をみんなに送ったのはユウキさんたちだったんですか?」
「ああ! 何ならここの祭りも俺達が主催だからなッ!」
「え……そうなの?」
そうなると、二人とブレイヴだけではいくら何でも難しい。
どう考えても、他にも誰かの協力がないといけない。
カインとマリアはグレンたちの方を向いた。
「おう。俺らは前もって聞いてたってんよ」
「そ、そうなの……?」
「僕らも知ってたよ」
「……一応、私達も」
アウラたちとサザンたちも、初めから聞かされていたらしい。
「……兄貴」
「ハハハッ! カインたちに伝えるの忘れてたなァ! ……けど、アイツらはどうだったかな?」
「『アイツら』?」
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォ
上空に、無数の鉄の竜が現れる。
「な……」
村落の住民は、驚き声を上げている。
若干恐れている者もいるが、ユウキたちの呼んだ彼らにそんな感情は湧かない。
「……ソニックッ!」
コバルトグリーンと銀色の混ざったような、風を切る尖った装甲の鉄・ソニック。
いの一番にジャンプしてその傍まで向かったのは、人間のアウラだった。
「うおッ!? おめェ……ますますアイツみてェになってきたな……」
アウラは地上からソニックの元までジャンプし、落ちながら目を合わせてみせる。
「……久しぶり。ここじゃ狭い。丘の上に行こう。……みんなも」
真っ黒な装甲の鉄に、筋肉ような装甲でレスラーマスクをした鉄、それに頭に布を巻いた細く真っ白な装甲の鉄が、ソニックと同様にこの祭りの場に現れた。
ユウキたちが呼んだのは、人間とノイドだけではなかったのだ。
*
丘の上に移動して鉄たちと会話をするのは、主にアウラたち元・永代の七子のメンバー。
彼らと一緒にこちらに来たのは、カインとマリアだ。
「カイン! マリア!」
「トルク!」
「トルクさん!」
戦いの後、連合軍の鉄は連合軍の解体と共に人里離れた場所へ去ったのだが、トルクに関しては戦いが終わってすぐにカインたちの傍を離れた。
二人が人の住む町に住むことになれば、一緒にはいられない。
ブレイヴが戻ってくることを信じて、デウス島に帰っていたのだ。
「……寂しかった?」
「……馬鹿馬鹿しい。そんなわけがないだろう」
明らかな強がりを聞いて、皆が来るより先にこの丘の方にいたブレイヴは、フッと笑みをこぼす。
「ブレイヴ様……?」
「ふふ。よもや己が、我より先に二人に声を掛けるとはな。ふふ……」
「!? い、いえ! お久しぶりです! ブレイヴ様!」
「あ、そっか。二人も会うの久しぶりなんだよね」
「ふふ……」
「ぶ、ブレイヴ様……」
トルクだけではない。他の鉄たちも、自身の搭乗者だった者達との再会を喜び合っている。
「……そっか。みんなデウス島にいたんだ」
「う、うん。そうなんだ。だから……」
「……なら、いつでも会いに行けそう」
「……! 幽葉ァ……」
「クロロったら。涙出るんだ」
人の暮らしていない場所は限られている。
連合軍の鉄は皆、トルクのいるデウス島に住まわせてもらっていた。
ここに来ていない者もいるが、皆、孤独なわけではない。ずっと、誰もが誰かと共にいたのだ。
「変わらんな。マスクド・マッスラー」
「お前は老けたな! ……いや、元から老け顔かッ! ハハハハハハ!」
「……まったく面ど…………いや、むしろ容易か」
デンボクと幽葉が自身の相棒と言葉を交わす中、灰蝋は一人丘の上の一番高い急な傾斜のところまで行って、そこから宙に足を出してぶらぶらさせながら座っていた。
「……フン。薄情な奴──」
「わぁッ!」
「!?」
突然、影の中から一体の鉄が現れた。灰蝋のよく知る、両肩に巨大な銃がある布を纏った鉄だ。
「αッ!?」
「驚いた?」
「貴様……ッ!」
「クロロ、ありがと」
「え、あ、はは、どうも」
実はαはクロロに協力してもらい、今の今まで彼の影の中に入れてもらっていた。
「お前ッ! どういうつもりだッ!」
「? いや、驚かせようかと」
「……この野郎……ふざけた真似を……ッ!」
「それだけ?」
「普通に会えないのか……ッ!?」
「それだけ?」
「……フン。もう知らん」
「……それだけ?」
「………………………………久しぶりだな」
αはそれを聞き、自身の顔を半分覆う布の下で、口元から笑みをこぼした。
「ああ、そうだね」
背は向けてしまったが、αには分かっている。
今、灰蝋は涙を流しながら、自分と同じ様に笑みをこぼしていると。
*
村落の方で行われていた祭りは、鉄たちの登場によりその範囲を広げる。
丘の上まで明かりを持っていくものが現れ、物珍しい彼らを一目見ようとする者まで増え始めていた。
世界はまだ、平和とは言い切れない現状。だがここだけは、今ここだけは、何の種族の垣根もなく、調和によって温もりに溢れた空間が生まれていた。
「……実はね、残党狩りは割と一ヶ月くらいで終わったんだ」
「えェ!?」
祭りに興じて買った水飴を手に持ちながら、マリアは驚き叫んだ。
「……いや、私が悪いんだよね。だって、その……ね? あんなしょうもない理由で、一ヶ月も姿消してたって知られたら……は、恥ずかしくて……。結局長引いて五年も……。た、たはは……」
「……ユーリさん……」
もう苦笑いするしかない馬鹿馬鹿しさだが、そんなことはもうどうでもいい。
こうして再会できたのだから、どうだって。
「……良いんですよもう。それに……グレンさんが言ってたんです」
「え?」
──「アイツらのことだから、黙っていなくなるのはきっと、何か理由があるんだろう。ま、大丈夫だろうぜ? 俺はそう信じてるってんよ!」
「……って」
「……その理由が、トイレに駆け込んだ先で命狙われて、トイレが原因で姿消したことが恥ずかしくなったからなんだけど」
「……」
「……」
「……ま、まあ、もう良いんですよ。だって……こうしてまた会えたんですから」
「……うん。そうだね。私は何も悪いことしてないよね」
「ユーリさん」
「……ごめん」
初めて見る彼女のあまりの無様な人間らしさに、マリアは安堵していた。
彼女目線で見るユーリは、ずっとゼロのことを仇敵として復讐に燃える、冷たく黒い瞳をした女性だったからだ。
ただ、マリアは一緒にいた時間が短かっただけで、本来の彼女は初めからずっと、こういう人物だった。
……いや、もう少し恥じらいを捨てていたかもしれない。
些細なものだが、変化は確かに、彼女の中で起きていたのかもしれない──




