『after:再会』
語られぬ戦いが終結してから、五年の月日が経過した。
その間、世界は大きく変化していた。
帝国本土最終戦を惨敗したノイド帝国は、国家連合に降伏。
更に帝国軍元帥であるノーマン・ゲルセルクの死と、その原因と思われる皇室庁地下での爆発事故で、帝国内部は混乱の渦に飲まれてしまった。
国力は瞬く間に地に落ち、ノイドに対する差別は増長するばかり。
一方の国家連合でも、戦争が終わると連合軍に対する非難が増え、組織の解体が余儀なくされるまでになっていた。
戦争を助長させていたとされるオールレンジ民主国は、連合軍解体と共に連合本部が他国に置かれるようになったこともあってか、戦後から二、三年で大国としての威信を失った。
ノイド帝国という脅威は薄れたが、種族間の対立だけでなく、国同士での牽制はその後も頻繁に行われている。
大規模な軍事力による戦争は減ったが、情報や経済、政治、思想を利用した争いは、むしろ以前よりも増えていた。
今の世界はもう、これまでの世界とはまるで違う。
だがしかし……当然ながら今日もどこかで、死者を出す戦争は起きているのだ──
*
◇ 界機暦三〇三六年 十二月二十八日 ◇
■ ヒレズマ共和国 ■
「ただいま」
カイン・サーキュラスは、夕飯の買い出しから帰宅した。
「お帰りカイン」
出迎えるのはマリア。赤褐色の長髪は以前よりもかなり伸びていて、雰囲気も年相応に大人びている。
カインとマリアは、共に二人で一軒家に暮らしていた。
ただ、現在居間にはもう一人いる。
カインも今朝から聞いていたのだが、記者の男が来ているらしい。
「お邪魔しております」
「ああいえ。えっと……もしかして、自分のこと待ってました?」
サイズの合わなくなったカインのハンチング帽は、今はもう棚の上に飾ってあり、被ってはいない。
背もだいぶ伸びた彼は、記者の男よりも頭半分大きかった。
「あ、いや、その……」
「話が長引いてしまって」
マリアは少しだけ寂しげな目に、微笑みを合わせていた。
「そうなの?」
「正直ここまで長居するつもりではなかったのですが……」
「……マリア」
マリアはニッコリと笑みを見せている。
まるで、褒めてほしいと言わんばかりに。いや、恐らくその腹積もり。
「すみません。マリアが無駄話ばかりしたようで……」
「えー」
「い、いえいえ。ただまあ、はい。取り敢えずその、お二人が仲睦まじいということは、よく分かりました。ええ、はい」
「……」
カインは赤くなって頭を抱えた。
どうやら長引いたのは、マリアが惚気話をふんだんに披露したためらしい。
「……あー……記事に使える話はありましたかね?」
「それはもうもちろん。いやまさか、帝国本土最終戦の後にそんな戦いがあったとは……」
「……え? あ、え、え!? マリア、そっちの方話しちゃったの!?」
「駄目だった?」
「いや、別にその……駄目ではないけど……。てっきり郭岳省の方だけかと思ってたから……」
「反戦軍の御活躍、掻い摘んでお聞きさせてもらいました」
するとカインは、不安そうにマリアに耳打ちをする。
「……全部は話してないよね?」
「ええ」
「?」
反戦軍に関しては、犯罪行為も多少……いや、かなり働いていた事実がある。
証拠はもう残っていないが、口を滑らせたらその限りではないだろう。
「……まあとにかく、皆さんは英雄です。これまで日陰になっていたことが、むしろ妙ではありませんか。以前までと同じとは言えませんが……『今の世界』があるのは、皆さんのおかげです」
二人からすれば、記者の男の賞賛は素直に受け取れるものではなかった。
世界は終わらずに済んだが、完全に平和になったわけではない。
今もどこかで戦いが起きていて、それを止められずにいる。
その責任を、感じているのだ。
「…………まだまだですよ。俺達は」
「え?」
厳しい表情を作ってしまったカインに代わり、マリアは微笑みながら話す。
「今、彼と私は鉄紛の解放運動を行っているんです。まあ、結果は……あまり出ていないですけど……」
「『解放』? 『撲滅』や『廃棄』ではなく?」
「はい」
「?」
傍から見れば、その違いの意味があまりよく分からないだろう。
二人とも、未来の世界を生きる一体の『クロガネマガイ』のことを、忘れられずにいた。
「想いを伝えることから、まず難しいんですよね。……俺達の足取りは、とてもとても鈍くて……なかなか前に進めない」
「進んではいるよ。きっと……。だから……だからきっと……」
マリアが涙ぐみ始めたので、カインは彼女の背を摩った。
「ど、どうしました?」
「いえ……その……」
実はずっと先程から、マリアは涙を堪え続けていた。
そのことを記者の男の方は知っている。だが、ずっとその意味が分からずにいた。
流石にこのまま記者の男を帰すのは申し訳ないと思ったのか、カインは彼女が落ち着くのを待つことにする。
必然的に、彼女が涙する理由も話すことになった。
「……兄貴たちの……ユウキ・ストリンガーの話は、もう聞きましたか?」
「え? は、はい」
「……実は、あの戦いの後、あの二人と鉄のブレイヴが、姿を消したんです」
「え!?」
「戦いが終わってすぐのことでした。何も言わず、どこかへと……。それから五年。ずっと三人と連絡がつかないんです……」
「え……一体何故……?」
「……分からないんです。もしかしたら、戦いの中でどうしようもない傷を負って、俺達を悲しませまいとして……ということも考えられて……」
「それは……ふむ……」
暫しの間、沈黙が生まれてしまった。
どんな理由があれ、五年も姿を消し、何の連絡もないとなれば、確実に何かがあったとしか思えない。
ただ──
「…………ところで、こちらをお渡ししなければならないのですが」
唐突に、記者の男は懐から手紙のような物を取り出した。
それはどうやら、招待状。差出人の名は書かれていない。
「これ……は?」
「『核誓祭』の日に開催する、小さなイベントの招待状です。機人共和国の某所で……密やかに行うらしく……」
「キジン共和国?」
「ニュース見てないの? カイン。元・ノイド帝国」
「! あ、ああ……そうなんだ」
帝国は、つい先日完全に皇帝制度が瓦解した。
元々力を失っていて、その膝元の六戦機がノーマンにすら好き勝手に操られていたことも起因している。
存在そのものがなくなったわけではないが、主権は民衆に移されることになった。
「それで……核誓祭というのは?」
「マリアもニュース見てないじゃないか。次の年を迎えるうえで、抱負や願いを俺達で言う核、人間で言う心臓……つまり心に誓うんだ。まあ、要するに……お祭りの日だね」
「ええそうです。取材のついでに、届けるように頼まれまして」
「? 誰にですか?」
「あ、いや、その……」
「「?」」
口ごもる記者が不可解で、二人は揃って首を傾げてしまった。




