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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
九章【糸を紡いで紐を成す】
142/158

『語られぬ戦い』⑩

 心持ちだけでは、実力差は決して埋まらない。

 二つの限界を超えた力を出すゼロたちを、糸で捉えることが出来ない。

 無論、ギアを持たないゼロが『超過ネクスト』したとしても、出来ることは存在エネルギーの拡張のみ。

 それがカワードに与えられ、更に『共存ハウリング』で限界を超えたカワードの存在エネルギーが合わさって、天と地を揺るがすような衝撃を周囲にもたらす。

 エネルギー波を武器にするカワードは、その威力を遥かに高めることになる。


「クソ……ッ! 一発一発が強すぎるッ!」

「でも予備動作が長い。折角上昇した身体能力も……無駄になってるだけッ!」

「その通りだッ! 下を向くなユウキッ!」

「誰に言ってんだよブレイヴッ! 俺の生き様……たんまりと見せてやるぜッ!」


 かろうじて、エネルギー波の弾幕を回避し続ける。

 しかしこちらの攻撃は全く当たらない。このまま戦い続ければ、勝てないのは自明の理。


「オラオラオラッ! どうしたどうしたァ!? 全然当たらねェぞォッ!?」

「…………」

「何とか言えよ白髪野郎ッ! 聞こえねェのかァ!? なァオイッ!」

「…………」


 戦いながら会話をするというのは、とても不合理な行いだ。

 ゼロはそう考えているが、実はそう考えることこそむしろ不合理なのだ。

 彼は戦っていながら、戦うことに集中できていない。敵に興味を示していない。

 集中していれば、思わず相手のやかましい声に対して反応してしまうもの。

 彼はそれが出来ない。

 どうしても、どうしても──


「がァッ!」

「くッ……!」


 やがて、少しずつブレイヴはエネルギー波の攻撃を掠らせ始める。

 中にいるユウキとユーリも、機体が大きく揺れて体勢を崩されかけた。


「チィ……ッ! 聞けよてめェ……オイッ! いつになったら答えんだよッ! あァ!? どうして……何でハルカを殺したんだッ!? クソがァッ!」

「…………」

「いい加減にしろよ…………なァオイッ! 何の為に……何の為に考える頭があるんだよ俺達にはッ! えェ!? 分かり合おうとする為だろうがッ!」


 切に語りかけるユウキの姿は、あまりにも儚く、虚しく、憐れに見えていた。


「ユウキ……」


 そんな彼の想いが届いたのか、それとも関係無いのかは分からない。

 ただ、ゼロは少しだけ口を開く。



「…………空っぽの存在に、よくそこまで語り掛けられる」



「……ッ! 当たり前だ。何も知らずに終わりたくねェのさ。……お前も、ハルカ・レイなんだろ? どうして……どうして別の世界の自分を……アイツを殺して……」

「……私は……全てを解れさせる……」

「ゼロ……ッ!」


 ほんの少しだが、彼の心に糸が触れる。


「……思えば妙な機縁だ。ユウキ・ストリンガー。君たちは……異端の存在ですらないというのに……。何故、私の前に立ちはだかる? 何故、立ち向かってくる?」


「お前がハルカを殺したからだろうがッ!」

「貴方がロインを殺したからでしょ!?」



「…………そういうことか」


 ゼロは小さく微笑んだ。

 カワードの動きに鈍さが出ていることに、彼自身気付けていない。


「ブレイヴッ! 全部だ……全部を懸けるッ! もう……俺にはコイツのことが……分からねェ……ッ!」

「ユウキ……。……良いんだなッ!?」

「…………ッ」

「……ここで終わるわけじゃない。彼を止めない限り、続けることが出来ない。いつかは分かることが出来ると信じて……進むためには……もう……」


 強く歯を噛み締めて、ユーリはユウキに視線を送る。


「……分かり合いたいなんて思っちゃいねェ。俺はそこまで平和主義者じゃねェからだ。だが選択をしてここまでやって来た。そのための覚悟をしてここに来た。最後まで覚悟をしなくちゃならねェ。コイツがハルカを殺したのなら、その理由を……コイツが世界を壊す気なら、その理由を……何も知らねェままでは終われねェ。ぶっ殺してやるさ……当然だッ! けど俺はッ! 俺は……ッ! 俺は……ッ。俺……は……」


「………………」


 最早、何も言わずにカワードはエネルギー波を解き放つ。

 広大な上空だというのに、避けられないほどの範囲。

 ならば、出来ることは一つだけ。いや、もとよりそのつもりでいた。



「「「ストリングブレイヴバーストッ!」」」



 何もかもをゼロにしようとする強大な光を、その糸が阻もうとする。

 だが糸の大砲ごときで、相殺できるような力ではない。

 あとはもう、飲み込まれるだけの──



 ────────────はずだった。



「…………?」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 拮抗している。

 それはもうどういう理屈なのか、説明がつかない。

 果たして、先程一瞬カワードの動きが鈍ったことにも原因はあるのか。いや、分からない。

 分からなくとも、彼らは前を向いている。


「……結局君の選択は……虚しい結果に終わる」

「終わらねェッ!」

「終わるわけがないッ!」

「そのために我らはここにいるッ!」


 この時、カワードは抗っていた。

 だが、それでも結局ゼロの意志による攻撃は止められない。

 ただ、その抵抗の意志だけはゼロにも伝わっている。

 そしてそこに寂しさを覚えたような──


 ──────気がした。



「か細く脆い糸は、容易く解れるように出来ている。全ては無になり、虚しく終わる」


「俺がこれまで紡いだ糸はッ! 撚り合わさって紐になるッ! ただ一本じゃ脆くてもッ! 決して切れない紐になるんだッ!」


「全てが無駄で、全てが無意味。何も分からないまま、絶望という零落に繋がっている」


「貫き通せば希望が見えるッ! ゼロの彼方を通り抜ければッ! 新たな次元に辿り着くんだッ!」


「そこに一体何がある? 一体何が手に入る?」


「ゼロを超えたその先に、一から始まる線があるッ! 世界を超えて全てを貫く、『感動』という名の宇宙の紐だッ!」



 情熱に任せて出ただけの言葉が、ゼロの目を大きく開かせる──



「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」



 エネルギー波の威力は凄まじく、全力の一撃でも防ぎきれない。

 だが、ゼロの方もゼロの方で、無謀にもここで全力を出してしまっている。

 虚無であるが故に、その後の反動について考えていなかったのだ。


「ユウキッ! 行ってッ!」

「ユウキッ!」

「…………ッ!」


 チャンスは今しかない。

 ユウキは、コックピットから飛び出した──


「…………ああ。そうか。どうして…………忘れていたのだろう……」


 カワードのコックピットの扉を破壊し、ユウキは単独で彼の正面に立つ。


「……」


「……どうして……」


「ストリング……」


「……私を……」


 もしかしたら、知ることが出来たかもしれないその時。

 ユウキの抱えていた憎しみの感情が彼を──



「バースト……」



 ──────────貫いた。



「……どう……して…………約束……したのに………………ハル……カ……」


     *


 移動要塞マキナは、もうその動きを止めていた。

 その要塞の上に空中から落下したカワードの傍に、エネルギー波を食らってボロボロの状態のブレイヴと、その衝撃をコックピット内で受けて傷付いたユーリが着地する。


「……ユウキ」


 勝利を収めたというのに、ユウキは全く嬉しそうな表情をしていなかった。


「……悪い。結局……何も分からねェままやっちまった。馬鹿だよな。これじゃ……コイツの言っていた通りだ。勝ったのに、世界を守ったってのに……虚しくってしょうがねェ……」


 それでも、ユーリはかぶりを振った。


「ううん。虚しく思う暇なんてないんだよ、ユウキ。これから……また、一から始めないといけないんだから。私達には……やらなくちゃいけないことが、たくさんあるんだから」


 ユウキは目を瞑り、最後にゼロが言わんとしていたことを想像する。


「……俺は、アイツが何か言おうとしたのに、無視して殺しちまった。許せなかったんだ。いざハルカを殺した奴を目の前にして、俺は……知性の無い動物に、成り下がった」

「……違うよ。違うよユウキ。必要だったんだよ。ユウキは何も間違ってなんか……」

「いいや。間違えたんだ。……ようやく気付いたぜ。俺達はみんな……間違え続ける生き物なんだってな」

「……そうだ。ユウキ、ユーリ。我らは皆、間違いを犯し続ける。だからこそ、今度は間違えないようにと、己の行動を省みて、進み続けるしかないのだ。分からないことを……分かろうと……出来るように……」


 そうした結果、ユウキは彼の言おうとしたことの一部に、辿り着く。


「……『約束』って言ってたな。誰との約束か……。……自分の名前を、呼ぶ必要なんかねェはずだ。……お前は、何者でもねェんだろ? ……ゼロ……」



=====================



◇ 界人暦かいじんれき三〇一〇年 一月一日 ◇


 いつかの世界のどこかの場所。何も無い彼に、手を差し伸べた少女がいた。


「大丈夫?」

「…………」


 もしかしたら、のちの世に何の影響もない出来事だったのかもしれない。

 それでも、初めから解れている彼を、別の形で繕うことはできたかもしれない。

 少しだけ、歯車が食い違っていたなら──


「……また明日来るね。今度は……もっと良い物あげられると思う」

「……何で……?」

「? ああ……うん。だってもう、一回声掛けちゃったから」

「…………」

「大丈夫。いつか必ず、貴方を助けてみせる。約束するよ」

「……約……束……」

「うん」


 責任が彼女にあったわけではない。

 その後彼と再会するまでに多くの年月を費やしたのは、彼女だけの所為ではない。

 全ては偶然、様々な要因が重なっただけのこと。


「だから覚えておいて。私の名前はハルカ。ハルカ・レイ。いつか必ず、私が貴方を──」

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