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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
九章【糸を紡いで紐を成す】
141/158

『語られぬ戦い』⑨

 語られぬ戦いは、終結へと向かって行く。

 移動要塞の中心部にある城の中から飛び出して、二体のクロガネは上空での戦闘を始めていた。


「あれは……」


「いけ……ッ!」


「ユーリ……ブレイヴ…………兄貴ッ!」


 アウラたちとサザンたち、それにカインたちも皆、様子を見守っている。

 もう動けなくなっている彼らだが、想いをその『糸』に乗せることは出来る、

 想いの集ったその糸は、紡がれ、結ばれ、紐になる。

 その紐は──


「……終わりだッ! ゼロッ! カワードッ!」


 首に巻いた赤い布を揺らし、大きく叫ぶのはブレイヴ。無数の糸を手繰り寄せ、あらゆる方向からカワードを縛って引き寄せようとする。

 このまま距離を取られてはまずい。最初の攻撃と同じものを食らえば、ただでは済まない。

 だが、カワードは糸の隙間を縫うように避けていく。


「終わるのは世界だ」

「己は……何故ッ! ゼロに与するッ!? カワードッ!」

「……何も知らぬこの世界の我よ。もとより全ての世界は……神の過ちでしかないのだ」

「ハッ! だから何だって言いてェんだろッ!? うちのブレイヴちゃんはよォ!」

「この世界に生まれた私たちは、過つからこそ前へ進もうとする。恐怖があるからこそ勇気を持とうとする。貴方はただ……逃げているだけじゃないッ!」

「……」


 対話を試みる三人だが、ゼロだけはずっと黙ったままカワードを操って戦っている。

 彼だけは、言葉による繋がりを持とうとしない。

 伸ばした糸を、掴もうとしてくれない。






「──────────────『超過ネクスト』」






「「「ッ!?」」」


 そこでゼロは、全身から色の無い光を溢れ出させる。

 その後ろに出現した光背は、歪んだ楕円を描いていた。


「何だと……ッ!?」



「「『共存ハウリング』」」



 完全に、ユウキたちを遥かに上回る力を発揮していた。

 どうしようもない、絶望的な存在としての差がそこにはある。

 だが、前へ進むことを止めるわけにはいかない──


「……ノイドの核を、数千と重ね合わせて生み出した。この世界の『コア』と、同等以上の物を」

「……ッ!? 貴方は…………貴方はッ!」

「初めから……私は、スカム・ロウライフと(イクス)MASK(マスク)が待ち望んでいた存在だった。加えて今の私は、人でもノイドでもない。……超越者だったのだ」

「……コイツ……ッ!」

「……絶望するがいい。全ての世界は……解れると決まっていた」


 シンプルに言うのなら、今のゼロは、マリアかもしくはアウラ・エイドレスに、ナイン・テラヘルツの合わさったハイブリッドのような存在だった。

 だが、それでも三人に出来て、ゼロに出来ないことはある。

 他者を『超同期オーバーシンクロ』、『完全同化シンクロ・フル』させることも、クロガネに戦意を与えることも、タイム・ギアを使うことも、ゼロには出来ない。


 この世界の奇跡はまだ、希望はまだ、ゼロに負けてなどいない。

 絶望する必要など────────無い。


「「「あああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」


「アミターバ」


 上空で、彼らは無数の糸とエネルギーの塊をぶつけ合う。

 当然押し負けるのはユウキたちの方。

 超越したアミターバを食らい、それでも──



 ゼロは胸に埋め込んだ光るそれに触れ、巨大な煙の中からブレイヴが落ちてくるのを待つ。


「……この『ゼロ・コア』を造るのに、資源を無駄遣いしてしまった。ノイド・ギアの完成を急ぐべきだったかもしれないが、こうなればもう……同じことか」


 淡々と、己の労苦をつらつら語る。

 どれだけ長いこと戦い続けていた相手でも、倒せたとしても感慨は湧かない。

 その方法が、彼には分からないのだ。



「「「……まだ……だ……」」」



 三人はまだ、生きていた。

 まだ、戦う気でいる。

 まだ、貫き通すつもりでいる。


「……神は、過ちを正そうとした。我と共に、無数の世界の己の分身……『マキナ・エクス』を排除するため、戦った。だがそれでも、愚かな存在は生まれ続ける。それが……過ちで形成された、この世界のことわり」


 こうして言葉を交わすのは、カワードに心があるからだ。

 その感情の出し方を、理解しているからだ。

 彼の方はまだ、知ろうとすることが出来る。


「……己は……この世界のマキナ・エクスも……我が創造主も、殺したのか?」

「……そうだ。アマネクもマシヴァも、我とデウス神に殺されたことを覚えていない。……虚しいことよ。己の分身を消し尽くしても、過ちの世界は混沌のまま。神は、世界を救う最後の手に出た。『ワールド・ギア』を……自身の生まれ変わりである存在……ゼロ様に、己の望みと共に託したのだ」


 果たしてそれが神の意志なのかは、カワードには分からない。

 彼もまた、異なる世界のブレイヴであり、一体のクロガネでしかなく、己を生み出した存在の言葉を聞いていただけ。

 確かにその存在は神の分身の一体であるが、神の意志が乗っているとは限らない。

 乗っているならば、同じ分身体であるアマネクやマシヴァが、同じように世界をまたにかけて、分身を滅ぼそうとしないはずがない。

 だとすれば、神の意志などというのは……もうどこにも……。


「……ただ、馬鹿な連中を倒したかっただけじゃねェのか? そいつはよォ」

「……何だと?」


 そしてユウキは、偶然にも核心に至る。


「……自分で矛盾したこと言ってる自覚ねェのか? 色んな世界を飛んでマキナ・エクスを殺して回ったなら、何でその時に他の世界を全て滅ぼさなかった? 何でこの世界はまだ存在する? お前の主は、ただこの世界で暴れるクズ野郎を……許せなかっただけなんじゃねェのかよ」

「…………ッ!?」


 それが、真実の一端だった。

 だが分からない。まだ、ワールド・ギアをゼロに託した意味は分からない。

 そしてゼロの方は、実はもうその答えを知っていた。呼び出した本人から、その答えを聞いていたのだ。


「……ゼロ様……」

「……? 何の話だい? ……ああ、そういえば……。君の父……『マキナ・エクスの分身の一体』は、私に言っていたよ。『お前のような存在が神の生まれ変わりであるはずがない。これはただの過ち。ワールド・ギアがお前のような存在の手に渡ってしまったのは……また、宇宙の過ちの一つに過ぎない』…………とね」

「!?!??!?」

「まあ私としては、私自身が誰の生まれ変わりだろうと何だろうとどうでもいいことだ。……ああ、どうでもいい。異端かどうかなどもどうでもいい。デウス神もその現身であるマキナ・エクスもどうでもいい。神の意志を失った現身に嘘を囁かれて狂ったアマネクや、傲慢な勘違いで目的を見失ったマシヴァを始めとする、愚かな存在で溢れたマキナ・エクスの分身体も、そんな神の意志をも無視したラフのような未来の可能性や、現在のこの世界で見られる数多の異物なバグも、全てがどうでもいい。どうでもいいのだよ私は。私はただ……解れさせるだけだ」

「……何の……」

「?」

「……何の為……ですか……?」



「私の心を、潤わせるためだ」



 アマネクやカワードが思うほど、壮大な物語は存在していなかった。

 全てはここにいる異端が起こしただけの、過ちの一つに過ぎない。

 そこに世界を生み出した神の意志など、一つも無い。

 ただの一つも、存在しない。

 全ては初めからずっと────



 ────────────ゼロだった。



「…………強いて言うなら、(エヌ)(エヌ)に頼まれた。それだけかな」

「……………………」


 世界を生み出したデウス神というのは、宇宙のことわりそのものでしかない。

 その現身と現身の分身の何体かが悪意に満ちていたのは、全くの偶然。

 生み出された世界が過ちかどうかを決めるのは、いつだってその世界に生きる者達だけだ。

 恐怖に怯え、後ろに退くか。

 勇気を背負い、前へと進むか。

 それとも何も感じず、そこで立ち止まるか。

 決めるのはいつだって、そこで生きる一つ一つの命の役割。


「……それが、彼の正体だよ。カワード。貴方は何も無いゼロに、意味を見出していただけ。……だけどッ! まだやり直せるッ! 滅んだ世界にも……きっとまた命は生まれるッ! そうでしょう!?」

「……もう…………無駄だ……」

「……ッ! ユーリ。カワードを動かしてんのはもう、ゼロの意志だけだ。結局倒さねェことには……どうにもなんねェ!」

「……そうだね」


 戦意など、初めからクロガネのカワードには存在していない。

 あったのは、一つの使命感だけ。だが、それも無意味なものだと思ってしまった。

 ……だが、違う。無駄で無意味なものなど、何一つない。何一つ……。


「ああ、ゼロにしよう。今度こそ……全てを」

「させるかよ……ッ! 一から始めるんだッ! 全てをッ!」

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