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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
九章【糸を紡いで紐を成す】
140/158

『語られぬ戦い』⑧

 そよ風が、吹き始める。


「…………誰だ?」


 アウラ・エイドレスとソニックは、ここでアマネクと相対した。


「僕はアウラ・エイドレス」

「俺ァソニックッ!」

「僕らの名が……貴方の魂に流れますように」


 二人は初めから『共存ハウリング』している状態でいたため、アマネクは少しだけ顔をしかめた。


「……何故お前たちは、『完全同化シンクロ・フル』しても死なない?」


 灰蝋とα(アルファ)も、倒されてしまったことで既に『完全同化シンクロ・フル』が解けてしまっている。

 しかし彼らがなかなか息絶えないことで、アマネクはずっと疑問に感じていた。

 そしてアウラたちの登場。疑問の余地は無い。彼は答えに気付いている。

 スカム・ロウライフの頭脳とアウラ・エイドレスの存在は、他のどの世界にも存在していない、アマネクからしても初見のものだった。


「クク……どうした? 『父』とやらに聞けばいいじゃないか。俺やコイツらは、一体何なんだ?」

「……」


 そんな答えを、アマネクの脳内に響く声が与えてくれるはずはない。

 彼の脳に響く声は、何ならナイン・テラヘルツとタイム・ギアの存在も知らないのだ。

 先程彼自身が読んでいた通り、ワールド・ギアを使い過ぎた弊害で、分散された世界同士の情報が異常な形で混ざり合い、この世に『バグ』をもたらしていた。


 だが、アマネクに出来ることは目の前の『未知』を排除することだけ。

 瞬時にソニックに向かって攻撃を仕掛けに掛かる。


「来るぜアウラッ!」

「遅いッ!」


 アマネクの速度は途轍もなく速いが、二人からすれば鈍すぎる。

 向かって来たアマネクを、一方的に殴り飛ばす。


「「ソニックブームッ!」」


 衝撃波を放つが、これはダメージにはならない。二人はそれをすぐに察知し、今度は斬撃を試す。


「「アクセルマッハスパーダッ!」」



 ──────────が、斬れない。


「硬ェ……ッ!」

「ダメージが無い。……いや、そんなはずはない。蓄積されているはずだ。どんなに硬くとも、風を受け続けばいずれは穿つことが出来る。……そうだろ? 相棒」

「あたぼうよォッ!」


 激しい攻防が始まる。

 ソニックは、光の刃でアマネクを攻撃し続ける。

 それをアマネクは、両腕だけで捌き切っていた。


「……クロガネと完全に同化しても死なない……。つまりお前は、私と()()ということか」

「何だと……?」


 攻防は、連続で攻撃する側が先に隙を生む。

 アマネクはソニックの攻撃の合間を狙って、彼のことを蹴り上げた。


「チィ……ッ!」

「だが妙だ。お前は父と何の関係もない。何も……何一つ……」

「何の話だ意味分からない!」


 すぐに体勢を立て直し、二人はまた激しい攻撃を仕掛ける。ダメージが蓄積されているはずだと、信じて続けるのだ。


 最早三体のクロガネと三人の人間は、あまりにも激しい彼らのやり取りを、傍から見つめることしか出来ずにいた。


「……凄い。ここまでなんて……」

「アウラ……ソニック……」

「行け……ッ! そよ風野郎……ッ!」


 灰蝋だけは(イクス)から聞かされていたため、アウラが『異端』だということをずっと前から知っていた。

 だが、そうでない他の者はこの戦いが始まってからずっと、驚き目を見張るばかりだ。


「おいクロロッ! どうなってんだソニックの奴……」

「わ、分からない……。というか……アレ全部倒してきたの……!?」

「……いや、援軍が来たみたいだ。……ま、それでもほぼ倒したようだけれど」


 α(アルファ)がそう言いながら目を向けた先。

 無数の敵がいた場所には、連合軍と帝国軍がいくらかやって来ている。

 彼らよりも遥かに強力な敵ばかりだったが、少しでもソニックの体力を回復させたなら、それで十分な役割だった。


 『完全同化シンクロ・フル』したクロガネは時間経過で自死し、残るノイドは反戦軍のジャミング・ギアで動きを鈍らされ、鉄紛クロガネマガイはそこまでの脅威にはならない。

 こちらが多勢になればそれだけで、少しでも回復したソニックの動きはもう完全に敵に読めなくなる。

 そして何より、操るアウラの精神力が、油断も隙も作らない。

 数体を残して強力な敵を一掃すると、そのままの足でこちらに参戦することに成功してみせたのだ。



「ハァ……ハァ……」

「クソ……こいつぅ……ッ!」


 詰まるところ、ダメージをより多く蓄積させているのは、ソニックの方。

 そしてアウラは、かなり頭を使って敵の攻撃を受けないよう立ち回っていた所為で、精神的な疲労を抱えている。

 本来息切れなどするはずがないのに、脳に酸素を送り過ぎて呼吸が乱れている。


「限界だな」

「……まだだ……ッ! 僕は……僕らは……ッ! 何度だって限界を超えて来たんだッ! 今更……今更この程度でッ! 倒れるわけにはいかないんだよッ!」

「そうだぜ相棒ッ! 舐めんな裸野郎ッ! 二対一で……負けるわけねェだろッ!」

「……だからこそ、お前たちは脆弱だというのだ。本来人間は、一人で生きていくことの出来る存在だった」

「生きていけるわけないだろッ! 僕らはみんなッ! 互いが互いを助け合ってッ! 想い合ってッ! 寄り添い合うことで生きているんだッ!」

「愚かだ」

「愚かでもそれで良いのよッ! 俺はコイツら人間やノイドと一緒に生きるのが……楽しくって仕方ねェぜ!?」

「他者の意志によって生み出されただけの存在が、人間のような口を利く……!」

「僕らだって同じだろッ!? 人間もノイドもクロガネも何もかも、誰かかが望んだから生まれて生きているッ! だから死ぬわけにはいかないんだッ! お前だってそうなんだッ!」

「父は過ってこの世界を生み出しただけだ。過ちで出来たこの世界に……意味など無い。生きようが死のうが……関係ない!」


 段々ソニックの動きが鈍くなると、アマネクの方からも攻撃が行われる。

 一方的に、こちら側のダメージだけが加算されていく。


「アウラ君ッ! その人は丸腰で私達全員を倒せるッ! 近距離で戦っちゃ駄目ッ!」


 的確な幽葉の助言だが、残念なことにソニックの攻撃手段はほとんどが近距離専用のもの。

 そしてアマネクは、一瞬で距離を詰めてくる。

 体力のかなり減っているソニックには、あまりにも厳しい戦況だ。


「……そうだね。確かに、丸腰でよくソニックと当たり前のように……」

「ユウキ・ストリンガーから聞いていたはずだ。私は……お前たちにどうこうできる存在ではない」

「……フッ」

「? 何がおかしい」

「いや……別に。ただ……そこまで凄いことかな? 素の身体能力だけで戦えるってことが」

「何だと?」

「僕の知ってるノイドは、ギアを何も使わずに、宙を飛んでソニックと戦っていたよ。別に……お前らだって、彼とそう変わらない。勝てない相手じゃないッ!」

「……どうでもいい存在の話だ。比較にすらならん」

「どうでもよくなんてないッ! 僕は彼の名をッ! 僕の魂に流し込んでここにいるんだッ! 分かろうとすることすら出来なかった彼の全てを……必ずいずれ分かるためにッ! そのために僕らは生きるんだッ!」

「ならば証明してみせろ。生きようと足掻く、お前という存在も……ッ!」

「「ッ!?」」



 アマネクは一瞬の隙を突き、ソニックの()()()()()()()()()()()──



「ガァァァァァァァッ!」

クロガネが無ければ戦えないか? この世界の人間」

「!? 何を──」


 アマネクは中からアウラを引っ張り出し、外に放り投げた。


「アウラ君ッ!」

「アウラッ!」

「あの野郎……ッ!」


 そして、そのまま地に転がるアウラに向かって、思い切り蹴りかかり──



「…………ッ!」



 ──────アウラは、それを()()()()


「「「!?」」」


 そのまま連続攻撃に移るアマネクに対し、アウラはすぐに立ち上がり、防御態勢をとりつつ、自身の攻撃のために拳を構える。

 だがアマネクの攻撃は避けられない。しかし、反撃を予想していなかったアマネクも、アウラの拳を避けられなかった。



 ドゴォッ



「……やはり、お前は私と同じだ」

「…………」


 言葉を失うのは、味方側の全員。

 たった今、明らかにアウラの動きは人間のそれを超えて…………いや、()()()()()()()()()()


 ソニックに乗り続けてきたことで反射神経が鍛えられた、という話だけでは済まない。

 以前オールレンジの町で簡単に悪漢を引き下がらせることが出来たのは、アウラの身体能力自体が、いつからか人間離れしていたため。

 アウラ・エイドレスは間違いなく、アマネクたちと同じ側の存在だった。

 しかしそれでは、アマネクとしても辻褄が合わない。


「何故父は……我々と同じ存在であるお前のことを、何も知らない……? ゼロ様と同じ生まれ変わりだとしても……声が聞こえない理由は……」

「……何の話だ」


 殴った方の右手をぶらぶらさせながら、次の攻撃を警戒する。

 アウラは殴り慣れていないため、手の平に若干痛みが走っていた。

 それでも、やはり彼はアマネクと同じだけの身体能力を持っている。それは間違いない。


「あり得ない……そんなはずが……」

「……ゼロと同じなんて言われても困るな。僕らは違う人間だよ。というか『父』ってデウス神のこと? それとも…………そっちの()()()()()?」

「……ッ! 貴様……ッ!」


 それは、彼が最も恐怖している可能性。

 マキナ・エクスという自身の父と、脳に響く声の正体が同じ存在なのかは、彼には分からない。

 もしも、自身の父が、『そのように』自分を創っただけだとすれば……。

 それは、最も考えたくない可能性。これまでの己の全てを、否定する行為。

 自分もマシヴァもラフもゼロですらも、ただの異端であっただけで、それ以上の意味など存在しないなどという可能性は、認めるわけにはいかない。



 だが残酷なことに、真実は──


「あァァッ!」

「ぐッ!」


 荒れ地の上で、体格の全く異なる二人の人間の男が、殴り合う。

 お互いの全てを出しきるかのような、そんな殴り合いだ。


「この……程度でッ!」

「私を……ッ!」

「ああああああああああああ!」

「おおおおおおおおおおおお!」


 喧嘩に慣れていないアウラの方が、不利を被るのは必然。

 同じだけの身体能力を、存在エネルギーを持っていても、そればかりは仕方のないこと。

 だが、彼はまだ若緑色の光を放っている。

 殴り飛ばされてもまだ、()()()()()()()()()()()()──




「オラァァッ!」

「ッ!?」



 参戦したのは────ソニックだ。


「馬鹿な……クロガネに……戦意があるはずが……」

「いつまで自分の常識に囚われてんだァ!?」

「僕らはいつだって二人で戦ってきたッ!」

「それが俺達……」

「ただ一陣の……そよ風だッ!」


 二人で共に、アマネクを殴りにかかる。

 完全に、アマネクはそよ風に揺るがされ始めていた。


(馬鹿な……ッ! 何だ……何故……)

(どうして先程までよりも……それぞれの一撃一撃が……強力になっている……ッ!?)

(何故私を上回る……何故鉄クロガネが戦意を持てる……何故お前は光っている……? 何故……何故……)

(理屈も道理も何もかも……何もかもが……分からない……)

(何も……分からない……)


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ああああああああああああああああああああああ!」


(……分から……ない……)


     *


 二人の力は、共にアマネクに匹敵していた。

 そうなればもう、どちらに軍配が上がるかは明白。

 やがて、決着の時は来た──


「……分か……ら……ない……」


 倒れたアマネクの傍らで、アウラとソニックは体を寄せ合っている。

 何ということはない。二人はどちらも、初めから彼の言う特別な存在だったというだけのこと。

 そして、そこに理由は無い。神の意志など、関係無いのだ。


「ハァ……ハァ……。……負けた理由が?」

「……」

「へへッ! 何でか分かんねェけど体が動いたんだよなァ! 『戦意』かどうかは分かんねェが……アウラを一人で戦わせるわけにゃいかねェからなァ!」

「……理屈じゃないんだよ。僕らは……そんなものに縛られたりしない」

「……分からない」

「分かろうとするんだよ。僕らの存在を……あるべき場所に戻ってから、お前が自分で証明するんだ。僕らもお前のことを証明する。お前が何者なのかを理解する。だから……お前の名も、僕らの魂の中に流し込むんだ。……忘れないよ。さようなら、アマネク」

「…………」


 そして、アマネクは目を閉じる。


(……私は恐れていた。この脳に響く声の正体が……分からない所為で)

(神の……父の声だと信じることで、恐怖を忘れようとした……)

(……私を狂わせることが、父が望みであるとする可能性を、捨て去って……)

(異端は所詮……異端……。意味を与えるのは……私たち自身……)


 眩い光に当てられて、もう目を開けることは叶わない。

 原初の人間は、還るべきところに還ることになる。


(ああ……そうか……)


(恐怖に向かって行く勇気が……私には無かった……のか……)


(……今……初めて…………私は…………戦ぎ…………)


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