『語られぬ戦い』⑧
そよ風が、吹き始める。
「…………誰だ?」
アウラ・エイドレスとソニックは、ここでアマネクと相対した。
「僕はアウラ・エイドレス」
「俺ァソニックッ!」
「僕らの名が……貴方の魂に流れますように」
二人は初めから『共存』している状態でいたため、アマネクは少しだけ顔をしかめた。
「……何故お前たちは、『完全同化』しても死なない?」
灰蝋とαも、倒されてしまったことで既に『完全同化』が解けてしまっている。
しかし彼らがなかなか息絶えないことで、アマネクはずっと疑問に感じていた。
そしてアウラたちの登場。疑問の余地は無い。彼は答えに気付いている。
スカム・ロウライフの頭脳とアウラ・エイドレスの存在は、他のどの世界にも存在していない、アマネクからしても初見のものだった。
「クク……どうした? 『父』とやらに聞けばいいじゃないか。俺やコイツらは、一体何なんだ?」
「……」
そんな答えを、アマネクの脳内に響く声が与えてくれるはずはない。
彼の脳に響く声は、何ならナイン・テラヘルツとタイム・ギアの存在も知らないのだ。
先程彼自身が読んでいた通り、ワールド・ギアを使い過ぎた弊害で、分散された世界同士の情報が異常な形で混ざり合い、この世に『バグ』をもたらしていた。
だが、アマネクに出来ることは目の前の『未知』を排除することだけ。
瞬時にソニックに向かって攻撃を仕掛けに掛かる。
「来るぜアウラッ!」
「遅いッ!」
アマネクの速度は途轍もなく速いが、二人からすれば鈍すぎる。
向かって来たアマネクを、一方的に殴り飛ばす。
「「ソニックブームッ!」」
衝撃波を放つが、これはダメージにはならない。二人はそれをすぐに察知し、今度は斬撃を試す。
「「アクセルマッハスパーダッ!」」
──────────が、斬れない。
「硬ェ……ッ!」
「ダメージが無い。……いや、そんなはずはない。蓄積されているはずだ。どんなに硬くとも、風を受け続けばいずれは穿つことが出来る。……そうだろ? 相棒」
「あたぼうよォッ!」
激しい攻防が始まる。
ソニックは、光の刃でアマネクを攻撃し続ける。
それをアマネクは、両腕だけで捌き切っていた。
「……鉄と完全に同化しても死なない……。つまりお前は、私と同じということか」
「何だと……?」
攻防は、連続で攻撃する側が先に隙を生む。
アマネクはソニックの攻撃の合間を狙って、彼のことを蹴り上げた。
「チィ……ッ!」
「だが妙だ。お前は父と何の関係もない。何も……何一つ……」
「何の話だ意味分からない!」
すぐに体勢を立て直し、二人はまた激しい攻撃を仕掛ける。ダメージが蓄積されているはずだと、信じて続けるのだ。
最早三体の鉄と三人の人間は、あまりにも激しい彼らのやり取りを、傍から見つめることしか出来ずにいた。
「……凄い。ここまでなんて……」
「アウラ……ソニック……」
「行け……ッ! そよ風野郎……ッ!」
灰蝋だけはXから聞かされていたため、アウラが『異端』だということをずっと前から知っていた。
だが、そうでない他の者はこの戦いが始まってからずっと、驚き目を見張るばかりだ。
「おいクロロッ! どうなってんだソニックの奴……」
「わ、分からない……。というか……アレ全部倒してきたの……!?」
「……いや、援軍が来たみたいだ。……ま、それでもほぼ倒したようだけれど」
αがそう言いながら目を向けた先。
無数の敵がいた場所には、連合軍と帝国軍がいくらかやって来ている。
彼らよりも遥かに強力な敵ばかりだったが、少しでもソニックの体力を回復させたなら、それで十分な役割だった。
『完全同化』した鉄は時間経過で自死し、残るノイドは反戦軍のジャミング・ギアで動きを鈍らされ、鉄紛はそこまでの脅威にはならない。
こちらが多勢になればそれだけで、少しでも回復したソニックの動きはもう完全に敵に読めなくなる。
そして何より、操るアウラの精神力が、油断も隙も作らない。
数体を残して強力な敵を一掃すると、そのままの足でこちらに参戦することに成功してみせたのだ。
「ハァ……ハァ……」
「クソ……こいつぅ……ッ!」
詰まるところ、ダメージをより多く蓄積させているのは、ソニックの方。
そしてアウラは、かなり頭を使って敵の攻撃を受けないよう立ち回っていた所為で、精神的な疲労を抱えている。
本来息切れなどするはずがないのに、脳に酸素を送り過ぎて呼吸が乱れている。
「限界だな」
「……まだだ……ッ! 僕は……僕らは……ッ! 何度だって限界を超えて来たんだッ! 今更……今更この程度でッ! 倒れるわけにはいかないんだよッ!」
「そうだぜ相棒ッ! 舐めんな裸野郎ッ! 二対一で……負けるわけねェだろッ!」
「……だからこそ、お前たちは脆弱だというのだ。本来人間は、一人で生きていくことの出来る存在だった」
「生きていけるわけないだろッ! 僕らはみんなッ! 互いが互いを助け合ってッ! 想い合ってッ! 寄り添い合うことで生きているんだッ!」
「愚かだ」
「愚かでもそれで良いのよッ! 俺はコイツら人間やノイドと一緒に生きるのが……楽しくって仕方ねェぜ!?」
「他者の意志によって生み出されただけの存在が、人間のような口を利く……!」
「僕らだって同じだろッ!? 人間もノイドも鉄も何もかも、誰かかが望んだから生まれて生きているッ! だから死ぬわけにはいかないんだッ! お前だってそうなんだッ!」
「父は過ってこの世界を生み出しただけだ。過ちで出来たこの世界に……意味など無い。生きようが死のうが……関係ない!」
段々ソニックの動きが鈍くなると、アマネクの方からも攻撃が行われる。
一方的に、こちら側のダメージだけが加算されていく。
「アウラ君ッ! その人は丸腰で私達全員を倒せるッ! 近距離で戦っちゃ駄目ッ!」
的確な幽葉の助言だが、残念なことにソニックの攻撃手段はほとんどが近距離専用のもの。
そしてアマネクは、一瞬で距離を詰めてくる。
体力のかなり減っているソニックには、あまりにも厳しい戦況だ。
「……そうだね。確かに、丸腰でよくソニックと当たり前のように……」
「ユウキ・ストリンガーから聞いていたはずだ。私は……お前たちにどうこうできる存在ではない」
「……フッ」
「? 何がおかしい」
「いや……別に。ただ……そこまで凄いことかな? 素の身体能力だけで戦えるってことが」
「何だと?」
「僕の知ってるノイドは、ギアを何も使わずに、宙を飛んでソニックと戦っていたよ。別に……お前らだって、彼とそう変わらない。勝てない相手じゃないッ!」
「……どうでもいい存在の話だ。比較にすらならん」
「どうでもよくなんてないッ! 僕は彼の名をッ! 僕の魂に流し込んでここにいるんだッ! 分かろうとすることすら出来なかった彼の全てを……必ずいずれ分かるためにッ! そのために僕らは生きるんだッ!」
「ならば証明してみせろ。生きようと足掻く、お前という存在も……ッ!」
「「ッ!?」」
アマネクは一瞬の隙を突き、ソニックのコックピットを破壊した──
「ガァァァァァァァッ!」
「鉄が無ければ戦えないか? この世界の人間」
「!? 何を──」
アマネクは中からアウラを引っ張り出し、外に放り投げた。
「アウラ君ッ!」
「アウラッ!」
「あの野郎……ッ!」
そして、そのまま地に転がるアウラに向かって、思い切り蹴りかかり──
「…………ッ!」
──────アウラは、それを回避する。
「「「!?」」」
そのまま連続攻撃に移るアマネクに対し、アウラはすぐに立ち上がり、防御態勢をとりつつ、自身の攻撃のために拳を構える。
だがアマネクの攻撃は避けられない。しかし、反撃を予想していなかったアマネクも、アウラの拳を避けられなかった。
ドゴォッ
「……やはり、お前は私と同じだ」
「…………」
言葉を失うのは、味方側の全員。
たった今、明らかにアウラの動きは人間のそれを超えて…………いや、アマネクと同等だった。
ソニックに乗り続けてきたことで反射神経が鍛えられた、という話だけでは済まない。
以前オールレンジの町で簡単に悪漢を引き下がらせることが出来たのは、アウラの身体能力自体が、いつからか人間離れしていたため。
アウラ・エイドレスは間違いなく、アマネクたちと同じ側の存在だった。
しかしそれでは、アマネクとしても辻褄が合わない。
「何故父は……我々と同じ存在であるお前のことを、何も知らない……? ゼロ様と同じ生まれ変わりだとしても……声が聞こえない理由は……」
「……何の話だ」
殴った方の右手をぶらぶらさせながら、次の攻撃を警戒する。
アウラは殴り慣れていないため、手の平に若干痛みが走っていた。
それでも、やはり彼はアマネクと同じだけの身体能力を持っている。それは間違いない。
「あり得ない……そんなはずが……」
「……ゼロと同じなんて言われても困るな。僕らは違う人間だよ。というか『父』ってデウス神のこと? それとも…………そっちの想像の産物?」
「……ッ! 貴様……ッ!」
それは、彼が最も恐怖している可能性。
マキナ・エクスという自身の父と、脳に響く声の正体が同じ存在なのかは、彼には分からない。
もしも、自身の父が、『そのように』自分を創っただけだとすれば……。
それは、最も考えたくない可能性。これまでの己の全てを、否定する行為。
自分もマシヴァもラフもゼロですらも、ただの異端であっただけで、それ以上の意味など存在しないなどという可能性は、認めるわけにはいかない。
だが残酷なことに、真実は──
「あァァッ!」
「ぐッ!」
荒れ地の上で、体格の全く異なる二人の人間の男が、殴り合う。
お互いの全てを出しきるかのような、そんな殴り合いだ。
「この……程度でッ!」
「私を……ッ!」
「ああああああああああああ!」
「おおおおおおおおおおおお!」
喧嘩に慣れていないアウラの方が、不利を被るのは必然。
同じだけの身体能力を、存在エネルギーを持っていても、そればかりは仕方のないこと。
だが、彼はまだ若緑色の光を放っている。
殴り飛ばされてもまだ、一人になったわけではない──
「オラァァッ!」
「ッ!?」
参戦したのは────ソニックだ。
「馬鹿な……鉄に……戦意があるはずが……」
「いつまで自分の常識に囚われてんだァ!?」
「僕らはいつだって二人で戦ってきたッ!」
「それが俺達……」
「ただ一陣の……そよ風だッ!」
二人で共に、アマネクを殴りにかかる。
完全に、アマネクはそよ風に揺るがされ始めていた。
(馬鹿な……ッ! 何だ……何故……)
(どうして先程までよりも……それぞれの一撃一撃が……強力になっている……ッ!?)
(何故私を上回る……何故鉄が戦意を持てる……何故お前は光っている……? 何故……何故……)
(理屈も道理も何もかも……何もかもが……分からない……)
(何も……分からない……)
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ああああああああああああああああああああああ!」
(……分から……ない……)
*
二人の力は、共にアマネクに匹敵していた。
そうなればもう、どちらに軍配が上がるかは明白。
やがて、決着の時は来た──
「……分か……ら……ない……」
倒れたアマネクの傍らで、アウラとソニックは体を寄せ合っている。
何ということはない。二人はどちらも、初めから彼の言う特別な存在だったというだけのこと。
そして、そこに理由は無い。神の意志など、関係無いのだ。
「ハァ……ハァ……。……負けた理由が?」
「……」
「へへッ! 何でか分かんねェけど体が動いたんだよなァ! 『戦意』かどうかは分かんねェが……アウラを一人で戦わせるわけにゃいかねェからなァ!」
「……理屈じゃないんだよ。僕らは……そんなものに縛られたりしない」
「……分からない」
「分かろうとするんだよ。僕らの存在を……あるべき場所に戻ってから、お前が自分で証明するんだ。僕らもお前のことを証明する。お前が何者なのかを理解する。だから……お前の名も、僕らの魂の中に流し込むんだ。……忘れないよ。さようなら、アマネク」
「…………」
そして、アマネクは目を閉じる。
(……私は恐れていた。この脳に響く声の正体が……分からない所為で)
(神の……父の声だと信じることで、恐怖を忘れようとした……)
(……私を狂わせることが、父が望みであるとする可能性を、捨て去って……)
(異端は所詮……異端……。意味を与えるのは……私たち自身……)
眩い光に当てられて、もう目を開けることは叶わない。
原初の人間は、還るべきところに還ることになる。
(ああ……そうか……)
(恐怖に向かって行く勇気が……私には無かった……のか……)
(……今……初めて…………私は…………戦ぎ…………)




