『fate:ハルカ・レイ』②
◇ 界機暦三〇三〇年 五月六日 ◇
■ リーベル自治区 ■
その日ユウキは、かつてのギア製造の師匠のもとに、些細な用事で出掛けることになっていた。
「……いつ帰ってくんの?」
ハルカはジッと強い眼差しでユウキを見つめた。
「え? あー……五時くらいかな」
「五時何分?」
「え? いやぁ……何分だろう。まあ五時には帰って来るって」
「一秒でも遅れたら、浮気確定だから」
「マジかよ……」
若干束縛の強い彼女だが、ユウキは幸福に感じている。
「んッ!?」
不意打ち気味に、彼女を強く抱きしめる。ハルカはすぐに抱きしめ返した。
「……ソッコー帰る。ガチでな」
「……うん……」
そもそもユウキの方も、あまり長い間ハルカと離れていたいと思っていない。
人間とノイドの二人は、お互いに強く愛し合っていた。
「じゃあ行って来るぜッ!」
……だが、これが二人の最後の会話になるのだった。
この日の午前十時、連合軍はリーベル自治区への進撃を宣言。
軍備拡大を推し進めると言いつつ、帝国軍並びに反抗勢力は制圧するとし、それを根拠に民衆への攻撃も行う。
抵抗していたか無抵抗だったかなど、死んだ後ではもう分からない。
正午になってから情報を知ったユウキは、急いでこの町に戻ることになる。
だが、全てはもう遅い。
*
「……何だよ……こりゃあ……」
自分が立っているのか浮いているのかも分からない、そんな気分に襲われた。
だが、思考するまでもなく彼はハルカの店に走っていた。
何度も瓦礫に躓き転んだが、痛みは何も感じない。感じることも出来ないのだ。
そうして店があったはずの目の前まで、彼は瞬時に辿り着く。
「!?」
ユウキはそこで、一体の鉄を見つける。それは、藍鉄色の巨大な鉄だ。
そして、今まさにその鉄に乗ろうとしている、一人の人間も目にする。
白髪で右目が隠れた、一人の人間の男だ。
少し離れていたため、その二人はユウキには気付いていない。だが、ユウキは確信した。
この人間が、この鉄が、リーベル進撃の要だと。本能が確信させた。
彼らはそのままこの場を去ったが、ユウキはその瞬間に本来の目的を思い出し、再び走る。
「ハルカッ!」
見ただけでもう分かる状況だった。
店は半壊し、内部は屋根の下敷きになっている。
それでも彼は、すぐに瓦礫を払いのけてハルカを見つけ出した。
…………瓦礫に押し潰された彼女を。
「ハル……カ……? おい……ハルカ!? ハルカ! おい……起きろよハルカ! 目を開けろよ! おい! ハルカ! ハルカ!」
何度声を掛けても、どれだけ揺さぶっても、彼女は決して目を開けない。
既に彼女は──こと切れていた。
「ハルカ……クソッ……クソッ……ハルカ……ハルカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
*
◇ 現在 ◇
■ リーベル自治区 ■
「……グレンに会ったのは、それから少し後のことだな」
ユーリはユウキから過去の惨劇を聞き、彼のことを知った。
彼が何故、今こうして反戦軍にいるのかということを。
「……誰だ!?」
「!」
突然ユウキが声を上げる。彼は瓦礫塗れの店の奥に、人の気配を感じ取ったのだ。
「あ……その……」
素直に出て来たのは、小さな少年だった。
ハンチング帽を被り、薄汚れた衣服を身に纏った子どものノイドだ。
「……何だ。子どもか。こんなとこで何してんだお前。危ねェぞ」
「……今の話……」
「あ?」
「……それじゃアンタが……ユウキ・ストリンガー……」
「……俺のこと知ってんのか? いや、それとも会ったことあったっけ……?」
「お、俺は……俺の名前は、カイン・サーキュラス。会ったことはない……けど、ハルカには……会ったことあって……」
「何ィ!? アイツ……お前みたいなガキにまで手ェ出してたのか!?」
「ち、違う違う! 違うよ! 俺は……その……小さい頃に、ここに一度来たことがあって……」
「今も小せェじゃねェか」
「小さくない!」
「小せェよな? ユーリ」
「え。いや……まあ、うん」
「が……」
カインはガックリと肩を落とした。だが、すぐに思い出したように元に戻る。
「……と、とにかくその……俺、昔ハルカに助けられて……それで……。お礼を言いたくて、この町に来たんだ……」
「……そうか。悪いがアイツは──」
「一年前に」
「!?」
一年前と言われただけで、ユウキは『あの日』のことではないかと考えてしまう。
そしてその発想は、そのまま正しかった。
「……ハルカは……あの日……お、俺の所為で……。俺の所為で、死んだんだ!」
*
突然、カインがその場で泣き出してしまったので、ユウキとユーリの二人は彼が泣き止むのを待った。
もちろん、二人とも彼の言葉がそのまま真実だとは思っていない。
ただ、ユウキは彼の話を聞きたくて仕方なくなっていた。
「……もう大丈夫?」
ユーリは瓦礫の上に座るカインに、優しく声を掛ける。
「……ごめん……」
「何があったんだ? お前……リーベル進撃の時、この町にいたのか?」
「……うん」
そしてカインは、一年前のことを二人に話す。
ユウキの知らない、ハルカの最期の時のことを──
*
◇ 界機暦三〇三〇年 五月六日 正午 ◇
■ リーベル自治区 ■
「おや。何だい少年。お子様向けのギアは売ってないよォ」
ハルカの店に入ったカインは、自分のことを覚えていない様子の彼女に驚いていた。
彼女は以前のようにキセルを持っておらず、どこか生気に溢れている。
「え、うえぇ……お、覚えてないの……? お、俺……その、五年前アンタに助けられた……カイン……カイン・サーキュラスだよ」
「ん? 五年前……。うーん……何じゃそら」
彼女は本格的に、全くこれっぽっちも思い出せていない。
「ほら! 悪い連中のアジトに、乗り込んできてくれたじゃん!」
「……?」
「スリのガキンチョだよ!」
「ああ!」
「それで思い出すんだ……」
「思い出したよ。みすぼらしいノイドの子に優しく声を掛けたら、自分はスリだって自白してきたんだ」
「……おかしいな。俺の記憶だと尋問されたような……」
「騒ぎになってたからね。町の中で、スリが出たって。でもアンタは悪い大人に騙されてただけ。スリで得た金も取られて、結局……。でもまあ今は……元気みたいだね」
「ハルカのおかげだよ。俺、病気の母親がいるって騙されて信じてたけど……本当はずっと天涯孤独だった。あの時ハルカに怒られて……慰められて、嬉しかったんだ。だから、真面目に生きようって思ったんだ」
「……そうかいそうかい。そりゃ良かった。で、今はどうやって暮らしてんの? スリ?」
「いやいや! その……ね、ネジを回す仕事を……少々……」
少々気恥ずかしそうにしているが、カインの言うそれは、仕事というよりは職業訓練のようなものだ。
ただ、まだ子どもの彼はその辺りをよく理解していない。
「立派じゃん。ちなみにアタシとユウキは、五つくらいの頃から働いてたけどね」
「マウント取ってきた……。……ん? 『ユウキ』? 誰?」
「ああ。アタシの男」
「はァ。凄いんだなァ……その人」
「どういう意味?」
「い、いや別に……」
ニッコリと笑みを浮かべるハルカは、カインにとって恐怖の対象だ。
彼は以前説教を食らった時にも、同じ恐怖を抱いたことを思い出す。同時に抱いた、温かい感情と共に。
「……と、とにかく……お礼が言いたかったんだ。ありがとう」
「……止しなよ。子どもが大人に世話になった礼を言うのは、自分が大人になってからで良い。ま、その心持ちは必要だけどね」
「ハルカだって別に、大人ってほどの大人じゃ……」
「あァ!? 胸のこと言ってんのかクソガキィ!」
「ち、違う違う!」
ゴォォォォォォォォォ
「「!?」」
突如として鳴り響く轟音。音が圧に変わって、大気を震わせているのが店の中にいても分かる。
「な、何だ……!?」
思わずカインは外を見た。いや、窓の外を見るだけでは何も見えない。カインは上空に何かがいると感じ、店の外に出た。
「な……!?」
それは、無数の鉄紛。
この時はまだ、世間に知られていない、連合軍の新たな兵器。
その鉄紛が、リーベルの上空を埋め尽くしていたのだ。
「何が起きてんの?」
気になってハルカの方も外に出てくる。
「ヤバい……な、中に隠れないと!」
「!? いや待って!」
ハルカはむしろ、内側からカインを突き飛ばした。
その時──
連合軍の初撃は、鉄紛による、上空からの無差別絨毯爆撃だった。
ハルカは瞬時に上空の鉄紛が『建物』を狙っていると気付き、その攻撃の瞬間にカインを外に追い出した。
ほんの少し。ものの数秒で、周囲は火の海に変わっていった。
「何なんだよこれ……」
倒れたカインはすぐに起き上がり、周りの状況を視認して息を飲んだ。
そして、先程まで自分がいたはずの店の方を向く。
「ハルカッ!」
まだ爆撃が続いている中、カインは店に戻ろうとする。
だがしかし、店の屋根は無残にも地べたに落下していた。
「ぐ……か……」
「ハルカッ!」
ハルカは、瓦礫の下敷きになっていた。
「……クソ……下半身の感覚が……無い……」
「そんな……」
「……逃げてカイン」
「でも……!」
「……アンタもここにいたら危ないでしょうが。早く……!」
「うぅ……」
カインの力では、今ここでハルカを救い出すことは出来ない。
そもそも既に逃げ出したい気持ちでいっぱいの状態だ。
しかし、悔しくてどうしようもなくて、涙が止まらず、動けない。
「……ああそうだ。アイツに……ユウキに会ったら……さ……」
「ユウキ……? ど、どんな……どんな人で……」
「ハチマキ巻いた……黒髪の……ノイド……」
ハルカは最期の力を振り絞り、そして──
「……いや……やっぱ……いいや……」
彼女がそれ以上何も言わなくなったので、カインは泣きながらその場を走り去るしかなかった。
どうしようもなかったが、カインはこの出来事を一生忘れられないだろう。
そして子どもの彼は、自分が彼女を死なせた要因だと思い込む。




