『語られぬ戦い』⑦
「……逝ったか。マシヴァ」
移動要塞の外の地上。
アマネクが隙を見せたその瞬間、マスクドは拳を叩き込む。
しかし、アマネクはやはり片手でその拳を受け止めてみせる。
「クソッ!」
「……威力が上がっているな。まあ……それほどではないが」
マスクドは殴り殴られ合うことで、力を増す固有能力を持っている。
だがその力でも、アマネクには及ばない。再び投げ飛ばされ、追撃を狙われる。
「……私とマシヴァ、そしてラフを合わせ、三つ前の世界では『三身』と呼ばれていた。それぞれが、それぞれの世界における最大の『異端』……。本来ならば、我らを凌駕する存在など、どの世界にもいるはずがなかった……」
「「シャドウハウス」」
アマネクの言葉など、聞く余裕はない。
クロロは持ち前の能力で周辺一帯を影で飲み込み、その中に隠れる。
そして読めないタイミングで、アマネクを背後から叩きにかかるが──
「ッ! 駄目……なの?」
それでも防がれる。いや、防がれたのとはわけが違う。
防御したのではなく、ただその頑丈な体で受け止めただけだ。
「……ワールド・ギアを使い続けた弊害で、ここを含めた残された世界に影響を与えたのかもしれない。二人が共に倒れた世界は……ここが初めてだ」
「倒れるのは……お前もだッ!」
そこでαの撃ち放った無数の弾丸が降り注がれる。
必中だが、アマネクはそれを避けようとはしない。
そして全て受け止めておきながら、彼はまだ無傷だった。
「どうなってるの……?」
「硬すぎる……。どこが『人間』だ。化け物め……ッ!」
「化け物? 私は人間だ。お前たちの方こそ、人間としての矜持を失っている。だが……それも仕方のないことだ。父は世界を増やし過ぎた。時も長く流れた。のちに生まれた人間は、寄り添わなければ生きていけない……そんな零落に成り果ててしまった」
「訳の分からんことを……」
次の瞬間。
「「ッ!?」」
アマネクはαの眼前にいた。瞬間移動ではない。
恐ろし素の脚力だけで、高速で距離を縮めてきたのだ。
ガンッッ
そして素手でαを殴り倒す。ただの人間の拳で、αは地面に叩きつけられた。
「かッ……!」
「灰蝋ッ! αッ!」
今度は叫ぶデンボクとマスクドの方に狙いを定める。また一瞬で距離を縮めると、アマネクは同じようにマスクドを地面に叩きつけた。
当然その次はクロロの方。
三体とも『超同期』しているというのに、あっさりと全員地に伏せさせてみせた。
「ぐッ……! ごちゃごちゃと……うるさい奴だな……! 何が『父』だ。本当に神の子のつもりか……ッ!?」
「……つもりではない。私達三人は、あり触れた『異端』とは一線を画している。直接『父』から……神託を受け取っている」
「世迷言を……ッ!」
「傲慢なマシヴァだけはそれを認めなかった。奴は、マキナ・エクスが父の現身だと信じていない。そしてラフのことも……生物と認めていない」
「傲慢なのはお前もだ。勝手に自分を特別に思い込んでいるだけ……。お前らは、ここで俺達に負ける程度の存在だッ!」
「行くよ、灰蝋」
「行くぞαッ!」
「「『完全同化』ッ!」」
「…………………………無駄だ」
性能を百パーセント以上で発揮しても、アマネクにダメージを与えることが出来ない。
アマネクは確かに、彼の世界における『マキナ・エクス』という存在によって生み出された、その世界での原初の人間。
そして彼の世界のマキナ・エクスこそ、『最初のマキナ・エクス』。唯一本物の神の現身。世界を無数に生み出した張本人。
他の世界のマキナ・エクスとは、むしろ彼の分身でしかないアマネクと同質の存在だった。
だが確かに、アマネクは最初に生み出された分身体。
特別かそうでないかと言われたなら、彼はまさしく特別な存在だった。
故に────以降の存在を、圧倒する。
「ごッ……」
「うッ……!」
再び、αは倒れてしまう。
膂力だけで、鉄を容易く戦闘不能に追い込んでしまう。
何故ならこの世界の鉄を生み出したのもアマネクと同じ、神の分身体。
生みの親と同等の男に、ただの鉄で敵うはずもない。
「……殺しはしない。ゼロ様によって滅ぶ世界と、共に眠るがいい」
三体とも、鉄はもう動けない。
中にいる人間三人も、動かすための精神力がもう足りていない。
「…………何故…………」
「?」
口を開くのは、幽葉だった。
「……どうして……そんな貴方は……『神の子』の貴方は…………ゼロに従うの……?」
「……マシヴァも、ラフも、ワールド・ギアも、父が直接手掛けたものだ。だが……ゼロ様は違う。彼こそが……父が望んだ存在。ならば、彼の望みこそが、父の望み。それこそが──」
「違う」
そして灰蝋は、コックピットの中で倒れながら何とか声を発する。
「……幽葉・ラウグレーは、お前に聞いているんだろ……? お前の意志を……聞いているんだろ……? お前の父親の意志などどうでもいい。お前はお前だ。お前を生み出した存在の意志など……関係ない。生み出した奴のことなど……関係ない……はずだ……ッ!」
「…………」
「本当にお前の父が……神が関わっているのか? お前はそれを、又聞きしただけだろ?」
「私は父の声が聞こえる。脳の中に響いている。『異端』の中でも、私を始めとする父の分身……無数の世界のマキナ・エクスを名乗る存在と、マシヴァとラフを生み出したのは父だったと、伝え聞かされている。ワールド・ギアのこともそうだ。当然……ゼロ様のことも」
「……だったら……『アイツ』は何なんだ……?」
「? 誰のことだ?」
「この世界の……『奇跡』のことだ」
「?」
*
確かにアマネクには、頭の中に響く神を名乗る存在の声が聞こえている。
だが、それが本当に彼の言う父の言葉なのかどうかは、決して分からない。
それでもアマネクは、その言葉が父のものだと信じて疑わない。
何故か? それは単純に、恐ろしいからだ。
未知に対して恐怖を抱く……彼は、そんなあり触れた人間とそうは変わらない。
特別なのは──彼だけではない。
「ソニックッ! 僕は気付いたことがあるッ!」
「アウラッ! そいつは一体何なんだッ!?」
「世界にはッ! 殺さなければならない存在もいるッ!」
「ギギリーみてェな野郎のことかッ!?」
「違うッ! この世を生きる存在に……殺していい奴なんていないッ!」
「そいじゃあ一体誰なんだッ!?」
「既に死んでる奴のことだッ!」
「なるほどそいつァ納得だッ!」
そして──────二人は揺るがせる。
「さあ見えたッ! ソニックッ! ここは一体どこなんだッ!?」
「これはおめェの初陣よォッ! ここは最初の戦場だッ!」
「死ななきゃならない奴がいるッ!」
「殺さなきゃならねェ奴がいるッ!」
「殺す覚悟は出来ちゃいないけどッ!」
「地獄に還す覚悟は出来たッ!」
「ただ一陣の僕らの風でッ!」
「世界を戦がす時が来たッ!」
「目標、死人ッ!」
「原初の人間ッ!」
「アイツを還してッ!」
「俺らが生きてッ!」
「「これより戦いを終わらせるッ!」」




