『語られぬ戦い』⑥
膨大な闇に包まれた骸骨は、それまでは性質こそ金属のようだったが、今は完全に真っ黒に染め上げられている。
ジェット・ギアすら燃えて使えなくなっているというのに、どういう理屈かその闇によって宙に浮いている。
先程までは見れば骸骨の化け物だとすぐに判別できる姿だったが、今では闇が濃すぎて髑髏の頭蓋骨以外どのような状態か分からない。
マシヴァは最早、ヒト種かどうかも分からなくなっていた。
「「……ッ!?」」
隙は、もう存在しない。
初めから彼の『反射』を十分に発揮していれば、食らう攻撃など一つも無いのだ。
「この……反射神経が良すぎるッ!」
「死ねェいッ! 小僧どもッ!」
闇の手足を刃のように使い、先に隙が生まれたアカネの方から、殺しにかかる。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
「!?」
その瞬間。マシヴァに襲い掛かる兵器が一つ……どころではない。
それは──────無数のミサイル。
避けようとしたのが誤り。
アカネに当たれば同士討ちになると思ったのか、マシヴァはそもそもこれに追尾性能があると推測することが出来なかった。
おかげでアカネは巻き込まれず、『彼』が出るまでもなくなる。
仕方なくマシヴァは追いかけてくるそのミサイルを、全て受け止めることにした。
また煙に包まれていくなか、マシヴァはそのミサイルの出所を探る。
「……何奴……」
少し考えれば分かることだというのに、怒りでそこまで頭が回っていない。
無数のミサイルを同時に放出できる者など、この世界には一人しかいない──
「吾輩の名はッ! ヴェルイン・ノイマンッ! 誇り高きノイドの戦士であるッ!」
安堵するのは、もちろん彼と同じ六戦機のエヴリン・レイスター。
「ヴェルインさん……!」
既に『超過』に至っているヴェルインは、光沢のある紫の光を全身から発し、光背を出現させている。
ただ、そんなことはともかく、彼が来たということがどういうことかは、彼女が一番分かっている。
「遅れて済まない」
「「「!?」」」
いつの間にか、エヴリンの隣に『彼』はいた。
「サザンさん……!? サ……サザンさん……サザンさん! サザンさんッ!」
エヴリンは驚き以上に歓喜でもう名前を呼ぶことしか出来ずにいるが、アカネは疑問符が頭の中で騒いでいた。
(……え? い、今……どこから現れて……)
ヴェルインはこの城下町の中の道路に現れたので、建物の陰にいたのなら姿を確認できなかったのは自然なこと。
だが、この男は違う。
明らかに、空中に唐突に、まるで初めからそこにいたかのように、現れた。
もちろん、驚いているのはマシヴァも同じだ。
(馬鹿な……この儂の眼で……捉えきれんはずが……。何をした……? この男……一体何を……)
「お主は……一体……」
別に、名前を尋ねたわけではない。だがこのどこか抜けた男は、勝手にそうなのだと判断する。
「サザン・ハーンズだ。挟んでおけ。貴様の魂に」
初めからサザンの存在など知っているマシヴァからすれば、そんな返答は苛立ちを増大させるだけのもの。
彼は怒りに身を任せ、サザンに向かって行く。
「────!?」
が、いない。向かって行った先に、サザンの姿が無い。
「馬鹿な…………ぐッ!」
そして、どこからかは分からないが、蹴りを食らって吹っ飛ばされる。
ここでマシヴァは一度、強制的に冷静さを取り戻させられることになった。
「……サザンさん……? い、今のは……」
また、気が付けばサザンはエヴリンの傍に居た。
「それより、この男は? 倒すべき相手だろうが……苦戦しているのか?」
「え、あ……は、はいッ! 『超過』の状態の私と『覚醒』の状態のアカネさんでも……厳しい相手で……」
そこでヴェルインも空中に飛んでくる。
「ふむ。困った話であるな。吾輩のミサイル・ギアもあまり効いていない様子であるし、弾ききれんほどの数を撃っても、味方ごと巻き込んでしまう恐れがある」
「……何者だ?」
「ユーリさんの言っていた、マシヴァという最古のノイドです。本人は……最強のノイドでもあると言っていましたが……」
「……最強……?」
サザンは思わず、眉間に皺を寄せながら彼の方に目をやった。
その視線に、敵意とは別の妙な違和感を抱いたマシヴァは、苛立ちで同じく眉間に皺を寄せる。
「……何じゃ」
「…………『最強』…………か。そうか。最強……か。……エヴリン」
「何ですか?」
「……この男は、ナインよりも上か?」
「え? それは……」
「何を言うておる」
一瞬彼女もマシヴァの方に目をやると、少しだけ困った様子で首を横に振った。
「……彼と比べることなんて出来ませんよ。だって…………え? ちょっと待って下さい。何でサザンさん、彼の名前を……」
「……」
「? というか……ガランさんは? ガランさんはどうしたんですか?」
「…………」
「ヴェルインさん?」
「うむぅ……」
既に、ヴェルインは事の顛末を知っている。
皇室庁の地下に行き、ナインのもとへ向かった彼は、そこで瀕死のサザンを救出した。
そしてそれからここに来るまでの間に、全てを聞いていたのだ。
もっとも、彼はまだどのようにしてナインが死に至ったのかまでは、聞いていない。
「……ガランとナインは、私が殺した」
「えッ!?」
「ノーマンの企みを、止めなければならなかった。だが……これだけは言える。アイツらがノーマンを見捨てられなかったとはいえ、殺す必要など……無かった……。私が二人の命を奪う権利など…………無かったと…………」
「……サザン……さん……」
「…………終わらせよう。いや、世界を終わらせないために、目の前のこの男を、終わらせる。私が罪を償う時間を……奪わせないために」
「……ッ!」
あまりにも、この短期間で向かい合って来た『死』の数が多すぎた。
それでもサザンはまだ、進み続けなければならない。
いや、強制しなくとも、彼はもとよりその自由意志で進もうとしている。
(……エルシー。見ていてくれ。私が生きる選択をした……その結果をッ!)
そしてサザンの体から虹色の光が溢れ出し、光背が出現する。
「一ノイド風情が……儂を舐めておるようじゃのう。罪を償う必要など無い。そんな時間は……もうお主らには与えられんッ!」
そしてマシヴァは突進する。
恐るべき速さだが、サザンは切なげな表情のまま変わらない。
「キィー…………」
「まだ舐めておるかッ! 無礼者めがッ! 儂を誰と心得る!? 誇り高き最古にして最強のノイドであるこの──」
……サザンは、マシヴァの背後を取っていた。
「!?!???!? ば……馬鹿……な……」
「……誇り高きノイドとは何だ? 私には……それが分からん」
肩に手を置かれると、マシヴァはすぐに距離を取る。
それに、意味がないということにも気付かずに──
「フンッ! 堕落した機械人形の貴様らには分かるまいッ! 儂こそが原点ッ! 儂こそが至高ッ! 儂のみが『ノイド』を名乗るに相応しいッ! 儂こそが──」
そして、サザンの鋏は……
────マシヴァを切り裂いた。
「がッ……!? ば……馬鹿な……馬鹿な馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「……貴様の全ては……断ち切られていた。……初めから」
*
サザンは少しすると、疲労を唐突に露わにして町中に倒れ込んだ。
駆け寄るのはエヴリンたち。特にエヴリンは、心配そうに彼のことを見つめている。
「ナインさんのですよね? その『亜種核』は……」
「……ああ。だが、タイム・ギアの連続使用は……堪えるな。やはり……こんなものは、無い方が良さそうだ……」
サザンの胸を見れば、ナインが持っていた亜種核とタイム・ギアが埋め込まれていることが分かる。
「サザン・ハーンズ。貴公は分かっておったのか? よもやナインが……ゼロの呼び出した『異端』以上の、特別な存在だったということを……」
「……アイツは、そう言われるのが嫌だったらしい。だが、私から言わせれば、特別でない者などいない。あのマシヴァとかいうノイドも、私達と何も変わらない。誰も彼もが特別で……唯一無二の、普通の存在だ」
サザンはタイム・ギアを、無理やり自身の体から取り外した。
「……これは、どうもギアとは別の『何か』らしい。エネルギーの消費の仕方が……明らかに他のギアと全く異なる」
「もしかしたら、ナインさんが生まれた時から持っていたものなのかもしれませんね。……何なら、ワールド・ギアと似た区分なのかも……」
「……さて。私はこうして動けなくなったが、ゼロはどうする? 誰が奴の相手をしている?」
「ユウキさんたちです。大丈夫ですよ。きっと」
「……随分信頼しているな」
「え? サザンさんだってそうでしょう?」
「…………」
少しだけ目を細めると、アカネたちもこちらにやって来る。
バラは重傷で動けないが、一応全員生きてはいる。生きてはいるのだ。
「信じましょ! アイツ強いから!」
「……私の方が強い。タイム・ギアが無くとも」
「何故張り合うのだ?」
「ふふ。サザンさんったら」
そしてサザンは若干の対抗心を抑え、心中でのみ彼に望みを託す。
(……勝て。ユウキ)
(俺はまだ……やらなければならないことがいくつもある)
(この世界を終わらせるな。俺は、屍を背負って生きる。生きなければならない。親友と……妹との約束を、守らなければならない……)
(……ああ、そうか。まだ分からないが……もしかしたらそれが、私にとっての誇りだったのかもしれん……)
(……分かった気にはなりたくないが…………もしかする……と…………)




