『語られぬ戦い』④
スカム・ロウライフという男は、ゼロの持つ異世界の知識をも上回る頭脳を持っている人間だった。
彼は人造人間の生成から始まり、そこからさらに発展して、この世の理を数段階逸脱した『マリア』という存在を生み出すことにも成功した。
もし彼女がゼロの思うままになっていれば、この今の戦いは、百八十度違った方向に傾いていたかもしれない。
移動要塞城門付近の戦い。局面は再び、互角の状況に戻っていく。
「……!? 想定外……。データの再分析……再分析……再分析……」
「させるかッ!」
理性を保ったまま、トルクの機体は肉体に変貌する。
途方もない光と、後ろに現れた光背が、彼らが『共存』に至ったことを示唆していた。
そしてトルクは、これまで以上に巨大な円盤を出現させる。
ギュルギュルと音を立てて回転するその円盤を、思い切りラフの方に投げつけた。
「「「リンカーネーションッ!」」」
「アナーガタキラナッ!」
ラフの光弾と、トルクの放った円盤が衝突する。
すると先のように、光弾を中心としてブラックホールのようなものが生まれるが、それだけではなかった。
円盤の回転が、そんなブラックホールすらも巻き込み始めるのだ。
理屈も道理も何も無い。ただただひたすらに、全てを巻き込み吹っ飛ばす。
もしかすると、今この世界で最も強力な武器が、ここに誕生していたのかもしれない。
──「良いかマリア。よく聞け。お前がスカムの最高傑作なら、必ず『共存』は成功する。ただし、アウラ・エイドレスのようにはいかない。鉄戦闘の経験がないお前の場合、まずカイン・サーキュラスとトルクを同化させることになるわけだが……これだとお前の体力が削れ、永続効果は見込めなくなる。他者を死なせることなく『完全同化』を可能にさせることは出来ても、恐らく持つのは……五分が限界だ」
灰蝋の言うリスクは承知の上で、マリアは限界を超えた力を使う判断を下した。
そもそも他者を『超同期』させるだけでも、実は彼女はかなりの体力を消耗している。
それが『完全同化』となれば、相応に消耗は激しくなる。
彼女自身がトルクの搭乗者となれば体力の消耗などなかったのだが、ショウとアウラですら『超同期』に至るのに四ヶ月ほど掛かった。
自分ではなくカインとトルクを『超同期』させて、更に『完全同化』に至らせるという手段を使う方が、彼女からすれば簡単な方法だったのだ。
「ハァ……ハァ……」
「大丈夫? マリア」
彼女はカインの手とトルクの手すりに触れることで、二人の状態を強制的に変化させることが出来る。
体力を激しく消耗した彼女の体からは、少しだけエネルギーの光が漏れ出ている。
「……大丈夫だよ、カイン。ハァ……上手くいって……良かった……。ハァ……とにかく……ふぅ……。これで──」
「当機をここまで追い詰めたのは、そなたたちが初めてだ」
ラフはまだ、倒れていない。
頭はついに一つになっており、とうとう機体から肉体に変化していた。
それでもずっと、電気が走る光の線と光背はなくならない。
だが、全身から光を発することはない。
やはりこの存在は、どんな鉄や鉄紛、鉄屍にも似つかない。
ここでようやく、トルクは理解した。
「……どうやら、頭の数は残基だったらしいな」
「適応したってのか? 俺達の……限界を超えた力に……ッ!」
「そんな……」
マリアが絶望して手を放したところで、逆にカインは上から彼女の手を握って手すりを掴む。
まだまだ諦めるつもりなど毛頭ない。
マリアを助けたその日から、カイン・サーキュラスは一度だって、諦めたことがない。
「……まずはおめでとうと言っておくよ。当機は最先端でかつ最高の兵器です。本来ならば敗北などあり得ないんだが……まさか、ここまで追い詰めるとはなァ!」
「……口調が……もう統一されてない……」
「? そんなことが気になるか? 何故です? 当機は生物ではない。機械に意思があると思ったか!? HAHAHAッ!」
「……未来から来たって言ってたな。どうでもいいけど…………何で、ゼロに加担するんだ?」
((カイン……?))
『共存』の制限時間が近付いている。問答をする余裕などない。
マリアとトルクが彼の言葉に疑問符を浮かべている一方で、どういうわけかラフの方も、ここで冷静に彼の言葉に耳を傾けていた。
驚くことに、彼は質問に答える気でいる。
意思などないと、自分で言ったばかりだというのに。
「……当機の世界では、星に住む生命は滅び切っていた」
「「「!?」」」
「全ての生命がなくなっても、残された我々は、プログラミング通りに戦いを続けている。永遠に。永久に。輪廻の果てまで行こうとも。戦い続けている。戦い続けているんだよッ!」
「……お前は……」
「当機は違うッ! 当機は『異端』だったッ! 俺様だけは戦いを避けることが出来たッ! 妙な話じゃねェか……。マキナ・エクスは鉄を創造したが、そこに『戦意』は与えなかった。だのに、未来に生きる人間とノイドは、いずれ己らの争いのために戦い続ける本物の『機械』を作り出すッ! 不思議ではないか? これが運命か? 世界の『戦い』は、永劫輪廻の果てまで終わらない……終わらないのですッ!」
トルクはマキナ・エクスのことを思い出していた。
この世界の彼が鉄に戦意を与えなかったのは単純に、鉄が生みの親である自分に対して、反抗できないようにするためだ。
いずれにしろ、古代の存在も未来の存在も、どちらもが己のために戦いの道具を生み出している。生み出し続けることになるのだ。
信じたくない事実だが、目を伏せたくなってしまうのを避けることは出来ない。
「……この世界の未来も……お前の世界と同じになるとでも言うのか……?」
「放っておいてもそうなります。ならば私は、この世界の私の同胞が生まれるよりも前から、この世界を終わらせる。そうすれば……同胞たちは、生きずに済む」
「『生きずに済む』……?」
カインは、思わず眉をひそめてしまった。
「苦しまずに済む。恐怖せずに済む。悲しまずに済む。生きるというのは……虚しいものだ」
「……ふざけるな」
「……何?」
カインは許せなかった。目の前のラフという存在が、『存在』に見えていた所為で。
目の前にいるのは意思のない『機械』ではない。
そして、知りもしないラフの世界の他のロボットも、同じなのではないかと思ってしまった。
独り善がりな思い込みで、彼は許せなくなった。
「どうしてそんなことが言えるんだ!? 生きることは誰かと過ごすことだッ! お前は一人でどうしてそんなことが言えるんだ!? お前の同胞はッ! お前と同じ考えなのか!? みんなが死にたいと思ってるのか!? どうして一緒に生きてやらないんだッ!」
「……彼らは意思のない機械だ。俺様だけだぜ。当機だけが、意思のあるように見える異質な機械で──」
「違うだろッ!? お前だって生きているじゃないかッ! お前だって……」
「……戦いはなくならない。決してなくならない。この戦いだって意味がない。お前たちは、自分たちだけが安寧の中で生き、そして死にたいからと、ゼロ様に抗っているだけ」
「当たり前じゃないか! 死にたくないから戦うんだッ! 戦いたくないのにッ! 戦いを止めたいからッ! 戦うしかないんだッ! それが生きるってことだって……俺は……ッ!」
「この世界の未来も同じだ、希望はない。いずれ我々のようなものをお前たちは作り出す。鉄紛が出来ていた時点で……僕はそう確信していました」
「でも……でも! まだ分からないじゃないですか! 私達は……私……達は……」
マリアの声は小さくなっていく。
彼女もトルクも、確信できなかった。
未来はラフが言うように、結局は戦いが永遠に続くだけになるのではないかと、そう思ってしまった。
だがカインは──
「……俺は諦めたりしない」
「諦めなかろうとどうしようと、結果は変わらねェ」
「……だって、お前は自分の同胞たちが『生きている』かのように語ったじゃないか。お前だって本当は……諦めたくないんだろ? 自分の世界のみんなのことを」
「…………」
「終わってないんだろ? お前の世界もまだ。お前だってまだ死んでないんだろ? そして……お前は『生きている』ことを前時代的だと言ったけど、その先を自分も知らないんだ。だからさっきからずっと……自分や同胞が『生きている』ことを、否定できないんだ。お前たちのことを『機械』だと一番思ってないのは、お前自身じゃないか!」
「……修正。情報を……情報を修正。音声出力にミス……」
「ミスじゃないだろッ!? お前の意思の言葉じゃないか!」
「私は機械で、俺様は異端で…………情報を、情報を修正し、データを……キャッシュを消去して……」
「戦いたくないなら、戦うしかないんだよッ! 全てを消して止まれば良いと思ってるのか!? お前の同胞は……お前の家族はッ! そんなことを本気で望んでいるのかよッ!」
「当機は……当機は……当機は……」
ラフは進んでいた。
自らの意思によるものなのかプログラムされた筋書き通りなのか、真っ直ぐにカインたちの方に向かって行く。
三段階の進化を経ることにより、どんな敵をも倒せるようにと造られた彼は、本来戦うことしか出来ないロボットのはずだった。
そこに意思が乗ったのは、高度な分析を可能にするためにと、いくつもの知的生命体の脳を取り込んだためだったのかもしれない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
今、確かに彼は自分の意思を全てさらけ出していた。
「カインッ!」
「カイン……ッ!」
受けてカインは、ズレたハンチング帽を回転させて被り直す。
「……俺の名前はカイン・サーキュラス。絶望の未来なんてものを……輪廻の向こうに吹っ飛ばす男だッ!」
*
結論から言って、未来の世界の技術の粋を、カインたちの生み出した奇跡の力が上回っていた。
きっかけは、必ずしも美しいものとは限らない。
スカム・ロウライフの邪悪な研究が無ければ、マリアは誕生していなかった。
マキナ・エクスの愚かな思想が無ければ、トルクは創造されていなかった。
カインにしても、綺麗な流れでここにいるわけではない。
それでも、『奇跡』は否応なしに起きていた。
ラフの進化には限界があり、カインたちの最後の攻撃を上回る攻撃手段を、生み出すことが出来なかったのだ。
「……HUH……。俺様の……進化で辿り着けない領域にいやがるとは……。まったくもって……YEAH……」
倒れ込んだラフの傍で、トルクもまた膝をついていた。
彼に力を送っていたカインとマリアが、二人とも疲労困憊の状態になっていたからだ。
「……勝機が無いと分かっていながら……何故、向かって来た……?」
「…………」
「ハァ……ハァ……『知りたかったから』……だろ……?」
「……!」
コックピットを開けて顔を覗かせるカインは、もう『覚醒』の状態が解けてしまっている。しかし、光は失っていない。
「馬鹿なこと言う俺達の力が……お前の想定を……超えるかどうかを……」
「……」
「本当はずっと、そんな可能性を探してたんだろ……? 自分の世界を救う……救えるかもしれないって可能性が……希望が……欲しくて……」
「…………当機に、そのような機能はない」
「『機能』っていうのは、あらかじめ取り付けられた物ですよね? だったら貴方は……自分の力でそれを手に入れたってことじゃないですか。それがどれだけ素晴らしいことか……」
「当機は……」
「俺達は必ず、この世界から戦いをなくしてみせる。いや……なくすためにもがき続けるよ。だからお前も……お前の世界でもがき続けるんだ。それがどれだけつらくて苦しくても、家族がいれば前に進める。いなくても、いなくなっても、家族を求めて進み続けるのは……俺はそこまで、苦に感じなかった。だからきっと……いや、約束は……出来ないか。でもせめて、何かあればすぐ、俺達のことを思い出してよ。会いには行けないけど、俺達もこっちで……同じようにもがいてる。お前は…………一人じゃない」
ラフは目を閉じていた。結局のところ、カインがどれだけの言葉を彼に与えても、彼を大きく変えられるわけではない。
きっと、もしまたゼロに呼び出されることがあれば、彼に加担して世界を消そうとするのだろう。
アマネクやマシヴァと違って死んでいるわけではないので、ここでの記憶も、元の世界に戻ればなくなるだろう。
だが、それでもラフは、カインの言葉に意味がないとまでは、思っていない。
「……虚しい。虚しくか細い希望だぜ。どうしてそこまで戦いを終わらせるために、戦い続けることが出来る? どうして……どうして……」
カイン・サーキュラスは、小さく微笑んだ。
「それは俺達が、『反戦軍』だからさ」
「…………亡霊め。いや…………英霊……か……」
そして、未来の男はまた戦いの渦中に戻っていった。
希望など、吹けば飛ぶような小さい糸のようなものだが。
それでも彼は、そこに残る同胞──家族のために……
────戦いを終わらせるために、戦い続ける。




