『語られぬ戦い』②
移動要塞から少し離れて、無数のノイドと鉄、鉄紛を相手にしているのは、たった一組の人間と鉄。
アウラ・エイドレスとソニックは、ゼロが用意したほとんどの敵を、自分たちだけで倒そうとしていた。
「ハァ……ハァ……」
同時に複数を相手すれば、普通の者ならば袋叩きに遭って数の圧に押し負けるのが道理。
しかしソニックの速さならば、強制的に一対一を相手に強いることが出来る。
つまり彼らは今、多対一を行っているのではなく、一対一を何度も行っている状況。
ただ、それが成立するのはソニックの体力が持つ限りの話。
アウラの体力が削られることはないが、必ず限界はソニックの方にやって来てしまうのだ。
「大丈夫!? まだいけるよね!? ソニックッ!」
「あたぼうよォ! ハァ……ハァ……おおッ! まだまだいけるぜッ! 相棒ッ!」
「……ッ!」
ソニックは強がりを言っているが、敵を倒した数が千を超えたあたりから明らかにスピードが落ちている。
アウラは冷静に、彼の限界が近付いていることに気付いていた。
(……クソ……全然減らないッ! ソニックの限界ももう近い……ッ! みんなは……みんなの方は、まだなのか!?)
時間感覚がつい狂ってしまっているが、まだ戦闘開始してから十分と経っていない。
敵はノイドが『覚醒』、鉄が『超同期』に当然の如く至っている所為で、最初の不意打ち以降はずっと数を減らすのに難儀させられている。
それでも鉄紛はほとんど倒しきっていて、今の時点でも見事な大健闘だ。
──「……私達の中で、一番制圧力があるのは二人だから。ゼロとその腹心を倒すために、私達の背中は……任せても、良い?」
ユーリからそう頼まれ、二人は二つ返事で頷いた。
腹心三名とゼロ、カワードのペアの方が、ここにいる者どもよりも個としての強さは上。
だが、数があまりにも多い。これこそが、ゼロの持つワールド・ギアの、最大の真価。
それでも、アウラとソニックは乗り越えなければならない。
また太陽が昇る姿を、その目に焼き付けるために。
「ソニック」
「ハァ……何だァッ!? ハァ……ハァ……」
「今度、日の出を見に行こう。僕も知ったばかりなんだけど…………結構、綺麗なんだよ」
「……ハッ! そりゃいいッ! 楽しみが出来たぜッ!」
「行くよソニックッ!」
「飛ばすぜアウラッ!」
「風みてェになァ!」「風のようにッ!」
*
要塞の城内で戦う、要の二大戦力。
ブレイヴはカワードのエネルギー波を危険と考え、接近戦を仕掛けていた。
直接相手の両手をこちらの両手で掴み、機械仕掛けのドラゴン同士による組み手の状態だ。
「……しかし驚いたな。正直……ここまで来られるとは思っていなかった」
カワードはブレイヴを抑えるので精一杯だが、中のゼロの方は恐ろしいまでに余裕綽々の様子だ。
「あァッ!? 舐めてんじゃねェぞコラァッ!」
「一体あれだけの戦力を……どうやって無視してきたのか」
「ハッ! アウラとソニックのこと知らなかったみてェだなァ!」
「? 〝連合の疾風〟が……? 彼らが倒せないレベルの者で、溢れているはずだが……」
「何もかも、貴方の思い通りにはならない。この世界の人達は……私達じゃ測り切れないほど、強い人達ばかりだから」
「……ふむ。まあどうでもいい。どうせ……長くは持たないだろう」
ゼロの推測は外れていない。確かに既に、ソニックは限界を迎えている。このままでは、彼らが倒れるのも時間の問題だろう。
「ユーリ! アイツらは……」
「……信じるしかない。とにかく私達は、この男から目を放すわけにはいかないッ!」
*
アウラたちの援護をしていたのは、反戦軍の陸上戦艦・ディープマダーZ。
大砲を放って敵の動きを鈍らせていたが、そこまで効果は見られない。
「クソ……。ソニックのスピードが、見るからに落ちてるぜってんよ!」
「見える程度の速度になってるねぇ……どうも」
グレン・ブレイクローとキクは俯瞰的に戦況を見つめているが、この戦艦も安全ではない。
敵がソニックの速さに翻弄されている所為でこちらに来ないだけで、いつ危険が迫ってもおかしくはない。
「ペンタスッ! 対空砲の弾はまだ残ってんのか!?」
戦艦戦闘を担当するペンタス・ヘラライは、今日は珍しく大きく目を開いて起きている。
近視なので、目の前の画面がよく見えるようにと普段掛けている眼鏡まで額の方に乗せている。
「弾は……」
「うりゃうりゃうりゃ!」
「……今アネモネが適当に撃ってるので最後」
「何やってんだってんよ!」
「全弾命中ッ!」
「「アネモネ!?」」
普段声出し担当のアネモネ・ルーアは、実はここで初めて大砲を使った。
「……」
一方で情報通信担当のつばきとロケア・ベントは、先程からずっと画面を見つめてキーボードを叩いている。
「……いけそうですな。つばきさん」
ロケアはいつもの渋い顔を涙で汚すことなく、つばきの方に微笑みかけた。
「はいッ! ジャミング・ギア……ッ!」
*
つばきが『それ』を発動すると、この船から上空に向かって、妨害電波が流れ出す。
それは、ノイドの動きを著しく制限する、ノイドに対してしか効かない妨害電波だ。
そして、少しでも動きが鈍ればアウラとソニックが見逃さない。
「!? ハハ……ッ! ノイドの動きが止まったぜッ!」
「ああ……鉄紛はほとんど蹴散らした。次は彼らを……ッ!」
そして、動きの止まったノイドたちを一気に倒しにかかる。
たとえ『覚醒』の状態にあるノイドでも、動かなければどうということはない。
空中で何も出来ずにいる彼らを、刹那でそのまま落下させてみせた。
*
「おおッ! 凄いぜつばき! ロケア!」
「う、ううう上手くいったぁ……。そ、ソニックさんもいるし、鉄にも効いちゃったらどうしようかと……」
「ふぅ……」
「ロケアさん! 泣いていいですか!?」
「じゃあ僕は寝るかァ……」
「マーベラスッ!」
操縦を一人で担うザクロ・アンダスタンは、右手で舵を握りながら左手で親指を立てる。
彼に続いて、グレンはニッコリと頷いた。
「さて……これで──」
だがそこで、残された敵は思いもよらぬ選択をする──
*
「「「「「『完全同化』」」」」」
「ッ!? コイツら……ッ!」
「……そう来たか……。いや、死んで良いと思っているのなら、当然か……ッ!」
アウラとソニックの『共存』は、永続的な『完全同化』だ。つまり目の前の敵たちと、段階としては変わらない。
限界を超えた者同士の対決で上回るのは、単純に元の鉄の性能の差。
ソニックの性能は並大抵ではない。だが、他の鉄の固有能力の中には、ソニックの能力だけでは対処が困難なものもあった。
その鉄たちが『完全同化』したのなら、勝機は一気に薄くなる。
「……クソ……。あとはほとんどこの鉄たちだけだってのによォ……!」
「……僕らの風は……まだ、止んだりしない……ッ!」
ソニックの性能はともかくとして、アウラ・エイドレスという搭乗者の能力は、この中で明確に突出していた。
恐らく、このアスガルタの丘にいる全ての鉄搭乗者の中で、最も──
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
驚くことに『完全同化』した鉄たちを、二人は何体もなぎ倒してみせた。
これは、ソニックの性能を引き出すだけではあり得ない事象。
ソニックと同化しているアウラの存在エネルギーが、それを可能にしてみせたのだ。
…………だがそれも、長くは続かない。
やがて攻撃を食らう頻度が増えると、ダメージはすぐに蓄積していく。
「ぐ……うああああああ!」
「がァァァァァァ!」
そしてとうとう、ソニックは地上に落下してしまった。
『完全同化』した鉄は意思が無いはずだが、まるでプログラムされたかのようにアウラのみを狙ってくる。
全員が、地上に膝をついたソニックのことを囲んでいた。
*
「クソッ! 何でコイツら……意思がないのに二人だけを狙うんだッ!」
「おお、恐らくですけど、二人が強すぎるんです……。ほ、本能で……全員が二人を排除しなければならないと、そう判断してしまっているんだと……お、思います」
反戦軍にはどうすることもできない。
そして、二人が取りこぼしたノイドや鉄紛たちも、ついにこの戦艦の方に迫って来ていた。
「グレン。こっちも囲まれちまってるよ」
「分かってるってんよ、キクさん! クソ……ッ! どうする……どうすりゃ……」
状況は絶望的。ユウキたちを頼ることも出来ない。
こちらの最高戦力を一つ失うかもしれないというのに、もう打つ手はない。
だが────────まだ、希望はある。
「随分、クズどもが集まってるじゃねェか」
*
ユーリのCギアに、通信が入る。
「……嘘……」
「どうしたユーリッ!」
ユウキたちはまだゼロ、カワードと戦っている最中だ。
しかし、彼女は驚愕の表情を作らずにはいられない。
「……あり得ない……。な、何で……?」
ブレイヴは、自分を引き離そうとするカワードに迫る。
距離を取られるわけにはいかない。近接戦闘だけに拘ろうとしていた。
そんな中でユーリはさっきから、耳を疑い続けている。
「何かあったか!? ユーリッ!」
そしてユーリは──笑みを漏らす。
「……来てくれたみたい。破れかぶれだったのに……フフ」
*
アウラは、突如としてこの戦場に現れたその『集団』を前に、思わず溜息を吐く。
「……遅いんだよ。クソマスクが……ッ!」
「シッシッシ! まったくだぜッ!」
今この戦場には──
──『連合軍』と『帝国軍』が現れていた。
「……さて。行くぞクズども。クズ野郎どもの相手をするのは、我々クズどもの役割だ」
「「「「「はっ!」」」」」
もちろん、全ての軍がここに現れたわけではない。
帝国軍の中で来たのは、クロウ・ドーベルマン大佐率いる第三師団の一部部隊のみ。
そして連合軍の中で来たのは、鉄数十体のみ。
それでもアウラとソニックが二人だけで戦っていた最悪の現状に、上向きの風が吹いてきていた。
風向きが変わると、連合軍の方を率いている者から、アウラに対して通信が入る。
『聞こえるか? アウラ・エイドレス』
「……ッ!? ステイト……中将……?」
『……今更、私のような者が何を言う資格もあるまい。子どもに戦わせ、何人も見殺しにしてきた……私のような人間には』
「……中将……」
アウラもステイトの立場的な問題を考えることは出来ている。だが、掛ける言葉は見つからない。
しかし彼にはそんなことをする必要はない。自分の意志でここまでやって来た彼には──
『……挙句の果てに、温室から指示を出すことしか出来ん臆病者の私には、口が裂けてもお前たちに助力するなどとは言えん。だが……せめて、これだけは願わせてほしい。…………生き延びてくれ』
アウラは目を細めながら、その言葉に頷いた。
そんなことは言われる前から、決意していること。しかし言われたなら、決意はより強く強靭に固まる。
「……はい。待っていてください。必ず戻りますので」
『……ッ!』
「ああそれと、Xに言っておいてください。貴方を必要として、まあ、正解ではあった……ってね」
恐らく本人が聞いたら、満足には受け入れられないだろう。
戦力をこちらに寄越すよう頼んだ相手は、ステイトではなくXだった。
その彼がここで連絡をしてこないのは、先の戦いでショウやメイシンが死んだ責任を、彼が背負っているからにほかならない。
無論、これまでの彼の全ては正しくなかった。だが、それでも今は全てがアウラたちの力になっている。
それだけは、間違いのないことなのだ。
*
そしてクロウが部下に先に戦わせている間、戦闘に入る前に連絡を取る相手が、ユーリだった。
『……言っておくが、私がここに来たのは、サザン・ハーンズの要請があったからだ。貴様らクズゲリラに頼まれたからではない』
「もしそうだったら相当な阿呆だよ。いや……来てくれるだけ、十分な阿呆かも」
『フン。相変わらず気に食わん女だ。…………サザンと連絡が取れん。随分遅れているようだが』
「みたいだね。多分……真っ直ぐ進めてないんじゃないかな?」
『……だろうな』
「……みんなに力を借りて、どっちの軍の人にも声掛けてもらったけど……まさか、来てくれるとは思わなかった。そもそも、話を信じるとも思わなかったし……」
『信じるか信じないかの問題ではない。目の前にどうしようもないクズがいる。これを見逃すほど…………私は、クズではない』
「……ありがとう」
フッと笑って通信は切る。こちらも戦いに集中しなければならない頃合いだ。
「……援軍か? 無駄なことだ。私たち『異端』がいればそれだけで……何の意味も無い」
「ハッ! 分かってねェなァ! 逆なんだよ逆ッ! 厄介なのは『数』に任せた雑兵だったッッ! お前ら程度は、端から俺達だけで十分なんだよッ! さァどうする!? もうこれ以上『数』は増やさせねェ! もっと大勢出しておくんだったなァ!」
ゼロには確かに無限に異世界の存在を呼び出す力があるが、それを隠し続けるのも限度がある。
彼はこれでも、そのギリギリを攻めただけの『数』を、ここに用意してきたつもりだ。
だがゼロは、アウラとソニック、そして名も知らぬ者達の力を、完全に見くびっていた。
「所詮は烏合の衆」
「そうだカワード。……いくら束になろうと、この世界はどうしようもない」
「いいえ。束になるから意味がある」
「我らは撚り合わさってこそ、価値がある」
「そうして紡いでいくことが、俺達の世界の全てなのさッ! ……分からねェだろ? だったら、分かろうとしてみろッ! 無駄でも無意味でもないって、思えるまでよォッ!」




