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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
九章【糸を紡いで紐を成す】
133/158

『語られぬ戦い』

◇ 界機暦かいきれき三〇三一年 七月二十八日 ◇

■ ノイド帝国 アスガルタの丘 ■


 最後の戦いが始まった。

 移動要塞マキナの城の中で、ユウキ・ストリンガーたちはゼロと直接相対する。


「……やはり……」


 ブレイヴは、カワードのコックピットを開けて姿を晒すゼロを見て、確信した。


「どうした?」

「……この男、やはり妙な違和感がある。いや、この男だけではない。あの『クロガネマガイ』はともかく、あの人間とノイドもそうだ。まるで……『あの男』を前にしているような、違和感が……」

「あの男?」

「……我が創造主、マキナ・エクスだ」

「「!?」」


 ユウキとユーリは目を見開き、ゼロに視線を向ける。


「……まあ当然だろう。私は、マキナ・エクス……もとい、世界の神の生まれ変わりなのだから」

「何だとッ!?」

「だからどうということはない。そもそも、この世界のマキナ・エクスとは何の関係もない。私は私の世界における『異端』であっただけで、他の世界にも『異端』はいる。マシヴァもアマネクも…………いや、まあいい。それよりまだ向かって来ないのかい?」

「……お前に聞きたいことがある」

「……」


 ゼロはカワードのコックピットを閉め、そのまま攻撃態勢に入る。


「どうしてお前は──」


 そしてゼロは、無言のまま攻撃を放つ──



「アミターバ」



 カワードの言葉だけが響くと、彼が合わせた両手の間に光が生まれる。

 その光の塊がエネルギー波となって、ブレイヴの方に解き放たれた。


「……ッ!? コイツ……クソッ!」


 ギリギリで躱したが、そのエネルギー波の威力は凄まじい。

 城の壁に大きな穴を開け、そのまま空高く上空まで向かって行き、次々に雲を消滅させた。


「……当たったらまずかったね」

「ユウキッ! ユーリッ! 問答は……」

「ああ分かったさ。『無意味』って……言いたいんだろッ!? コイツはッ!」


 ユウキは歯をギリギリを噛み締める。

 無論、空っぽの男と分かり合えるなどと思っていたわけではない。

 説得がしたかったわけでもない。

 ただ、どうしても知りたかった。

 己の愛する人物を、どうしてこの男は殺したのかということを。


「ゼロ……いや! 別の世界のハルカ・レイッ! お前はここで終わらせるッ! 俺達が終わらせるッ!」

「……ハルカ……? さて……誰のことだったかな……」


     *


 移動要塞から離れた地上。

 遠くからカワードの攻撃を視認したアマネクは、少しだけ目を細めた。


「……始まったか」

「よそ見してんじゃねェぞォォォォォォォォ!」


 向かって行くのはデンボクとマスクド・マッスラー。

 唸る拳を握り締め、全裸の人間に殴り掛かる。



「ッ!?」



 だが、アマネクはその拳を容易く片手で受け止めた。

 そしてそのままマスクドの腕を掴むと、ブンブン振り回して空中に投げ飛ばす。


「うおおおおお!?」

「ぐッ……何なんだこの男はッ!?」


 そしてそのまま大地を蹴り、空中に飛び上がる。

 マスクドに追い打ちを仕掛けようとしたところ、α《アルファ》の『領域』に入り込んだ。


「死ねッ!」


 灰蝋はいろうの意志により、α《アルファ》の弾丸がアマネクを捉える。

 だがしかし、確定必中の弾丸が降り注ぐものの、アマネクはそれらを全て素手の打撃で叩き落としてみせた。


「嘘……」


 そしてもう一度マスクドに接近し、その体に引っ付く。


「まずは一匹」


 だがここで、アマネクの『影』がマスクドの体に出来る。


「死なせないッ!」


 影の中から幽葉・ラウグレーとクロロが飛び出し、アマネクを弾き飛ばす。

 そのまま小銃ライフルの銃口を向けると、どこからどう見ても空中の彼には逃げ場が無い。

 だが、それは普通の人間の場合の話。


「……」


 アマネクは空を蹴って回転し、体勢を戻してからまた空を蹴る。

 そうして、いとも容易く弾丸を全て避け切ってしまった。


「イカレてやがる……ッ!」

「何この生物」

「デンボクッ! 何で俺より人間のコイツの方が硬ェんだッ!?」

「話を聞いてなかったのか? 面倒な……」

「……これが、『神の子』の力ってことなのかな」

「じょ、常識が通用しないよ……」


 既に、三体のクロガネは皆『超同期オーバーシンクロ』に至っている。

 一個旅団に匹敵する力が、ここに三個もあるということだ。

 だがその三体が力を合わせてもなお、掠り傷一つ付けられない。

 それが、目の前の『人間』──アマネクだった。


「……クロガネ如きで、私を殺せると思っているのか?」


 アマネクは再び地上に着地し、上空にいる三体のクロガネを睨み付けた。

 しかし、灰蝋は鼻で笑って返す。


クロガネだけなら……無理だろうな」

「『俺がいる』って?」

「……黙れ」

「フッ」


 今まで灰蝋が言っていた『黙れ』と違って、そこには優しさが少しだけ含まれていた。

 ずっと彼に付いていたα《アルファ》には、それがよく分かる。


「……愚かなことだ。個としての進化を諦め、脆弱なまま他者に依存する……。それが……人間の辿り着く未来なのか」

「良いことだね」

「面倒ではない」

「…………そうか」


 アマネクからすれば、最早どうでもいいことだ。

 既に自身の世界で死亡している彼は、確かに虚無に身を委ねていた。

 だが──



 グシャッ



「「「!?」」」


 アマネクは、少しだけ足に力が入り、大地にひびを入れた。


「……私は既に死んでいる。この世界の人間を憂うつもりもない。だが…………やはり、この世界も滅ぶべきだ。父の望んだ存在である、ゼロ様の力によって」

「フン……。出来るものならな……ッ!」


     *


 移動要塞の中、城下町でも戦闘は行われている。

 エヴリン・レイスターと反戦軍の戦闘員たちが相手をしているのは、オールバックの白髪の老人ノイド──マシヴァ。

 武器は包帯で巻きながら手と接着した三叉槍。特殊な攻撃は何も無い。だが、驚異的なのはその身体能力。

 スピードだけならアウラとソニックほどではないが、ただ腕を振るうだけで斬撃を飛ばす筋力と、こちらの動きを読む動体視力が尋常ではない。

 皺だらけの瞼で開けていないように見える目だというのに、どうやら関係ないらしい。

 もしかすると、五感全てが秀でているのかもしれない。


「ぐおッ!?」

「速いぜコイツッ!」

「硬いぞコイツッ!」

「マジで強いぜこのジジイッ!」


 鈍重なバラ・ローゼクトたちの鉄紛クロガネマガイでは、マシヴァに翻弄されるばかり。

 いくらダメージを与えようにも、素早さに追いつけない。


「みんな!」


 アカネ・リントも鉄紛クロガネマガイを攻撃するマシヴァに攻撃を仕掛けるが、次の瞬間には別の者の方にいる。


「クソッ!」


 戦局を動かせるのは、六戦機ろくせんきのエヴリン・レイスター。

 彼女は自身の体を磁力で生み出した鎧──磁製上衣オートクチュールで覆い、さらにその上から磁力を与えた周辺の建物を引き寄せる。

 無機物を己の好きなように固め、それによってロボットのような怪物を作り出し、自らがそれを操る。


磁気製獣プレタポルテッ!」


 竜のような無機物の怪物に自身が合体したような状態で、エヴリンはマシヴァを仕留めようとする。

 巨大であるが、鈍重ではない。むしろ辺り一遍に磁力を与えているため、引き合う力と反発する力を凄まじい速度で繰り返すことで、かなりの速度を出せるようにしている。

 しかし、その磁力を操るエヴリン自身の速さが、マシヴァに劣っていた。


「鈍い」

「ッ!?」


 三叉槍の一撃が、怪物の動きを避けてエヴリンに襲い掛かる。


「きゃあああ!」

「エヴリンッ!」


 エヴリンの鎧は破壊され、彼女は空中に投げ出される。

 だが、彼女はこの程度でやられる女ではない。

 すぐに空中で体勢を戻すと、ジェット・ギアで上空に留まってみせた。


「くッ……!」

「大丈夫?」

「当然です……ッ! でも……『覚醒レイズ』の私が、ここまで反応できないなんて……」

「初めての経験?」

「……ユウキさん以来です」

「アイツもバケモンだわ……」


 溜息を吐く余裕はあるが、アカネもエヴリンも冷静に相手の出方を窺っている。

 一度動きを止めた様子だが、別に向こうに不利が生まれたわけではない。

 マシヴァは前屈みの体勢で、何やらブツブツと呟いている。


「……どうしました?」

「…………何故、『超過ネクスト』を使わぬ?」

「!?」

「儂が『覚醒レイズ』に至らぬうちは、なるまでもないと考えておるのか?」

「……」


 そういうわけではない。エヴリンからすれば、ここで直ちに全力を出さない理由など無い。

 ただ単純に、戦闘が始まってすぐに『超過ネクスト』に至るのが、全力の出し方として正しくないというだけの話だ。


「……私の『超過ネクスト』は、シドウさんほど完璧ではないので。長時間持続させられないんです」

「エヴリン、言わなくていいって。弱点じゃないの」

「あ」


 エヴリンの弱点はもう一つ。このように、戦い慣れていないという点だ。


「……『完璧』……か。お主たちは、完璧な『超過ネクスト』を使わぬだろうに」

「? どういう意味ですか?」

「本来『超過ネクスト』というのは、ノイドが命を捧げて手に入れる、限界を超えた力のこと。それを使用した者は……死に至る」

「……知っていますよ。それはもちろん」

「では、お主ら六戦機の使う『それ』は何じゃ? 肉体に変わるわけでもない、『超過ネクスト』の紛い物。それともお主ら自身が、ノイドマガイとでも言うつもりか」

「……お爺さん。世界は未来に向かっているんです。知らないものが出てくるのも当然。私達の使う『これ』こそが、今の時代の『超過ネクスト』なんです」



「……無礼じゃのう」


 そしてマシヴァの体から、闇のような黒い光が溢れ出す。

 背には光背が現れ、黒い光は全身を覆い始める。

 そして驚くことに、マシヴァの体は完全に……姿かたちを変えた。


「……」


 機械の体が肉体に変貌しただけならば、先の説明通り『超過ネクスト』なのだと納得することが出来る。

 だが、そうではない。マシヴァの体は機械の体ではなくなったが、肉体に変わったわけでもない。

 理屈は何も分からないが、髪はそのままで、その全身は────────骨と化していた。



「……ッ! 『超過ネクスト』ッ!」


 エヴリンも彼の変貌を見て、少しだけ遅れたが『超過ネクスト』に至るべきと判断。

 光沢と共に赤い光の輝きは増し、瞳や髪もその光を纏っている。

 光背が出て機械の血管が浮き上がると、動体視力は今までの倍以上に上がる────が。


「がッ……」


 三叉槍が、エヴリンの肩を貫いた。


「避けたか」

「……ッ!」


 エヴリンは刹那の危機察知能力で半歩下がったが、それでも完全に避けることは出来なかった。

 衝撃で、彼女の仮面は外れて地に落ちてしまっている。

 そしてマシヴァは、急所を狙うためすぐに三叉槍を抜き取る。

 抜き取ったならもう一度大きく振り被り──


焔煉斬えんれんざんッ!」

ウィングッ!」

「スネイクバイト~」


 アカネともう二人。マツバ・ヒーデリとボタン・ヒーデリが何とか反応して、マシヴァを退かせる。

 だが、残念なことにダメージは与えられていない。


「エヴリン!」

「……大……丈夫……です……」

「!?」


 エヴリンの肩は、どういうわけか自ら傷穴を塞ごうとしていた。


「……私の体は、与えるまでもなく初めから磁力を持っています。そしてその磁力を……私は好きなように操れる……」

「……まだいけるわよね?」

「だから……当然じゃないですか」


 敵は強力だが、諦める気は微塵もない。

 赤い光の輝きを増し続けるエヴリンの一方で、マシヴァは光と呼ぶべきなのかも分からない黒い闇で、辺りを飲み込まんとしていた。


     *


「YEAHHHHHHHHHHHHHH!」


 要塞の中心部。城の城門付近で荷電粒子砲を無造作に撃ち放ち続けているのは、意思のある未来の『クロガネマガイ』、ラフ。

 それと戦うのはカイン・サーキュラスとマリア、トルクの三人組。

 マリアの力でトルクは『超同期オーバーシンクロ』し、カインは『覚醒レイズ』の状態に至っている。

 それでも、まだラフにダメージは与えられていなかった。


「クソッ! 攻撃範囲が広すぎる……ッ!」

「だが、避けられないわけではない」

「そうだよカイン! 勝とうッ!」

「ああッ!」


 向こうの攻撃方法が一つなら、こちらの攻撃方法も一つ。

 カインたちに出来るのはいつだって、敵を回転に巻き込むことだけだ。


「「「スピンオンモーメントッ!」」」


 無限の回転エネルギーが加わって、途轍もない破壊力の円盤をラフに向けて吹っ飛ばす。


「HAッ!?」


 ラフの放った荷電粒子砲すらも、回転に巻き込んで無力化させる。

 円盤は完全に真っ直ぐ飛んでいき、ラフに直撃した。


「当たったッ!」


 全てを巻き込んで衝突した所為で、激しい煙が上空に舞っている。

 だが、空中に飛んでいたラフはまだ落ちてこない。

 カインも一撃で終わるとは思っていなかったが、地上に落下することもないというのは予想外だった。


「……流石にまだか」

「だが効いているはずだ。このまま戦えば……」

「勝つのは私達。ですよね? トルクさん!」



 ゴォォォォォォォォォォォォ



 そして、煙は強烈な衝撃によって勢いよく晴れていく。


「HOOOOOッ! 今のは痛かったなァ! 亡霊の攻撃にしてはァ!」


 ラフは、荷電粒子砲をまき散らしながら煙を振り払ってみせた。


「……亡霊? 亡霊はそっちだろ? ユーリに聞いたんだ。ゼロの腹心の連中は、既に元の世界で死んでいる奴らだって」

「? AH……。(エヌ)(エヌ)たちはそうだろうが、俺様は違う。俺様はッ! こんなローテクの時代よりも、遥か未来からやって来ているッ!」

「……? そう……なのか。いや、だから何だよ! 関係ないッ!」

「大有りだぜッ! 亡霊どもッ!」

「だから誰が亡霊……」

「亡霊だろッ!? 『生きている』なんて……俺様からすればそれだけで、前時代的だぜッ!」

「……!? どういう……」

「食らえよッ! YEAHHHHHHHH!」


 荷電粒子砲は強力な攻撃手段だが、円盤で無力化させられるなら問題ではない。

 倒せない相手ではないと、トルクとマリアは確信していた。

 ただカインだけは、僅かに嫌な予感を抱いている──

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