『語られぬ戦い』
◇ 界機暦三〇三一年 七月二十八日 ◇
■ ノイド帝国 アスガルタの丘 ■
最後の戦いが始まった。
移動要塞マキナの城の中で、ユウキ・ストリンガーたちはゼロと直接相対する。
「……やはり……」
ブレイヴは、カワードのコックピットを開けて姿を晒すゼロを見て、確信した。
「どうした?」
「……この男、やはり妙な違和感がある。いや、この男だけではない。あの『クロガネマガイ』はともかく、あの人間とノイドもそうだ。まるで……『あの男』を前にしているような、違和感が……」
「あの男?」
「……我が創造主、マキナ・エクスだ」
「「!?」」
ユウキとユーリは目を見開き、ゼロに視線を向ける。
「……まあ当然だろう。私は、マキナ・エクス……もとい、世界の神の生まれ変わりなのだから」
「何だとッ!?」
「だからどうということはない。そもそも、この世界のマキナ・エクスとは何の関係もない。私は私の世界における『異端』であっただけで、他の世界にも『異端』はいる。マシヴァもアマネクも…………いや、まあいい。それよりまだ向かって来ないのかい?」
「……お前に聞きたいことがある」
「……」
ゼロはカワードのコックピットを閉め、そのまま攻撃態勢に入る。
「どうしてお前は──」
そしてゼロは、無言のまま攻撃を放つ──
「アミターバ」
カワードの言葉だけが響くと、彼が合わせた両手の間に光が生まれる。
その光の塊がエネルギー波となって、ブレイヴの方に解き放たれた。
「……ッ!? コイツ……クソッ!」
ギリギリで躱したが、そのエネルギー波の威力は凄まじい。
城の壁に大きな穴を開け、そのまま空高く上空まで向かって行き、次々に雲を消滅させた。
「……当たったらまずかったね」
「ユウキッ! ユーリッ! 問答は……」
「ああ分かったさ。『無意味』って……言いたいんだろッ!? コイツはッ!」
ユウキは歯をギリギリを噛み締める。
無論、空っぽの男と分かり合えるなどと思っていたわけではない。
説得がしたかったわけでもない。
ただ、どうしても知りたかった。
己の愛する人物を、どうしてこの男は殺したのかということを。
「ゼロ……いや! 別の世界のハルカ・レイッ! お前はここで終わらせるッ! 俺達が終わらせるッ!」
「……ハルカ……? さて……誰のことだったかな……」
*
移動要塞から離れた地上。
遠くからカワードの攻撃を視認したアマネクは、少しだけ目を細めた。
「……始まったか」
「よそ見してんじゃねェぞォォォォォォォォ!」
向かって行くのはデンボクとマスクド・マッスラー。
唸る拳を握り締め、全裸の人間に殴り掛かる。
「ッ!?」
だが、アマネクはその拳を容易く片手で受け止めた。
そしてそのままマスクドの腕を掴むと、ブンブン振り回して空中に投げ飛ばす。
「うおおおおお!?」
「ぐッ……何なんだこの男はッ!?」
そしてそのまま大地を蹴り、空中に飛び上がる。
マスクドに追い打ちを仕掛けようとしたところ、α《アルファ》の『領域』に入り込んだ。
「死ねッ!」
灰蝋の意志により、α《アルファ》の弾丸がアマネクを捉える。
だがしかし、確定必中の弾丸が降り注ぐものの、アマネクはそれらを全て素手の打撃で叩き落としてみせた。
「嘘……」
そしてもう一度マスクドに接近し、その体に引っ付く。
「まずは一匹」
だがここで、アマネクの『影』がマスクドの体に出来る。
「死なせないッ!」
影の中から幽葉・ラウグレーとクロロが飛び出し、アマネクを弾き飛ばす。
そのまま小銃の銃口を向けると、どこからどう見ても空中の彼には逃げ場が無い。
だが、それは普通の人間の場合の話。
「……」
アマネクは空を蹴って回転し、体勢を戻してからまた空を蹴る。
そうして、いとも容易く弾丸を全て避け切ってしまった。
「イカレてやがる……ッ!」
「何この生物」
「デンボクッ! 何で俺より人間のコイツの方が硬ェんだッ!?」
「話を聞いてなかったのか? 面倒な……」
「……これが、『神の子』の力ってことなのかな」
「じょ、常識が通用しないよ……」
既に、三体の鉄は皆『超同期』に至っている。
一個旅団に匹敵する力が、ここに三個もあるということだ。
だがその三体が力を合わせてもなお、掠り傷一つ付けられない。
それが、目の前の『人間』──アマネクだった。
「……鉄如きで、私を殺せると思っているのか?」
アマネクは再び地上に着地し、上空にいる三体の鉄を睨み付けた。
しかし、灰蝋は鼻で笑って返す。
「鉄だけなら……無理だろうな」
「『俺がいる』って?」
「……黙れ」
「フッ」
今まで灰蝋が言っていた『黙れ』と違って、そこには優しさが少しだけ含まれていた。
ずっと彼に付いていたα《アルファ》には、それがよく分かる。
「……愚かなことだ。個としての進化を諦め、脆弱なまま他者に依存する……。それが……人間の辿り着く未来なのか」
「良いことだね」
「面倒ではない」
「…………そうか」
アマネクからすれば、最早どうでもいいことだ。
既に自身の世界で死亡している彼は、確かに虚無に身を委ねていた。
だが──
グシャッ
「「「!?」」」
アマネクは、少しだけ足に力が入り、大地にひびを入れた。
「……私は既に死んでいる。この世界の人間を憂うつもりもない。だが…………やはり、この世界も滅ぶべきだ。父の望んだ存在である、ゼロ様の力によって」
「フン……。出来るものならな……ッ!」
*
移動要塞の中、城下町でも戦闘は行われている。
エヴリン・レイスターと反戦軍の戦闘員たちが相手をしているのは、オールバックの白髪の老人ノイド──マシヴァ。
武器は包帯で巻きながら手と接着した三叉槍。特殊な攻撃は何も無い。だが、驚異的なのはその身体能力。
スピードだけならアウラとソニックほどではないが、ただ腕を振るうだけで斬撃を飛ばす筋力と、こちらの動きを読む動体視力が尋常ではない。
皺だらけの瞼で開けていないように見える目だというのに、どうやら関係ないらしい。
もしかすると、五感全てが秀でているのかもしれない。
「ぐおッ!?」
「速いぜコイツッ!」
「硬いぞコイツッ!」
「マジで強いぜこのジジイッ!」
鈍重なバラ・ローゼクトたちの鉄紛では、マシヴァに翻弄されるばかり。
いくらダメージを与えようにも、素早さに追いつけない。
「みんな!」
アカネ・リントも鉄紛を攻撃するマシヴァに攻撃を仕掛けるが、次の瞬間には別の者の方にいる。
「クソッ!」
戦局を動かせるのは、六戦機のエヴリン・レイスター。
彼女は自身の体を磁力で生み出した鎧──磁製上衣で覆い、さらにその上から磁力を与えた周辺の建物を引き寄せる。
無機物を己の好きなように固め、それによってロボットのような怪物を作り出し、自らがそれを操る。
「磁気製獣ッ!」
竜のような無機物の怪物に自身が合体したような状態で、エヴリンはマシヴァを仕留めようとする。
巨大であるが、鈍重ではない。むしろ辺り一遍に磁力を与えているため、引き合う力と反発する力を凄まじい速度で繰り返すことで、かなりの速度を出せるようにしている。
しかし、その磁力を操るエヴリン自身の速さが、マシヴァに劣っていた。
「鈍い」
「ッ!?」
三叉槍の一撃が、怪物の動きを避けてエヴリンに襲い掛かる。
「きゃあああ!」
「エヴリンッ!」
エヴリンの鎧は破壊され、彼女は空中に投げ出される。
だが、彼女はこの程度でやられる女ではない。
すぐに空中で体勢を戻すと、ジェット・ギアで上空に留まってみせた。
「くッ……!」
「大丈夫?」
「当然です……ッ! でも……『覚醒』の私が、ここまで反応できないなんて……」
「初めての経験?」
「……ユウキさん以来です」
「アイツもバケモンだわ……」
溜息を吐く余裕はあるが、アカネもエヴリンも冷静に相手の出方を窺っている。
一度動きを止めた様子だが、別に向こうに不利が生まれたわけではない。
マシヴァは前屈みの体勢で、何やらブツブツと呟いている。
「……どうしました?」
「…………何故、『超過』を使わぬ?」
「!?」
「儂が『覚醒』に至らぬうちは、なるまでもないと考えておるのか?」
「……」
そういうわけではない。エヴリンからすれば、ここで直ちに全力を出さない理由など無い。
ただ単純に、戦闘が始まってすぐに『超過』に至るのが、全力の出し方として正しくないというだけの話だ。
「……私の『超過』は、シドウさんほど完璧ではないので。長時間持続させられないんです」
「エヴリン、言わなくていいって。弱点じゃないの」
「あ」
エヴリンの弱点はもう一つ。このように、戦い慣れていないという点だ。
「……『完璧』……か。お主たちは、完璧な『超過』を使わぬだろうに」
「? どういう意味ですか?」
「本来『超過』というのは、ノイドが命を捧げて手に入れる、限界を超えた力のこと。それを使用した者は……死に至る」
「……知っていますよ。それはもちろん」
「では、お主ら六戦機の使う『それ』は何じゃ? 肉体に変わるわけでもない、『超過』の紛い物。それともお主ら自身が、ノイドマガイとでも言うつもりか」
「……お爺さん。世界は未来に向かっているんです。知らないものが出てくるのも当然。私達の使う『これ』こそが、今の時代の『超過』なんです」
「……無礼じゃのう」
そしてマシヴァの体から、闇のような黒い光が溢れ出す。
背には光背が現れ、黒い光は全身を覆い始める。
そして驚くことに、マシヴァの体は完全に……姿かたちを変えた。
「……」
機械の体が肉体に変貌しただけならば、先の説明通り『超過』なのだと納得することが出来る。
だが、そうではない。マシヴァの体は機械の体ではなくなったが、肉体に変わったわけでもない。
理屈は何も分からないが、髪はそのままで、その全身は────────骨と化していた。
「……ッ! 『超過』ッ!」
エヴリンも彼の変貌を見て、少しだけ遅れたが『超過』に至るべきと判断。
光沢と共に赤い光の輝きは増し、瞳や髪もその光を纏っている。
光背が出て機械の血管が浮き上がると、動体視力は今までの倍以上に上がる────が。
「がッ……」
三叉槍が、エヴリンの肩を貫いた。
「避けたか」
「……ッ!」
エヴリンは刹那の危機察知能力で半歩下がったが、それでも完全に避けることは出来なかった。
衝撃で、彼女の仮面は外れて地に落ちてしまっている。
そしてマシヴァは、急所を狙うためすぐに三叉槍を抜き取る。
抜き取ったならもう一度大きく振り被り──
「焔煉斬ッ!」
「雨ッ!」
「スネイクバイト~」
アカネともう二人。マツバ・ヒーデリとボタン・ヒーデリが何とか反応して、マシヴァを退かせる。
だが、残念なことにダメージは与えられていない。
「エヴリン!」
「……大……丈夫……です……」
「!?」
エヴリンの肩は、どういうわけか自ら傷穴を塞ごうとしていた。
「……私の体は、与えるまでもなく初めから磁力を持っています。そしてその磁力を……私は好きなように操れる……」
「……まだいけるわよね?」
「だから……当然じゃないですか」
敵は強力だが、諦める気は微塵もない。
赤い光の輝きを増し続けるエヴリンの一方で、マシヴァは光と呼ぶべきなのかも分からない黒い闇で、辺りを飲み込まんとしていた。
*
「YEAHHHHHHHHHHHHHH!」
要塞の中心部。城の城門付近で荷電粒子砲を無造作に撃ち放ち続けているのは、意思のある未来の『クロガネマガイ』、ラフ。
それと戦うのはカイン・サーキュラスとマリア、トルクの三人組。
マリアの力でトルクは『超同期』し、カインは『覚醒』の状態に至っている。
それでも、まだラフにダメージは与えられていなかった。
「クソッ! 攻撃範囲が広すぎる……ッ!」
「だが、避けられないわけではない」
「そうだよカイン! 勝とうッ!」
「ああッ!」
向こうの攻撃方法が一つなら、こちらの攻撃方法も一つ。
カインたちに出来るのはいつだって、敵を回転に巻き込むことだけだ。
「「「スピンオンモーメントッ!」」」
無限の回転エネルギーが加わって、途轍もない破壊力の円盤をラフに向けて吹っ飛ばす。
「HAッ!?」
ラフの放った荷電粒子砲すらも、回転に巻き込んで無力化させる。
円盤は完全に真っ直ぐ飛んでいき、ラフに直撃した。
「当たったッ!」
全てを巻き込んで衝突した所為で、激しい煙が上空に舞っている。
だが、空中に飛んでいたラフはまだ落ちてこない。
カインも一撃で終わるとは思っていなかったが、地上に落下することもないというのは予想外だった。
「……流石にまだか」
「だが効いているはずだ。このまま戦えば……」
「勝つのは私達。ですよね? トルクさん!」
ゴォォォォォォォォォォォォ
そして、煙は強烈な衝撃によって勢いよく晴れていく。
「HOOOOOッ! 今のは痛かったなァ! 亡霊の攻撃にしてはァ!」
ラフは、荷電粒子砲をまき散らしながら煙を振り払ってみせた。
「……亡霊? 亡霊はそっちだろ? ユーリに聞いたんだ。ゼロの腹心の連中は、既に元の世界で死んでいる奴らだって」
「? AH……。N・Nたちはそうだろうが、俺様は違う。俺様はッ! こんなローテクの時代よりも、遥か未来からやって来ているッ!」
「……? そう……なのか。いや、だから何だよ! 関係ないッ!」
「大有りだぜッ! 亡霊どもッ!」
「だから誰が亡霊……」
「亡霊だろッ!? 『生きている』なんて……俺様からすればそれだけで、前時代的だぜッ!」
「……!? どういう……」
「食らえよッ! YEAHHHHHHHH!」
荷電粒子砲は強力な攻撃手段だが、円盤で無力化させられるなら問題ではない。
倒せない相手ではないと、トルクとマリアは確信していた。
ただカインだけは、僅かに嫌な予感を抱いている──




