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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
八章【彼方から零へ】
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『before:敢闘』

◇ 界竜暦かいりゅうれき三〇二四年 十月二十四日 ◇

■ アスラ共和国 ■


 ワールド・ギアは、義眼と腕輪の二つで一つ。

 義眼の効果は、異世界からワールド・ギアを持つ者のいる世界に、あらゆる存在を召喚すること。

 腕輪の効果は、ワールド・ギアを持つ者自身が、今いる世界から異世界に転移すること。

 つまり、腕輪の効果で異世界に転移するのは、一人とは限らない──


「……なるほど。そういうことか……」


 ゼロは見知らぬ場所で目を覚ますと、またすぐに動き出した。

 全ては世界を解れさせるため。ただその衝動に任せ、進み続けるのだった。


     *


◇ 同日 ◇

■ モーハナ国 ■


 目を開いたユウキは、そのまま自身の置かれている状況を知って愕然とする。

 彼女は今、木の上から落下中──


「な……ッ!?」


 転移してすぐ、ユウキは危機に陥った。

 高い木の上から地面に落下すれば、取り敢えず大怪我は必至だろう。

 しかしその時、颯爽と落下中の彼女を掴む者が、一人。

 木々を飛び移りながら、その人物は抱えたユウキに顔を向ける。


「や。大丈夫?」

「え……」


 勇ましい顔つきをしていた。助けてくれたのは、一人のノイド。 

 ボーイッシュな容姿で、スラッとした体型。

 そして何より、希望の光に満ちたその瞳は、絶望していた彼女を一瞬で明るみの中に引っ張り出す。


「危なかったね。でももう大丈夫」

「……貴方……は……」



「僕の名前は、ユウキ・ストリンガー。繋ぎ止めてね、僕の名を。君のその精神にッ!」



「…………ッ!?」


 そして彼女は理解する。

 ここは確かに、今まで自分がいた世界とは異なる世界。

 目の前にいるのは…………もう一人の自分自身。


 息を飲まずにはいられない。

 彼女はまだ、希望を捨てることが出来ない。

 まだ分かっていないことを、いつか必ず分かるために。

 己の選択を、貫き通すと決めていた──


     *


 自己紹介を終えると、当然ながらこちらの世界のユウキは戸惑った様子だった。

 同じ名前を名乗る以上、ユウキは別の世界から来たことまで包み隠さず、一気に話してしまったのだ。

 おかげで暫くの間、情報を整理するために立ち止まることになってしまっていた。


「……うーん…………別の世界から来た……ユウキ・ストリンガー……。うぅむ……」

「……ご、ごめん。急にこんなこと言われても……信じられないよね」

「……いいや」

「え?」

「信じるよ。だって君も、『ユウキ・ストリンガー』なんでしょ? 何となく……僕も君に、シンパシーを感じる。だから信じるさ。そのワールド・ギアとやらのことも」

「……!」


 この世界のユウキは、一瞬で混乱を振り払ってみせた。

 その強い瞳は、どんな虚無をも寄せ付けない光を宿している。


「……しかしまあ、問題は呼び方だよね。僕も『ユウキ』だから、何だか紛らわしいよね……」

「そう……だね」

「よぅし。じゃあ君のことはこれから、『ユキ』って呼ぶことにするよ」

「え?」

「良いよね!」

「え、あ…………うん」


 押し切られる形。『この世界』では、彼女は『ユキ』と名乗ることに決定してしまった。

 だが、名前などはどうだっていい。

 ユウキは既に理解していた。ワールド・ギアの、その効果を。

 こちらに来ている異世界の存在は──自分だけではない。

 何かに拘っている暇など無い。彼女には、今すぐにでもやらなければならないことがあるからだ。


 『ユウキ』と出会った『ユキ』は、すぐにゼロの捜索を始めた。

 何の当てもない状態からのスタートだったが、ユウキが協力してくれると言い出してくれたため、順調に情報は集まっていく。

 そしてついに、ユキはゼロの現在の居場所を知ることになる。


     *


◇ 界竜暦かいりゅうれき三〇二四年 十一月十日 ◇

■ モーハナ国 ■

 

 この世界のユウキには、どうやら職が無いようだった。

 自称『冒険家』で、世界中を転々としているという話らしい。

 ノイドなので、最悪何も食べずに失った体力は回復できる。ただ、その場合自身の核の酷使で寿命は短くなり、成長は出来ない。

 どうもユウキは、そんなことを気にせずに文無しでぶらぶらと自由に生きているらしい。

 だがおかげで、世界各地で得た人脈や情報を使って、相当にユキの力になってくれた。



「機械仕掛けの義眼を持つ、白髪の人間の男……。うん。間違いないよ。アスラ共和国の、大衆評議会の新たな評議官……。ユキの言う『ゼロ』の風貌に一致してる」


 二人は海岸に面したコテージの中で、得た情報を整理していた。

 ここは暫しの間借りているだけのホテルで、ユウキの貯金を崩して利用している。

 働いていないユウキの貯金は、そこまで多くはない。


「……ありがとう。ゆ、ユウキ。協力してくれて」

「いやぁ僕は冒険家だからね。風の向くまま気の向くまま……その時やりたいと思ったことをして生きているだけさ」

「『冒険家』って……何してるの?」

「? 冒険してるんだよ? 世界中をね!」

「一人で?」

「友達いないからね!」

「どうやって生活してるの?」

「週一で死にかけるかな! アハハハ!」

「……そ、そう」

「……でも本当に、この人が君の言う『ゼロ』なのかな? いや、『ハルカ・レイ』だっけ? まあ少なくともこの人は、自ら『ゼロ』って名乗ってるけど」


 手に入れた写真を見ながら、ユウキは顎に手を当てて思案している。

 ユキの話でしかゼロのことを知らないので、本人かどうかを確かめられるのはユキだけだ。


「……うん」

「だとしたらでも驚きだね。まだこの世界にやって来て半月程度しか経ってないはずなのに……」

「もう一定の立場を手に入れている。……あの男は、前の世界でも恐ろしく優秀だった。最初は思想が無いから目立っていなかったけれど、目的を手にしたあの男は…………もうその能力を出し惜しむことがない」

「目的……ね」

「アイツはきっとまた、何年か掛けて世界を壊すために最悪の兵器を造り出す。それを……必ず未然に止めないと……!」

「どうやって?」

「…………私一人じゃ、何も出来ない」

「ふふ。良いよ。僕が味方になるよ。だって僕は……君なんだから」


 一人ではない。だが、二人でも人数では決して敵わない。

 ゼロは異世界の存在の力を借りて、すぐにこの世界を滅ぼせるだけの資源を己が手に集めてしまうだろう。

 二人に出来るのは、何としてでもゼロに近付き、誰に悟られるよりも早くその全てを終わらせることだけだ。


     *


◇ 界竜暦かいりゅうれき三〇二四年 十二月二十日 ◇

■ アスラ共和国 ■


 アスラ共和国は、少し前までは君主制の国だったため、王族や貴族などの名残が存在している。

 元貴族は今でも強大な権力者として政治に関わっているし、滅んだ王族の王宮などは、文化的遺産として手を付けられていない。


 だがそんな王宮に、『ゼロ』という名の魔の手が忍び寄る。

 欺瞞と捏造を何よりも得意とするゼロの策略により、王宮は隠れた彼の根城となっていた。

 そのことを突き止めたユキとユウキは、不意に奇襲を仕掛けてゼロを討ち取ろうと目論んだ。

 が、しかし──



「残念だったね。ユウキ」



 無策だったわけではない。身分を知られていない自分たちの行動を、ゼロが読み切ることなど不可能に近かった。

 王宮に忍び込んだ二人は、そこに秘蔵されていた無数の『クロガネマガイ』によって目的を阻まれる。

 自立稼働するが意思はない、ラフに似た性能を持つ、この世界には存在しない『クロガネマガイ』だった。

 大型なので、同じように自立稼働する小型の鉄屍クロガネゾンビとはサイズが違う。人間やノイド無しに戦えるクロガネと言った方が近いように見えていた。

 驚くことに、搭載されたセンサーで二人の侵入を察知し、誰に指示されるわけでもなく排除しに来たのだ。

 ユキも知らない戦力だったせいで、裏をかく作戦は失敗してしまった。


 コックピットを持たないクロガネマガイに体を抑えられ、ユキはゼロを睨み付ける。


「……今は、『ユキ』で通してる」

「そうか。まあどうでもいい。多数で攻めて駄目だったから、少数でいけば私を殺せると思ったか? ラフほどではないが……使えるクロガネマガイは多くいる。私や君のいた世界よりも科学技術が発展した、未来の異世界におけるロボット兵器だ」

「……ッ!」


 ユキと共にクロガネマガイに抑えられているユウキは、これがゼロとの初対面であるにもかかわらず、彼に対して敵意の視線を向けていた。

 溢れ出る彼の不気味な雰囲気が、そうさせたのだ。

 そんな中で、二人の敵意を意にも介していないゼロの傍に、真逆の視線を向けるアマネクが現れる。以前の世界と同じ、全裸の姿のままだ。


「ゼロ様」

「やあアマネク。心配ないよ。防衛策がはまってくれた」

「……いえ」

「? そういえば、(エヌ)(エヌ)はどうした? 一緒だったはずでは?」

「……『サザン』という男に気取られただけで、向かって行って返り討ちにあったようです」

「そうか。まあそういうこともある。とにかく私は私の目的を……。……? 私の? まあどちらでもいい。ノイド・ギアを完成させるうえで、君は邪魔だ。ユウ……いや、ユキ」


 ゼロは懐から拳銃を取り出した。

 そしてその銃口を、無造作にユキの方に向ける。


「……貴方は、この世界も壊すつもりなの? 一体……何の為に……」

「世界は初めから虚しいものだ。虚しく、存在価値の無いものは、消してしまっても問題はない」

「虚しいのは……貴方じゃないッ!」

「……本当にそうだろうか」


 何故かゼロは、悲しそうな顔をして拳銃を下げた。

 おまけに涙も流し出す。無論、意味など何もない涙だが。


「……もしも。君がその腕輪……もう一つのワールド・ギアを使わなければ、この世界が解れることもなかった。君が私を、ここに連れて来た所為だ。……違うと言えるだろうか?」

「……ッ!?」


 再び彼女は絶望させられる。己のしたことが間違いであったと、思わずにはいられない。


「? どうした? 手はまだ動かせるだろう? ワールド・ギアを使わないのか? 次の世界に移動すれば、まあ、取り敢えず君は延命できるじゃないか。自分の身可愛さに、次の世界を犠牲にすればいい」

「私は…………わ、私……は…………」

「……なんてね」

「ッ!」


 クロガネマガイは、今までよりも強くユキのことを押し付ける。

 もう手を動かすことも出来ない状態だ。


「悪いが君のワールド・ギアは使わせない。……いや、別に使っても良かったのか? ……分からない。まあとにかく、この世界を壊すのに君は邪魔らしい。だから……死んでくれ」


 何の為に一度下げたのか、ゼロが再び銃口をユキに向けた、その時──



「コードバスターッ!」



 ユウキは全身から電線のようなものを発し、自身を押さえつけるクロガネマガイを破壊する。

 そしてジェット・ギアで飛び上がると、足から電線を出して伸ばし、空を蹴る勢いで、それをユキを押さえつけていたクロガネマガイにぶつける。


「……無意味だな」


 クロガネマガイはその威力で破壊され、ユウキはユキを救出した。


「ユウキ……」

「……逃げて。ユキ」

「でも……」

「……僕にも分かったよ。ユキ。この男は…………本気だ。本気で世界を壊す気だ。そして……本当に、それが出来る力を持っている。持ってしまっている」


 ユウキはユキを庇うように前に立ちながら、ゼロのことを睨み付ける。


「……君が、この世界の『ユウキ』か。良いだろう。逃がしてあげるよ。そうらユキ。『ユウキ』を死なせないために、ワールド・ギアを使えばいい。ほら。どうした?」

「…………」


 そうしたら今度は、また次の世界を危険な目に遭わせることになる。だがそれでも、今いるこの世界を救うためには使う以外の選択肢はない。

 ユキは目を伏せ、言われた通りに腕輪の紐を引っ張ろうとする。


「ああでも……どうせ、この世界はもう終わりだ。何故なら私の呼び出した異世界の存在が、私の代わりにノイド・ギアの完成を進めているからだ」

「!?」

「どうやら……彼らは死ねば、元の世界に戻れるらしい。私は彼らに約束してね。この世界を壊してくれたら、もう二度と他の世界に呼び出したりはしないと。どうせ死ねば自分たちは戻れるのだから、世界を壊すことに彼らは躊躇しない。まあ……それでも強者というのは、なかなかどうして我が強い者ばかりで話を聞いてくれないが……。彼らのような弱者はそんな安易な約束事を聞いて守ってくれる。安心すると良い、ユウキ・ストリンガー。私は全ての世界を解れさせる。()()()()()()()……ね」


 紐を引っ張ろうとする手が、止まってしまった。

 どうすれば良いのか分からない。この世界が救えないのなら、もう諦めてワールド・ギアを破壊するべきなのかもしれない。

 そうすれば少なくとも、ゼロが他の世界を壊すことは出来なくなる。


(私の所為……?)

(私の所為で……この世界は……壊れてしまうの……?)

(だったら……だったら私は……何の為に……)


 本当はもう、彼女も疲れ果てていた。

 ロインが死ぬよりも前から戦争に力を貸す日々を送り続けて、その後もゼロを止められずに、たくさんの者の死に目に会ってきた。

 絶望を抱え、全てを捨て去るに足る十分な理由さえあれば、目を閉じるのに幾分の抵抗も出来ないほどになっていたのだ。



「駄目だユキ」



 だが、ユウキは迷ってなどいない。瞳の光は、輝きを失っていない。


「フッ。しかし彼女の所為で──」

「黙れッ!」


 大人しく黙るゼロから目を逸らし、ユウキは『ユウキ』に語り掛ける。


「……君の所為じゃない。諦めちゃ駄目だ。僕も諦めない。だから一緒に戦おう。この男を……絶対に止めるんだ」

「……ユウキ……。でも……意味がない……。意味がないんだよ……。この世界のことは……貴方に任せるから……。もう……私は……腕輪と共に死んだ方が……」

「違う。君はただ、『生きたい』と思っただけだ。それの何がいけないんだ? 世界を壊そうとしているのは、この男の方じゃないか。君の所為じゃない。…………心配は要らないよ。僕に……僕らに、任せてくれていい。だから行くんだ、ユウキ・ストリンガー。この男を……終わらせるために」

「……ッ!」

「行って!」


 そして彼女は、再び紐を引っ張った。

 目の前で優しげに微笑むユウキと……同じように微笑むゼロのことを、目に焼き付ける。


「……バイバイ。次の僕と……上手くやってね」

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