『終末作戦』②
そしてユウキたち第一部隊は、ゼロのもとに辿り着く。
彼女らの作戦通り、ゼロを孤立させることは出来ていたのだ。
第一部隊の人員は全員が武装した人間と、ライフル・ギアを持つノイド。
ユウキ自身も銃を持っており、全員でそれをゼロに向けて突き付けた。
「……貴方を孤立させる作戦は成功した。これで終わりだよ……ハルカ」
久方ぶりに見た彼の表情は、今までと何も変わらない『無』だった。
「……ハルカ?」
この男は、この状況で首を傾げている。
ユウキに油断はない。言葉を交わすつもりもない。何故なら、彼に対してだけはそれが無意味だと理解しているからだ。
知性と理性、そして意思を持つ者同士ならば、分かろうとすることが必要なのかもしれない。
だが、目の前にいるこの男は…………意思がない。
既に彼は、人間を逸脱してしまっているのだ。
だからユウキは躊躇うことなく引き金を──
ドゴォォォォッ
「!?」
背後にいた、第一部隊の面々が吹き飛んだ。
完全に隙を突いたのは、事前情報では『死亡』したとされていたはずの……『伝説の鉄』。
「カワー……ド?」
「……殲滅致します。ゼロ様」
ユウキを除く第一部隊のメンバーに、一気に不意打ちを仕掛ける。
途轍もない速さで、次々に肉塊と鉄塊を量産してみせた。
「……どうして……貴方は先の核戦争で死んだはずじゃ……」
「? ああ、なるほど。君は勘違いしているようだね。私が味方にした『伝説の鉄』、カワードは……異世界出身のカワードだ」
「ッ!?」
それはつまり、完全なユウキのミス。
彼女はロインの死んだあの日から、カワードがゼロの味方だと認識してはいた。だが、そのおかげで勘違いをしてしまったのだ。
この世界出身の方のカワードは、先の核戦争で『完全同化』して死亡した。
その情報を得てしまった所為で、彼女はゼロの味方のカワードはもういないと思い込んでしまったのだ。
核戦争後、ゼロは今の今までこのカワードのことをずっと隠し続けていた。
カワードがいないことを前提に立てられていた作戦は、ここで破綻してしまうこととなる。
「……無為な死を欲したのは、我も同じこと。この世界のカワードも……我と何も変わらない」
「そんな……」
「ふむ。どうやらそちらの作戦は失敗してしまったようだ。残念だったな、ユウキ」
「……ッ!」
「大変だったよ。アマネクも、マシヴァも、ラフも、カワードも。結局のところ、私に従ってくれる者は無数の世界を探し回っても、なかなかに手に入らない。たった四人の『異端』を探すだけで……実は、かなりの年数を掛けている。そしてもう、これ以上は増やせないだろう。私のように虚無に支配された『異端』というのは……本当に、無数の世界のどこにも、もういないらしい……」
寂しそうな表情を作っているが、それも偽だとユウキは認識している。
震えながらピストルを構え、まだ銃口は逸らさない。
「私は……貴方だけは……」
「参ったな。無駄だというのに」
カワードによって、ユウキは殴り飛ばされる。だが手加減されていたようで、まだ意識は失っていない。
「ぐ……あぁ……」
「交代だ」
ゼロがカワードに近付くと、腹のコックピットが開いた。
「ひっ……」
中には怯えた人間が一人入っていた。伝説の鉄であるカワードには、誰でも適合することが出来るのだ。
この怯えた状態の人間が、たいして性能が発揮できていないはずの状態でこの場を蹂躙していたらしい。
「お、お疲れさまでした! ゼロ様!」
「ああ。さようなら」
「ま──」
ゼロはワールド・ギアを使って、カワードに乗っていた人間を一瞬でこの世界から消した。
「さて──」
「今だッ!」
倒れていたはずの、第一部隊の隊員の一人が、声を上げる。
すると数名の無事だった隊員が、ゼロに弾丸を撃ち放った。彼らは死んだふりをしてタイミングを計っていたのだ。
だが──
「ッ!? 馬鹿な……!」
ゼロは弾丸の雨を己の反射神経だけで全て避け切ってみせた。
そこでユウキも、仲間に続いて銃の引き金を引く。
が……当たらない。
「……私が戦えないと、思っていたかい?」
「……ッ! 何で……」
「不思議なことに……私は、元からこういう存在なのだよ」
この状況で、ユウキたちに出来ることはもう何も無い。
ならば何とかして逃げるしかないのだが、全員で逃げるのはまず不可能。
「くッ……うおおおおおおおおおおおおおお!」
「ああああああああああああああああああ!」
第一部隊の隊員は、立ち上がることすらもう厳しいというのに、それでも立ち上がって突撃していった。
「みんな!」
「頼むユウキさん! 希望を!」
「俺たちの生きた意味を!」
「……ッ! ああああああああああ!」
「……無駄だというのに」
隊員の何名かが突撃し、ゼロに軽くいなされると、今度はユウキがその背後から直接攻撃を仕掛ける。
「どうやら弾は一発のみらしいな。残念」
「ハァッ!」
「フッ」
ゼロは分かっていなかった。
確かにユウキの持つピストルの中身は弾丸一発だけだったが、他のメンバーは違う。全員が肉弾戦を仕掛けたのには訳がある。
もしユウキのピストルにまだ弾丸があっても、彼女は突撃すると決めていた。それを全員が理解していたのだ。
ゼロに接触さえすれば、もしかしたらと信じて──
「狙いは義眼……だろう?」
そして、ユウキはゼロの平手打ちで吹っ飛ばされる。
「か……ッ!」
「……君を直接殺したくはない。だが……まあ、いいか」
そして、一歩踏み出して彼女に近付こうと──
「させるかァ……!」
既にゼロに倒された、名も顔も知らぬ隊員に足を掴まれる。
「……? 誰だ?」
「ユウキさん…………行けッ!」
「……!」
そしてユウキは立ち上がり、走り出す。
逃げる彼女を追う気は、ゼロには無かった。世界を壊すための準備は既に終えている。
「……逃げるか。まあいい。どうせこのシェルターへの設置ももう済んだ。……もう、終わる」
「終わらない……。俺達は……終わらない……」
「……参ったな。誰だか知らないが、無意味だよ。『ノイド・ギア』は、既に自動で発動されるようにしておいた。核では全ての存在を消し去ることは出来なかった。だが……ノイド・ギアならば、この星を完全に破壊できる。世界は……終わるんだ」
「終わらない。俺達の想いは……ユウキさんが……」
「? つまり……どういうことだろう」
核戦争でも生き残りが存在したために、ゼロは新たな『破壊』の手段を模索した。
そこで彼が異世界の存在から得たのが、『ノイド・ギア』という兵器の知識。
それは兵器というよりは、机上の空論でしかない想像の産物でもあった。
しかし、ノイドの資源を無限に手に入れられるゼロにとっては、現実の産物。
『終末作戦実行部隊』は、そのノイド・ギアが発動される前にゼロを倒すための、最後の戦いに集った者達のことだった。
だが、それももう壊滅状態。ユウキは走り続けながら、それでも仲間に声を呼び掛ける。
「……スナイプさん! スナイプさん! 第一部隊が全滅した! 待機部隊を向かわせて! スナイプさん! ……スナイプ……さん……」
残念ながら、既に待機部隊も全滅していた。
アマネク、マシヴァ、ラフは、すぐに目の前の敵を屠ると、スナイプを始めとする残存戦力を完全に殲滅しに向かっていたのだ。
生き残りは、もう──
*
ユウキは地上に出ていた。
汚染された地上では長く生きてはいられない。だが、彼女の向かう先は決まっていた。
いつかの激しい戦いの所為で、最早元々そこに何があったのか分からない荒れ果てた土地。
地下にあったはずのその場所は、大地が剥がれて剥き出しの状態になっている。
だが、それでも、その『空間』は形を綺麗にそのまま残していた。
ユウキはその『扉』に近付き、そして血反吐を吐いた。
「ガハッ! ……ハァ……ハァ……」
そして、その場所の『扉』を開けるために、持っていた『型』を利用する。
それはゼロと接触した時に手に入れた、彼の『指紋』。
目論見通り、それで扉を開けることは出来た。
「ハァ……ハッ……ハッ! ザルが……」
ふらつく足取りで、ユウキはその空間に入っていく。
目の前にあるのは、あの『台座』。
汚染の影響か、至る所から血を流しながら、それでもユウキは『それ』を掴んだ。
紐の付いた、機械仕掛けのその腕輪を──
「……私は……まだ……まだ…………死ね……ない……」
血の涙を流しながら、腕輪を取り付ける。
既にその使い方をゼロから聞いていたので、迷うことはない。迷いなど、微塵もない。
「まだ…………死にたく……ない…………ッ!」
そしてその紐を、強く、強く、思い切り──
──────────引っ張った。




