『終末作戦』
暦は意味を失った。
核戦争が激しさを増すと、最早この星の地上は生物が生きられない状態になっていく。
そして世界が放射能で汚染されると、生き残った者達は地下シェルター内での生活を余儀なくされることになった。だが、それも長続きするとは思えない。
そんな中で、まだ諦められずにいる人間やノイドがいた。
皮肉なことに、あらゆる国が崩壊して初めて種族間での争いは一部収まり、手を取って戦おうとする者達が生まれたのだ。
彼らの名は、『終末作戦実行部隊』。
その組織の中に、ブロンドの髪に宝石のヘアアクセサリーを付けた彼女もいた。
言うまでもなく──ユウキ・ストリンガーだ。
「我々はまだ滅んでいない。滅ぶわけにはいかない。全ての元凶であるゼロを殺し、ワールド・ギアを手に入れる。新たな世界に旅立つのだッ!」
組織のリーダーであるスパイクヘアのノイドの男は、仲間に対して発破をかけた。
ユウキはサブリーダーとして、彼の隣に立っている。
仲間たちはリーダーに合わせて大きく声を上げて自らを鼓舞しているが、ユウキだけは浮かない表情を見せていた。
*
作戦を確認すると、一旦その場を解散することになる。
ユウキはリーダーであるノイドの男──スナイプ・ヴァルトに付いて歩いていた。
「スナイプさん。ワールド・ギアの効果は……」
「ああ。分かっているさ。だが……希望がないと、誰も前には進めない。それに、あながち嘘にはならないかもしれんだろう? 異世界人の知識があれば……この現状も、変えられるかもしれない。世界を壊す知識をもたらしたんだ。その逆だってきっと……」
そう言いながら、スナイプは健身球を手の平の上で回していた。
恐らくストレスを解消するためだろう。
彼の心身も、限界に近いのは確かなはずだ。
ユウキは何も言い返すことが出来ず、そんな薄い希望に縋ることしか出来なかった。
「ユウキ・ストリンガー」
そこで声を掛けてきたのは、同じ『終末作戦実行部隊』の一人。
元・ノイド王国騎士団所属の男、サザン・ハーンズだ。
「……何?」
「話がある。付き合え」
「どうした? サザン」
「……作戦を妨げるようなことはしませんよ。スナイプさん。少し彼女を借りても良いですか?」
「ああ。私は別に構わないが……」
スナイプはチラリとユウキに目をやった。
彼はユウキの過去を知っている。
彼女の心身のことを、影ながら心配していたのだ。
「……分かった」
ユウキは何となく彼の用事を推測し、話を聞くことにした。
これからの作戦の前に、必要なことだと考えたのだ。
*
誰もいない狭い場所で、ユウキはサザンと二人きりになっていた。
地下シェルターの中は空気も薄く、狭くとも人がいない空間は、まだ呼吸がしやすく感じられる。
「……貴様はゼロと、どういう関係にあった?」
「聞きたいのはそんなこと? スナイプさんに聞けば良かったのに」
「……私は、ノイド王国を内側から崩壊させた、『ナンバー』という男を殺した。その男の正体は……ゼロの傀儡」
「……N・N……」
「そうだ。だが奴は、己の目的のために動いているように思えた。ゼロに忠誠を誓っているものの……うちに宿す邪悪な野望は、隠せていなかった」
「……」
「ゼロは何故、世界を壊そうと目論んだ? 貴様は……初めは奴に騙され、利用されたと言っていた。だが、本当にそうなのか? 私は、貴様がそう簡単に騙されるような女には見えん」
ユウキは若干苛立ちながら、頭を掻いてしゃがみ込んだ。
地べたに座りながら、立っているサザンの方に目を向ける。
「……『操られている』って言いたいの? 自分の意志が無いから、善にも悪にも染まるだけだと。それであの男の罪が許されるの? 確かに当初は、あの男は間違いなく……平和のために動いていた。……でも、違う。たとえ自分の意志が彼に無くとも、罪は消えない。私が消さない。私は……」
「……いや、済まなかった。もういい。いずれにしろ同じことだ。ゼロを止めなければ……未来はない」
「……」
やることは何も変わらない。
力を持ってしまった虚無の男は、ただ一つの衝動によって進み続けている。
それがたとえ、誰かに与えられたものでしかなくとも。全ての言動が、誰かを真似たものでしかないのだとしても。
あの男を終わらせなければ、この世界は終わってしまう。
ユウキは宝石のヘアアクセサリーに指で触れ、『覚悟』を決めた。
*
◇ 翌日 ◇
■ 南第三地下シェルター ■
『終末作戦』とは、ゼロの一派を打ち倒し、ワールド・ギアを奪い取る作戦のことだ。
彼らの根城は、旧ターゲット国の南第三地下シェルターにある。
ユウキたちはいくつかの部隊に分かれ、幾重にも策を講じて戦いに臨んだ。
『ユウキ。第三、第六部隊はアマネクと接触した。……彼らの死を、無駄にするな』
Cギアでスナイプから通信が入ると、ユウキは眉間に皺を寄せた。
彼女が今いる第一部隊は、なるべく接敵を避けて狭い地下通路を通っている。
他の部隊は分散して襲撃を開始し、戦力としてはそこまでなはずのゼロを孤立させて、討ち取ろうという算段だ。
「……このやり方しか……手は無いの……?」
同じ第一部隊のサザンが、彼女の肩に手を置いた。
「短期決戦だ。ゼロの生み出す脅威は無数にあるが、シェルター内は広くない。奴単体を孤立させれば……必ず討ち取ることは出来る」
「マシヴァには第二、第五部隊が接敵する……。生存可能な時間は恐らく……二、三分」
「急ぐぞ、ユウキ」
ゼロが呼び出している異世界人の主力は、アマネクとマシヴァの二人だった。
だが、この二人が飛び抜けた『異端』であるだけで、他の戦力も脅威であることに違いない。
当たり前のように『覚醒』が出来るノイドもいれば、『超同期』出来る人間と鉄もいる。
地下であるため鉄はそこまで暴れられないが、その気になればゼロは何体もの鉄を呼び出すことだろう。
だがこちらの作戦というのは、もう命を犠牲にすることを前提にしている。
自爆などの手段も選択肢として全員が抱えており、最後に誰かがゼロを殺せばそれで良いとしているのだ。
『……ユウキッ! 聞こえるかッ!』
「何ッ!? スナイプさん!」
第一部隊は地下通路を走りながら、回り込んでゼロの背後を取ろうとしている。
それ故彼女らには、リーダーであるスナイプからの報告が逐一入っていた。
『第四部隊が……全滅したッ! 正面からの先遣部隊がッ!』
「……ッ! ……そう」
『接敵から二分でだッ!』
「ッ!?」
世界中の生き残りの最大戦力が、この『終末作戦』に参加している。
そう簡単に、そんなに素早く、一部隊が全滅するはずはない。
『覚醒』や『超同期』などのような一個体の極致の力が大量にあっても、あり得ない。
強大な力を持つ個体が群れを成しても、むしろ一定数以上増えたならば、逆に統率が取りづらくなって殲滅には時間が掛かる。
だからこそ、アマネクとシヴァは脅威なのだ。
途轍もない速さで、味方の邪魔もなく敵を容易に殲滅できるのは、『強者』の域すらも越えた『異端』のみ。
ゼロはここで、また新たな『異端』を従えたのだ。
ドォンッ
そしてその『異端』は、ユウキたち第一部隊の前に現れる。
「YES! サーチアーンドデストロイッ! OKッ!? ローテクの亡霊どもッ!」
天井を破壊し、土砂と共にこの場に降りて来たのは、一体の鉄……のような存在。
頭部が四つあり、電線の通った光沢のある装甲。光は発していないが、光背を背負っていて、明らかにコックピットのスペースが足りない、スリムな体型をしていた。
「何……ッ!?」
「俺様の名はラフ! 神でなく人間に造られた……『クロガネマガイ』のラフだッ! よろしくッ!」
「クロガネマガイ……?」
「YEEEEEEEEEEEEEEESッ!」
ラフは砲口状の両腕で、荷電粒子砲を放とうとしてくる。
そこでユウキの前に立つのはサザンだった。
「行けッ!」
彼は手の平を変形して出現させた小さな鋏を武器に、ラフに立ち向かう。
「でも……」
「ここで人数を割くわけにはいかない。私が一人で……食い止めるッ!」
「……ッ」
ユウキはこの場をサザンに任せ、第一部隊を引き連れて先に進むことにした。
彼の判断以上の選択は無い。これが最良だ。
それでもユウキは、込み上げてくる熱いものを止められなかった。




