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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
八章【彼方から零へ】
127/158

『大国戦争』③

◇ 現在 ◇

■ ターゲット国 ゲヘノン州 ■


 ユウキは森林から抜け出して、町の中を走っていた。

 ノイド王国の軍隊が攻め入って来たようで、どこもかしこも惨憺たる有様だ。

 建物は破壊され、爆発か何かの影響で炎上している。

 避難の遅れた民間人が、巻き込まれて傷付き、倒れている。


 そしてロインは、怪我を負った見知らぬ誰かのために、動いていた。


「大丈夫ですか!?」

「もう……駄目だ……」

「駄目なんかじゃないです! さあ手を──」


 しかし無情にも、助けようとした者は銃撃に襲われた。


「……ッ!」


 ロインには外れたが、このままここに居座ることは出来ない。

 歯を噛み締めながら、ロインはまだ助かるかもしれない誰かのもとへ向かっていった。


(どうしてこの町にノイド王国の軍が……? ……一体誰が……何の目的で……)


 彼女は決して気付くことが出来ない。

 王国にスパイとして潜り込んだ(エヌ)(エヌ)は、『核』の開発に助力しつつ、軍である騎士団を情報操作で多少思い通りに動かしていた。

 この町に攻めるように働かせたのは、恐ろしく単純で滑稽な理由。


 ────────()()()()()()()()だった。



「やあ」


 そして、ロインは『彼』と再び出会う。


「……ッ!? ど、どうして……ここに……」

(エヌ)(エヌ)の所為で済まない。この町の人間はたくさん……死んでしまっているようだ」

「……何……で……」


 この戦場において、ゼロはまるで故郷にでも帰って来たかのような、リラックスした様子で眼前に現れた。

 すぐ近くでは、ノイドと人間が撃ち合いをしている。ここも安全ではないはずだ。だというのに、恐怖も不安も、彼の表情からは感じられない。

 そして無表情のまま、ゼロはピストルをロインに向けた。


「!?」

「……済まない。私は別に、君を殺したいわけではないのだが……」

「…………そっか」


 そこでロインは全てを察し、諦めて肩の力を抜いた。


「ロインッ!」


 その時、ユウキが二人のもとに現れる。

 だが、遅かった。



「……ごめんね。私が……あの時の選択を、貫き通さなかったから……」



 何故か彼女は、ゼロに対して謝罪をしている。ユウキが来たことも、爆音の所為で気付けていない。



 ドンッ



 そしてゼロは、ロインの頭をピストルで撃ち抜いた──


「……え……」


 ユウキはゆっくりと、傍に近付いていく。

 爆音の中でも聞こえるほどに距離を詰めると、ゼロもユウキが来たことに気付く。

 ロインはもう、糸の切れた操り人形のように、倒れてしまっていた。


「……ユウキ? どうしてここに?」

「何を…………え? 何……で……? ロイン……? ロ……ロイ……」

「私は昔、彼女に手を差し伸べられたのだ」

「……な……ん……」

「お互いに……幼い子どもの頃だった……気がする」

「え…………ロイ……ロイン……ロイン……?」


 ユウキはゼロに目もくれず、倒れ込んだロインに触れた。

 しかし既に彼女は、こと切れている──


「あの時私は…………『感動』したのだ。いや……どうだったのだろう。もう…………分からないな」

「ロイン……ッ! ロイン……ロインッ! ロイン……ッ! ロインッ! ロインッ!」

「死んでしまったら……もう分からない。参ったな……」


 困っている様子のゼロに、ユウキは睨み付けた、


「貴方がッ! 何でッ! どうして……どうしてッ!」

「どうした? 何かあったのか?」

「どうしてロインを殺したのッ!?」

「………………ロイン? 誰だったか…………」


 初めから壊れていた彼を、治すことが出来たのは、壊れている事実を知る者だけだった。

 彼女はそれを知っていながら、自分から何をすることもなかった。

 初めから何もしないつもりだったのなら、手を差し伸べるべきではなかったのかもしれない。

 ……いや、違う。全てはもう、どうしようもないこと。


「貴様……ッ!」


 ユウキは、ゼロの胸倉を掴みかかった。


「…………ああそうか。君は彼女をそう呼んでいた。何故忘れそうになったのだろう? 私は今……『悲しんでいる』のか?」

「どうしてロインをッ!」



「『世界を解れさせるためだ』」



「…………ッ!?」


 そしてゼロは、ユウキを払いのけて地面に倒した。

 彼の方は立ったまま、涙を流している。

 いや…………流そうと、努力している。


「……虚しいな。いや、虚しいのかどうかすら、私には分からない。もっと上手く……君たちになりきらないと……。もっと……もっと……私も……君たちのように……」


 そして涙を流すことに成功した。だが、そこに『悲哀』の感情はない。

 流れ出るそれを拭うゼロを見て、ユウキは恐怖を抑えられない。


「どうして彼女が……死ななければ……ならない……」

「貴方が……貴方が殺したんでしょ!? 何で……何で貴方が泣いてるの!? ふざけないで……ふざけないでよッ!」

「……そうか。私の方は、泣くべきでないのか」


 涙に溢れるユウキを見て、ゼロは自分の涙を抑えてみせた。


「何なの……貴方は……」

「……大体分かった。そうだな。この場合は……そう。笑うべきか。フフ……ハハハハハ!」

「…………?」

「彼女は私の目的を果たすうえで、邪魔になったのだよ。フフ……分かるかな? うむ……ああ、そう。そうだ。私のしがらみを断ち切るために、邪魔に……なった……のかな? ああそうだ。これは、『覚悟』という奴だ。世界を解れさせるために必要な、私の『覚悟』を示すための、儀式のようなもの」

「何を……言って……」

「……と、言ったところだろうか。ああ、これでいい。良いはずだ。さようならユウキ。また会おう…………いや、会えないのだったか。世界を壊せば……会うことはもうないか」

「……貴方は……何も無い……」

「?」

「貴方は……空っぽで……虚しいだけの…………ゼロなんだ……」


 フッと笑って立ち去る彼は、まるで悪役を演じているようだった。

 怒りのぶつけ先を失ったユウキは、絶望しながらロインの髪に触れる。


「……ロイン……貴方は彼に……何をしたの? どうして最後に……謝ったの? 私は……分からない。分かろうと……してこなかったから……」


 そして、ロインの持つ宝石のヘアアクセサリーを手に取った。

 この場に長く留まることは出来ない。遺体を運ぶ余裕はない。

 あまりにも冷静過ぎた彼女は、遺留品としてせめてそれだけはと思って、手に取ったのだ。

 強くそれを握り締めた拳を胸に当て、ユウキは必死に誓いを立てた。


「……まだ、死ぬわけにはいかない。だって私は…………まだ、何も分かっていないから……ッ!」


 それからおよそ百日後。ノイド王国は『核』を使用する。

 だが本来ならば、その後の影響も考慮して、何度もそれが繰り返されることなどはあり得なかった。

 しかし、異世界の存在が持つ力を無限に使えるゼロの策略により、世界は混沌に陥れられる。

 『大国戦争』の終結後、世界を巻き込んだ際限のない核戦争が幕を開ける。

 世界は確かに、崩壊へと近付いていくのだった──

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