『大国戦争』③
◇ 現在 ◇
■ ターゲット国 ゲヘノン州 ■
ユウキは森林から抜け出して、町の中を走っていた。
ノイド王国の軍隊が攻め入って来たようで、どこもかしこも惨憺たる有様だ。
建物は破壊され、爆発か何かの影響で炎上している。
避難の遅れた民間人が、巻き込まれて傷付き、倒れている。
そしてロインは、怪我を負った見知らぬ誰かのために、動いていた。
「大丈夫ですか!?」
「もう……駄目だ……」
「駄目なんかじゃないです! さあ手を──」
しかし無情にも、助けようとした者は銃撃に襲われた。
「……ッ!」
ロインには外れたが、このままここに居座ることは出来ない。
歯を噛み締めながら、ロインはまだ助かるかもしれない誰かのもとへ向かっていった。
(どうしてこの町にノイド王国の軍が……? ……一体誰が……何の目的で……)
彼女は決して気付くことが出来ない。
王国にスパイとして潜り込んだN・Nは、『核』の開発に助力しつつ、軍である騎士団を情報操作で多少思い通りに動かしていた。
この町に攻めるように働かせたのは、恐ろしく単純で滑稽な理由。
────────ロインがいるからだった。
「やあ」
そして、ロインは『彼』と再び出会う。
「……ッ!? ど、どうして……ここに……」
「N・Nの所為で済まない。この町の人間はたくさん……死んでしまっているようだ」
「……何……で……」
この戦場において、ゼロはまるで故郷にでも帰って来たかのような、リラックスした様子で眼前に現れた。
すぐ近くでは、ノイドと人間が撃ち合いをしている。ここも安全ではないはずだ。だというのに、恐怖も不安も、彼の表情からは感じられない。
そして無表情のまま、ゼロはピストルをロインに向けた。
「!?」
「……済まない。私は別に、君を殺したいわけではないのだが……」
「…………そっか」
そこでロインは全てを察し、諦めて肩の力を抜いた。
「ロインッ!」
その時、ユウキが二人のもとに現れる。
だが、遅かった。
「……ごめんね。私が……あの時の選択を、貫き通さなかったから……」
何故か彼女は、ゼロに対して謝罪をしている。ユウキが来たことも、爆音の所為で気付けていない。
ドンッ
そしてゼロは、ロインの頭をピストルで撃ち抜いた──
「……え……」
ユウキはゆっくりと、傍に近付いていく。
爆音の中でも聞こえるほどに距離を詰めると、ゼロもユウキが来たことに気付く。
ロインはもう、糸の切れた操り人形のように、倒れてしまっていた。
「……ユウキ? どうしてここに?」
「何を…………え? 何……で……? ロイン……? ロ……ロイ……」
「私は昔、彼女に手を差し伸べられたのだ」
「……な……ん……」
「お互いに……幼い子どもの頃だった……気がする」
「え…………ロイ……ロイン……ロイン……?」
ユウキはゼロに目もくれず、倒れ込んだロインに触れた。
しかし既に彼女は、こと切れている──
「あの時私は…………『感動』したのだ。いや……どうだったのだろう。もう…………分からないな」
「ロイン……ッ! ロイン……ロインッ! ロイン……ッ! ロインッ! ロインッ!」
「死んでしまったら……もう分からない。参ったな……」
困っている様子のゼロに、ユウキは睨み付けた、
「貴方がッ! 何でッ! どうして……どうしてッ!」
「どうした? 何かあったのか?」
「どうしてロインを殺したのッ!?」
「………………ロイン? 誰だったか…………」
初めから壊れていた彼を、治すことが出来たのは、壊れている事実を知る者だけだった。
彼女はそれを知っていながら、自分から何をすることもなかった。
初めから何もしないつもりだったのなら、手を差し伸べるべきではなかったのかもしれない。
……いや、違う。全てはもう、どうしようもないこと。
「貴様……ッ!」
ユウキは、ゼロの胸倉を掴みかかった。
「…………ああそうか。君は彼女をそう呼んでいた。何故忘れそうになったのだろう? 私は今……『悲しんでいる』のか?」
「どうしてロインをッ!」
「『世界を解れさせるためだ』」
「…………ッ!?」
そしてゼロは、ユウキを払いのけて地面に倒した。
彼の方は立ったまま、涙を流している。
いや…………流そうと、努力している。
「……虚しいな。いや、虚しいのかどうかすら、私には分からない。もっと上手く……君たちになりきらないと……。もっと……もっと……私も……君たちのように……」
そして涙を流すことに成功した。だが、そこに『悲哀』の感情はない。
流れ出るそれを拭うゼロを見て、ユウキは恐怖を抑えられない。
「どうして彼女が……死ななければ……ならない……」
「貴方が……貴方が殺したんでしょ!? 何で……何で貴方が泣いてるの!? ふざけないで……ふざけないでよッ!」
「……そうか。私の方は、泣くべきでないのか」
涙に溢れるユウキを見て、ゼロは自分の涙を抑えてみせた。
「何なの……貴方は……」
「……大体分かった。そうだな。この場合は……そう。笑うべきか。フフ……ハハハハハ!」
「…………?」
「彼女は私の目的を果たすうえで、邪魔になったのだよ。フフ……分かるかな? うむ……ああ、そう。そうだ。私のしがらみを断ち切るために、邪魔に……なった……のかな? ああそうだ。これは、『覚悟』という奴だ。世界を解れさせるために必要な、私の『覚悟』を示すための、儀式のようなもの」
「何を……言って……」
「……と、言ったところだろうか。ああ、これでいい。良いはずだ。さようならユウキ。また会おう…………いや、会えないのだったか。世界を壊せば……会うことはもうないか」
「……貴方は……何も無い……」
「?」
「貴方は……空っぽで……虚しいだけの…………ゼロなんだ……」
フッと笑って立ち去る彼は、まるで悪役を演じているようだった。
怒りのぶつけ先を失ったユウキは、絶望しながらロインの髪に触れる。
「……ロイン……貴方は彼に……何をしたの? どうして最後に……謝ったの? 私は……分からない。分かろうと……してこなかったから……」
そして、ロインの持つ宝石のヘアアクセサリーを手に取った。
この場に長く留まることは出来ない。遺体を運ぶ余裕はない。
あまりにも冷静過ぎた彼女は、遺留品としてせめてそれだけはと思って、手に取ったのだ。
強くそれを握り締めた拳を胸に当て、ユウキは必死に誓いを立てた。
「……まだ、死ぬわけにはいかない。だって私は…………まだ、何も分かっていないから……ッ!」
それからおよそ百日後。ノイド王国は『核』を使用する。
だが本来ならば、その後の影響も考慮して、何度もそれが繰り返されることなどはあり得なかった。
しかし、異世界の存在が持つ力を無限に使えるゼロの策略により、世界は混沌に陥れられる。
『大国戦争』の終結後、世界を巻き込んだ際限のない核戦争が幕を開ける。
世界は確かに、崩壊へと近付いていくのだった──




