『大国戦争』②
◇ 界人暦三〇二三年 十一月十一日 ◇
■ ターゲット国 ヒンナム州 ■
そしてユウキは、最悪の現実に直面する。
「──────────ゲヘノンに攻撃?」
政府の役人から得た情報だが、恐らくそろそろニュースにもなり始める頃合いだろう。
ノイド王国は様々な過程と今後の見通しをすべて無視して、あり得ない攻撃を仕掛けてきた。
「攻撃を仕掛けてきたのは恐らく、王国騎士団〝砂〟の大隊。サザン・ハーンズ率いる、全員が刃物のギアを扱う危険なノイドの部隊です」
「で、でも今貴方は『爆発が』って……」
「もちろん、刃物だけが武器というわけではありません。時代に合わせてね」
「何でゲヘノンに……」
「……それが不明なのです。ゲヘノン大学にあった軍の施設は、既に破壊された後だというのに……」
「……ッ」
「ユウキさん?」
勢いよく振り返り、ユウキは走り出す。
ゲヘノンの民間人を攻撃されたとしたら、ユウキの知っている人物にも危険が及ぶ可能性がある。
この状況で、大人しくいつもの仕事を始められるはずがなかった。
なりふり構ってはいられない。今すぐ連絡を取らなければならない。
「ロイン……ロインッ! ……ッ! 何で出ないの……ッ!?」
残念ながらゲヘノン州の方に通信は届かなかった。
施設の外に出たはいいものの、ユウキは向こうの安否を確認することが出来ない。
どうすればいいか迷った果てに、その轟音は鳴り響く──
ズシィィィィン
こんな所にいるはずがない。だが、現実に目の前に『それ』はいる。
ターゲット国の抱える『鉄』の一体と、同じ姿。
首には黒い布を巻き、邪悪な顔面に、藍鉄色で触れたもの全てを傷つけるような鋭利な装甲をしている。
この一体は、デウス島という場所で、数年前に発見したという『伝説の鉄』のはず。
ユウキの記憶が正しければ、その名は──
─────カワード。
「……ッ!? な、何で……どうしてここに……」
「……お初にお目にかかる。ユウキ・ストリンガー」
「伝説の鉄……カワード……?」
「……この男が、用があると」
「え……」
そして、腹のコックピットがスッと開く。
中から出て来たのは、どこからどう見ても………………知らない人物。
機械仕掛けの顔面に皮膚が無く、およそ普通の人間やノイドに似ても似つかない。
だが、髪色には見覚えがる。
青と赤の混ざったその髪は──
「It's been a while. ユウキ・ストリンガー。……いや、たったの十日ぶりか」
知っている。その声は、前に聞いたことがる。
「その声……まさか、N・N……!?」
「That's right! 悪いな。このような顔面で」
一瞬驚いたユウキだったが、そんなことを尋ねている余裕はない。
「何があったの!? どうして王国の軍隊がゲヘノンに……。貴方は何か知ってる!?」
「…… Ignorance is the curse of God. 運んでやれ。カワード」
「……」
カワードは無言のまま、突然ユウキをその手で掴んだ。
「!? な、何!?」
抵抗しようにも、ユウキの力では無意味。
カワードはユウキを掴むとそのまま翼を広げて上昇し、どこかへと飛んでいく。
何も出来ないユウキは、困惑と動揺を激しくさせるだけだった。
*
◇ 同日 ◇
■ ターゲット国 ゲヘノン州 ■
森林に着地したカワードは、掴んでいたユウキをその場に放した。
そして、コックピットからN・Nが降りてくる。
「うぐ……ッ!」
適当に落とされたので、ユウキはその場で尻もちをつき、しゃがみ込んだままだ。
「Are you ok?」
「……何なの……急に……ッ!」
「……ハッハー……。残念で無知なそちらに合掌。ああ、『合掌』って分かるか? 手を合わせるんだ。この世界の連中は、そんな習慣ないみたいだが……」
「……何の話?」
「まだ分からないか?」
ユウキはハッとして、周囲を見渡す。
ここは森林の中だが、遠くの方に町も見える。……燃え盛っている町の様子が。
「ッ!? ここは……ゲヘノン……? N・N! どうして私をここに……」
その時、N・Nの悍ましい顔面が不気味に微笑む。
「世界は解れる」
思わず吐き気すら催したくなるようなどす黒い感情が、N・Nの表情から滲み出ていた。
透き通る明るい白の感情を示すロインとも、黒でも白でもない空っぽの無色な感情しかないゼロとも違う。
ただ、ただ、真っ黒なだけの感情だ。
「何……を……」
「ゼロは初めから、この世界を解れさせるつもりでいた。良いかユウキ。これはもう決まっていることだ。もう……どうしようもないことだ。クク……ハッハッハ!」
「……? 何言ってるの? 貴方は……」
「分かりやすく言おうか? 既に、『核』は完成している。おっと、ノイドの核の話じゃない。爆弾兵器の方の……『核』だ」
「!? まさか……そんなもの……」
「この世界の技術の変遷は、俺のいた世界とかなり違っていたようで……正直、大変苦労した。だが成し得た。I'm dead beat. まったく……」
「……どういうこと? 何の話を……」
「Uh … 単刀直入に言えば良かったな。俺達は……『核』によって、この世界の全てを消し去ろうと考えた」
「ッ!?」
「その準備は終えた。そして……邪魔になりそうなそちらには、ここで死んでもらおうと──」
ザンッ
その時、カワードの装甲の一部が、切り裂かれた。
「……何者」
「What!? Huh!?」
切り裂いたのは──
───────小さな本物の、『鋏』。
「王国騎士団〝砂〟の大隊長、サザン・ハーンズだ。挟んでおけ……貴様の心にッ!」
その男の顔も名前も、ユウキは覚える暇がない。
何故ならすぐさま彼女は走り出し、ここから逃げ出していたからだ。
「Wait! Damn it! Shit! Shit! Shit!」
仲間意識が無いのか、カワードは既に空に飛び立ってしまっている。
その場に残ったのは、小さな鋏を持つ男と、N・Nの二人だけ。
「……やはり、貴様が我が国に潜り込んだスパイ……」
「Shit! 何だそちらは……。もう俺一人を邪魔しても無意味だっていうのに! 作戦を無視して一人で追って来たのか!? 大隊長のくせにッ!」
「私は、私の切り裂くべきと判断した敵だけを、この鋏で切り裂くと決めている。戦争を裏で操っていたのは……貴様だな? ナンバー」
「……ッ! 少ない情報で…………厄介な奴だッ! サザンッ!」
ぶつかれば、決着がつくのは一瞬だった。
彼にとって、のちに一方的な因縁をつける『名』との最初の遭遇が、ここだった。
一撃で死に至る程度の傷を負ったN・Nは、その場に倒れ込むことになる。
「……答えろ。ターゲット国のノイド。貴様の背後には……誰がいる?」
意識も絶え絶えの状態になっているN・Nに対し、『この世界』のサザンは問い掛ける。
「ハッハー……馬鹿が……。答える馬鹿が……どこにいる……」
「何が目的だ?」
「さあね。知らないね。俺は末端なんでね……」
そして、そのまま息絶えようとした──が。
「違うな」
その一言を聞いて、力尽きようとした意識が一時的に回復する。
「……私の目は誤魔化せん。貴様は、末端などではない。必ず……必ず、無心で上の指示に従う様な男ではないはずだ」
「…… What are you talking about?」
「唯一の『誰か』のために動いていることは分かる。だが、その真意は別にある。貴様が誰かのために動く理由は…………最終的に、『己の為』に帰結する」
「ッ!? 馬鹿な……何だそちらは……ッ! 何なんだ……ッ!?」
「忠誠を誓った『誰か』の名を答えろ。そして……貴様自身の目的も」
「誰が……」
「答えろッ!」
「………… Negative trash …………」
そしてN・Nは、この世界における最後のゼロとの会話を思い出す──
*
◇ 前日 ◇
■ ターゲット国 某所 ■
「………………何だと?」
まるで微塵も表情を崩さず、ゼロは抑揚を付けずにそう呟いた。
そのことが、驚愕させたかったN・Nを落胆させる。
「Didn't you hear me? 俺はこう言ったんだ。世界を解れさせると」
本来なら、それを聞いたゼロが何らかの感情を見せるはずだった。
少なくとも、N・Nはそれを期待していた。何故なら彼は……。
「そうか」
「…………理解していないようだから、もう一度最初から繰り返そう。俺は……」
「ん? いや、よく分かったよ。しかし『核』か……。理論上は可能だろうが、メリットが薄く感じていた。平和のためには、無用な力だからね」
「……ハッハー……冗談だろ? おいおい……」
「しかしそうか。まさか私の知らないところで、君がそのような暗躍をしていたとは気付かなかった。世界を壊すための下準備……ふむ。それに、一体何の意味があるのだろう?」
ガンッ
そこで、N・Nはゼロの胸倉を掴んで壁に叩きつける。
そして、間近で彼の空虚な瞳を確認する。
「Unravel the world. それが……俺の望みだ」
本当は、彼がそれを理解してくれると信じていた。
だが、そんな望みを彼が持つわけがない。
何故なら、今N・Nが語りかけている『彼』は、何も無い、空っぽの、ただひたすらに虚しい────────ゼロなのだから。
「? そうか。だが参ったな。彼女は平和を望んでいると……君からそう聞いたんだが」
「ああそうだ。Please choose. ゼロ。簡単な話だ。俺は……俺を救ってくれたそちらに、俺の望みを叶えてほしいんだ。I'm begging you. ……ゼロ……」
「だが彼女は……」
「彼女が死ねば、俺の望みを聞くことが出来る。そうでしょう?」
「…………どういうことだ?」
「殺してください、あの女を。そうすれば、死んだ者の願いなどに意味は無くなる。つまり、そちらは俺の望みを叶えることが出来る」
「…………なるほど」
あまりにも破綻した論理。だが、それこそが最良だと、N・Nは知っていた。
何色にも染まらない無色透明な男は、邪悪に染め上げられるだけなのだ。
そしてゼロは──
────N・Nを、逆に壁に叩きつけた。
「がッ……!」
もしこれが、彼に残された最後の『異端』でない部分によるものだったのだとすれば、それはたった今…………完全に消失した。
「……面白い。分かったよN・N。私はその望みを叶えよう。つまり手始めに……彼女を殺さなくてはだね」
「……ッ!? ゼロ…………」
想定外だったわけではない。だが、想像以上にこの男は空っぽだった。
合理も、感情も、何も無い。ただ『力』を持ってしまっただけの……ゼロ。
N・Nは自分に目を向けてくれなかったことに悲哀を抱きながら、それでも望みが叶うのならばと前へ進む。
ゼロがN・Nを放して歩き出すと、N・Nは息を整えながら口元を歪めた。
「……俺は、ノイドも鉄もいないとされる世界からやって来た。俺はその世界における、ただ一人のノイドだった。自由を縛られ、選択の機会を奪われ、希望も絶望も、何も無い日々だった。俺は世界を恨み、憎み、呪いながら死んでいった。……救ってくれたのはそちらだ。俺にとっての神はそちらだけだ。俺は、俺を殺したノイドのいない俺の世界を許せない。そして、俺を生まなかったノイドのいる世界が許せない。全てを……全ての世界を破壊してくれ。全ての世界を解れさせてくれ。ゼロ。That's all I want …」
そしてゼロは、首を傾げながらこの場を去った──




