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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
八章【彼方から零へ】
126/158

『大国戦争』②

◇ 界人暦かいじんれき三〇二三年 十一月十一日 ◇

■ ターゲット国 ヒンナム州 ■


 そしてユウキは、最悪の現実に直面する。


「──────────ゲヘノンに攻撃?」


 政府の役人から得た情報だが、恐らくそろそろニュースにもなり始める頃合いだろう。

 ノイド王国は様々な過程と今後の見通しをすべて無視して、あり得ない攻撃を仕掛けてきた。


「攻撃を仕掛けてきたのは恐らく、王国騎士団〝砂〟の大隊。サザン・ハーンズ率いる、全員が刃物のギアを扱う危険なノイドの部隊です」

「で、でも今貴方は『爆発が』って……」

「もちろん、刃物だけが武器というわけではありません。時代に合わせてね」

「何でゲヘノンに……」

「……それが不明なのです。ゲヘノン大学にあった軍の施設は、既に破壊された後だというのに……」

「……ッ」

「ユウキさん?」


 勢いよく振り返り、ユウキは走り出す。

 ゲヘノンの民間人を攻撃されたとしたら、ユウキの知っている人物にも危険が及ぶ可能性がある。

 この状況で、大人しくいつもの仕事を始められるはずがなかった。

 なりふり構ってはいられない。今すぐ連絡を取らなければならない。


「ロイン……ロインッ! ……ッ! 何で出ないの……ッ!?」


 残念ながらゲヘノン州の方に通信は届かなかった。

 施設の外に出たはいいものの、ユウキは向こうの安否を確認することが出来ない。

 どうすればいいか迷った果てに、その轟音は鳴り響く──



 ズシィィィィン



 こんな所にいるはずがない。だが、現実に目の前に『それ』はいる。

 ターゲット国の抱える『クロガネ』の一体と、同じ姿。

 首には黒い布を巻き、邪悪な顔面に、藍鉄色で触れたもの全てを傷つけるような鋭利な装甲をしている。

 この一体は、デウス島という場所で、数年前に発見したという『伝説のクロガネ』のはず。

 ユウキの記憶が正しければ、その名は──


 ─────カワード。


「……ッ!? な、何で……どうしてここに……」

「……お初にお目にかかる。ユウキ・ストリンガー」

「伝説のクロガネ……カワード……?」

「……この男が、用があると」

「え……」


 そして、腹のコックピットがスッと開く。

 中から出て来たのは、どこからどう見ても………………知らない人物。

 機械仕掛けの顔面に皮膚が無く、およそ普通の人間やノイドに似ても似つかない。

 だが、髪色には見覚えがる。

 青と赤の混ざったその髪は──



It's(イッツ) been(ビーン) a() while(ワイル). ユウキ・ストリンガー。……いや、たったの十日ぶりか」



 知っている。その声は、前に聞いたことがる。


「その声……まさか、(エヌ)(エヌ)……!?」

That's(ザッツ) right(ライト)! 悪いな。このような顔面で」


 一瞬驚いたユウキだったが、そんなことを尋ねている余裕はない。


「何があったの!? どうして王国の軍隊がゲヘノンに……。貴方は何か知ってる!?」

「…… Ignorance(イグノランス) is(イズ) the() curse(カース) of(オブ) God(ゴッド). 運んでやれ。カワード」

「……」


 カワードは無言のまま、突然ユウキをその手で掴んだ。


「!? な、何!?」


 抵抗しようにも、ユウキの力では無意味。

 カワードはユウキを掴むとそのまま翼を広げて上昇し、どこかへと飛んでいく。

 何も出来ないユウキは、困惑と動揺を激しくさせるだけだった。


     *


◇ 同日 ◇

■ ターゲット国 ゲヘノン州 ■


 森林に着地したカワードは、掴んでいたユウキをその場に放した。

 そして、コックピットから(エヌ)(エヌ)が降りてくる。


「うぐ……ッ!」


 適当に落とされたので、ユウキはその場で尻もちをつき、しゃがみ込んだままだ。


Are(アー) you(ユー) ok(オーケー)?」

「……何なの……急に……ッ!」

「……ハッハー……。残念で無知なそちらに合掌。ああ、『合掌』って分かるか? 手を合わせるんだ。この世界の連中は、そんな習慣ないみたいだが……」

「……何の話?」

「まだ分からないか?」


 ユウキはハッとして、周囲を見渡す。

 ここは森林の中だが、遠くの方に町も見える。……燃え盛っている町の様子が。


「ッ!? ここは……ゲヘノン……? (エヌ)(エヌ)! どうして私をここに……」


 その時、(エヌ)(エヌ)の悍ましい顔面が不気味に微笑む。




「世界は解れる」




 思わず吐き気すら催したくなるようなどす黒い感情が、(エヌ)(エヌ)の表情から滲み出ていた。

 透き通る明るい白の感情を示すロインとも、黒でも白でもない空っぽの無色な感情しかないゼロとも違う。

 ただ、ただ、真っ黒なだけの感情だ。


「何……を……」

「ゼロは初めから、この世界を解れさせるつもりでいた。良いかユウキ。これはもう決まっていることだ。もう……どうしようもないことだ。クク……ハッハッハ!」

「……? 何言ってるの? 貴方は……」

「分かりやすく言おうか? 既に、『核』は完成している。おっと、ノイドの核の話じゃない。爆弾兵器の方の……『核』だ」

「!? まさか……そんなもの……」

「この世界の技術の変遷は、俺のいた世界とかなり違っていたようで……正直、大変苦労した。だが成し得た。I'm(アイム) dead(デッド) beat(ビート). まったく……」

「……どういうこと? 何の話を……」

Uh(アー) … 単刀直入に言えば良かったな。俺達は……『核』によって、()()()()()()()()()()()()()と考えた」


「ッ!?」

「その準備は終えた。そして……邪魔になりそうなそちらには、ここで死んでもらおうと──」



 ザンッ



 その時、カワードの装甲の一部が、切り裂かれた。


「……何者」

What(ワット)!? Huh(ハア)!?」


 切り裂いたのは──


 ───────小さな本物の、『鋏』。



「王国騎士団〝砂〟の大隊長、サザン・ハーンズだ。挟んでおけ……貴様の心にッ!」



 その男の顔も名前も、ユウキは覚える暇がない。

 何故ならすぐさま彼女は走り出し、ここから逃げ出していたからだ。


Wait(ウェイト)! Damn(ダム) it(イット)! Shit(シット)! Shit(シット)! Shit(シット)!」


 仲間意識が無いのか、カワードは既に空に飛び立ってしまっている。

 その場に残ったのは、小さな鋏を持つ男と、(エヌ)(エヌ)の二人だけ。


「……やはり、貴様が我が国に潜り込んだスパイ……」

Shit(シット)! 何だそちらは……。もう俺一人を邪魔しても無意味だっていうのに! 作戦を無視して一人で追って来たのか!? 大隊長のくせにッ!」

「私は、私の切り裂くべきと判断した敵だけを、この鋏で切り裂くと決めている。戦争を裏で操っていたのは……貴様だな? ナンバー」

「……ッ! 少ない情報で…………厄介な奴だッ! サザンッ!」


 ぶつかれば、決着がつくのは一瞬だった。

 彼にとって、のちに一方的な因縁をつける『名』との最初の遭遇が、ここだった。

 一撃で死に至る程度の傷を負った(エヌ)(エヌ)は、その場に倒れ込むことになる。


「……答えろ。ターゲット国のノイド。貴様の背後には……誰がいる?」


 意識も絶え絶えの状態になっている(エヌ)(エヌ)に対し、『この世界』のサザンは問い掛ける。


「ハッハー……馬鹿が……。答える馬鹿が……どこにいる……」

「何が目的だ?」

「さあね。知らないね。俺は末端なんでね……」


 そして、そのまま息絶えようとした──が。



「違うな」



 その一言を聞いて、力尽きようとした意識が一時的に回復する。


「……私の目は誤魔化せん。貴様は、末端などではない。必ず……必ず、無心で上の指示に従う様な男ではないはずだ」

「…… What(ワット) are(アー) you(ユー) talking(トーキング) about(アバウト)?」

「唯一の『誰か』のために動いていることは分かる。だが、その真意は別にある。貴様が誰かのために動く理由は…………最終的に、『己の為』に帰結する」

「ッ!? 馬鹿な……何だそちらは……ッ! 何なんだ……ッ!?」

「忠誠を誓った『誰か』の名を答えろ。そして……貴様自身の目的も」

「誰が……」

「答えろッ!」


「………… Negative(ネガティヴ) trash(トラッシュ) …………」


 そして(エヌ)(エヌ)は、()()()()()()()()()()()ゼロとの会話を思い出す──


     *


◇ 前日 ◇

■ ターゲット国 某所 ■


「………………何だと?」


 まるで微塵も表情を崩さず、ゼロは抑揚を付けずにそう呟いた。

 そのことが、驚愕させたかった(エヌ)(エヌ)を落胆させる。


Didn't(ディドゥント) you(ユー) hear(ヒア) me(ミー)? 俺はこう言ったんだ。()()()()()()()()と」


 本来なら、それを聞いたゼロが何らかの感情を見せるはずだった。

 少なくとも、(エヌ)(エヌ)はそれを期待していた。何故なら彼は……。


「そうか」

「…………理解していないようだから、もう一度最初から繰り返そう。俺は……」

「ん? いや、よく分かったよ。しかし『核』か……。理論上は可能だろうが、メリットが薄く感じていた。平和のためには、無用な力だからね」

「……ハッハー……冗談だろ? おいおい……」

「しかしそうか。まさか私の知らないところで、君がそのような暗躍をしていたとは気付かなかった。世界を壊すための下準備……ふむ。それに、一体何の意味があるのだろう?」


 ガンッ


 そこで、(エヌ)(エヌ)はゼロの胸倉を掴んで壁に叩きつける。

 そして、間近で彼の空虚な瞳を確認する。



Unravel(アンラヴェル) the() world(ワールド). それが……俺の望みだ」



 本当は、彼がそれを理解してくれると信じていた。

 だが、そんな望みを彼が持つわけがない。

 何故なら、今(エヌ)(エヌ)が語りかけている『彼』は、何も無い、空っぽの、ただひたすらに虚しい────────ゼロなのだから。


「? そうか。だが参ったな。彼女は平和を望んでいると……君からそう聞いたんだが」

「ああそうだ。Please(プリーズ) choose(チューズ). ゼロ。簡単な話だ。俺は……俺を救ってくれたそちらに、俺の望みを叶えてほしいんだ。I'm(アイム) begging(ベッギング) you(ユー). ……ゼロ……」

「だが彼女は……」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうでしょう?」


「…………どういうことだ?」

「殺してください、あの女を。そうすれば、死んだ者の願いなどに意味は無くなる。つまり、そちらは俺の望みを叶えることが出来る」

「…………なるほど」


 あまりにも破綻した論理。だが、それこそが最良だと、(エヌ)(エヌ)は知っていた。

 何色にも染まらない無色透明な男は、邪悪に染め上げられるだけなのだ。


 そしてゼロは──




 ────(エヌ)(エヌ)を、逆に壁に叩きつけた。


「がッ……!」


 もしこれが、彼に残された最後の『異端』でない部分によるものだったのだとすれば、それはたった今…………()()()()()()()


「……面白い。分かったよ(エヌ)(エヌ)。私はその望みを叶えよう。つまり手始めに……彼女を殺さなくてはだね」

「……ッ!? ゼロ…………」


 想定外だったわけではない。だが、想像以上にこの男は空っぽだった。

 合理も、感情も、何も無い。ただ『力』を持ってしまっただけの……ゼロ。

 (エヌ)(エヌ)は自分に目を向けてくれなかったことに悲哀を抱きながら、それでも望みが叶うのならばと前へ進む。

 ゼロが(エヌ)(エヌ)を放して歩き出すと、(エヌ)(エヌ)は息を整えながら口元を歪めた。



「……俺は、ノイドもクロガネもいないとされる世界からやって来た。俺はその世界における、ただ一人のノイドだった。自由を縛られ、選択の機会を奪われ、希望も絶望も、何も無い日々だった。俺は世界を恨み、憎み、呪いながら死んでいった。……救ってくれたのはそちらだ。俺にとっての神はそちらだけだ。俺は、俺を殺したノイドのいない俺の世界を許せない。そして、俺を生まなかったノイドのいる世界が許せない。全てを……全ての世界を破壊してくれ。全ての世界を解れさせてくれ。ゼロ。That's(ザッツ) all(オール) I(アイ) want(ウォント) …」



 そしてゼロは、首を傾げながらこの場を去った──

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