『fate:ゼロ』③
あまりの情報量で頭を抱えたユウキは、その場で一度しゃがみ込んでしまった。
そしてゆっくりとゼロから同じ説明を聞き、だんだん理解し始める。
今、自分は、現実離れした現実に、直面しているのだと。
「……整理させて。研究者の貴方は、『存在エネルギー』について調べるうちに、考古学に手を出した。そこでこの遺跡を調査する中で……あの扉を目にする」
「私はあの手形の窪みが気になって、自分の手を合わせてみた。すると……扉が開き、この空間に足を踏み入れることが出来た」
「中にあったのは腕輪と義眼。貴方はそのうち義眼だけを手に入れた」
「異なる世界で生きる存在を、こちらの世界に呼び寄せる……。それが、この義眼の能力だった」
「……分からないことがいくつもあるけれど、まず一つ。ハルカ、どうして貴方は……扉を開けることが出来たの?」
「……さあ……」
「……。分かった。じゃあ二つ目。この腕輪は何? その義眼と同じ能力があるの?」
「いいや、対となる能力だ。ワールド・ギアを持つ者を、異なる世界に移動させる能力……らしい」
「らしい?」
「試したことがないのでね。相補関係のワールド・ギアは、一人で二つ所有することは出来ない……と、記されている。実際そちらの腕輪に私が触れようとすると……」
ビリッ
腕輪に触れようとしたゼロの手は、激しい光によって弾かれた。
「……と、まあこうなる」
「義眼は試したの?」
「もちろん。実際に見せようか?」
「……」
返答は無くとも、ゼロはここで実演する気でいる。
ユウキは少しずつ、この男の異常さに気付き始めていた。
自分と違って、非現実を前にして何ら動揺していない。
そもそも、義眼を試すがために元の目を取ったなどというのも、当たり前のように言っていたが狂気の沙汰だ。
目の前の男から不気味な何かを感じ取って、ユウキは汗を垂らしている。
「さあ……これが、ワールド・ギアの力だ」
義眼から光が放出される。
何も無い白い空間に放出された光は、その空間以上に真っ白で眩しく、目を塞ぎたくなってしまう。
そして光がだんだん途切れてくると、そこには何も無かったはずなのに、まるで初めからそこにいたかのように、一人の人間が姿を見せる。
「な……ッ!?」
「…………え? な、何だ……? ここは……どこだ……?」
現れたのは、どこにでもいそうな普通の人間の男。
「そうら。この通りだ」
「……ッ」
「え? な、何だ? どうなって……」
「ではまた。さようなら」
そしてまた光が照射されると、男はどこかに消えてしまった。
「…………彼は、どこに消えたの?」
「ん? ああ……適当にね」
「適当に……?」
「まだ扱いが難しくてね。情報が膨大過ぎて、脳内での処理が困難なんだ。意中の世界から意中の存在を呼び寄せるのは慣れてきたが、その存在をもといた世界に戻すのは難しい。だから取り敢えず、適当な世界に戻すことにしたんだ」
「…………え? い、今の人はじゃあ……どうなって……」
「? さあ? どうなったのだろうね」
現実離れした力だが、一度見せられてはもう否定することは出来ない。
だが、現実として受け入れたならば今度は、たった今ゼロが行ったことの重みを理解できてしまう。
そして、その重みを理解していないように見えるゼロを前にして、ユウキは息を飲む。
「……既に試してるって……言ってたけど……。それで貴方は、何を分かったの……?」
「ああ。呼び寄せた異世界の存在は、こちらで死ねばもう二度とこの世界に呼び寄せることは出来ない。死ねば元の世界に戻るのか……それは分からない。ああそうだ。それと面白いことに、時間は問わないらしい。異世界であれば、好きな時間軸から存在を呼び出せる。ただ、呼び寄せることが出来るのは異世界の存在のみ。もちろん、私達のいるこの世界の過去や未来から呼び寄せるのは……無理なようだが」
淡々と説明をする彼を見て、ユウキは理解した。
それだけの検証が済んでいるということは、それだけの存在を犠牲にしているということ。
このゼロという男は……いや、ハルカ・レイという人物は、倫理観が著しく欠けている。
そして、そのことを彼自身が理解できていない。
根源的な恐怖が、ユウキの全身に襲い掛かった。
「……どうして貴方は、こんな物を私に見せたの?」
「? 言ったはずだったが……言ってなかったのかな? 私は、君に共感してほしかったのだよ」
「何を……共感すれば良いの?」
「…………? ああそうか……。確かに……そうだった。いや……だが、私は……『感動』したはずで……」
「……『感動』……? そんなレベルじゃない……。これは……こんなものは……」
「……やはり私は、解れているのか……?」
彼が寂しげな目をしていたのには、確かに理由があったはずだった。
しかしユウキには、それを追求する義務が無い。
この男の全てを、彼女は永遠に知ることはないのだった。
*
◇ 同日 午後十一時二十五分 ◇
自宅に帰ったユウキは、今日の出来事を振り返っていた。
冷静になって考えれば、何もかもが奇妙な話だ。
もしかしたら、あの人間の男が突然出現したのは、マジックか何かのトリックだったのかもしれない。
全てはゼロの虚言で、ユウキを騙して弄んだだけなのかもしれない。
何もかもが、信じがたい話だった。何もかもが、あり得ないことだった。
ならば、今日の出来事は全部が嘘で、夢でも見ていただけのようなもので、なかったことにした方がいい──
…………そう思いたくとも、思えない。
「ハルカは……一体何を考えて……」
額に手を当てながら、混乱する頭を整理する。
ワールド・ギアという物が存在すること自体は、ユウキも納得していた。
何故なら、鉄の出現を始め、この世界にはまだ解明されていない現象が山ほどあり、並行世界の有無を始めとするあらゆる可能性を、全て否定する根拠は無いからだ。
彼女がまだ納得できずにいるのは、そのワールド・ギアを手に入れたゼロの存在だ。
「……そもそも……どうして……ハルカがあの空間に入れて……」
別れ際、ユウキは彼にワールド・ギアはもう使わないよう忠告だけした。
それを彼が受け入れるかは分からないが、返答のつもりで言ったらしい言葉は覚えている。
──「……私は、普遍でありたかった。特別でないと……思いたかった……はずだ。しかし、数千年前にあの空間を造った人物は、『私』を想定してこれを生み出したらしい。……私は、『異端』だったのだ。彼女の方が、普遍だった。……私は……」
彼の言う数千年前の存在とは、果たしてマキナ・エクスのことなのか。
いや、最早それが誰だろうとどうでもいい。
ワールド・ギアは脅威の代物だが、それよりも脅威で恐ろしいのは、ゼロの方だ。
古代に名を馳せた『異端』も、現代にいなければ文献の中の存在に過ぎない。
今目の前にいる『異端』ほど恐ろしいものは、何も無い。
取り敢えず今日はもう眠ろうとしたユウキだが、その時ふと窓の外が気になった。
何となくだが、今すぐ見なければならないような──
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ
「!?」
瞬間。
窓の向こうで、火の海が広がった。
方向は、どうやら彼女のよく知る場所に見える。
「……嘘……」
燃えているのは、ゲヘノン大学。
彼女の通う、この国の最高教育機関。
可能性としては、絶対に無いとは言い切れなかった。
通信傍受施設は、敵国にとって攻撃対象ではある。
たとえ歴史的に価値のある教育機関の中にあっても、それは関係のないこと。
だからこそノイド王国は、先制攻撃としてゲヘノン大学に──────────────────────────────────────────────ミサイルを落とした。
「私の……私達の……大学が……」
翌日、午前零時零分。
ノイド王国は、ターゲット国に対し、宣戦布告をした。
これから先、翌年三月四日までの百四十日間に渡る戦争のことを、『大国戦争』と呼ぶことになる。
そして、その終焉は──




