『fate:ゼロ』②
◇ 界人暦三〇二三年 十月十三日 ◇
■ ゲヘノン大学 構内喫茶店 ■
最近のユウキは、自分の暇な時間をロインに完全に把握され、彼女から誘いを受けて共に昼食などをとることが多々あった。
仕事の時間はまちまちなのだが、昼食の時間は曜日別に独自に決めて定めている。
講義の履修義務が免除されると共に、本来は好きな時間に休んで良いのだが、規則正しい生活をしているユウキは、自分なりに決まった時間に食事をとることにしていた。
そんな時間を把握している時点で、ロインもロインでかなり目ざとい部分がある。
他人のことをあまり見ていないユウキは、その部分でロインのことを隠れて尊敬していた。
「……義眼の男の人……?」
構内の喫茶店で昼食をとりながら、ユウキはゼロのことをロインに話していた。
「名前は?」
「ゼ……じゃない。『ハルカ』って言ってた。長い白髪の、人間の男の人で……」
「え……」
すると、ロインは驚き言葉を一瞬失った。
「ロイン?」
「…………ああ……そっか……」
「もしかして……知らない? でも、あの人……」
「ううん。知ってる。うん。間違いない。でもビックリした……。彼がうちの大学に通ってるなんて……」
「あ、ごめん。学部とか聞き忘れた」
「ああ、気にしないで。私はまあ……彼が元気なら、それでいいから」
「そう?」
「うん」
ロインは懐かしむような表情を一瞬見せたが、ユウキは特に気にせず流すことにした。
正直な話、ユウキはゼロにあまり興味が無い。
「ところでユウちゃん。実はその……ずっと、言わなきゃって思ってたんだけど……」
*
「……『ENSEMBLE THREAD』が……解散……?」
ユウキはあまりにも突然の話題に、目を丸くしてしまった。
「えへへ」
「いや、『えへへ』じゃないけど」
「まあ……今年は新入生入らなかったしね。実はさ、五月のコンサートが最後の晴れ舞台だったりしたんだ。そもそも……幽霊部員が多いし」
「……だから大学祭でも暇して、私に声掛けたんだ」
「いやいや! それはユウちゃんと回りたかったからだから!」
「……」
「照れるとすぐ目を逸らす~」
ロインの様子を見るに、あまり気にしてはいなさそうだった。
「……でも、良いの? ロインは……」
「? 何で? 普通に別の音楽系のサークルに入るし……」
「あ、そう……。思い入れとかはないんだ」
「それはあるよ! みんな良い人だしね! 特に……サークル名。私が一番気に入ってる部分」
「活動内容は気に入ってなかったんだ」
「そ、そういう意味じゃないよ! ただ……良いなって思っただけ」
「『ENSEMBLE THREAD』……。確か意味は……」
「アンサンブルの糸」
「アンサンブル……」
「創立者は、『調和の糸』って意味でつけたらしいよ」
「どういうこと?」
尋ねると、ロインは待ってましたと言わんばかりに微笑んだ。
「……紡いで集めた調和の糸は、撚りて結んで紐になる。全てを巡る、世界の紐に……」
一度目を瞑り、ロインは背もたれに寄り掛かる。
飲んでいたホットミルクに手を伸ばし、まだ冷めていないことを確認した。
「……創立者の人の言葉?」
「ううん私の」
「おおう」
「何ですかその反応ッ!」
「要するに……創立者の人がどういう意味を込めたかは、知らないんでしょ?」
「知らないけど……そういう問題じゃなくて……」
「どういう問題?」
少しだけホットミルクに口を付けると、またロインは微笑みを見せた。
「私はヴィオラの、澄んだ温かい音色を鳴らす弦が好きだから。勝手に意味を見出して……糸から紐……そして、『線』の美しさを感じていただけ。……それじゃ駄目?」
ユウキにロインを否定するようなことは出来ない。彼女の全てを、ユウキは美しく感じていた。
だから当然、首を横に振る。
「……いいえ。私は…………それが良いと思う」
*
◇ 界人暦三〇二三年 十月十五日 ◇
■ アポの遺跡 ■
ユウキはこの日、ゼロからの連絡で、ある遺跡を訪れていた。
考古学は門外漢な彼女だが、ゼロの方は違うらしい。
政府の科学者を務める一方で、もしかしたらそのような趣味があるのかもしれない。
「……で? 私をここに呼んで、何の用?」
目の前にあるのは、小さな洞窟。
このアポの遺跡は、二十ヘクタール程度の古代集落の痕跡が残された場所。
ゴミ捨て場に利用されていたと思われるこの洞窟にも、古代の人が使用していた形跡があるようだ。
「……君を呼んだのは、この世界の誰でもいいから、私の発見を『共感』してもらいたいと思ったからだ」
「発見を……共感……?」
「君は私と同じ、彼女に『感動』を与えられた存在だ。君ならば……信用が出来る」
「? どういうこと?」
「……」
ゼロは無言のまま洞窟の中に入っていく。仕方なく、ユウキはその跡を追うことにした。
洞窟内は一応手が加えられていて、人が通れるような道にはなっているが、ただそれだけ。
壁や地面は土石がそのまま剥き出しの状態で、整備されているわけではない。
ベルトパーテーションがあるだけで、『足元注意』の張り紙がいくつも存在した。
「……彼女の特異性を探すため、私は何でもいいからと、『存在』とは何かを研究し始めた」
「……? 『存在エネルギー』のこと……?」
「人間、ノイド、鉄……。我々の起源は何なのか……そこから調べていくうちに、私はこの遺跡に辿り着いた」
「このアポの遺跡は、古代に三種族が共に暮らしていた痕跡が残された遺跡……。貴方は、ここで何かを見つけたの?」
「デウス神の現身とされるマキナ・エクスは、人間だったのかノイドだったのか……。いや、違う。彼はどちらでもなかった。数千年に一人、世界に突如として現れる『特異点』に過ぎない存在……。あるいはもしかすると、デウス神すらもそうだったのかもしれない」
「……ッ!? 世界の創造主が……私達と変わらないって言いたいの……?」
「……私は、そう思いたかったが……」
先々に進んでいく。ゼロは後ろを振り返ろうともしなかった。
「さて」
奥まで進んでいくと、目の前には『立ち入り禁止』と記されたベルトパーテーションがあった。
その先にもまだ道は続いているが、『立ち入り禁止』とあるためこれ以上は進めない。
「……どうやら、ここから先は通れないみたいだね。道を間違えたの?」
二、三回ほど分岐はあったが、一番大通りを通って来たはずだ。ゼロが間違えたとは思えない。
「いいや」
そして、ゼロは当たり前のようにベルトパーテーションを超えていく。
「え? ちょ、ちょっとハルカ……」
仕方なくユウキは彼を追いかける。
文字が見えていないのか、あるいは理解していながら無視しているのか。もちろん後者だろう。
「い、良いの? この遺跡って、政府の管理下ではあるけど……」
足取りが遅くなるユウキに対し、ゼロはどんどん早足になっていく。
距離が離れると、もうユウキの言葉は届いていないようだった。
そして明かりの無い道を進んでいくと──
─────────ユウキは愕然とした。
「……整備……されてる……?」
道が整えられていた。明らかに、現代人が手を加えたような状態。
「……コンクリート……」
立ち入り禁止の道を進んでいった先にだけ整備された道があるというのは、どう考えてもおかしい。
むしろ、立ち入りが許可されている部分の方が整備されているべきだ。
そのまま進んでいくと、同じようにコンクリートで造られた階段まで存在した。
そしてその階段を下っていくと──
「扉……?」
巨大な鉄の扉が、眼前に立ち塞がっていた。
何よりも驚くべきなのは、その鉄の扉がかなり精密に加工されたものだということ。
電気が通っているようで、機械仕掛けの装置が取り付けられている。
とても、古代人が造ったものだとは思えない。
「この先だ」
「!?」
扉に取り付けられた装置には、手形のような窪みがあった。
ゼロはその窪みに、自分の手の平を合わせる。
すると──────────扉が、開いた。
「指紋……認証……?」
最早、どう考えても古代の科学力で成し得たものだとは思えない。
そして扉の先には、更にそれを確信させるような風景が広がっている。
真っ白で、近未来な雰囲気を醸し出す神秘的な照明が、辺りに散りばめられていた。
特に目を奪われるのは、部屋の中央にある台座と、その上にどういう原理かは分からないが何故か浮いている、一つの腕輪。
台座はもう一つ並んで存在しているが、そちらの方には何も無い。
そして次に目を奪われるのは、部屋の奥の壁。
そこには光る文字が刻まれていて……いや、違う。刻まれているのではなく、照射されているのだ。
どこにも映写機のようなものはないのに、壁に光の文字が照射されていた。
しかも、ジッと見つめているとその文字列が、一分程度で別の文字列に入れ替わる。
暫く色々な文字列に入れ替わると、元の文字列が出てきて、入れ替わりをまた繰り返す。
そのため、一連の文字列は続きの文章になっていて、それを誰かが読めるようにしているのではないかと考えられた。
「こ……ここは何……? どうなって……」
「古代人が残した……いや、この国が数千年に渡って隠し続けてきた、世界の秘密だ」
「……!?」
「信じられないか?」
「え……いや、だ、だって……。そんな……」
「確かに、古代の人間やノイドが、このような近未来的な空間を造り出せるはずはない。……と、思うかもしれない」
一瞬顎に手を当てて思考したユウキは、すぐに冷静さを取り戻す。
古代の科学力など、そもそもユウキには知る由が無い。
そのことを思い返せば、おのずと見えてくることはある。
「…………いや、違う。マキナ・エクスには、数千年前から鉄を創造する能力があった。それは今ですら解明されていない技術……。何なら鉄は、今の時代も何故かどこかで、未開の原理に基づいて生まれ続けている。古代の文明の方が今よりも優れていた可能性なんていうのは……むしろ、この世界における歴史の通説……」
「そう。それが、平均的な……普遍の考え方だ」
「…………?」
「事実は果たしてどうなのか……。古代文明が優れていたのか……それとも、未来の文明が優れていたのか……。一体『いつ』の技術なのか……」
「……? ……とにかく、そもそもだとしたら、この空間が隠されてきた意味が分からない。政府は一体何が目的で……」
「目的など無い」
「え……」
「ただ慣例に従って立ち入りの禁止をしていただけ。連中は……この部屋の中身すら知らない。知っているのは……私達だけだ」
「ッ!? そ、そんな馬鹿な……」
「指紋認証があっただろう? アレは、全ての人物を通すものではない。あの扉を開けられるのは……この世界でただ一人、私だけだ」
「え…………」
ゼロはゆっくりと、光る文字の映る壁に近寄った。
そして文字を眺めながら、背後のユウキに語り掛ける。
「……その腕輪、気になるかい?」
確かに先程から、台座の上で浮いている腕輪に何度も目が行っていた。
浮いている原理が分からないのもあるが、謎の紐が一本伸びた機械仕掛けの構造が、あまりに妙に映ったのだ。
「これは何……?」
「『ワールド・ギア』」
「え?」
「隣の台座。そこにも置いてある物があった。それが私の……この義眼だ」
「!?」
「腕輪と義眼。これらを合わせて『ワールド・ギア』と呼ぶらしい。異なる世界と世界の間で、存在を移動させる能力を持つ代物だ」
「ま、待って! な、なに……何て? 何を……」
「折角なので使ってみたくてね。頂いておいた」
「頂い……え? 頂いた? 何を? え?」
困惑で目を白黒させているユウキに目もくれず、ゼロは壁の文字を読んでいた。
「ここに古代文字で記されている通り、この義眼を使えば異なる世界から好きな存在を呼び寄せることが出来る。私はそれを、既に何度か試して検証している」
「検証? は? え?」
「疑問に思うのも無理はない。だが事実だった。元あった目を取るのは、かなり痛かったがね」
「………………」
ユーリの頭は、完全に思考停止の状態に追い込まれた。




