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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
八章【彼方から零へ】
122/158

『fate:ゼロ』

「初めまして。ユウキ・ストリンガーさん」


 鳥肌が立っていたことを、ユウキは覚えている。

 彼のその、空っぽな微笑みを見て、鳥肌が立っていた。

 名前を呼ばれただけなのに、全身の血管を内側から細い指で撫でられているかのような、そんな感覚が突如として現れたのだ。


 名はハルカ・レイ。

 コードネームはゼロ。

 政府直属の科学者。

 紹介された彼の素性は、たったのそれだけで終わった。


「……ゼロ……? ハルカ……レイ……?」

「ああ。どうぞよろしく」

「……私に、一体何の……」

「少し、彼女と二人きりで話がしたい。良いかな?」


 ゼロ……ハルカ・レイは、周囲の政府の役人に向かってそう言った。

 そして彼とユウキは、他に誰もいない別室で、二人で話をすることになった。


     *


 二人は向かい合って着席した。

 長い白髪をかき上げると、ゼロの右目部分が露わになる。

 そこには、機械仕掛けの義眼が仕込まれていた。


「……その目は……」

「ああ……気にしなくていい。珍しいかな? これは……私が独自に入手した、特別な『ギア』なんだ」

「……? ギア……?」

「……まあそれはいい。私が君と話をしたいと思ったのは、君の能力を買ったことと……もう一つ、私的な理由がある」

「私的な理由……? 私のことを……知っているの?」

「いや、正確には、君のことは能力以外何も知らない。ただ……君が、私の『知人』と仲が良いようだったのでね」

「……知人……?」


 思い当たる人物は、彼女にとって一人か存在しない。

 頭に浮かぶのは当然、ロインの笑顔。


「…………まさか…………」

「……彼女には、『感動』を与える不思議な力がある。君も……そう思うだろう?」

「……」

「……まあそれはいい。私はね、少し……疲れているんだ。国の研究と、大学生活の両立を続けるのが……」

「え? 貴方も?」

「ああそうなんだ。……そうなのか? いや、そうだった。そうらしい。こう見えて私も学生でね。共通点がある君と、話をしてみたかった」

「? でも、さっきはロインと知り合いだからって……」

「? どういうことだ?」

「?」


 どことなく、会話が噛み合ってないような気がした。

 しかし、ゼロはそれが自分の所為だと思ったのか、自ら頭を下げる。


「……ああ。分かった。最近疲れが溜まっていて……頭が上手く働かないんだ。ユウキさん、君は平気なのかな? 大変だろう? この仕事は」

「まあ、大変ですけど……。慣れればそこまで……」

「それは凄いな。ところで、『ロイン』というのは彼女のことで良いのかな? 私よりも前髪の長い、ヴィオラの女ノイド……」

「え、あ、ああ、はい。そうだけど……」


(そういえば……サークル内でのあだ名だったんだっけ……)


 ユウキは完全に、彼女の本名を知らない事実を忘れていた。

 それでも問題無くこれまで一緒にいられたので、特に知りたいと思うこともない。


「…………そうか。フフッ! いや、済まない。一瞬、私が勘違いしているのかと思ってしまって……」

「私の方こそごめんなさい。ロイン……じゃない。えっと……」

「いや、『ロイン』で良いよ。何でもいい。とにかくそうだ。私は……そう。そのロインと知り合いの君と、何でもいいから話をしてみたいと思っただけで……いや、そうなんだ。実は何を話すか何も決めてなくてね。済まない。場当たりで仕事の邪魔をして……」

「いえ。全然。でもそっか。ロインの……まあ、あの子は知り合い多いみたいだし……貴方もそうなんだ……」

「邪魔にはなっていないかい?」

「え? あ、ああ……。別に何も……」

「何も? ……そうか。なら良いが……」


 会話が微妙にズレている原因は、もしかしたらお互いの両方にあったのかもしれない。

 その可能性に先に気付いたのは、ユウキの方。


「……というか、こんなことを聞くのは失礼かもしれないけど、もしかして……貴方って、あまり他人とは会話しないタイプ……だったり?」

「ん? まあ、研究室に閉じこもっているからね。そういう君は?」

「もちろん。ロイン以外に話し相手はいない。おかげで今も、なんか会話が妙になってる」

「それは奇遇だ! 私も、多くの人間やノイドと関わってきたが……長く平凡な会話を続けられたのは、彼女だけだ」

「貴方も?」

「そうなのだよ」


 単純明快な話だった。二人とも、コミュニケーション能力に欠けが存在していたのだ。

 だがその欠けは、相手のコミュニケーション能力がある程度あれば問題無い程度のもの。

 上手い具合に、この二人はその欠けを互いが互いに補い合うことが出来ず、会話に妙な噛み合いの悪さが生じていたのだ。


(……この人は……もしかして、私に似ている……? だとしたら……)


 少しだけ、安心して笑みがこぼれた。

 同じノイドの女子と関係があり、同じように他者と関わることが少ない。

 自分が特別な一人ではないという実感が、彼女の孤独感を和らげる。


「…………私は、『感動』するのが苦手なんだ」

「え?」

「……昔からそうなんだ。理解することは出来る。いや……出来ているつもりにはなれる。真似だって出来る。出来ている……つもりだ」

「……共感能力の話……?」

「ああ。ただ、彼女は私に『感動』を与えてくれた。彼女と出会って、私の心は……()()()

「……はあ……」

「しかし、彼女の特異性はそれだけだった。いくら調べても、それだけだった。私は今の地位に就いて多くのことを学んだが、それでも彼女が特別だという証拠は見つけられなかった。だとしたら……やはり、特別なのは……いや、この世界の『異端』なのは……私の方ではないかと、思い始めた」

「……? 貴方は何の研究を……?」

「もちろん、君と同じさ。これから起こるだろう…………戦争の為の、研究だ」

「それは一体……何?」


 聞くべきでないことかと一瞬発言を撤回しようとしたが、それよりも早く、ゼロは答えた。


「存在エネルギーの研究だ」


 初めて聞く単語に、ユウキは眉をひそめた。


「『存在エネルギー』……?」

「まあ、簡単に言うと、体の内から溢れ出る、全てのエネルギーのことだ。だがそれは、体外から得たエネルギーを放出することではない。『クロガネ』は知っているね? それにノイド。分かりやすく、ゼロからエネルギーを生み出す生物だ。だが……彼らだけではない。我々人間も、知らず知らずのうちに、ゼロからエネルギーを生み出し、放出している。私はそれを含めて全てを、『存在エネルギー』と呼んでいる」

「……そんなものが……」

「それをもとにして、ヒノデ連邦は人間がクロガネに乗って戦えるということを立証した。クロガネから出るエネルギーだけではない。人間の発する存在エネルギーが、クロガネのそれを呼び起こすのだ。これを詳しく解明すれば……どのような人間がクロガネに乗ることが出来るのか、完全に把握することが可能となる」

「……!? あ、アレは……クロガネが起こした奇跡っていう話じゃなかったの……?」

「ノイド王国に悟られないよう、秘匿されていたのさ。そして、今後起こる戦争で、王国は戦慄することだろう。多くの人間が……多くのクロガネと共に戦いに出始めるのだから」

「……ッ!」


 ユウキが愕然としていると、ゼロは何故か溜息を吐いた。


「…………いや、こんな話をしたかったわけじゃない。私はただ……ただ……」

「……? どうしたの?」

「……いや、何でもない。そうだ。答えを聞いていない。君は……彼女に、『感動』させられたのだろう?」


 今のユウキは、誤魔化そうとは思っていない。

 ロインと共に過ごした日々の長さが、彼女を変化させていた。


「……うん」

「……ならば、私と同じだ。……いや……どうだろうな」

「どういうこと?」

「……また会えないかな? 出来れば……彼女の話を聞きたい」


 やはり、会話が上手く成されていない。

 しかし、安堵していたユウキは、その理由を些末なものとして捉えてしまった。


「……本人に聞けばいい。直接会って」

「……その通りだ。なら私は……どうして君に聞こうとしたのだろう……」


 彼が()()()それを疑問に思っていることを理解していれば……という仮定に意味は無い。

 全てはユウキと出会う前から決まっていたこと。

 既に彼女には、どうすることも出来なかった。

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