『ワーベルン領抗争』⑤
「ダハハハハハハ! ほらほらどうしたどうしたァ!? 何も出来んだろう!? ノイドどもォ!」
実体を消したイビルの攻撃を、ユウキたちは避けきれない。
おまけにこちらの攻撃は透けて避けられる。最早無敵の状態だ。
「クソォ! 大佐サンよォ! どうすんだよコレ! なんか策ねェのかァ!?」
「……私に聞くな……!」
そこで、ユーリからの通信がユウキに繋がる。
『ユウキッッ!』
「うおォッ!? お前……相棒ッ! んだよビビらすなよ!」
『クロウ大佐に言って! 他の鉄紛の相手をしろって!』
「あ……あァ!? 何でだよ! こっち三人がかりでもきついんだぜ!?」
いつも自信に満ち溢れているユウキが『きつい』と言うのならば、それは他の者が言うよりも遥かに厳しい状況だということだ。
だが、そんなことは問題ではない。
『勝てるか分からない戦いをして、犠牲者を出すことに意味は無い。部隊が壊滅的になって困るのは向こう側。そっちは二対一で良い。これは耐久戦だよ。周りの鉄部隊を一掃するまで耐えれば勝ち。だって彼らは……本来戦いに来たわけじゃないんだから』
「何……? 戦いに来たわけじゃない……?」
『……向こうが想定していたのは、一方的な虐殺……!』
「一方的な虐殺……!?」
「!?」
そのユウキの復唱を聞いて、クロウも気付いた。
続いてサザンも気付く。
「大佐!」
「……ああ。そういうことか……」
クロウはすぐに方向転換し、この場から離れて、鉄紛を相手取ろうとしに向かう。
「……!」
ここでバッカスとイビルは、クロウのことを追いかけた。無論、見えないままの状態で。
『ユウキ! 大佐の後ろを追って!』
「お? お、おう!」
わけも分からず言われるがまま、ユウキはクロウの背を追いかける。
するとそこで、イビルがクロウに近付いている音に気付く。彼はクロウを狙っているのだ。
『大佐の背中に向かって攻撃!』
「えぇ!?」
『早く!』
「!」
瞬時にユウキは理解する。先程一瞬聞こえたが、見えないイビルはクロウに攻撃しようとしているのだ。
だからこっちも攻撃をして止めろということなのだろうが、そもそも実体を捉えられないのに攻撃が通じるのかどうかと……考えるまで頭は回らず、ユウキは糸を伸ばしていた。
高速で飛んでいく糸は、そのまま真っ直ぐクロウの背中を狙って向かい……
────イビルを貫いた。
「ぐァァァァァ!?」
「当たった!?」
ここで一度、ダメージの所為で能力が解けたイビルが、ユウキの方を向く。
「てめェ……ッ!」
実はユウキの攻撃が当たったことに、サザンも驚いている。しかしユウキの混乱のほどは、彼と比べ物にならない。
ユーリはユウキの混乱を解くため、すぐに説明を始める。
『そもそも、実体が完全に消えるのなら、自分自身も攻撃できなくなる。だったら攻撃する時は実体を晒さなければならない。つまり……この鉄は、避ける時は実体を消す固有能力を利用し、攻撃する時だけステルス迷彩機能に切り替えているってこと』
「……つまり……?」
『ずっと見えないままだけど、向こうが攻撃してくる時だけは、こっちも攻撃できるってこと』
「……なるほど! そういうことか!」
説明されてユウキは理解した。ちなみにサザンは、たった今自分の頭で予測して同じことに気付いたところだ。
「……気付いたところで、勝てるわけじゃねェだろ。ガキどもが……」
イビルは静かに苛立ちを露わにしていた。
「イビル。どうする? クロウ大佐を殺さなければ、こちらの部隊が全滅だ」
バッカスも、今までに増して冷静になっていた。
「……馬鹿が。ふざけんなよバッカス。こんなガキどもにコケにされて、無視しろってのか? この程度の奴らを……! たかが二体のノイドを……!」
「……く……くく……くくくくく……」
「何笑ってんだ!?」
「笑うさ! 当然だろ!? イビル! 私もお前と同じ気持ちだ! そうだ無視しよう! 作戦なんて無視だ無視!」
「!? ぐぎ……ゲヒャヒャヒャヒャヒャッ! ああ最ッ高だッ! 最高だぜ相棒! それでこそバッカス! それでこそ〝悪魔〟だ!」
『奴らの目的は、このワーベルン基地の奪略。南インドラ海で戦う帝国軍を、挟み撃ちで仕留めるための拠点の設立が目的なんだよ。当然そのための戦力を連れて奴らはここに来てる。そして奇襲作戦によって、本来〝幻影の悪魔〟がいれば、それだけで自分たちの損害はゼロでここにいるノイドは全滅させられたはずだった。だからユウキ……そいつを、〝悪魔〟を無視して他の鉄紛を破壊すれば、それだけでもう向こうの作戦は失敗なんだよ』
ユーリの推測は正しかった。
だがしかし、バッカスとゲルマンは、既に本来の作戦を逸脱しようと目論んでいる。
「……足止めか。カッコつかねェな……そいつはよォ……」
『え?』
そして、折角向こうにとってのイレギュラーとして現れたこの男も、ユーリの望む方向から逸脱する。
いや──もう一人。
「……邪魔をするなと言ったはずだ。ユウキストリンガー」
大馬鹿は二人いる。味方側にも、敵側にも。
『待ってユウキ! 大佐が鉄紛を全て倒すまで、その背中を守るだけで良いの! そいつの元々の第一ターゲットは、一人でそいつの部下全員倒せる大佐なんだから!』
「それはどうだかな」
『な……』
遠目からでは、ユーリには分からない。
ユウキとサザンは、バッカスとイビルの矛先が自分たちに向いていると、分かっていた。
「「…………『超同期』」」
激しい赤と黒の光が、突如としてイビルの体から溢れ出す。
それはまるで、滲みだす悪意のようなものだった。
『な……何……!?』
その光が発する風圧が、地上にいるユーリにも届いていた。
「……ストリング……」
ユウキは自身の最大威力の技を繰り出そうとし、一方のイビルは超高速で二人に襲い掛かった。
「「ジャガーノートォッ!」」
赤黒い光を帯びたまま、イビルはその爪を巨大に変化させる。
その鉄の爪は赤黒い光を纏い、イビル自身よりも大きく見えていた。
高速で移動しながら、爪はただ空気に触れるだけで、大気に乱れを生じさせる。
「……キィッ!」
向かってくるイビルに、正面からぶつかりにいくのはサザンだった。
「無駄だぞ〝顎鋏〟ッ!」
「シザークロス!」
二人が交差した。
弾き飛ばされて地上に落ちていくのは──
────サザンの方。
「か……ッ!」
「フッ……………………がァァ!?」
サザンの技は決まっている。クロス状に、イビルの背が切り裂かれていた。
少し遅れてから、バッカスにもダメージがいったのだ。
「お……おおおおおおおおおおおお!」
痛みを無視して進み続けるイビルだが、ダメージの影響は確実にその移動速度に出ている。
ユウキの糸の練度は、その隙に最大値を迎えていた。
「バァァァァァァァァァァァァァァァァァストッッッ!」
同時に二人を屠ろうとしたイビルだったが、サザンの攻撃によって出来た傷は、小さなものではなかった。
もしかしたら、作戦通りクロウに集中していたら、話は違っていたかもしれない。
先程彼らが至った『この状態』ならば、ユウキとサザンの邪魔をも無視してクロウを殺し、他のノイドたちも一瞬で全滅させられていたかもしれない。
その時点で鉄部隊と協力すれば、ユウキとサザンを相手に勝てたかもしれない。
だがしかし────────あくまで『かもしれない』話。
あまりの『ストリングバースト』の勢いで、イビルは遥か海の向こうに飛ばされた。
この時点で、鉄部隊に勝機は無くなる。
「……よし」
多勢の鉄紛を相手にしていたクロウは、バッカスの事実上の戦線離脱を確認する。
「貴様ら聞けッ! 〝悪魔〟は海に墜ちたぞッ! 退け! どうしても退かないのなら……全員ここで殺すぞッ! クズどもがァ!」
あまりにも無鉄砲な指揮官の喪失で、部隊は戦う意志を失っていく。
クロウの言葉通り、彼らはもうここから去る以外の選択肢を持っていなかった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
ユウキは『ストリングバースト』の影響で体力をかなり消耗している。
貯める時間が長ければ長いほど威力は上げられるが、それだけエネルギーを使う技なのだ。
そして反動で、今回もハチマキは緩みかけている。
「……ハァ……結んで……おくぜ……。ハァ……ハァ……」
ハチマキを締め直すとそれで力を使い果たし、そのまま地上へと落下していくのだった。
*
◇ 数時間後 ◇
■ ワーベルン領 ■
▪ 南二号基地 管制塔 ▪
クロウは自身のデスクで、事後処理を続けていた。
「……被害は多少出ましたが……今回の一件は、正式に公表されました。ですが……」
今は部下から外の情報を入れている状況だ。
「『ですが』……何だ?」
「……連合軍は、バッカス・ゲルマン准将に全責任を押し付けました。今回の奇襲作戦は、彼の独断だと……」
「……だろうな」
「え?」
連合軍がそう動くことは読めていた。
もとよりバッカスとイビルは、ユーリが看破した通り、戦闘でステルス機能を以前から使っていた事実がある。
それだけならまだしも、バッカスとイビルは二人とも、倫理観皆無の性格だ。
失敗した時に尻尾切りされる可能性は、大いに考えられることだった。
「……鉄部隊……アレが最高戦力だと思いたいものだな。そもそも連合と帝国では……全体の数が違い過ぎる」
「大佐……」
「……だが、元帥閣下はそれでも我々が勝利するとお考えの様だ。仮に、バッカス・ゲルマンとイビル以上の鉄戦力が複数いた場合……果たしてどうする腹積もりなのやら」
「た、大佐」
元帥批判に見えた部下は焦りの表情を見せる。
「……フン。おい貴様、サザン……サザン・ハーンズ大尉はどこに行った?」
分かりやすく話を変えて安心した部下は、その安心した声の調子で答えた。
「はい! 既に本部にお帰りなられました!」
「……逃げやがったな……」
「え?」
「……目的は、ユウキ・ストリンガーか? クソ……元帥は何を考えている? おい。ユウキ・ストリンガーはどうした?」
「え? さ、さあ……? いつの間にやら傷を癒して消えたようで……」
「……どいつもこいつも……クズどもがァ……!」
実は、体力を使い果たしたユウキとサザンは、少しの間この基地で寝かせてもらっていた。
しかし、二人とも近くにいた者にだけ感謝を示して足早にこの場を去ったのだ。
もちろんユウキはユーリを連れて。
*
ユウキとユーリは日の暮れそうな中、何も無い道を歩いていた。
「……大丈夫? ユウキ」
「おうッ! 全然大丈夫だぜ!」
「強がり」
「何おう」
ユーリは、バッカスとイビルをユウキとサザンが撃退した事実に、まだ納得していなかった。
(……あんなのは奇跡……。向こうが血迷って二人同時に相手取ろうとして、固有能力もステルス迷彩も使うことを忘れて突撃してきたから、撃退できただけ……。ダメージの所為で能力を使えなくなっていた可能性もあるけど……総じて相手側のミスでしかない……)
「どした?」
「……何でもない」
(……『超同期』が出来るなんて想像してなかった。アイツらが、もしユウキたちを無視して先にクロウ大佐を殺しに行っていたら……。大佐が倒しきれずに残った鉄紛と、同時にアレを相手にするのは、ユウキたちには絶対に……不可能だった……!)
ユーリのそんな思考を察することもなく、もうそろそろ戻らないといけないので、ユウキはつばきに連絡を取った。
『……あ! ユウキさん! だだだ大丈夫ですか!?』
「ッたりめぇだろ! それよかこれから帰るから、船の場所案内してくれ」
ユウキは足の底からジェット・ギアを起動した。
そしてユーリの背に手をやる。彼女を抱えたまま空を飛ぶためだ。
『あの……それが……』
「「うん?」」
『先の一件の所為で……その……周りの目が厳しくて……ですね? 船を移動しましたのでその……多分、今の体力のユウキさんだと、ジェット・ギアのエンジンが……持たないんじゃないかなぁ……って……』
「え?」
『すみません!』
今から陸路を取るとなると日が暮れる。
ジェット・ギアのエンジンはユウキの体内エネルギーを消費するものなので、増やすには体力を満タンにしなければならない。
強がりでは、どうにもならない話だ。
しかし、ユウキはユーリの腰に手を回して彼女を抱え、ジェット噴射を止めようとしない。
「……いや、いける! 俺ならいける!」
「強がらなくていいから!」
ユーリは何とかしてユウキから離れようと、思い切り彼の胸を押す。
取り敢えず、今夜は野宿になりそうだ。




