『side:ゼロ』
◇ 移動要塞マキナ 内部 ◇
城のような外見だというのに、ゼロのいる場所は王室などのような特別な雰囲気とは一線を画していた。
何も無い、薄明かりだけの部屋。広さだけはそれらしくあるが、いるのはたったの三人と二体。
そしてそこへ、体を震わせた人間が一人、入って来る。
「やあどうも。反戦軍に邪魔されて、ノイド・ギアの完成が遅れたのは……君の所為らしいね?」
部屋には一つの大きな段差がある。大きくジャンプしなければ、飛び越えられないような段差が。
奇妙なことに、ゼロだけはその段差の低い方にいた。
そして、彼だけが座っている。地べたの上で、壁の方に背をもたれて、まるで、自分の方が他の者よりも、立場が低いことを示すかのように。
体を震わせた彼の部下は、彼の部下であるはずなのに、見下ろす形でゼロに頭を下げる。
「も、もも申し訳ありませんッ! まさか……まさか! 奴らの戦艦が陸上を移動してくるとは……」
「……あれ? おかしいな……。反戦軍のことは、警戒するようにと言ったはずだが……」
「ひっ……」
「……いや、言ってなかったか。フフ……まあ、どちらでもいい。そういうこともある」
「ゼロ様ッ! お願いです! 私を……私をッ! 元の世界に……」
「ああ良いよ。さようなら」
「ッ!? 待って下さいゼロ様! 私を──」
そして、ゼロは右の義眼である『ワールド・ギア』を発動する。
そこから出る光が、目の前の人間を包み込む。
そして───────その人間は、消えた。
「…………可哀想に」
自分でやっておきながら、ゼロはそう呟いて何故か俯いてしまった。
「……ゼロ様。彼をどこに?」
「? 彼……? 誰のことだ? マシヴァ」
「……いえ。何でもありませぬ」
そして口を閉ざしたのは、老人の男ノイド、マシヴァ。
相変わらず包帯で右手に巻き付かれた三叉槍を持ち、前項姿勢で立っていた。
「……そろそろ、行こうかな……」
溜息を吐いてから、ゼロは立ち上がる。敵の接近は、既に彼も知っていることだ。
「OKッ! レッツスタンバイッ! ヒアウィゴウッ! ゼロ様ッ!」
「黙れ。ラフ」
やかましいのは電線の入った機体を持つ、『自称クロガネマガイ』のラフ。
その彼に小さく怒気を向けたのは、ゼロの乗る藍鉄色の鉄・カワード。
「……喧嘩は良くない。そうだろう? カワード」
「……申し訳ありません」
「? どうして謝る? 私が何か言ったか?」
「……行きましょう。ゼロ様」
「どこに?」
「…………」
ゼロは今、本心をさらけ出している。いつものように、取り繕っていない。
本来の彼は、言葉の通じるような男ではない。
いつだって、会話が成立しているかのように見せかけているだけ。
共感する方法は分かるのに、本来の彼はそれをしたがらない。したいと思うことがない。
彼にとってそれは、『出来ない』ことと同じだった。
「ゼロ様。N・Nは……いないのですか?」
そう尋ねたのは、全裸の人間の男、アマネク。
「いるよ。……ああいや、いたんだ。うむ……」
そして面倒臭そうに、会話が成立するように言葉を選ぶ。適当な言葉を並べないように、気を遣う。
それが彼にとって、悍ましいほどに苦しく厳しい、虚しい作業だった。
「……彼ならやられたよ。サザン・ハーンズに」
「…………またですか」
アマネクは、呆れるように小さく溜息を吐いた。
「そういうこともある。そうだろアマネク。それがこの…………虚しい世界だ」
そしてゼロは、カワードのコックピットに入っていく。
もう、苦しく厳しい作業を続ける必要はなくなる。なくなるのだ。
「ああ……もうすぐだ。きっと……『今回』は、上手くいく」
「「「「…………」」」」
この場にいる者の全員が、同じ方向を向いていない。
ただ、彼らにも共通点はある。それは、全員が虚無の中にいるということ。
「…………そうだ。私の心は……もうすぐ……潤う……」
彼は目を瞑り、これまで歩んだ長い長い過去を回想する。
『彼女』と出会った、その過去を──




