『side:共同戦線』
◇ 界機暦三〇三一年 七月二十八日 ◇
◇ 午前十一時 ◇
■ ノイド帝国 アスガルタの丘 ■
ノイド帝国は、何もノイドの住む都市だけで形成されているわけではない。
むしろどちらかと言えば、国土の大半は自然のまま手を付けられていない大地で広がっている。
この丘陵地もそうだ。非居住地域、アスガルタの丘。
荒れた大地が広がり、住む場所がない以上、こんな場所に人は誰もいないはず──
「……見えてきたぜ」
いや、いる。愚かな勇者が揃っている。
そして、彼らの視線の先には、『動く山』が見えている。
「……アレが……」
ステルス機能によって隠されていた『それ』も、ここにいる者達の姿を確認すると、意味がないとみて機能を排除する。
それを受け、ユウキ・ストリンガーはステルスを見破る特殊なゴーグルを放り捨てた。
「ハッ! わざわざ姿を晒しやがってよォ……なァオイッ! 舐められてるぜッ!」
「どうかな。無駄な所にエネルギーを消費しても仕方がない……そう思っただけかも」
「……どっちにしろ、ぶつかるしかねェって話だッ! そうだろ……相棒ッ!」
ユーリは優しく微笑んだ。
『全て』を話したにもかかわらず、彼が自分を『相棒』と呼んでくれることが嬉しかった。
彼らの目の前に見えているのは、正確には山ではない。だが、見た目は確かに山に似ている。
まるで、巨大な城のようなものが、山のように草葉を纏い、そして、移動している。
移動の手段は、驚くことに四本の足だ。それも巨大な鉄の足。
足だけで、町一個分あるのではないかというほどの大きさだ。
これこそが────『移動要塞マキナ』。
*
「デケェ! 折角うちの『戦艦ディープマダー』を、『陸上戦艦ディープマダーZ』に改良したってんのによォッ!」
ユウキやユーリたちの背後には、元・反戦軍の皆々がいた。
そこにあるのは、陸上を動けるように改良した、巨大戦艦。
相手側の移動要塞に近付けたつもりだったが、どうも大きさが比べ物になっていない。
それだけの技術の差がこちら側と向こう側にはあった。だが、だからといって逃げ隠れるわけにはいかない。
グレン・ブレイクローを始めとする元・反戦軍の戦闘要員以外の面々は、この戦艦の中にいる。
いつでも戦いに参加する準備は出来ている。解散したため役職は『元』だが、もう肩書きは関係ない。
内部のメインブリッジでは、非戦闘員のメンバーが揃い踏みになっていた。
「いやまあ、改良したのは基本的に俺らだが……。しかもたったの十数日で」
そう言うのは、疲れながら壁に寄り掛かる元・整備担当のツツジ・タータズム。
他にも機関部の方に、改造に精を出した者達が大勢いる。
「ユーアーアメイジング」
そんな彼に親指を立てるのは、元・操舵担当のザクロ・アンダスタン。
「我々の方は、前線に出られなさそうじゃあないですかい。役に立てるのかどうか……」
「そんなこと言わないでくださいロケアさん! そして泣かな…………!?」
「フッ……」
元・情報通信担当のロケア・ベントは、渋い表情を崩して泣くことはなく、いつもの仕事を行っている。
「皆さん! ロケアさんが成長しました!」
元・戦艦戦闘担当のアネモネ・ルーアも、今までと同じ仕事を続けている。
……声出しの仕事だが。……とにかく、必要なムードメーカーの仕事だ。
「……ふぁぁ。あ、そろそろ時間?」
「えっえっえっ! ペンタス、今起きたんかい」
同じく元・戦艦戦闘担当のペンタス・ヘラライは、切り替えがとても上手く、起きてすぐに覚悟を決められている。
そして元・相談役のキクも、既に出来ることは終えているものの、まだ渦中から逃げ出す気はない。
「……リーダー。ユウキさんたち……大丈夫でしょうか?」
元・情報通信担当のつばきは、眼鏡の下に強い瞳を持ったまま、戦闘員の安否を心配している。
「……大丈夫だってんよ。なァアイ」
「ええ。きっと……」
元・給仕担当のアイは、既に準備を始めるつもりでいる。
無論、全ての戦いが終わった後に、皆に振る舞う食事の準備を──
『グレンッ!』
*
通信でグレンに声を掛けたのは、外に出ているアカネ・リント。
『うおッ!? ビビった……。いきなり大声上げんなってんよォ! アカネ!』
「馬鹿ね。声上げないとやる気出ないでしょ? ……向こうがどんな手段を使って来るか分からない。後方支援……頼んだわ。そっちのみんなに」
『……ああ! もちろんだってんよ!』
「あ。それと好きよ」
『応ッ! ……………………ん?』
そしてアカネは通信を切る。
ちなみに彼女は忘れているようだが、実はこの通信は他のメインブリッジの面々にも聞こえている。
向こうが今どうなっているか、知る由も無し。
「うぅ……。緊張して来たよぉ……ボタン……」
「大丈夫だよ~。頑張れマツバ~」
マツバ・ヒーデリとボタン・ヒーデリ。双子の彼らは、実は見た目と本心が違っている。
より緊張しているのはボタンの方で、マツバはそんな彼女を気遣っていた。
マツバは単純な性格で、繊細なのはボタンの方。マツバは自ら緊張しているふりをしてみせれば、ボタンの緊張も和らぐのではと考えている。
「大丈夫だ二人とも!」
「全然大丈夫だ二人とも!」
「マジで……な!」
猛獣三兄弟と呼ばれる動物みたいな姿の三兄弟。
ライオンのようなコウバイ・ジャンバールとトラのようなヤマハギ・ジャンバール、クマのようなセキチク・ジャンバールの三人は、つぎはぎだらけの鉄紛に乗っていた。
この鉄紛の三機の方も、兄弟と同じく動物染みた見た目をしている。
そして彼らはこれから、野生動物の如く暴れるつもりでいた。
「おいユーリ! お前どうすんだ!? 鉄紛……乗らねェのか!?」
そう大声を出すのは、同じくつぎはぎの鉄紛に乗る男、バラ・ローゼクト。
彼の乗る鉄紛は人型で、武器は一部欠けているハンマーだ。
「……私は、ユウキと一緒にブレイヴに乗る」
彼女は、ユウキと共にゼロを直接自分たちが相手するつもりでいた。
ブレイヴに乗るのは、彼女の完全なエゴ。だが、傍でユウキに知恵を貸せるのならば、役に立たないことはないだろう。
「……お前……」
「……」
「ブレイヴはホテルじゃ──」
スパコーン……と、バラの鉄紛の装甲に向かって石が投げつけられた。
「うおッ!? 止めろよてめェ! もうボロボロなんだぜコイツ! 冗談通じねェなァ!」
「……ったく」
呆れながらユーリは別の方向に視線を向ける。
男女で共に一体の鉄に乗ろうとしているのは、何も彼女らだけではない。
「……」
カイン・サーキュラスは、ハンチング帽を回転させながら被り直した。
「カイン。私……カインに会えて良かった」
マリアがそう呟くと、カインはフッと笑った。
「まだ会ったばかりだよ。これからさ。これからマリアには……もっと良い思いをしてもらうんだ」
そして、二人を見つめながら鉄・トルクは笑みを漏らす。
彼らの傍には、永代の七子の面々と、彼らの乗る鉄たちが揃っている。
「……みんな。不安だろうけど、大丈夫。必ずみんなのことは……僕が守るから」
そう言って逆に己を鼓舞するのは、アウラ・エイドレス。
「うぅん。大丈夫、エイドレス君。私達だって、貴方のこと……守るから」
「……そろそろ名前で呼んだらどうだ? 幽葉。その方が……面倒ではない」
「……恥ずかしくて」
「……ッ!?」
デンボクは、幽葉・ラウグレーという少女が顔を赤くして照れている姿を、たった今初めて目撃した。
意外すぎる理由を聞き、そしてそのまま、硬直する。
「……」
「? どうかしました?」
灰蝋は、ついマリアの方にずっと視線をぶつけてしまっていた。同じ人造人間である、彼女の方に。
「お前は……」
すると、刹那の速さでカインが間に入って来る。
「……マリアを睨み付けないでよ」
「え、いや……俺は……。……初めから、こういう目付きだ……」
「え!? あ…………ごめんなさい」
「もう! カインッたら早とちり! でも嬉しい……」
「い、いやぁ……」
仲睦まじい二人の様子を見て、灰蝋は目を細めて微笑んでいた。
(……何が『道具』だ。『化け物』だ。下らない……。コイツも俺も……ただの人間のガキじゃないか……)
鉄たちは、ここで鉄同士で交流をしていた。
自らの意志で戦うことは出来ないが、会話くらいなら何の問題も無い。
「……ブレイヴさん。ピースメイカーのこと……ごめん」
そう言って謝罪を述べたのはαだった。
「己が詫びる必要はない。我々は、最後まで自らの意志に従って生きるのみ。たとえヒト種の戦意に感情を重ねようとも、それだけは変わらぬ。ピースメイカーも我々も、最後まで己の貫くべき生き方を貫き通すだけだ。……マキナ・エクスが、出来なかった生き方を」
「……ブレイヴ様。敵にはマキナ・エクスの……」
「……子であるのならば関係はない。結局は一個人と一個人。打ち崩すべきは……ゼロの目的ただ一つ。それだけだ」
トルクはブレイヴの言葉通り、己の成すべきことを見定めた。
自分が戦うべき相手を、一人に絞るつもりはない。世界の破滅を防ぐためならば、何を相手にしても戦える。その覚悟を、トルクは既に決めていたのだ。
「……」
しかしαはまだ顔を上げていない。
彼女に出来たことは何も無いはずだが、ピースメイカーやレッド・レッド、ブローケンなどの、同じ鉄たちの死を気にしている。
「おいおいッ! 気にしなくて良いってんだから、顔上げようぜαッ!」
「ソニック……」
「なァブレイヴの旦那! それに……トルクだっけ? 知り合いだったんだろォが、乗り越えていかなきゃァだッ! そうだよなァ!? シッシッシ!」
ソニックはαの肩を抱き、高笑いをしてみせている。
そんな姿を見て、近くにいたクロロとマスクド・マッスラーは若干引いていた。
「……で、伝説の鉄さんに……あそこまで馴れ馴れしくできるなんて……」
「ソニックめェ……目立ちやがる……!」
一方で、ブレイヴは安堵していた。
鉄の戦意は確かにヒト種に操られる部分があるが。少なくともこの場にいるヒト種の戦意には、邪心が無い。
自分よりも遥かに若い鉄が、ヒト種を信じ、とても楽しそうに生きている。
世界は彼が生まれた時代よりも、確かに前に進んでいた。
「…………」
一人目を瞑り胸に手を当てて、大事な者の無事を願うのは、六戦機エヴリン・レイスター。
この場にいる帝国軍のノイドは、彼女だけだ。もしかしたら、寂しさも抱えているのかもしれない。
「セイッ!」
「ひやうッ!」
アカネが唐突に、彼女の背を思い切り叩いた。
「気負い過ぎじゃない?」
「な、何するんですか……」
「…………心配?」
「!?」
無論、言うまでもなくサザン・ハーンズのことだ。
「……大丈夫よ。きっと」
「アカネさん……」
「それよかアンタは、アンタのことを心配しないと。……いや、必要ないか! アタシのことボコボコにするくらい強いしね!」
「うぐッ……」
「冗談!」
そしてアカネは、叩いたエヴリンの背中を摩る。
視線を陸上戦艦に向けて、彼女は彼女の大事な者のことを想う。
「……大切なんでしょ? あのバンダナの彼のこと」
「……はい」
「その気持ちは私にも分かる。分かるよ。初めから……分かり合えるって決まってた」
「……そうですね」
「彼が戻るまで、持ちこたえないとよね?」
「……いいえ。サザンさんが戻ってくる前に、終わらせてしまいましょう」
「賛成ッ!」
全員、戦う準備は出来ている。
そしてユウキは、気合いを入れてハチマキを締め直す。
「結んでおくぜッ! なァオイッ! 相棒ッ!」
「うん! ここで全てを終わらせる……ううん。全てを終わらせないための戦いを、始めようッ! 相棒ッ!」




