『皇室庁地下爆破事故』③
「……ハァ……ハァ……ハァ……」
倒れることはなくとも、進み続けようとしても、それでも現実として、サザンは動きを止めてしまう。
そして、鉄紛の砲口から、巨大な弾丸がサザンに飛んでくる。
サザンは避けずに全てを食らい、今度は膝をつく。
「……ハァー……ハァー……」
「……亜種核を持っていようと、貴様はそれを完全に使いこなせていない。そしてこの鉄紛は、亜種核を最大限に利用して造られている。鉄屍たちもそうだったが……奴らを倒すまでが、貴様の限界だった。ここで貴様も、止まるのだ」
「……俺……は……」
理想に呪われた拳が、サザンにトドメを刺しに来る──
「………………………………………!?」
ノーマンは、手応えが無い事に気が付いた。
鉄紛の拳は、サザンには当たっていない。
彼は今──
「………………『超過』………………」
全身から出る光が、光沢のある虹色に変化する。
光背が出現し、瞳や髪からも黄金の光が溢れ出ている。
限界のその先へ、サザンは進み続ける。
「『超過』……? 『超過』だと……!? そんな馬鹿な……馬鹿な……」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「……ッ!」
またこちらに進んで来るサザンを、巨大な拳で押し潰そうとするが──
「!?」
一瞬サザンは、視界から姿を消した。
それは、時間にしてたったの〇・〇〇九秒。
そして、次の瞬間。
サザンは────
────────────至近距離にいた。
(タイム・ギア……ッ!?)
そしてサザンの鋏は、ついに鉄紛の腹を断ち切る。
コックピットの扉は破壊され、目の前にはノーマンがいる。
そして迫りくるサザンを前に、ノーマンは己の死期を悟った。
「……ッ! おおおおおおおおおおおおおお!」
「終わりだ。ノーマン」
最早出来ることは何もない。あとはサザンの鋏の一撃によって──
「貴方の全ては断ち切った」
*
決着はついた。
しかしこの場を去ろうとしたサザンは、全身が硬直するような感覚を抱く。
「ぐッ……クソッ……!」
全身から溢れ出る光は徐々に途絶え、光背も消える。『超過』の状態が、解かれてしまう。
(……まだ、使いこなせてはいない……。確かに……そのようだ……)
サザンの体は、まだ亜種核による膨大なエネルギー創造を制御できていない。
ナインと違って、タイム・ギアを使うのも、『超過』の状態を維持するのも困難なのだ。
「まだ……だ……」
ノーマンの心は、まだ途切れていない。
彼の理想は──
「な……」
確かにサザンは、ノーマンを両断した。しかし、彼はまだ生きている。
上半身と下半身が分かれながらも、上半身を腕だけで動かし、鉄紛のコックピット内にある操縦桿に触れる。
「ま……だ……」
「……元帥……」
こんな状態で、鉄紛を動かしてみせる。
無茶な力を使ったサザンは、ここで完全にしゃがみ込んでしまい、動けない。
だが、しかし──
「私の理想は…………──ッ!?」
「……もう、断ち切っている」
ガシャリと音を立て、鉄紛は崩れて倒れる。
サザンの鋏は、この鉄紛ごと両断していたのだ。
ノーマンの抱えていた暗闇の理想を、既に断ち切っていたのだ。
「………………私は………………」
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
「ッ!? 何だ!?」
突如、真っ暗な部屋が明るくなる。そこら中で、真っ赤な明かりが点滅している。
「…………本来、先に警告すべきだったことだ…………」
「元帥ッ!? 何を……」
「……私とこの鉄紛に何かあれば……その時点で、この地下の全てを爆破するように、設定していた……」
「……貴方は……」
「…………無駄で無意味だっただろう? 貴様のやったことの全ては……」
「……いいや。そんなことはない……はずだ……ッ!」
そして皇室庁の地下は、爆破された──
*
頑丈な壁をも崩壊させる、途轍もない威力の爆弾だった。
皇室庁の庁舎は、それによって地震のような被害を受ける。
地盤も歪むことになり、今後に多大な悪影響を与えることは間違いない。
爆心地である地下最深部の部屋は最早、土に埋め尽くされることが決定していた。
崩壊した部屋の天井からは、次々に土と岩が落下してくる。
だがその中で、サザン・ハーンズはまだ原型を留めていた。
「…………」
しかし、右腕の鋏は砕け、もう意識は消えかけている。
原型を留めているだけ、奇跡としか言えなかった。
(……全ては……無駄でも無意味でも……無い……はずだ……)
(……俺がここで倒れても……進み続ける者はいる……)
(……ノーマンの理想は終わった……。あとはもう……ゼロを止めるだけだ……)
(……心配をする必要など……何も無い……)
(そうだろう……? 愚かでも勇気を持った……お前たちなら……ッ!)
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目を開けると、そこには平原が広がっていた。
美しい青空と、清らかな緑野が存在している。
そして、目の前には川があり、橋がある。
短く白い川で、小さな錆びた橋だ。
そして、その橋の上には──
「こんにちは。お兄様」
知らないはずがない。一目で彼女のことは分かる。
自分と同じ茶色の髪の、その少女は──
「……エルシー……なの……か……?」
不思議と、驚きは何も無かった。
むしろ、そうであることが必然であるような、そんな感覚。
なるべくしてここにいて、いるべくして彼女はここにいる。
そう、思えた。
「……ごめんなさい。勝手なことをしてしまって……」
「……いいんだ。エルシー。私は…………俺は……」
「一言くらい、お兄様に残すべきでしたか? でも私……お兄様なら、まあ、いいかなって思ってしまって」
「……フッ。何が『まあ、いいかな』だ……。フフ……」
「ふふ」
そして、一歩ずつ歩みを始め、彼女の方へ向かう。
まるでそうすることが、当たり前であるかのように。
小さな橋の上を渡り、彼女と正面から向かい合った。
「ところでお兄様。勝手にガランさんに、私の気持ちを伝えようとしていましたね?」
「!? あ、い、いや、それは……」
「……冗談です。ふふ……焦り過ぎですよ。お兄様」
「エルシー……」
「…………お二人には、大変ご迷惑をおかけしました。どうか許してください。お兄様」
「……ああ」
エルシーはここで、いつも彼が首に巻いている『それ』に目がいった。
「……ボロボロになってしまいましたね。私のあげたバンダナ」
「そうだな……。だがまだ使える。……よだれかけとしては」
「……クフッ! フフフフッ! お兄様は本当に面白いですね」
「いつもオイルを飲んでいるからな」
「その洒落は死ぬほどつまらないですが」
「……だが、笑ってくれた奴もいた。なのに……」
エルシーは、穏やかな笑みを向けたまま首を横に振った。
「……大丈夫です。何も、不安に思うことはありません。あちらでまた、笑ってもらえばいいじゃないですか」
「……そうかもしれんな……」
そして、彼女はゆっくりと手を伸ばす。
「……………………お疲れさまでした。お兄様」
「…………ああ」
とても、とても、長く進み続けた。
彼はその所為で大変な疲労を抱えている。
だが、もうそのことを気にする必要はない。
何故なら、目の前には光が広がっているからだ。
眩しく美しい、明るい希望の光が。
そしてサザンは、彼女の手を取った────
──「死ぬなよ」
「ッッッッ!?」
エルシーは、そこで大きく目を見開いた。
愛する妹の手を取った兄が……
────その手を、《《振り払った》》。
「お兄……様……?」
「…………済まん。エルシー。私は…………俺は、まだ……死ぬわけにはいかない……ッ!」
サザンの瞳には、初めから光が宿っている。
わざわざ見えてきた光の方へ向かっていく必要はない。
何故なら彼は、最初から……。
「……誓ったんだ。ある男と。必ず……『遅れて行く』と……ッ!」
「……ッ! お兄様……」
「……嫌いになったか?」
エルシーは、強くかぶりを振った。
「そんなこと……そんなこと、あるはずがありません……ッ! ごめんなさいお兄様。私は……私は、最後の最後で、わがままを言ってしまいました。分かっていたはずなのに……お兄様に、私の望みを押し付けようとしてしまいました」
「……ああ」
「私はッ! ずっとッ! お兄様に傍に居てほしかったッ! ガランさんと一緒にッ! ただ楽しくお話しして……ッ! そして、もっと、もっと…………長く……生きたかった……」
「……ああ」
「……本当は、怖かっただけなんです。苦しみながら……死ぬことになるのが。だったら、ガランさんの見ている前で……穏やかに……死ねるならと……」
「ああ」
「……私は嘘を吐きました。私は、お兄様の自由なんて望んでいません。これからも傍に居てほしいと……ずっと、そう望んでいたのです……」
「……分かっているさ。いや……分かろうと……している。少なくとも今は、分かろうと、進み続けている……」
「そうです。それが貴方です。それが……私のよく知る、貴方という人物です。お兄様」
そしてサザンは、彼女に背を向けた。
彼女を拒絶するわけではない。
ただ、サザンはここで止まるわけにはいかない。
彼女がそれを望んでいなくとも……いや、彼女は分かっていない。
理解してないが、彼女自身もそれを、確かに望んでいるはずだ。
矛盾した二つの望みを持っていても、何もおかしことなどない。
全てを貫き通せば、それで良いのだ。
進み続ければ…………それで良いのだ。
「お兄様は自由です。お兄様は何ものにも縛られない。何故なら……」
「俺を縛ろうとするものを全て、この俺だけが持つ……巨大な『鋏』で切り裂くからだッ!」
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ガンッ
失った鋏を再び出現させ、左手の拳を床に叩きつける。
サザン・ハーンズという男は、まだ終わらない。
「……ああ、そうだ。言ったはずだ。遅れて行く…………必ずだッ!」
崩れゆく暗闇の中、彼の鋏はまだ動く。
暗闇を切り裂き、全てを断ち切る。
彼の自由意志はいつだって、何かに遮られたことはない。
いつだって、彼はその先に進み続ける。
彼は初めからずっと、己の意志に従って生きる、自由な男だったのだ──




