『皇室庁地下爆破事故』②
◇ 同日 午前八時五十七分 ◇
■ 皇室庁 庁舎前 ■
「何だ……?」
ヴェルイン・ノイマンは、辺りが騒がしくなっていることに気付く。
どうやら庁舎に何かがあったようで、中にいた何人かも外に出てきている。
「何があったのであるかな?」
「え…………ヴェ!? ヴェルイン・ノイマン様!? な、なな何故貴方様がここに!?」
「気にするでない。それより……何があった?」
皇室庁所属の役人らしきその男は、後退りながら溢れ出した汗を拭いた。
「……分かりません。ただ、庁舎の地下で……巨大な爆発音のようなものが聞こえたそうで……」
「爆発音だと?」
「は、はぁ。見たところ……一階から上は、何も問題無さそうなんですが……」
「地下には行けるのか?」
「それがその……一応救急隊の到着を待つことにしていまして……」
ヴェルインは困った様子で自分の髭に触れた。
(……参った。ナインは地下に住んでいるはずであったが……。……何かがあったのか? これは一体……)
「あ、あの、それと……」
「何であるかな?」
「…………担当の者が言うには、サザン・ハーンズ大尉が、無理やり地下に向かっていってしまったとのことで……」
「なぬッ!?」
「ひぃッ!」
そうなれば話は変わる。嫌な予感が、ヴェルインの脳裏に走る。
「……ふむぅ……。吾輩は……どうするべきか……」
「……あのぅ……」
「どうしたのかね?」
何故かは分からないが、役人らしき男は、怪訝そうな目をしている。
もしかしたら昨今戦場で有名になり始めた六戦機のことを、恐れているのかもしれない。
自身や他の仲間が、同じ仲間であるはずのナイン・テラヘルツを恐れたように。
だが、彼が怯えていたのはまた別の要因だった。
「……帝国は……負けたのでしょうか……?」
現在の世間のニュースは、昨日の帝国本土最終戦のことについてで溢れ返っていた。
敗北したのはノイド帝国だ。降伏の手続きは、着々と進んでいる。
だが、役人であるはずの彼は、まだその実感が得られていなかった。
予想以上にいつもと変わらない日常が来てしまった所為で、何の為の戦いだったのかが分からない。
だが、戦場では無数の死人が出ている。帰ってこないノイドたちの家族も、いつもと変わらないままではいられない。
いや、今のままでいてはいけないのは、世界中全ての存在がそうだ。
だからこそ彼は、戦場で戦っていたはずのヴェルインに直接、その実感を与えてほしかった。
「……うむ。その通りである」
「……そう……ですか……」
「……だが、全てが終わったわけではない」
「え?」
「……我々の戦いは、永遠に終わることはないのだ。生きよ若人。この先の……真っ暗な闇の時代を、必ずいつか通り抜けるために。必ずその先の光に……辿り着くために」
戦争が終わっても、争いの火種が消えることはない。
ノイドの立場は、今までよりも悪くなるかもしれない。
人間同士でも、また新しい戦争が起きるかもしれない。
だが、少なくとも今の時代に生きる人やノイドの一部は、長い戦いが終わったことに安堵していた。
そして、少なくない存在が、この先の平和を望んでいる。
必ず光が見えてくると、信じて今日も、進み続けるのだ。
*
◇ 同日 午前八時四十八分 ◇
■ 皇室庁 地下最深部 ■
サザンは息を切らしながら、膝をついていた。
「……馬鹿な……」
愕然としていたのは、ノーマン・ゲルセルク。
サザンは自分に襲い掛かる、合計二百二十六体の鉄屍を、全て倒しきっていた。
本来倒せるはずがない、途方もないエネルギーを含有し、再生を繰り返すロボットたちを、サザンはそれらのエネルギーが尽きるまで何度も破壊し続けた。
消耗戦となれば、勝利するのは所有するエネルギーの多い方。
そして鉄屍たちとサザンとで比べた場合、上回っているのはサザンの方だった。
「ハァ……ハァ……」
「……あり得ん。一ノイドの核で生成するエネルギー如きで……鉄屍全ての再生に費やす分のエネルギー量を、上回るはずがない。サザン、貴様は……」
「……あとは貴方だけだ。ノーマン」
「…………」
残るはノーマンの乗る鉄紛だけ。だが、既にサザンは体力を使い果たしている。
「シザー……」
「……私の理想は……」
「クロスッ!」
装甲に攻撃するが、やはり効いていない。
この鉄紛は、他の鉄屍とは使用しているエネルギーの量が違う。
無から有を生み出す再生よりも、全ての攻撃を封じる装甲のコーティングの方が、消費するエネルギーは少なく済む。
故にサザンの方が、先に倒れる………………はずだった。
(……何故だ……)
(何故……倒れない……?)
(……この男は……)
(何故…………倒れない…………ッ!?)
サザンは何度も何度も、鉄紛への攻撃を続ける。
ノイドの自己回復は、完全に何もしない休息を取らなければ始まらない。
動き続けているサザンが、体力を回復するはずはない。
なのに、攻撃の雨がやまない。降り注ぎ続ける。鉄紛の装甲に。
全てを断ち切るために、進み続けている──
「シザークロスッ!」
大技を出しても、まだ突破できない。
しかし、サザンの方は鉄紛の攻撃が全く効いていない様子。
そこでノーマンはようやく、彼が今までの彼ではないことに気付いた。
サザンが床に着地するタイミングで、ノーマンは彼の胸の部分に目をやった。
よく見ると、ズタボロの服の下から、何かが見える。
全身から発する光に似た、黄色く光る──
「……まさか……亜種核……だと……?」
「……ナインから預けられた。私は……彼に『生きてほしい』と言われた」
「馬鹿な……」
「彼を救ったのは貴方だ。だから私は貴方をここで止めなければならない。貴方を止めて、ここで終わらせる。そして……貴方を救う」
「『救う』だと? ……違う。我々は皆、己の身しか救うことは出来ん。だからこそ、誇りをもって、神に誓ったその行いを、最後まで貫き通さなければならないのだ」
「……貫き通す……ですか」
「そうだ。それこそが、この世界を創造したデウス神の現身である、マキナ・エクスが説いた思想だ」
マキナ・エクスが人間だったかノイドだったかというのは、今の時代の歴史書などでは明らかになっていない。
しかしノーマンは彼をノイドだと思い込むことにした。そして、だからこそ伝承されている彼の思想を受け入れていたのだ。
「……いいえ、違います」
「何だと?」
「マキナ・エクスは…………そのようなことを、説いてはいません」
「……何……?」
「彼に創造された、古代の鉄に聞きました。マキナ・エクスというのは、途方もなくどこまでも、迷い挫けることを繰り返す、愚かなヒト種の一人に過ぎなかったと……」
「…………」
「……そして馬鹿馬鹿しいことに、私は貴方と同じ様なことを言っている男を一人、知っている。馬鹿で愚かで直情的で、間抜けで阿呆で粗暴な男」
「……私が、その男と同じだとでも言いたいのか?」
「勘違いしないでください。奴は確かに愚者ですが、それでも私は……奴が何者か理解している。奴が『勇者』であると……理解している」
「……何が言いたい……」
「奴と貴方は、何もかもが違うように見える。だが、貴方は確かに奴と同じことを言った。ならば貴方の本質は、何も変わらない。奴だけでなく、この世界の全ての知性と理性を持つ者と、貴方は何も変わらない。…………思想を統一する必要など、無いのですよ。元帥」
無言で鉄紛を動かし、サザンに向けて攻撃するが、避けられる。
ノーマンの理想は、サザンには受け入れられない。
「……崇高な精神を持つノイドはいる。人間の手で創られた、欺瞞に溢れた幸福の上で、満ち足りている愚か者どもとは違う。……幸福の真の意味を知るナイン・テラヘルツの精神は、他に類を見ない場所にいる」
「いいえ違います。彼も何かを強く欲すことのある、どこにでもいる、普通のノイドです。だから、あなたの理想は叶わない」
「貴様に何が分かるというのだ」
「貴方は何を分かったというのですか」
鉄紛の巨大な装甲が変形し、銃火器の砲口が出現する。
N・Nの操っていた鉄紛のように、いくつかの砲口がサザンに狙いを定めると、そのまま無数の弾を発して襲い掛かる。
だが、しかし──
「……ッ!?」
サザンは何を食らっても、全く動揺していない。
全て避けずに食らったのに、効いていないふりをしている。
「……人間だった少年がいました。事故で体をノイドに変えた、一人の小さな少年が」
「……悍ましい話だ。人間風情が、ノイドになろうとするなどとは……」
「彼はずっと言っていた。『分かっていない』と。そうなのです。我々は誰も……分かっていない。何も分かっていないから、分かり合おうとするしかないのです。それを止めた時、我々は、最早知性と理性を持つ存在としての誇りを失う……。ならば貴方は、自ら誇りを失う必要はない……! 必要ないではないですかッ!」
「……下らん問答だ。このやり取りに意味は無い。私は何も変わらない」
「それでも私は、立ち止まりたくはないッ! 私は決して止まらないッ!」
「……私はもう、進む必要がない。ここが理想だ。私はここで、止まるのだ」
「俺は……ッ!」
あらゆる手段を駆使して、鉄紛はサザンを倒そうとする。
だが、サザンは決して倒れない。
そして何度も何度も鉄紛に攻撃する。しかし、こちらも倒すことが出来ない。
先にエネルギーが尽きるのは──




