『皇室庁地下爆破事故』
◇ 界機暦三〇三一年 七月二十七日 ◇
◇ 午前八時二十分 ◇
■ 皇室庁 地下最深部 ■
ナインから亜種核を埋め込まれたサザンは、体力を恐るべき速度で回復させ、そしてとうとう『彼』のもとへ辿り着いた。
暗闇の最奥部へと自ら足を運び、空虚な望みを目指し続けたその男。
帝国軍元帥、ノーマン・ゲルセルク。
「………………来たか」
ナインのいた真っ白な部屋とは打って変わって、真っ暗な部屋に、巨大な機械が無数に存在している。
光は数多くの機械から発せられるものだけだが、サザンの目の前にいる『それ』だけは、一律に『機械』という言葉だけで表していいものではない。
見ただけで、サザンはそれが何なのか、おおよそ予想がついている。
「……鉄紛……」
彼が鉄紛だと思った『それ』は、彼が今まで見てきたどの鉄紛や鉄りも巨大だった。
サザンは既に鋏を構えている。だが、問答無用なのは相手の方。
そして、そんな巨大な鉄紛の拳が──襲い掛かる。
ドガァァァァァァァ
「……ッ」
通常の鉄や鉄紛の拳が人間やノイドを一人を丁度掴み隠す程度のものだとすれば、この鉄紛の拳はおよそその三倍はある。
サザンの反応速度ならば避けられない攻撃ではなかった。ただ、当たっていればどうなっていたかを想像することは出来ない。
何故なら、床が全くダメージを受けていないからだ。彼の知るところではないが、この部屋は途轍もなく頑丈な壁や床に覆われていたのだ。
つまり逆に言えば、ここでいくら激しくサザンが暴れようとも、地盤が崩れて生き埋めになることはない……はず。
「……サザン・ハーンズ……」
「ノーマン・ゲルセルク……!」
巨大な鉄紛の中から、ノーマンの声が聞こえてきている。
これを操作しているのは、彼自身なのだ。
「……ナインはどうした?」
「……死んだ」
「……? 馬鹿な。…………上手くやり過ごしたのか……まあいい。貴様には……何も出来ん」
「何も出来ないのは貴方だ。ノーマン。私は……貴方の全てを、終わらせに来た」
「……無駄だ」
「それは貴方の方だ。ノーマン・ゲルセルク…………元帥」
ガランとナイン。二人との戦いを経て、サザンはここで彼を止めなければ、彼を救うことが出来ないのだと理解していた。
だが、客観的な話をするのならば、最早この男に救う価値など無いと言っても良い。
サザンに奇妙な使命感を持たせたのは、ひとえにその二人の存在そのものだった。
「……スタンバイ。鉄屍」
「!?」
ノーマンの呼び声と共に、周囲にいた無数の小型の鉄紛と言えるような存在が動き出す。
それは、サザンがデウス島で見たロボットによく似ていた。
そして彼は気付く術を持たないが、確かにそのとロボットと同質の存在、鉄屍に違いなかった。
これは、完全自立稼働型ロボット兵器。古代に生きたマキナ・エクスという存在の持つものと同等の技術が、ノーマンの手にはあった。
だが、これの製造だけならあくまでゼロでも手に入るレベルの技術。
ノーマンが乗るこの巨大な鉄紛は全くの別種であり、鉄屍の方もまた──
「ギャアアアアアアアアア!」「ガアアアアアアアアアアアア!」
「ゴアアアアアアアアアア」
「ジャアアアアアアアアアアア」 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
鉄屍たちは叫びながら、何ら統率も取らずにサザンに向かっていく。
(……話し合いをする気は……無し……か!)
分かっていたことのはずだが、それでもサザンは期待してしまっていた。
ノーマンの凶行を、説得によって止められる可能性を。
だが、最早戦うしかない。戦って、戦って、戦って、戦って…………。
人間もノイドも鉄も、皆が長い歴史の中を、それによって紡いできた。
だが、それだけではないことも、確かだったはずだった。
サザンは自由自在の腕で鋏を操り、瞬く間に辺りの鉄屍を倒していく。
今の彼にとって、彼らは敵には値しない。
だがしかし──
「…………ッ!?」
この鉄屍たちは、その機械の体を──再生させる。
まるで本物の、『ゾンビ』そのものであるかのように。
「クソ……ッ!」
いくら倒しても、斬っても、潰しても、鉄屍たちは体を再生させる。
原理が全く分からず、サザンはどうするべきか分からない。
向こうの攻撃方法は二種類だ。手持ちの銃による攻撃か。あるいは格闘かの二択。
攻撃を避けることくらい何のことはないのだが、永遠に避けられるかと言われたら答えられない。
そして、そんな不毛な戦いをしているサザンのことを、ノーマンは攻める。
「ストーンブロー」
巨大な鉄紛の拳が、鉄屍たちに苦戦するサザンを頭上から襲いかかる。
「チッ………………──ッ!?」
鉄屍の一体を挟んでいたサザンだったが、その鉄屍は挟まれたまま自身を挟む鋏を抱えていた。サザンの動きを止めるためだ。
一瞬の隙を狙い、巨大な鉄紛の一撃が──
「……死んだか」
鉄紛のコックピットの中にいるノーマンは、ここで一息を吐いた。
しかし、彼は理解できていない。相手は『サザン・ハーンズ』だということを──
「シザークロスッ!」
サザンは一度腕を切り離し、そしてまた鋏を生やして攻撃に転じていた。
背後に回る必要など無い。コックピットは腹の中なのだ。
そこを斬れば全てが終わる。終わらせられる。
サザンの鋏は、巨大な鉄紛の腹を────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────断ち切れなかった。
「ッ!?」
「……ナイン・テラヘルツの『亜種核』は、異次元領域のエネルギーを生み出した。この鉄紛は、特殊なエネルギーによってコーティングされている。貴様の鋏でも……決して断ち切ることは出来ん」
「ナインの……」
「……そして、これこそが……この鉄紛こそが、サテライトの全機能を操作する、メインコンピュータそのもの。……貴様は、私のこの『理想』によって死ぬのだ。サザン・ハーンズ」
「……分かりやすくて助かる。ならば私は……貴様の理想を、必ず断ち切ってみせるッ!」
だが、サザンの敵はノーマンの乗る鉄紛だけではない。
自立稼働する鉄屍たちは無数にいる。そして決して壊れない。
消耗戦となれば、勝敗を決めるのは──
「『覚醒』」
今日至ったばかりの到達点に、サザンは三度辿り着く。
だが、発する光は砂色ではなくなっていた、
今彼が全身から発している光は──
────黄金色の光だった。
「……やはり、到達していたか」
サザンはあらゆる角度から、ノーマンの乗る鉄紛を攻撃する。
だが、どこからも刃は通らない。打撃も効かない。そして衝撃も内部には通じていない。
鉄紛をコーティングしている未開のエネルギーが、全ての『害』を封じていたのだ。
(……ナイン……やはりお前は、天に愛された存在だった。お前は……幸福になるべき存在だった。だというのに……ッ!)
サザンは、彼の力を利用して兵器が造られていた事実が、許せなかった。
もっと平和的な活用法は、いくらでもあったはずだ。
「アイツの力は…………こんな物の為にあるわけではないッ!」
だが、サザンの刃は通らない。
ノーマンの理想は、今のままでは断ち切ることが出来ない。
そして、装甲に弾かれて床に落下すると、鉄屍たちが待ち構えている。
「鉄屍は、マキナ・エクスの創造した鉄の失敗作だ。だが……私はそこに、手を加えている」
「こんなもの……ッ!」
「……ナインの持つ、力によって」
「!」
やはり、いくらなぎ倒しても蘇る。破壊した部品が、当たり前のように瞬時に再生する。
それをナインの亜種核を利用したためと言われたら、サザンは何の疑問も持てなくなる。
「ぐッ……!」
完全に捌ききれなくなってきている。攻撃手段が鋏一本だけでは、厳しい部分があった。
サザンは鉄屍の一体に銃撃を受け、一瞬だけ膝をつく。
……だが、彼はもう倒れない。
「……驚異だ、サザン。だがそれは、脅かすという意味での脅威ではない。ここにいる鉄屍は、エネルギーが尽きるその時まで、延々と再生を繰り返し、動き続ける」
「おおおおおおおおおおお!」
「……無駄だ」
「あああああああああああああああああああああ!」
「……無意味だ」
──「それは貴方です。ノーマン・ゲルセルク元帥」
目の前の男の肉親である、強い女の言葉が聞こえてくる。
だが彼は、無視するしかない。無意味だろうと何だろうと、最早関係はない。
立ち止まるわけにはいかない。もう既に選択をしたのだから。
貫き通すと決めたのだから──
「もう一度言う。ノーマン・ゲルセルク。無駄なのは…………貴方の方だッ!」




