『fate:ナイン・テラヘルツ』④
……結果は明白だった。始まる前から決まっていた。
インターバルの短縮など何の関係もない。
既に虫の息になっているサザンを倒すのに、『超過』は必要の無い力だった。
それでもまだ、倒れて動けなくなったサザンは、意識を失っていない。
「二百年前」
そしてナインは、再び庇の上に座りながら動けないサザンに語り掛ける。
「俺は……二百年前に生まれたノイドだ。そして……俺の胸にある『これ』は、コアじゃない。そもそもコアっていうのは、俺の胸にある『これ』を元に造られた模造品。そして全てのコアは、俺の『これ』を完全に再現できていない……」
何の為に話しているのかは、ナインにしか分からないことだろう。
サザンは彼の言葉を、聞き逃したりはしない。
「……『超過』っていうのも、世界で初めて使ったのは俺だ。というかそもそも、コアの無い他のノイドは基本的に使えない。使えたとしても……鉄の『完全同化』と同じで、使用後に死亡するものだ。本来は、機械の体が肉体に変化するもんなのさ」
足をぶらぶらとさせながら、切ない目をして語り続ける。
「君ほどの才能なら、『覚醒』での戦いを繰り返し続ければ、『超過』に至ることは出来る。……けど、そうして命を捨てたとしても、俺には勝てない。俺は……世界の『異物』なんだ」
何故悲しそうな表情を見せるのかは分からない。
だからこそ、サザンは分かりたくなっていた。
「……ずっと、研究の日々だった。自由なんて与えられたことはない。でも、俺はそれが普通なんだと思っていた。言葉だって、覚えたのは最近さ。外の世界を知らなければ、それを羨むことすら出来ない。自分が何をされているか理解していなければ、誰かに助けを呼ぶことも出来ない。二百年前、俺を巡って戦争が起きた。今の歴史の教科書には出てこない戦争だ。最終的に俺を手に入れた奴らが、俺の存在を隠すために事実を塗り替えたんだ。そして、後世に俺という『資源』を残すために、俺はコールドスリープされることになった。永遠に生かされ続ける運命から俺を解放してくれたのは…………ノーマン君だった」
世界を滅ぼそうとしているゼロは、ナイン・テラヘルツのことを六戦機の一人としか認識していない。
もし彼の持つ特異性を知っていれば、決して無視はしなかっただろう。
ナイン一人いるだけで、ノイド・ギアの完成は遥かに早くなっていたはずだからだ。
「……俺の胸にある『これ』を、ノーマン君は『亜種核』と呼んでいた。異次元領域に足を踏みいれたエネルギー創造装置……それが、『これ』の正体だ。あの人も俺のことを自分の目的のために利用した。それは分かってるさ。でも……嬉しかったんだ」
ナインの存在が、ノーマンの最終目的を可能にした。
十年前。彼の『亜種核』を利用して、ノーマンは人工衛星『サテライト』を開発し、宇宙に飛ばすよう帝国の科学機関を動かした。
世界全てのノイドの精神を支配し、更には鉄屑からノイドを生成、複製するなどという技術は、ナインの『亜種核』なしには実現不可能なものだった。
「……こんなに幸せを感じられたことはなかった。誰も彼も……この幸せを、みんな共感してくれない。……自分の意志で、呼吸が出来る。……自分の口で、物が食べられる。……自分の足で、大地を踏める。……自分の目で、空を見られる。こんなにたくさんの幸せを得られたんだ。だから俺は……ノーマン君に、強く感謝しているんだ……ッ! サザン君……君も共感してくれないんだろ? 分かってる……分かってるさッ! なのにどうしてみんな分からないんだ!? 誰かと言葉を交わせるだけでッ! もう十分なほど幸福じゃないかッ! ここで人生が終わっても! 満足して眠れるじゃないかッ! 俺は…………俺だけは……そう思ってる……」
意識をまだ失っていないサザンは、ここで再び、立ち上がろうとし始めた。
「……俺は……まだ……死ねない……」
「……サザン君……」
サザンは何度でも、何度でも、立ち上がってみせる。
「……死にたくないって気持ちはよく分かる。ああ、俺は君達のことを分かっているつもりだ。けど、君達はどうなんだ? どうしてそこまで強欲になれるんだ? どうして……自分たちが既に報われているってことを、分かってくれないんだ……?」
「……よく……分かった……」
「……え……」
「……お前は、この世界の発展のために、誰かのために、力になれる……。そして、些細な幸福を、誰よりも尊く思うことが出来る。……よく分かった。ナイン・テラヘルツ……」
澄んだ光に溢れる瞳で、サザンはナインに目を合わせる。
そして、サザンは彼を──
「……俺は、お前を誇りに思う」
そして、扉の方へ向かっていく。
「……誇り……だって……?」
「……ノーマンも、気付いているはずだ。お前は……お前さえいれば、きっとこの世界はもっと良くなることが出来る。最強の力を持ちながら、誰よりも幸福を理解できるお前は……奴の言う、『誇り高いノイド』そのものだったんだ。……奴が全てのノイドに統一させようとしている思想とは…………お前の思想なのだろう? ナイン」
「それ……は……」
ナインは知らない。だが、開発に利用された身として、可能性は頭の片隅に過っていた。
そして、サザンの予想は事実だった。
ノーマンは確かに、全てのノイドがナインと同じ思想を持つように設定している。
「……二百年前だかにお前を苦しめ、体を弄くり、コールドスリープさせ、全ての自由を奪ったのは…………『人間』だった。違うか?」
「……ッ!」
「……ノーマンはお前が、人間を恨んでいると思っている。実際のお前がどうかは知らないが……奴は恐らく、ミスをしてしまっていた」
「サザン君……俺は……」
「…………お前は誰にも縛られてなどいない。だから、俺のことも縛るな。俺は……ノーマンのところに行く」
ナインは歯を強く食いしばって、左手の人差し指をサザンに向ける。
ナインを無視して歩き続けるサザンに、標準を合わせる。
「止まってくれ……サザン君……!」
「俺は止まらない」
「頼むから……!」
「俺は何ものにも縛られない」
「………………ッ」
そして────サザンは完全に意識を奪われた。
「……俺が出会ってきた全てのノイドの中で、君が一番強かった」
ナインは、意識を失って倒れているサザンの傍に近寄った。
「俺のことを恐れなかったのは……君だけだった」
そして、その場で膝をつく。激しく髪を動かし、動揺を抑えきれない。
「俺は……クソッ……俺は……ッ! クソッ! クソッ! どうして……クソッ! 馬鹿野郎……馬鹿野郎ッ! 君は…………俺は……馬鹿野郎だ……ッ! クソッ!」




