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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
七章【残心の死鋏】
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『fate:ナイン・テラヘルツ』④

 ……結果は明白だった。始まる前から決まっていた。


 インターバルの短縮など何の関係もない。

 既に虫の息になっているサザンを倒すのに、『超過ネクスト』は必要の無い力だった。

 それでもまだ、倒れて動けなくなったサザンは、意識を失っていない。



「二百年前」


 そしてナインは、再び庇の上に座りながら動けないサザンに語り掛ける。


「俺は……二百年前に生まれたノイドだ。そして……俺の胸にある『これ』は、コアじゃない。そもそもコアっていうのは、俺の胸にある『これ』を元に造られた模造品。そして全てのコアは、俺の『これ』を完全に再現できていない……」


 何の為に話しているのかは、ナインにしか分からないことだろう。

 サザンは彼の言葉を、聞き逃したりはしない。


「……『超過ネクスト』っていうのも、世界で初めて使ったのは俺だ。というかそもそも、コアの無い他のノイドは基本的に使えない。使えたとしても……クロガネの『完全同化シンクロ・フル』と同じで、使用後に死亡するものだ。本来は、機械の体が肉体に変化するもんなのさ」


 足をぶらぶらとさせながら、切ない目をして語り続ける。


「君ほどの才能なら、『覚醒レイズ』での戦いを繰り返し続ければ、『超過ネクスト』に至ることは出来る。……けど、そうして命を捨てたとしても、俺には勝てない。俺は……世界の『異物』なんだ」


 何故悲しそうな表情を見せるのかは分からない。

 だからこそ、サザンは分かりたくなっていた。


「……ずっと、研究の日々だった。自由なんて与えられたことはない。でも、俺はそれが普通なんだと思っていた。言葉だって、覚えたのは最近さ。外の世界を知らなければ、それを羨むことすら出来ない。自分が何をされているか理解していなければ、誰かに助けを呼ぶことも出来ない。二百年前、俺を巡って戦争が起きた。今の歴史の教科書には出てこない戦争だ。最終的に俺を手に入れた奴らが、俺の存在を隠すために事実を塗り替えたんだ。そして、後世に俺という『資源』を残すために、俺はコールドスリープされることになった。永遠に生かされ続ける運命から俺を解放してくれたのは…………ノーマン君だった」


 世界を滅ぼそうとしているゼロは、ナイン・テラヘルツのことを六戦機ろくせんきの一人としか認識していない。

 もし彼の持つ特異性を知っていれば、決して無視はしなかっただろう。

 ナイン一人いるだけで、ノイド・ギアの完成は遥かに早くなっていたはずだからだ。


「……俺の胸にある『これ』を、ノーマン君は『亜種核あしゅかく』と呼んでいた。異次元領域に足を踏みいれたエネルギー創造装置……それが、『これ』の正体だ。あの人も俺のことを自分の目的のために利用した。それは分かってるさ。でも……嬉しかったんだ」


 ナインの存在が、ノーマンの最終目的を可能にした。

 十年前。彼の『亜種核あしゅかく』を利用して、ノーマンは人工衛星『サテライト』を開発し、宇宙に飛ばすよう帝国の科学機関を動かした。

 世界全てのノイドの精神を支配し、更には鉄屑からノイドを生成、複製するなどという技術は、ナインの『亜種核あしゅかく』なしには実現不可能なものだった。


「……こんなに幸せを感じられたことはなかった。誰も彼も……この幸せを、みんな共感してくれない。……自分の意志で、呼吸が出来る。……自分の口で、物が食べられる。……自分の足で、大地を踏める。……自分の目で、空を見られる。こんなにたくさんの幸せを得られたんだ。だから俺は……ノーマン君に、強く感謝しているんだ……ッ! サザン君……君も共感してくれないんだろ? 分かってる……分かってるさッ! なのにどうしてみんな分からないんだ!? 誰かと言葉を交わせるだけでッ! もう十分なほど幸福じゃないかッ! ここで人生が終わっても! 満足して眠れるじゃないかッ! 俺は…………俺だけは……そう思ってる……」


 意識をまだ失っていないサザンは、ここで再び、立ち上がろうとし始めた。


「……俺は……まだ……死ねない……」

「……サザン君……」


 サザンは何度でも、何度でも、立ち上がってみせる。


「……死にたくないって気持ちはよく分かる。ああ、俺は君達のことを分かっているつもりだ。けど、君達はどうなんだ? どうしてそこまで強欲になれるんだ? どうして……自分たちが既に報われているってことを、分かってくれないんだ……?」

「……よく……分かった……」

「……え……」

「……お前は、この世界の発展のために、誰かのために、力になれる……。そして、些細な幸福を、誰よりも尊く思うことが出来る。……よく分かった。ナイン・テラヘルツ……」


 澄んだ光に溢れる瞳で、サザンはナインに目を合わせる。

 そして、サザンは彼を──



「……俺は、お前を誇りに思う」



 そして、扉の方へ向かっていく。


「……()()……だって……?」

「……ノーマンも、気付いているはずだ。お前は……お前さえいれば、きっとこの世界はもっと良くなることが出来る。最強の力を持ちながら、誰よりも幸福を理解できるお前は……奴の言う、『誇り高いノイド』そのものだったんだ。……奴が全てのノイドに統一させようとしている思想とは…………お前の思想なのだろう? ナイン」

「それ……は……」


 ナインは知らない。だが、開発に利用された身として、可能性は頭の片隅に過っていた。

 そして、サザンの予想は事実だった。

 ノーマンは確かに、全てのノイドがナインと同じ思想を持つように設定している。


「……二百年前だかにお前を苦しめ、体を弄くり、コールドスリープさせ、全ての自由を奪ったのは…………『人間』だった。違うか?」

「……ッ!」

「……ノーマンはお前が、人間を恨んでいると思っている。実際のお前がどうかは知らないが……奴は恐らく、ミスをしてしまっていた」

「サザン君……俺は……」

「…………お前は誰にも縛られてなどいない。だから、俺のことも縛るな。俺は……ノーマンのところに行く」


 ナインは歯を強く食いしばって、左手の人差し指をサザンに向ける。

 ナインを無視して歩き続けるサザンに、標準を合わせる。


「止まってくれ……サザン君……!」

「俺は止まらない」

「頼むから……!」

「俺は何ものにも縛られない」

「………………ッ」



 そして────サザンは完全に意識を奪われた。



「……俺が出会ってきた全てのノイドの中で、君が一番強かった」


 ナインは、意識を失って倒れているサザンの傍に近寄った。


「俺のことを恐れなかったのは……君だけだった」


 そして、その場で膝をつく。激しく髪を動かし、動揺を抑えきれない。


「俺は……クソッ……俺は……ッ! クソッ! クソッ! どうして……クソッ! 馬鹿野郎……馬鹿野郎ッ! 君は…………俺は……馬鹿野郎だ……ッ! クソッ!」


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