『fate:ナイン・テラヘルツ』③
ナインはサザンという男に出会ったことを喜び、そして彼を殺さなければならない現実に虚しさを覚える。
そして次の瞬間、最早当然のようにサザンの視界から完全に姿を消した。
「!?」
「こっちだよ」
また、サザンの背後にいる。どうやらさっきのまま衣服は着ていない。
「結論から言うと、俺はただ過去や未来の君の背後を取って、蹴ったり殴ったりしてただけ。一直線に進む時間の『線』の中で、俺だけは自由な『点』を付け加えることが出来る……。……もちろん弱点はあるよ。時空移動するのは俺だけなのに、君を始めとする俺以外の全員が、俺の時空移動を認識できるんだ。だから俺が未来に移動した時は君には俺が瞬間移動したように見えるし、俺が過去に移動した時には君は時空移動する前の俺を見ることがある。けど俺は、時空移動先の位置を俺の知っている場所の中から自由に指定できる。だから他者に時空移動を認識されたところで関係は無いのさ。時間と空間を跳躍する……それがこのタイム・ギアの力なんだ。だからエネルギーの消費はあまりに膨大で、移動できる過去や未来は非常に短い期間に限られる」
「……随分丁寧に説明してくれるな」
「まあ、理解したところで無駄だからね。諦めてくれるならそれで俺も良いんだけど……」
「私が諦めることはない」
「……みたいだね」
説明をしても、サザンが絶望することはない。
鋏を構え、そして──
「ガハッ!」
殴られて、サザンは空中に吹っ飛ばされる。
追い打ちのように、そのまま地面に蹴りつけられる。
そしてサザンが倒れ伏すと、ナインは息も切らさず目の前にいた。
「〇・〇〇九秒だ」
「……ッ!」
「それが、俺の移動できる時空の範囲。〇・〇〇九秒先の未来と、〇・〇〇九秒前の過去。俺が移動できる限界がそこだ」
「ならば……大したことはない……なッ!」
再び立ち上がったサザンを、立ち上がり切る前に地面に押し付ける。
「……分かってないね。要するに俺は、〇・〇〇九秒で、この世界のどこにでも行けるってこととほぼ同じなんだよ」
「くッ……分かってないのは貴様だ……ッ! ナイン・テラヘルツ!」
地面に叩きつける鋏の圧で、無理やり自分を起き上がらせる。
取り敢えず気になったナインは、まだ攻撃をしない。
「……ハァ……ハァ……。この部屋の広さは……幅が約二十八メートル。奥行きが恐らく……四十七、八メートル。高さはおよそ十メートル。フロア内での最長距離は……約五十六メートル。その距離を〇・〇〇九秒で移動する場合は……秒速たったの、六・二キロメートル程度。これは……光の速さの、約五万分の一。つまり貴様は……鈍すぎるッ!」
自信満々に鋏を構えるサザンに対し、ナインは少し呆れ返っている。
「……いやだからさ。俺は、今この瞬間君の傍に自分が居たことにすることが出来るんだって。さっきのはものの例え。俺の移動速度は……計算できない」
息を吐くナインを、サザンは人差し指を動かして挑発する。もうナインは気だるげになるだけだ。
「……サザン君。君は俺に何も出来ない」
そして時空を移動して、〇・〇〇九秒前の過去に向かう。
いくら時空移動を認識できると言っても、過去のサザンの体は彼の未来の認識に従って動くことはない。
何故なら既に、彼の過去での行動は決まっているから──
「!?」
ナインの蹴りが、サザンの左腕で防がれる。
いや、違う……。
防いだのではなく────防がれていた。
「……どうした?」
「そんなわけが……」
再びナインは時空移動を実行する。次は、〇・〇〇九秒先の未来へと。
サザンの未来での行動は決まっていない。そして、決める時間は彼に与えられないはず──
「な……ッ!?」
やはり、ナインの蹴りは同じ左腕で防がれる。いや、正確には……防がれていた。
時空移動した先にいるサザンは、過去だろうと未来だろうとナインの攻撃を受け止める。
二度も同じことが続けば、ナインはサザンの驚異的なセンスを称える以外に、出来ることはない。
「はは……マジかよ……。マジかよサザン君ッ!」
「どうした? 来てみろ……ナインッ!」
蹴りが駄目なら拳はどうか。
過去や未来を行き来して、ナインは攻撃を連続して続けてみせる。
しかし駄目。サザンは左腕だけでなく、蠢く右腕でもナインの攻撃を防いでみせ続ける。
それどころか──
ザンッ
ナインに一撃を、与えてみせる。
「……驚いた……」
「……」
「……俺の動きを、完全に読み切っているのか? 尋常じゃない反射神経があるとしても、そうでないと説明がつかない。過去に戻っても、君は〇・〇〇九秒後から移動してきた俺がやろうとしている攻撃を、デフォルトで読んでいた。未来へ進んでも、君は〇・〇〇九秒前から移動してきた俺がやろうとしていた攻撃を、カスタマイズしていたかのように読めている。しかも……俺が未来に飛ぶか過去に飛ぶかも、完全に看破しきっている……ッ!」
そしてサザンは、もう一度指で挑発してみせる。
「フフ……ハハハハハハハ! 凄いよサザン君! こんなことがあるなんて……ッ! 君は天才だッ! 天才ノイドだよッ!」
戦闘経験の有無が、サザンの狂気的な読みの実現に繋がっていた。
サザンからすれば、ナインの動きはあまりにも単純すぎる。
毎回毎回背後を取って攻撃をし、攻撃の仕方も工夫が見られない。
シンプルに真っ直ぐ殴る。真っ直ぐ蹴る。そんなやり方は、タイム・ギア無しでは絶対に戦場で通用しない。
未来に飛ぶ場合。〇・〇〇九秒間世界からナインが消えるため、背後から攻撃が来ると分かっていれば、その卓越した反射神経で反応できる。
一方で過去に飛ぶ場合……サザンからすれば現在に突然現れる場合。
現在のナインを見ていても、その彼が消える前にサザンにとっての未来の彼が現れるため、本体ならば反応するのは不可能に近い。
だが、サザンはほんの短いやり取りだけで、タイム・ギアの弱点を見抜いていた。
(……ノーモーションでギアを発動させているわけではない。タイム・ギア使用直前のその刹那、時間にして〇・〇〇九秒以上前。ほんの僅かだが奴のコアから音が発生する。そして奴はその事実に……気付いていない……!)
直接攻撃するには、拳や足を振り被る予備動作が不可欠。
サザンはとにかくその音が聞こえた瞬間、ナインが予備動作を行っている間に、音の聞こえた方向からの攻撃に備えるだけだ。
殴る、蹴るの攻撃は、サザンに通用しなくなってくる。
音が発生する理由は、タイム・ギアがあまりにも膨大なエネルギーを消費してしまう所為で、コアが圧力を掛けられるから。
己の知らないタイム・ギアの弱点に、ナインは搦め捕られていたのだ。
……だが、サザンは気付いていない。
彼が先ほどからコアだと思っている『それ』は────別の『何か』だという事実を。
「面白い……面白いよサザン君! なら……」
そしてサザンは、忘れていた六戦機全員に見られる『強化形態』を思い出す。
「『覚醒』」
「……ッ!?」
黄色の……いや、金色の光がナインの全身から溢れ出す。
その光の放出だけで、強烈な衝撃が辺りに広がった。
「さ……行くよサザン君。頼むから……簡単に終わるなよッ!」
別に『覚醒』状態になったところで、ナインの戦闘センスが上がるわけではない。
だが、彼の体は限界を引き出すことが出来るようになる。
それはつまり、エネルギーの出力が上がるということ。
先程から殴打での攻撃しかしてこなかった彼は、同時に三つのオーバートップギアを使用する──
「これは防ぎようがないだろ? ……ライジング・ギアッ!」
「がァァァァァァァァァ!」
時空移動した先でライジング・ギアを使われれば、それを避けたり防ぐ方法はない。
そもそもサザンはまだ、ライジング・ギアを一度だって避けられていない。
「どうだサザン君! 時空移動のすぐ後にこれを使えるのは、『覚醒』以上の状態になった時だけなんだ! これでもまだ! 諦めないか!? これでもまだ! 絶望しないのか!?」
「ぐ……ガァァァァァァ!」
再び雷撃を浴びせられる。サザンは何も考えず向かっていくようで、それでも頭はずっとフル回転していた。
完璧にナインが時空移動する位置を読み、ナインが移動したと同時に振り返る。
完全に同時。当たり前のように目が合う。問題はそこからナインのやる攻撃を、絶対に防ぐことが出来ないという単純な事実。
「諦めなよ……サザン君!」
「ああああああああああああああああ!」
雷撃を浴び、サザンはまた痺れて倒れる。だが、彼の立ち上がる速さは、何故かますます上昇している。
時空移動さえなければ、サザンはライジング・ギアの雷撃を食らう前に、一撃でトドメを刺すことが出来ただろう。
だがサザンは、先の一度しか攻撃を成功させていない。
先ほど攻撃を当てられたのは、実はかなり苦しい条件を突破したからだ。
(……奴が過去に飛ぶ場合、音で反応してから奴の攻撃を防ぐことは出来るが、その攻撃の予備動作の時間しか私が動く隙は無く、こちらが攻撃するだけの余裕はない。だが奴が未来に飛ぶ場合なら、その予備動作の時間に加え、世界から奴が消える〇・〇〇九秒の隙がある……)
「ああああああああああああああああああ!」
また雷撃を受け、それでも最早、倒れるよりも早く立ち向かっている。
(〇・〇〇九秒間の……奴が世界にいない時間に、攻撃を叩き込むッ!)
「シザークロスッ!」
──────────が、当たらない──
「アナライズ・ギア……。君の動きは、読めている」
「ぐ……クソ……ッ!」
右手の人差し指と中指で目を開き、その右の義眼型のギアを使用していた。
動きを読んでいたサザンの動きを、更にナインは読んでいた。
アナライズ・ギアを常時使いながらタイム・ギアを使われたなら、最早サザンに出来ることは何も無い。
「……無駄だよサザン君。君は自身の反射神経と戦闘センスで俺の動きを読み、タイム・ギアを攻略しようとしけど……俺はアナライズ・ギアという、ノイド一個人の能力では決して越えられない、異次元の科学力で君を分析して動きを読んでいる。言っただろ? ……君は、俺に何も出来ない」
……まだ、サザンは向かっていく。
「サザン君……」
「ハァ……ハァ……」
そして容赦なく、ナインは雷撃を撃ち放つ。
時空移動を使わずとも、サザンはこれを避けられない。
「あ……か……」
「……楽しかったよ。思っていた以上……いや、そんなどころじゃない。俺は君との戦いなんて、一秒も持たずに終わると思っていた。けど、『覚醒』してからもこんなに時間が掛かった。……君は強いよ。そして素晴らしい。だからさ……」
「あああああああああああああああああ!」
そしてまた、雷撃を与える。
「……諦めろ」
「………………キィー………………」
サザンは、立ち上がる。
「……何でだよ……」
「……『殺せないわけではない』と……言っていたな。……それが本当なら……とっくに私は…………死んでいる……はずだ……」
「……自分が馬鹿みたいに頑丈なこと棚に上げて、俺に責任擦り付けるなよ。君がまだ死んでいないのは、君が強いからだ」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「馬鹿野郎……!」
九度目の、雷撃の直撃。
サザンはようやく、倒れ込んだまま起き上がれなくなった。
……かに、思われた。
「…………ッ!」
「…………ま…………だ…………」
サザンはまだ、立ち上がろうとしている。
体は焦げてボロボロで、『覚醒』の状態が解けてしまっている。
全身から発する光は失われたが、彼の瞳にはまだ、光が灯っている。
「諦めろって……」
「俺を……」
「諦めろってば……!」
「俺を……!」
「諦めろって言ってるだろッ!?」
「俺を縛るなッ!」
そして、ナイン・テラヘルツは必要の無い力を出す──
「『超過』」
光沢のある虹色の光を全身から放ちながら、光背を出現させる。
アナライズ・ギアである右目は、もう指を使わなくても開く。
機械仕掛けの体はどういうわけか肉体に変貌し、そして髪や瞳からは、光沢のある金色の光が出ている。
この状態に至ったナインは、ギアを使うにあたり、極端にインターバルが短くなる。
先程までのナインは、タイム・ギアを使用したのち二秒間は、連続使用が出来なかった。
そしてライジング・ギアの方も、一秒のインターバルを必要としていた。
だが、『超過』の状態では、タイム・ギアのインターバルは〇・九秒に短縮され、ライジング・ギアに至っては完全な連続使用が可能になる。
そうなれば、もう──




