『fate:ナイン・テラヘルツ』②
「アナライズ・ギア」
ナインの右目は、ゼロのように義眼で出来ていた。金色で、機械仕掛けのギアなのだ。
そして右手の指で目を開けままたサザンを捉えると、左手の人差し指をサザンに向ける。
「ライジング・ギア」
「!?」
似たような攻撃を、サザンは知っている。
これは雷撃。雷の如き一撃だ。しかし、サザンが以前に見た電撃よりは、遅く感じられる。
「くッ!」
初見で躱せるのは、ひとえにサザンの驚異的な才能に由来している。
だがこの攻撃は、躱すことに意味を持たせない。
「無駄だよ」
雷撃は、サザンに躱されてすぐに方向転換した。
光とエネルギーの塊のはずだが、この攻撃には追尾性能が備わっているのだ。
「ッ!? ぐ……がァァァァァァァァ!」
そして、サザンは空中でもろにそれを食らってしまう。
そのまま落下した彼は、若干痺れてすぐには立ち上がれない。
「……ライジング・ギアの雷撃は、アナライズ・ギアで分析した敵を、絶対必中で捉え、貫く。避けることに意味は無い。そして、防御も意味はなさない。雷撃だからな」
「…………キィッ!」
しかし、サザンはまだまだ戦える。
全身から砂色の光を溢れ出させて、『覚醒』の状態に至って立ち上がる。
「……へェ。『覚醒』か……凄いじゃん。ますますもったいない。君がコアを持てば、シドウ君以上の『超過』も使えたかもしれないのに」
「……それが、貴様のオーバートップギアか?」
「? ああ……いや、違うよ。この二つはただの、便利な武器。……いや、違わないか。テラヘルツ波分析の出来るアナライズ・ギアも、エレクトロ・ギアの派生であるライジング・ギアも……エネルギー消費が激しいのは確かだ」
「……オーバートップギアを二つ……?」
「勘違いするなよ? 武器と言っても、アナライズ・ギアは基本的に戦闘では使わないんだ。これはまあその……俺を『使う』時に、役に立つモンでさ。分析しきった相手をライジング・ギアで追尾できるって効果は、研究者の連中には知らせてないんだ。知ってるのはノーマン君だけ」
「…………」
ナインがどのような存在として帝国の裏で扱われているかなどは、呑気に今尋ねることではない。
サザンがしなければならないのは、この男の攻略法を知ること。
(今のがオーバートップギアなら、その前のは何だ? まさかアレもオーバートップギア……? コアというのは……オーバートップギアをいくつも使えるものなのか?)
「いいや」
「!」
また、ナインはすぐ目の前に移動していた。
「……言いたいことは分かってる。まあでも、教えたら帰ってくれるってわけでもないよな? どうする? まだ……戦うか?」
「言うまでも……無いッ!」
『覚醒』状態のサザンは、鞭のように変形した腕をしならせ、伸び縮みさせられるようになった。
そして先端の巨大な鋏を、敵との距離を無視して自由自在に操ることが出来る。
サザンは鋏を不規則に暴れ回らせる。その動きはとても速く、目で捉えるのは至難なものだ。
ナインの攻撃を警戒し、自分自身は動かずに中距離攻撃を仕掛ける。
しかしナインは、避けようともしない。
「なるほど……〝顎鋏〟……」
あまりにも激しい動きを見せている所為で、避けることが出来ないのかもしれない。
サザンは相手が何も仕掛けられないよう、この攻撃一発で決めようとも考えた。
「シザー……」
が──
「…………………………………………?」
三度目だ。
サザンはまた、地に伏せていた。
それも、場所を移動している。真っ白な壁が破壊され、その下で倒れている。
三度目だからか、何が起きたかは少しだけ理解している。
確かに突然蹴り飛ばされ、壁に衝突したのだ。しかし、そんなことがあり得るはずがない。
背に蹴りの衝撃が入るその時まで、確かにサザンの眼前にはナインがいた。
(……何……だ……? 今……いた……。目の前に奴は……確かにいた……。なのに背後から……誰かが蹴りを……? 敵は……二人いるのか……? 速すぎて移動の瞬間が見えなかっただけ……? 見えていたのは……奴の残像……? …………いや、違うッ!)
ここでサザンは再び立ち上がって、真っ直ぐナインに向かっていくことにした。
ナインはまた庇の上にいて、アナライズ・ギアとライジング・ギアを使用する気でいるようだ。
「……詳細分析完了。ライジング・ギア」
やはり右手で右目を開き、左手の指で攻撃をしようとしている。
絶対必中だと分かっているのならば、避けることに意味は無い。
まるで無策であるかのように、サザンはただ直進する。
鞭のようにしなる腕を伸ばし、ナインの方に鋏を向ける。
「オートトミー……シザークロスッ!」
伸びた腕の先から、巨大な鋏を切り離し、自動で飛び掛からせる。
同時にナインも雷撃を放っているが、サザンの攻撃には影響がない。
だがそれは、逆も然りという話でしかなく──
「がァァァァァァァァァッ!」
サザンはナインの雷撃をまともに食らった。
そしてサザンの方の攻撃はというと──
「……直撃だ。君の体の弱点にね」
当たっていない。ナインがいつ避けたのかすら、サザンは分からなかった。
そして、今の雷撃のダメージは先程の比ではない。
サザンはうつ伏せの状態になり、なかなか痺れも取れない。
「……ッ!」
「アナライズ・ギアで君の弱点を把握したんだ。雷撃は急所を逃さない。……これで……」
だが、サザンはまだ意識を失わない。それどころか、ナインのことを強く睨みつけていた。
「……驚いたな。まだ意識があるんだ。これはもう……コアさえあったら、シドウ君よりも上だったのは間違いないな」
「ハァ……ハァ………。………時間……か」
「!?」
「……二パターンの移動。私の視界から消えてから背後に現れるだけならば、『瞬間移動』で説明できた。だが同時に、貴様は私の視界に映ったまま攻撃を仕掛けてきた。そんなのは……私と別の時間を生きている場合しか、考えられない……!」
「……気付いたんだ。そうだよ、君の想像通りだ」
するとナインは、自らの着ている衣服を脱ぎ捨てた。
そしてサザンは、自身の予感が的中しないことを祈る──
「タイム・ギア。俺は────時空を自在に移動できる」
ナイン・テラヘルツというノイドは、完全にこの世の理を超えた領域に足を踏み入れていた。
一個体に許された力の範囲を逸脱している。
『最強』と呼ばれることに意味は無い。
彼がいればそれだけで、『戦い』などというものは成立しない。
『強さ』を語ることすら、出来はしない。
「……………………」
露わになった彼の体はとても、他のノイドと同じ様には見えない。
彼の体の表面は、人間のような表皮で覆われていない。完全な、金属部分がそのまま曝け出されていた。
加えて、ノイドにも見られるような生殖器なども無い。
まるで、生物というよりはロボットそのものであるかのような──
「…………いや、違うな」
「え」
サザンには理解できた。恐らくナイン以上に、ナインの力のことを。
ナインの胸にはコアのような物がある。確かに黄色い光を放つ、コアと思われる物が。
間違いなく、オーバートップギアはそのコアのすぐ傍に埋め込まれている、三つ目のオーバートップギアと思われるフラスコ型の機械に違いない。
だが、違う。『オーバートップギア』として一括りにしていいものではない。
ナインの持つその力は……。
「貴様を軸にして、時間と空間が動いたのならば……それは、貴様が移動したのではない。移動したのは……世界の方だ。貴様のそのギアは、世界を動かしているのだ」
サザンがそう言って、拒絶反応を示すかのような厳しい視線を向けると、ナインは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「……俺が怖いか?」
「……貴様は何者だ? ゼロのような……あり得てはならん力を使えるのか?」
「ゼロの力は知らないが……向こうも俺の力は知らないだろうさ。知っているのは、俺とノーマン君……そして、君だけだ」
「何だと……?」
「他の連中は、ライジング・ギアとアナライズ・ギアのことしか知らない。そもそも戦ったことないからね。俺」
「……」
「……もう一度聞く。────俺が怖いか? サザン・ハーンズ君」
知らないとナインは言っているが、それは、彼がそう思っているだけ。
ガランやエヴリンを始めとする六戦機の面々は、彼の超絶的な高速移動の正体が、時空に関連した能力によるものだと推測できている。
戦闘行為を働いたことはないが、多少は味方の彼らに、自分に出来ることを見せている。
そして最強と謳われる六戦機の誰もが、その推測の所為でナインに恐れを抱いている。
だが──
「……もう一度言う。私を止めるな」
サザンの目は強い瞳を持ったまま。しなる腕で鋏を構え、障壁を乗り越えることに何の恐怖も抱いていない。
「…………ハハッ! そうかよ……最高だな!」
恐れられなかったことが、少しだけ嬉しく感じていた。




