『ワーベルン領抗争』④
ノイドの軍勢を後ろに控え、クロウ・ドーベルマンは両腕を変形させて武器を出現させた。
「お? 何だァ……エクスプロード・ギアかァ?」
イビルの言うそれは、佐官以上のノイドだけが使用を許される、爆弾のギア。
だが、クロウの腕から出現したのは、細長い刃物だ。
「……馬鹿が。ここで爆撃なんぞ使えるわけがねェだろう。……貴様が頭だな? 名は何だ」
クロウの尋ねる相手はイビルではなく、その内部にいる人間の男。
「名乗ると思うか?」
「……いや、思い出した。先程その鉄が言っていたな。『バッカス』…………バッカス・ゲルマン……鉄部隊准将だ」
「……イビル! お前の所為でバレたじゃないか! どうしてくれんだ!」
「ゲヒャヒャヒャヒャ! 知るかバカタレ! 良いじゃねェか! 知られたんなら殺せばいい! 全員殺して終いだこのタコ!」
「……一理ある……か!」
「……ねェよッ! クズ人間が!」
クロウの両腕から出現したその武器の正体は、二刀の『サーベル』。
彼はクロスするようにそれを構え、戦闘態勢を取った。
「行くぞッ!」
そして、二人の司令塔が自ら率先して戦いに出ると、その部下たちも続いていく。
上空で、ノイドと鉄がぶつかるのだ。
「サーベル如きでオレを倒せるかァ!? ノイドォ!」
イビルの両腕はとても大きい。しかもその巨体の割にスピードは速く、一瞬で相手を掴んで握りつぶすことも可能だ。
しかし、クロウはそのスピードに対応できた。
「!?」
イビルの攻撃をするりと避け、そしてそのまま、サーベル二刀で重い一撃を浴びせてみせる。
「おおおおおおおおおおおおお!?」
「舐めるなよ……デカブツが」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお……………………ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「!?」
確かに効いてはいる。サーベルはほぼ鈍器の役割しか持てていなかったが、クロウのギアは洗練されている。
効いてはいるはずだが……イビルは高笑いをしながら、クロウの方を向き直した。
「しょうがねェ……しょうがねェよなァ! バッカス!」
「ああ、その通りだ! しかし……酷い話だ! 民間人に攻撃するとは!」
「!? きさ──」
イビルは、その巨大な腕を変形させていく。
ノイドの様な変形だが、鉄の場合ギアは必要ない。
これは全ての鉄があらかじめ装備している、単純な武器。
巨大な巨大な、『小銃』だ──
「「死ねェェェェェ!」」
一人と一体の声が合わさり、弾丸が連射されていく。
この小銃は、本来人間などが使うものとは全く異なっている。
いくらでも連射でき、威力も段違い。
ノイドならばともかく、生身の人間が食らえば、ひとたまりもない銃火器なのだ。
それをあろうことかバッカスとイビルは、収容地区に向けて撃ち放った。
そうして少しすると、バッカスの方が疲労を貯めたため一度攻撃は中断される。
「フッ……」
こんなふざけた真似をして、バッカスは鼻で笑っている。
何故なら彼は、『こうなる』ことを予期していたからだ。
「ゲヒャ……ゲヒャヒャヒャヒャヒャ! ざまァねェなァ! えェ!? クロウ・ドーベルマン大佐ァ!」
クロウは町に放たれた弾丸を、全て自らの体で受け止めていた──
「…………クソ……が……!」
「ダッハッハッハ! 話には聞いていたがクロウ大佐! お前は随分とお人好しだな! 何故ノイドが人間を守る!? ノイドは迫害されてきた歴史がある! 人間は……ノイドの敵だろうが!」
町の人間たちは、状況を理解して逃げ惑っている。
もちろん完全に避難は間に合っていない。
クロウが自分たちを守ったことも、恐らく誰も気付けていない。
「……ああそうだ。コイツらはクズだ。クズ人間だ。……だが私は、クズ軍人だ。クズノイドだ。クズの面倒を見られるのは、同じクズだけ……」
「全く分からん! 馬鹿なのか!? クロウ大佐……お前は馬鹿なのだな!?」
「……一番の馬鹿は、自分がクズだということも知らねェ、貴様のような存在だ。反戦軍のアイツらの方が……よっぽどマシな馬鹿どもだった」
「ダッハッハッハ! 賢いがゆえに死ぬんだなお前は! 天晴れだ!」
そしてイビルは、今度はしっかりとクロウを狙う。
ここでようやく、収容地区の町の人間たちの一部が、自身たちに攻撃している存在を把握する。
「アレは……」
「な、何で鉄が俺らを狙ってんだ……?」
「帝国軍が……私達を守ってる……?」
立ち止まった彼らを見て、クロウは怒気を放った。
「立ち止まるなァッ! 逃げろッ! このクズ人間がッ!」
「ダッハッハ! 傑作だなイビル! ノイドが人間を助けてるぞ!」
「ゲヒャヒャヤヒャ! イカレてやがる! コイツァ帝国軍の恥さらしだなァ!」
最早捕虜のはずの民間人たちは、どちらが味方か判別できない。
「な、何故……ドーベルマン大佐……」
「いいから黙って逃げてろクズ人間ッ! 早くしろッ!」
「……ッ!」
イビルの射線にいた人間たちの姿が見えなくなると、クロウはキッと二人を睨み付けた。
「……クソッ……!」
「さらばだクロウ大佐。安心しろ……証拠隠滅のために、全員殺せと指令を受けている」
「貴様……ら……ッ!」
イビルの小銃が、再び火を吹こうとした、その時──
「ストリングブレットォォォォ!」
それは、糸の弾。強靭な糸を練り合わせて作られた、一つの弾丸。
高速で飛んでくるそれは、イビルの鉄の体を襲い、貫いた──
「がァァァァァァァァァァッ!」
機械の体だが、痛覚は存在している。
そしてその痛覚は、イビルの体内にある管で繋がっているバッカスにも、共有されていた。
「ぐぅッ!」
大袈裟に体を捩るイビルだが、ダメージのほどはバッカスが唸る程度、
すぐに体勢を立て直し、イビルはその糸弾の飛んできた方向に警戒を向ける。
「誰だァ!?」
その時、今度は背後から重い一撃がイビルに加わった。
「ぐおォォッ!?」
斬りつけられたような、殴られたような一撃だ。
先の糸弾よりも遥かに大きな威力。
「がァァァッ!」
バッカスの反応が、その威力の程度を表している。
正確には斬りつけられたわけでも殴られわけでもない。イビルの体の一部を挟み、引きちぎったのだ。
「オイッ! 俺の邪魔すんなよ、サザン・ハーンズ!」
「邪魔は貴様だ。ユウキ・ストリンガー」
二人の男たちは、肩を並べるわけではないが、共にイビルとバッカスの前に立ち塞がった。
「ユウキ・ストリンガー……!? それに……サザン……!」
傷を負ったクロウは、二人の乱入に目を見開いた。
特に彼が驚いたのは、サザンがいることについて。
「サザン・ハーンズ大尉ッ! 貴様が何故ここにいる!?」
「……大佐……」
クロウがサザンの存在に驚くということは、サザンはこの基地のノイドではないということ。
そんな簡単な事実には気付いていないユウキだが、今すべきことは気付いている。
目の前の卑劣な下種を、今すぐに排除することだ。
「クソがクソがクソがクソがクソがァァァァァァァァ! ぜってェに許さねェぞクソ共がァァァァァァァァ!」
イビルは感情を動かしやすい性格の鉄。人間のようだと言えばその通りだが、この鉄のような人間は、決して望ましくはないだろう。
「落ち着けイビルッ! 冷静になれ! よく見ろあの二人のノイドを……」
「あァ!? ハチマキの糸野郎と、バンダナの鋏野郎……だから何だァ!?」
「お前は話を何も聞いてないな! 〝ハヌマニアの英雄〟と、〝顎鋏〟だッ! どちらも、単独で一個大隊レベルのバケモンだぞ……!」
「ハッ! バカタレがよォバッカス! 一個大隊レベルだと……? 一個旅団レベルのオレ様たちの、敵じゃねェじゃねェかオイ!」
「……その通りだ」
ニッと笑い、二人は落ち着いてユウキたちを前に構え直す。
先程は全く警戒心を見せていなかったが、こうなると隙は生まれない。
町の近くまで降りていたクロウは、下の人間たちの避難が進みだしたのを確認し、ユウキたちのいる所まで上昇する。
辺りの空では、クロウの部下のノイドと鉄たちが戦いを続けており、こちらに人員を割く余裕は無い。
つまり、この三人でバッカス、イビルと戦わなければならない。
「……一個旅団? じゃあ何で部下連れて来てんだ。勝てねェからだろうに」
「ユウキ・ストリンガー。奴を侮るなよ。あの鉄は、連合軍の抱える〝幻影の悪魔〟だ。そしてそれに乗るのは、将官でありながら唯一の鉄乗り……バッカス・ゲルマン」
「強ェのか? サザン」
「貴様よりはな」
「お前よりもか?」
「…………私は、こんな下種に負けん」
「じゃあ俺の方が強ェじゃねェかよッ!」
「何だと貴様……!」
「馬鹿か貴様らは」
間にクロウが入り、敵を一人に絞らせる。
いや、正確には一人と一体。
「……サザン、貴様の目的は後で聞かせてもらうぞ」
「承諾できません」
「……。……ユウキ・ストリンガー、私の指示に従え。あの鉄を追い払いたければな」
「断るッ!」
「……」
我の強すぎる二人は、クロウでも御することが出来ない。
勝手に動き出し、構えているイビルに向かっていった。
「……フッ。猪突猛進。暴虎馮河。無駄だ無駄だ。無駄無駄無駄ァ!」
バッカスの意志が乗り、イビルは身軽に動いてユウキとサザンを避ける。
「逃げんなカス!」
「逃げるからカスなんだろうがよォ!」
「行くぞイビルッ!」
ブゥゥゥゥゥゥン
鈍いような不快な音と共に、イビルは突如として姿を消した。
「これは……! チッ……何が『ステルスのまま攻撃をしていない』だ……!」
消えたまま、イビルはユウキとサザンを殴り飛ばした。
「ぐァァァァァ!」
「がッ……!」
「ガッツリしてんじゃねェかこのクズめ……!」
クロウは距離を取っていたため、まだ攻撃の対象から外れていた。
しかし、姿の見えない敵となれば、警戒を解くタイミングは無い。
「ダッハッハッハッハッハッハ! 違う違う! 違うぞクロウ大佐! これは『ステルス』ではない! 何故だか分かるか!? レーダーの反応には映るからだ! これはイビルの固有能力『ザ・ファントム』ッ!」
「嘘を吐くな! 貴様の部下どもも同じように姿を消し、レーダーの反応も逃れていただろうが!」
「違うな! ステルス迷彩とこの『ザ・ファントム』は全くの別……。別物だ!」
姿を消しても声から居場所が分かる。
ユウキは、思い切り横からイビルに向かって、糸を伸ばして攻撃しようとした。
「オラァッ!」
しかし、その伸ばした糸は、ただ空中をすり抜けていった。
「何ッ!?」
「ダハハハハ! こういうわけだ!」
「どういうことだ……!?」
サザンが尋ねると、律儀にもイビルが返答を寄越す。
「ゲヒャヒャヒャヒャ! てめェらにオレはもう触れられねェよ! これがオレの固有能力……『ザ・ファントム』! 実体を完全に消し、一方的にてめェらをぶちのめす!」
「……な……!?」
それが本当ならば、こちらに勝ち目はない。
三人のノイドは、目の前の敵の強大さを改めて思い知った。
*
ユーリは地上から、彼らの戦いを見つめていた。
「……アレは……『鉄』……?」
ユウキが出張ってしまったので、母船とは彼女が連絡を取る。
『コミュニケーション・ギア』……通称『Cギア』によって、遠距離通信は可能になる。
本来ギアとは別の作り方で生み出された別の科学発明品なのだが、実際ギアと同じくノイドに取り付けることができる。
その所為で、『コミュニケーション・ギア』という品名が名付けられたのだ。
「……聞こえる? つばき」
『あ! ユーリさん! ゆゆ、ユウキさんどうしたんですか!? まさか戦ってたり戦ってたり戦ってたりしませんよね!?』
「戦ってる」
『ですよねー……』
「……実体を消す鉄……知ってる? ユウキは今、それと戦ってる」
『げ、げげ〝幻影の悪魔〟じゃないですかッ! 何でそんなところにいるんですか!?』
「さあ……? それより……周りのは一体……」
『周りの?』
ユーリは、バッカスの部下たちの乗る鉄を指して言っている。
「……同じ緑色で、同じ顔かたち……。全部同じ姿の鉄たち……あれは一体……」
『鉄紛のことですか?』
「クロガネマガイ?」
『連合軍の新しい戦力です。鉄は生きている個体をこの世のどこかから探さなければなりませんが、鉄紛は鉄を元に開発された、完全機械のロボット兵器……。連合軍は、これによって「鉄部隊」を創設しました。もっとも……〝幻影の悪魔〟のような天然の鉄も、数体いることにはいるんですけどね……』
「……クロガネマガイ……? 『アレ』が……?」
『ユーリさん?』
「……何でもない。通信、ユウキに繋げるにはどうすれば良い?」
『え? で、でもユウキさん、戦闘中なんですよね?』
「だからこそだよ。お願い」
ユーリは鉄紛を見て嫌な予感を抱いていたが、それについて考えるのは今すべきことではない。
とにかく今は、上空の戦闘を終わらせることだけ──




