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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
七章【残心の死鋏】
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『fate:ガラン・アルバイン』④

「……到達したか。…………………『超過ネクスト』」


 そしてガランは、最終形態へと変貌する。

 光沢の入った橙の光を激しく輝かせ、髪も瞳も同じ光を放ち、光背を出現させる。

 ダイヤモンドの輝きすらも、見劣りするほどの光で溢れ返る。


「……何だ?」


 ガランはそこで、サザンの様子が今までと変化していることに気付く。

 もちろん『覚醒レイズ』に至ったことによる発光もあるが、それとはまた別の変化。

 サザンの鋏の形状が、変化している。

 鋏はより巨大になり、長い長い鞭のようなもので肩と繋がっている。鞭のような部分もサザンの腕の一部らしく、自由自在に操っている。

 つまり、これまで以上にリーチが伸びたということだ。


「……シザー・ギアの本来の力か……。だが……」


 サザンは鞭のような腕で、鋏をガランの方に一気に伸ばす。

 近距離でしか攻撃してこなかったサザンが、離れた距離でも攻撃を可能にするようになったのだ。


「伸び縮みするだけで、何が変えられる?」



「オートトミー」


 サザンはしなる腕からダイヤモンド化した鋏を切り離し、ガランに飛ばしてきた。


「!?」


 完全な投擲武器として使用された鋏に一瞬驚くが、今のガランに避けられない速度ではない。

 ジェット・ギアでジャンプした、その時──


「シザークロス」


 サザンの鋏の再生速度は、もとより尋常ではなかった。

 ガランの避ける方向を読んだサザンは、背後からその一撃をお見舞いしようとする。


「こんなものッ!」


 『超過ネクスト』状態のガランの反応速度は、やはり尋常でない。

 軽々と躱した、その先に──



「ッ!?」



 しなる腕によるメリットは、攻撃が直線的でなくなること。

 サザンは初めから躱されることを予期していた。しなる腕を曲げることで、再びガランの背後を突く。

 だが、それでもまだ差は埋まらない。

 ガランは恐るべき身体能力で反転し、サザンの攻撃を自分の攻撃で相殺しようとする。

「ダイヤモンド──」


 繋がっていない。

 曲がって向かって来たその鋏。それと繋がるしなる腕。それらはサザンの肩に──繋がっていない。

 ならば、サザンの肩から先には今何が──


 ガキィィィィィィィィィン


 何度も鋏を切り離して戦う方法は、シュドルクと戦った時にアドリブで思い付いたものだった。

 サザンはいつでも素早く状況に適応し、的確な判断を行える。

 大技であるシザークロスを、サザンは上手く正面からぶつけることに成功した。


 もっとも、これだけで終わるのならば六戦機ろくせんきは最高戦力と呼ばれていない。

 ガランのダイヤモンドの体は、確かに斬られて砕けていた。

 コンクリートを破壊しながら道路に落ちたガランは、まだ立ち上がることが出来ている。


「サザン……」

「ガラン……!」


 状況判断能力に長けているサザンは、既に結果が見えている。

 この不意打ちの戦法は、何度も使えるものではない。

 そもそもスピードで『超過ネクスト』のガランに敵わない。

 ……しかし、だからこそサザンは、真っ直ぐ彼に向かっていった。


 サザンは、ガランのことを恨んでなどいない。

 むしろ彼の言葉通り、自分にこそ責任があると思っている。

 それでも動く体は止められなかった。

 彼はここで……ガランに殺されても、構わないとすら考えていたのだ。


「……シザー……クロス……ッ!」


 この攻撃は、簡単に避けられる。

 避けられればすぐに、逆にガランの攻撃をぶつけられる。

 それでも良いと──


「……ッ!?」



 考えていたのは────ガランも同じだった。



(ガラン……?)


 サザンはもう、自分でも止められないほどの速さを出している。

 ただその場で()()()()()()()()のガランに対し、彼の攻撃はもう止まらない。

 いや、初めから、彼らは動き続けていた。止まったことなど、一度もない。



「やはり、私の言った通りだった。お前の鋏は……私の全てを、断ち切った」



 ダイヤモンドの身体は、サザンの鋏で見事に斬られていた。


「ガランッ!」


 着地してすぐに振り返ると、サザンは急いで友人のもとへ駆け寄った。

 彼の命が長くないことを、理解していながら。


     *


◇ 同日 午前五時四十七分 ◇

■ 帝国軍特殊医療施設 ■


 数時間前。ノーマンとガランは、エルシーのもとへやって来ていた。

 目的はもちろん、言うまでもない。


「あら。おはようございます、ガランさん。それと…………元帥さん」


 彼女はまるで、既にここに二人が来た理由を理解しているかのような、不敵な笑みを見せていた。

 いや、彼女は理解しているのかもしれない。ガランにはそう思えた。


「エルシー……」

「……なるほど。元帥さん、このような所にいて良いんですか? 帝国は、連合に対して降伏を宣言する手筈ではないですか」

「……そんなものは……」

「『意味がない』……ですか? ふふ……それは貴方です。ノーマン・ゲルセルク元帥」

「……」

「初めから私は知っていました。貴方がどういうつもりで、お兄様に近付いたのかを。そして同時に、お兄様を縛ることなど、貴方程度では出来ないということを」

「…………私は、私の本懐を達成するまで」

「はあ。そうですか」


 やはり、彼女は既に覚悟している。そしてガランは、ここに来て己の選択を歪めた。


「……ノーマンさんッ! もういいッ! 彼女を……エルシーの命を奪ったところで、何の意味も無いッ! そんなことせずとも、貴方の望みは叶うではないですかッ!」


 エルシーのことを庇うかのように、ガランは二人の間に入った。

 彼女がそれだけで全てに満足してしまうなどとは、全く気付いていない。


「良いんですよ、ガランさん」

「!? 何を言っているッ!? エルシー!」

「……良いんです」

「!?」


 エルシーが、ガランの裾を強く握っている。

 少しだけ、手の震えが感じ取られた。


「……死期を悟ったか?」

「な……ッ!?」


 だが、彼女は首を横に振った。


「いいえ。私は予言者ではありませんので。私はただ……神に誓って、成すべきことを成して生きてきたことだけを、理解しています。故に不安は何もありません。あるはずがないのです。さあノーマンさん、懐の物をこちらに……」


 ノーマンは黙ったまま、懐から注射器を取り出した。


「!? それは……」

「自ら命を絶つ気か?」


 そして取り出したそれを、言われた通り彼女に渡す。


「エルシー!」

「大丈夫です、ガランさん。私は何も怖くありません」

「エルシー……ッ!」


 果たしてあとどのくらいエルシーが本来生きていられたのかは、ガランには分からない。

 苦しみながら死ぬよりも楽に死ねる別の手段が目の前にあり、それを手にしただけのようにも見える。

 彼女の心が、どうしてもどうしても分からない。

 いくら分かろうとしても……どうしても……。


「最期に貴方に会えて嬉しかったです。ガランさん」

「エルシー……私は……私は……」

「……ありがとうございます」

「……ッ」


 ガランは彼女の意志がどこにあるか分からず、自分の意志すらも何を望んでいるのか分からない。

 彼女の行動を止めるべきなのか、それとも見守るべきなのか。

 選択を歪めなければ違っていたのか。初めから兄妹との繋がりを断ち切っていれば、胸の痛みなど生まれなかったのか。


「さようなら、ガランさん。それと……」


 兄と同じ強い瞳で、彼女はノーマンに微笑んだ。



「さようなら、弱い人」


     *


◇ 現在 ◇

■ 帝国軍特殊医療施設 周辺 ■


「何故だガラン……何故……」


 サザンは、意識が消えかかっているガランに語り掛けていた。

 攻撃を避けることは出来たはずだ。だがしかし、ガランは避ける気など起こせなかった。

 一度選択を歪めた彼は、もう望む通りに体を動かせなかったのだ。


「……サザン……私は……」

「俺達が戦う意味など無かった。俺は……俺は……」


「……私にはあった」


「ガラン……」

「……知っているか? サザン。エルシーは……お前の話をしている時が、一番良い笑顔を見せる」

「ガラン……!」

「私はお前を……上回りたかった……」

「ガランッ! 違うッ! エルシーは……アイツはずっと、お前のことを……!」

「…………元帥を、止めてくれ」

「ッ!?」

「お前ならば出来る。いや……お前にしか出来ない」

「…………ッ」


 初めから、やらなければならないことは決まっている。

 確かに判断は遅れてしまったのかもしれないが、後退したわけではない。

 前進し続けてきた彼は、暗闇などに対して何の恐怖も抱かない。

 二人の戦いの所為で通りにはもう誰もいないが、暫くすればまた人が集まってくることだろう。

 だからサザンはガランを置いて、今すぐノーマンのもとへ向かうことにした。

 ガランが言った言葉通り、己のその巨大な鋏で、世界を縛ろうとする全てを、断ち切ってみせるために──

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