『fate:ガラン・アルバイン』④
「……到達したか。…………………『超過』」
そしてガランは、最終形態へと変貌する。
光沢の入った橙の光を激しく輝かせ、髪も瞳も同じ光を放ち、光背を出現させる。
ダイヤモンドの輝きすらも、見劣りするほどの光で溢れ返る。
「……何だ?」
ガランはそこで、サザンの様子が今までと変化していることに気付く。
もちろん『覚醒』に至ったことによる発光もあるが、それとはまた別の変化。
サザンの鋏の形状が、変化している。
鋏はより巨大になり、長い長い鞭のようなもので肩と繋がっている。鞭のような部分もサザンの腕の一部らしく、自由自在に操っている。
つまり、これまで以上にリーチが伸びたということだ。
「……シザー・ギアの本来の力か……。だが……」
サザンは鞭のような腕で、鋏をガランの方に一気に伸ばす。
近距離でしか攻撃してこなかったサザンが、離れた距離でも攻撃を可能にするようになったのだ。
「伸び縮みするだけで、何が変えられる?」
「オートトミー」
サザンはしなる腕からダイヤモンド化した鋏を切り離し、ガランに飛ばしてきた。
「!?」
完全な投擲武器として使用された鋏に一瞬驚くが、今のガランに避けられない速度ではない。
ジェット・ギアでジャンプした、その時──
「シザークロス」
サザンの鋏の再生速度は、もとより尋常ではなかった。
ガランの避ける方向を読んだサザンは、背後からその一撃をお見舞いしようとする。
「こんなものッ!」
『超過』状態のガランの反応速度は、やはり尋常でない。
軽々と躱した、その先に──
「ッ!?」
しなる腕によるメリットは、攻撃が直線的でなくなること。
サザンは初めから躱されることを予期していた。しなる腕を曲げることで、再びガランの背後を突く。
だが、それでもまだ差は埋まらない。
ガランは恐るべき身体能力で反転し、サザンの攻撃を自分の攻撃で相殺しようとする。
「ダイヤモンド──」
繋がっていない。
曲がって向かって来たその鋏。それと繋がるしなる腕。それらはサザンの肩に──繋がっていない。
ならば、サザンの肩から先には今何が──
ガキィィィィィィィィィン
何度も鋏を切り離して戦う方法は、シュドルクと戦った時にアドリブで思い付いたものだった。
サザンはいつでも素早く状況に適応し、的確な判断を行える。
大技であるシザークロスを、サザンは上手く正面からぶつけることに成功した。
もっとも、これだけで終わるのならば六戦機は最高戦力と呼ばれていない。
ガランのダイヤモンドの体は、確かに斬られて砕けていた。
コンクリートを破壊しながら道路に落ちたガランは、まだ立ち上がることが出来ている。
「サザン……」
「ガラン……!」
状況判断能力に長けているサザンは、既に結果が見えている。
この不意打ちの戦法は、何度も使えるものではない。
そもそもスピードで『超過』のガランに敵わない。
……しかし、だからこそサザンは、真っ直ぐ彼に向かっていった。
サザンは、ガランのことを恨んでなどいない。
むしろ彼の言葉通り、自分にこそ責任があると思っている。
それでも動く体は止められなかった。
彼はここで……ガランに殺されても、構わないとすら考えていたのだ。
「……シザー……クロス……ッ!」
この攻撃は、簡単に避けられる。
避けられればすぐに、逆にガランの攻撃をぶつけられる。
それでも良いと──
「……ッ!?」
考えていたのは────ガランも同じだった。
(ガラン……?)
サザンはもう、自分でも止められないほどの速さを出している。
ただその場で棒立ちをするだけのガランに対し、彼の攻撃はもう止まらない。
いや、初めから、彼らは動き続けていた。止まったことなど、一度もない。
「やはり、私の言った通りだった。お前の鋏は……私の全てを、断ち切った」
ダイヤモンドの身体は、サザンの鋏で見事に斬られていた。
「ガランッ!」
着地してすぐに振り返ると、サザンは急いで友人のもとへ駆け寄った。
彼の命が長くないことを、理解していながら。
*
◇ 同日 午前五時四十七分 ◇
■ 帝国軍特殊医療施設 ■
数時間前。ノーマンとガランは、エルシーのもとへやって来ていた。
目的はもちろん、言うまでもない。
「あら。おはようございます、ガランさん。それと…………元帥さん」
彼女はまるで、既にここに二人が来た理由を理解しているかのような、不敵な笑みを見せていた。
いや、彼女は理解しているのかもしれない。ガランにはそう思えた。
「エルシー……」
「……なるほど。元帥さん、このような所にいて良いんですか? 帝国は、連合に対して降伏を宣言する手筈ではないですか」
「……そんなものは……」
「『意味がない』……ですか? ふふ……それは貴方です。ノーマン・ゲルセルク元帥」
「……」
「初めから私は知っていました。貴方がどういうつもりで、お兄様に近付いたのかを。そして同時に、お兄様を縛ることなど、貴方程度では出来ないということを」
「…………私は、私の本懐を達成するまで」
「はあ。そうですか」
やはり、彼女は既に覚悟している。そしてガランは、ここに来て己の選択を歪めた。
「……ノーマンさんッ! もういいッ! 彼女を……エルシーの命を奪ったところで、何の意味も無いッ! そんなことせずとも、貴方の望みは叶うではないですかッ!」
エルシーのことを庇うかのように、ガランは二人の間に入った。
彼女がそれだけで全てに満足してしまうなどとは、全く気付いていない。
「良いんですよ、ガランさん」
「!? 何を言っているッ!? エルシー!」
「……良いんです」
「!?」
エルシーが、ガランの裾を強く握っている。
少しだけ、手の震えが感じ取られた。
「……死期を悟ったか?」
「な……ッ!?」
だが、彼女は首を横に振った。
「いいえ。私は予言者ではありませんので。私はただ……神に誓って、成すべきことを成して生きてきたことだけを、理解しています。故に不安は何もありません。あるはずがないのです。さあノーマンさん、懐の物をこちらに……」
ノーマンは黙ったまま、懐から注射器を取り出した。
「!? それは……」
「自ら命を絶つ気か?」
そして取り出したそれを、言われた通り彼女に渡す。
「エルシー!」
「大丈夫です、ガランさん。私は何も怖くありません」
「エルシー……ッ!」
果たしてあとどのくらいエルシーが本来生きていられたのかは、ガランには分からない。
苦しみながら死ぬよりも楽に死ねる別の手段が目の前にあり、それを手にしただけのようにも見える。
彼女の心が、どうしてもどうしても分からない。
いくら分かろうとしても……どうしても……。
「最期に貴方に会えて嬉しかったです。ガランさん」
「エルシー……私は……私は……」
「……ありがとうございます」
「……ッ」
ガランは彼女の意志がどこにあるか分からず、自分の意志すらも何を望んでいるのか分からない。
彼女の行動を止めるべきなのか、それとも見守るべきなのか。
選択を歪めなければ違っていたのか。初めから兄妹との繋がりを断ち切っていれば、胸の痛みなど生まれなかったのか。
「さようなら、ガランさん。それと……」
兄と同じ強い瞳で、彼女はノーマンに微笑んだ。
「さようなら、弱い人」
*
◇ 現在 ◇
■ 帝国軍特殊医療施設 周辺 ■
「何故だガラン……何故……」
サザンは、意識が消えかかっているガランに語り掛けていた。
攻撃を避けることは出来たはずだ。だがしかし、ガランは避ける気など起こせなかった。
一度選択を歪めた彼は、もう望む通りに体を動かせなかったのだ。
「……サザン……私は……」
「俺達が戦う意味など無かった。俺は……俺は……」
「……私にはあった」
「ガラン……」
「……知っているか? サザン。エルシーは……お前の話をしている時が、一番良い笑顔を見せる」
「ガラン……!」
「私はお前を……上回りたかった……」
「ガランッ! 違うッ! エルシーは……アイツはずっと、お前のことを……!」
「…………元帥を、止めてくれ」
「ッ!?」
「お前ならば出来る。いや……お前にしか出来ない」
「…………ッ」
初めから、やらなければならないことは決まっている。
確かに判断は遅れてしまったのかもしれないが、後退したわけではない。
前進し続けてきた彼は、暗闇などに対して何の恐怖も抱かない。
二人の戦いの所為で通りにはもう誰もいないが、暫くすればまた人が集まってくることだろう。
だからサザンはガランを置いて、今すぐノーマンのもとへ向かうことにした。
ガランが言った言葉通り、己のその巨大な鋏で、世界を縛ろうとする全てを、断ち切ってみせるために──




