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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
七章【残心の死鋏】
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『fate:ガラン・アルバイン』③

◇ 同日 午後七時ニ十分 ◇

■ 帝国軍特殊医療施設 ■


 サザン・ハーンズは、元帥のもとへ向かう前にエルシーに顔を見せようと考えた。

 彼女がいるこの軍の特殊医療施設に足を運び、面会の許可を取ろうとする。


「……何ですって?」


 受付の女性が、意味の分からないことを言っている。


「ですからその……えっと……エルシー・ハーンズさんでしたら、数時間前に移動されたということでして……」

「移動? どこにですか?」

「え……え? お聞きになられていないのですか? 秘匿事項とのことで……末端の我々は、何も聞かされていないのですが……」

「……?」


 訳が全く分からない。サザンは仕方なく、施設の外に出るしかない。

 一体誰にエルシーの行き先を聞けば良いのか。そう悩みながら歩き出す。

 顎に手を当てて思案していると、見知った顎髭に巨漢の男が、眼前に現れる。


「ガラン」


 安堵して顔を上げると、サザンはその彼の表情に違和感を持つ。

 元々普段は仏頂面のガランだが、今は何かが違う。そこまで変化はないが、確かに友人のサザンには分かる。ガランは、何かに対して()()()()()()──


「……サザン……」


 彼もここにエルシーを尋ねに来たのか。あるいは出て来たところなのか。

 もしかしたら、エルシーの移動先を知っているかもしれない。

 だが私情よりも先に、サザンは別の質問を優先する。


「ヴェルイン・ノイマンは無事か?」

「…………ああ。命に別状は無い。本人は……ゼロと戦う気でいる」

「そうか! 頼もしい限りだ。ならお前も……」

「……」

「……ガラン?」


 やはり、ガランの様子がおかしい。

 苛立ちだけではない。どこか悲壮感を漂わせているようにも見える。


「……ああそうだ。ガラン。エルシーがどこか別の場所に移動したとのことらしいが……知らないか? 私よりも先にここに戻って来ていたなら……」

「……」

「ああ、いや、知らないのならば良いんだが……」

「……」

「ガラン?」

 そしてガランは、何かを決意するかのように、強い視線をサザンにぶつける。



「死んだ」


 ───────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────何かが、切れる。



「…………なに?」

「エルシーは…………死んだ」

「…………………………なに…………だ…………は?」

「お前の妹、エルシー・ハーンズは……死んだんだ」


 床が崩れて消えていく。そんな感覚が、足元にある。

 視界が、靄がかかったかのようにぼやけ始める

 聞こえるのは自分の核が、激しく鼓動をする音だけ。

 全身の骨組みが、軋んでいるような気がしてならない。


「…………待て。待ってくれガラン。意味が……言っている意味が……」

「……お前は不思議に思わなかったのか?」

「……?」


「元帥にお前の才能を伝えたのは私だ。お前とエルシーに元帥が接触したのは、私がお前の可能性を指摘したからだ」


「……? 何の……何の話をしている……?」


「元帥がお前と(エヌ)(エヌ)が戦うことを許容したのは、お前が『覚醒レイズ』に至ることを期待したからだ。私は初めから……お前たちの戦いを見ていた」


「ガラン……? 何を……何を言って……」


「クリシュナにおけるギギリーの企みも、私は想定していた。元帥の最終目的のファーストプランも、初めから聞かされていた」


「……待て……待ってくれ……」


「…………お前だけが気付いていなかった。エルシーはお前を従わせるための──『人質』だったということを」


 サザンはここでようやく、ガラン・アルバインという男のことを、自分が何も知らなかったという事実を理解する。

 理解できたのは、ただそれだけ。


「…………エルシーは、どこだ?」

「死んだと言ったはずだ」

「エルシーはどこだ?」

「死んだと言っている」

「エルシーはどこだッッッ!?」

「死んだと言っているッッッ!」


 そしてサザンは、右腕を変形させて鋏へと変える。全てを断ち切る鋏へと──


「エルシーはどこだと聞いているんだッ!」

「彼女は死んだと言っているんだッ!」


 そして、二人は衝突する。

 ガランは半身をダイヤモンドに変え、サザンの鋏を受け切った。

 そして二人の衝突による勢いで、近くにあった道路の花壇や塀は破壊される。

 いくら怒りに任せて攻撃しても、サザンの鋏の刃はガランの体を傷つけない。

 何度か攻撃を繰り返すと、サザンは一度距離を取った。

 そして、涙を流しながらようやく現実を受け入れ始める。


「……何故だガラン……。何故……エルシーを見殺しにした……」

「……」


 この期に及んでまだ、サザンはガランのことを信じている。

 彼の中で恐らく否定できないのは、ガランがエルシーの死を分かっていながら、元帥の行いを見逃したということ。


「答えろガランッ!」

「……先ほど言ったはずだ。伝わらなかったか? 私は初めから…………元帥の傀儡だ」

「何故だッ!? 何故……」

「……ならば聞こう。サザン・ハーンズ。お前は……何故、ノーマン・ゲルセルクを放置する?」

「何だと?」

「……あの人が混沌をもたらさんとしていることは、お前も分かっていたはずだ。なのにお前は、あの人を殺さなかった」

「私はただ……」

「一度壊れた者は二度と戻らない。ならば、壊れた者はどうすれば良いか? 再興を期待して必死に語りかけ続けるのか? それともただひたすらに寄り添うのか? 私は後者だった。私には……父のかつての親友であり、兄の遺体捜索に尽力してくれたあの人を、切り捨てることが出来なかった。そして……再興を信じることも、出来なかった……」

「ガラン……」


「お前は切り捨てるべきだったッ! あの人を殺すべきだったッ! お前にはそれが出来たッ! 誰よりも迅速な判断力を持つ、お前なら……ッ!」

「……」

「人間と手を組んだお前を…………私を、元帥は許せなかった。そして私も……お前を許すことが出来ない」

「……キィー……」


 サザンが集中すると、ガランは全身をダイヤモンドへと変貌させる。


「エルシーが人質だったという事実すら理解できず、元帥を放置した。お前の唯一にして初めての判断の遅れが、エルシーの死を生んだんだ。……サザン・ハーンズッ!」

「元帥の傍にいるという判断を下さなければ、止められたのはお前のはずだ。お前の判断の速さが、エルシーを見殺しにしたんだ。……ガラン・アルバインッ!」


 最早、何の為に戦うのか二人とも分かっていなかった。

 分かっていないのに……分かっているふりをした。


「私はお前を許せない……」

「エルシーは……」



「「お前が死なせたんだッ!」」



 ガランのダイヤモンドの体を、サザンの鋏では切ることが出来ずにいた。

 そしてガランは、己のオーバートップギアの真価を発揮する。


「ダイヤモンドダスト……」

「……ッ!?」


 サザンの鋏がダイヤモンドに変わっていく。

 だが、ダイヤモンドに変わるのは鋏だけで済んだ。そのまま一瞬離れると、またそのままダイヤモンドの鋏を振り上げる。


「何故エルシーを見殺しにしたッ! ガランッ!」

「ぐ……ッ!」


 挟んで斬ることは出来ないが、打撃は確かに効いていた。

 ダイヤモンドに変わるのは表面だけ。衝撃は体の内部に通じている。

 そして何より、ダイヤモンド化することで鋏が重くなったところで、サザンの筋力はさしてそれを問題視していない。


「何故なんだガランッ!」

「……私には……あの人を止めることが出来なかった……!」

「ガランッ!」

「だがお前は違うッ!」

「ッ!?」

「ダイヤモンドフィストッ!」


 ガランのダイヤモンドの拳が、サザンに重い一撃を与えて吹っ飛ばす。

 町の街灯をいくつか破壊し、そのままの勢いでサザンは建物の壁に激突する。


「何だッ!?」

「キャァァァ!」


 町の人間は次々に逃げ出し始める。彼らは何が起きているか分かっていない。

 破壊された壁の中から、サザンはすぐに出て来た。


「お前はいつだってそうだったはずだ。これまでも己の邪魔をする者を全て、その巨大な鋏で断ち切って来た……。そうだろう!? サザンッ!」


 サザンはジェット・ギアで勢いよくガランに向かっていく。

 だが、彼とガランの間には、埋まらない力の差がある──


「『覚醒レイズ』」


 橙色の光が、ガランの全身から溢れ出す。


「ダイヤモンドフラッシュ」


 そしてダイヤモンドの輝きを一瞬増大させ、目くらましに使う。


「!?」

「フンッ!」


 サザンは再び吹っ飛ばされる。先程よりも威力は高く、ダメージも多い。


「かはッ……」


 交通道路に飛び出して、車の前に投げ出される。

 だが今のサザンは痛みを感じていない。

 飛び出してすぐに体勢を立て直し、吹っ飛びながら道路に手をついて、ジャンプして車を躱す。

 そのままジェット・ギアで空中に浮かぶと、再び集中に入る。



 ──「……サザン。貴様は、私のようにオリジナルギアを持っている。だが、その真価を発揮できていない」


 ──「貴様はまだ『そこ』に至っていない」


 ──「何かを失ったことのない者は、限界を出すことが出来ない」



「…………キィー…………」


 失うことでしか手に入らない力など、サザンは欲していなかった。

 だが、全ての運命は彼に『それ』を強制させる。


 彼は全身から、()()()()()()()()()()()──

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