『fate:ガラン・アルバイン』③
◇ 同日 午後七時ニ十分 ◇
■ 帝国軍特殊医療施設 ■
サザン・ハーンズは、元帥のもとへ向かう前にエルシーに顔を見せようと考えた。
彼女がいるこの軍の特殊医療施設に足を運び、面会の許可を取ろうとする。
「……何ですって?」
受付の女性が、意味の分からないことを言っている。
「ですからその……えっと……エルシー・ハーンズさんでしたら、数時間前に移動されたということでして……」
「移動? どこにですか?」
「え……え? お聞きになられていないのですか? 秘匿事項とのことで……末端の我々は、何も聞かされていないのですが……」
「……?」
訳が全く分からない。サザンは仕方なく、施設の外に出るしかない。
一体誰にエルシーの行き先を聞けば良いのか。そう悩みながら歩き出す。
顎に手を当てて思案していると、見知った顎髭に巨漢の男が、眼前に現れる。
「ガラン」
安堵して顔を上げると、サザンはその彼の表情に違和感を持つ。
元々普段は仏頂面のガランだが、今は何かが違う。そこまで変化はないが、確かに友人のサザンには分かる。ガランは、何かに対して苛立っている──
「……サザン……」
彼もここにエルシーを尋ねに来たのか。あるいは出て来たところなのか。
もしかしたら、エルシーの移動先を知っているかもしれない。
だが私情よりも先に、サザンは別の質問を優先する。
「ヴェルイン・ノイマンは無事か?」
「…………ああ。命に別状は無い。本人は……ゼロと戦う気でいる」
「そうか! 頼もしい限りだ。ならお前も……」
「……」
「……ガラン?」
やはり、ガランの様子がおかしい。
苛立ちだけではない。どこか悲壮感を漂わせているようにも見える。
「……ああそうだ。ガラン。エルシーがどこか別の場所に移動したとのことらしいが……知らないか? 私よりも先にここに戻って来ていたなら……」
「……」
「ああ、いや、知らないのならば良いんだが……」
「……」
「ガラン?」
そしてガランは、何かを決意するかのように、強い視線をサザンにぶつける。
「死んだ」
───────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────何かが、切れる。
「…………なに?」
「エルシーは…………死んだ」
「…………………………なに…………だ…………は?」
「お前の妹、エルシー・ハーンズは……死んだんだ」
床が崩れて消えていく。そんな感覚が、足元にある。
視界が、靄がかかったかのようにぼやけ始める
聞こえるのは自分の核が、激しく鼓動をする音だけ。
全身の骨組みが、軋んでいるような気がしてならない。
「…………待て。待ってくれガラン。意味が……言っている意味が……」
「……お前は不思議に思わなかったのか?」
「……?」
「元帥にお前の才能を伝えたのは私だ。お前とエルシーに元帥が接触したのは、私がお前の可能性を指摘したからだ」
「……? 何の……何の話をしている……?」
「元帥がお前とN・Nが戦うことを許容したのは、お前が『覚醒』に至ることを期待したからだ。私は初めから……お前たちの戦いを見ていた」
「ガラン……? 何を……何を言って……」
「クリシュナにおけるギギリーの企みも、私は想定していた。元帥の最終目的のファーストプランも、初めから聞かされていた」
「……待て……待ってくれ……」
「…………お前だけが気付いていなかった。エルシーはお前を従わせるための──『人質』だったということを」
サザンはここでようやく、ガラン・アルバインという男のことを、自分が何も知らなかったという事実を理解する。
理解できたのは、ただそれだけ。
「…………エルシーは、どこだ?」
「死んだと言ったはずだ」
「エルシーはどこだ?」
「死んだと言っている」
「エルシーはどこだッッッ!?」
「死んだと言っているッッッ!」
そしてサザンは、右腕を変形させて鋏へと変える。全てを断ち切る鋏へと──
「エルシーはどこだと聞いているんだッ!」
「彼女は死んだと言っているんだッ!」
そして、二人は衝突する。
ガランは半身をダイヤモンドに変え、サザンの鋏を受け切った。
そして二人の衝突による勢いで、近くにあった道路の花壇や塀は破壊される。
いくら怒りに任せて攻撃しても、サザンの鋏の刃はガランの体を傷つけない。
何度か攻撃を繰り返すと、サザンは一度距離を取った。
そして、涙を流しながらようやく現実を受け入れ始める。
「……何故だガラン……。何故……エルシーを見殺しにした……」
「……」
この期に及んでまだ、サザンはガランのことを信じている。
彼の中で恐らく否定できないのは、ガランがエルシーの死を分かっていながら、元帥の行いを見逃したということ。
「答えろガランッ!」
「……先ほど言ったはずだ。伝わらなかったか? 私は初めから…………元帥の傀儡だ」
「何故だッ!? 何故……」
「……ならば聞こう。サザン・ハーンズ。お前は……何故、ノーマン・ゲルセルクを放置する?」
「何だと?」
「……あの人が混沌をもたらさんとしていることは、お前も分かっていたはずだ。なのにお前は、あの人を殺さなかった」
「私はただ……」
「一度壊れた者は二度と戻らない。ならば、壊れた者はどうすれば良いか? 再興を期待して必死に語りかけ続けるのか? それともただひたすらに寄り添うのか? 私は後者だった。私には……父のかつての親友であり、兄の遺体捜索に尽力してくれたあの人を、切り捨てることが出来なかった。そして……再興を信じることも、出来なかった……」
「ガラン……」
「お前は切り捨てるべきだったッ! あの人を殺すべきだったッ! お前にはそれが出来たッ! 誰よりも迅速な判断力を持つ、お前なら……ッ!」
「……」
「人間と手を組んだお前を…………私を、元帥は許せなかった。そして私も……お前を許すことが出来ない」
「……キィー……」
サザンが集中すると、ガランは全身をダイヤモンドへと変貌させる。
「エルシーが人質だったという事実すら理解できず、元帥を放置した。お前の唯一にして初めての判断の遅れが、エルシーの死を生んだんだ。……サザン・ハーンズッ!」
「元帥の傍にいるという判断を下さなければ、止められたのはお前のはずだ。お前の判断の速さが、エルシーを見殺しにしたんだ。……ガラン・アルバインッ!」
最早、何の為に戦うのか二人とも分かっていなかった。
分かっていないのに……分かっているふりをした。
「私はお前を許せない……」
「エルシーは……」
「「お前が死なせたんだッ!」」
ガランのダイヤモンドの体を、サザンの鋏では切ることが出来ずにいた。
そしてガランは、己のオーバートップギアの真価を発揮する。
「ダイヤモンドダスト……」
「……ッ!?」
サザンの鋏がダイヤモンドに変わっていく。
だが、ダイヤモンドに変わるのは鋏だけで済んだ。そのまま一瞬離れると、またそのままダイヤモンドの鋏を振り上げる。
「何故エルシーを見殺しにしたッ! ガランッ!」
「ぐ……ッ!」
挟んで斬ることは出来ないが、打撃は確かに効いていた。
ダイヤモンドに変わるのは表面だけ。衝撃は体の内部に通じている。
そして何より、ダイヤモンド化することで鋏が重くなったところで、サザンの筋力はさしてそれを問題視していない。
「何故なんだガランッ!」
「……私には……あの人を止めることが出来なかった……!」
「ガランッ!」
「だがお前は違うッ!」
「ッ!?」
「ダイヤモンドフィストッ!」
ガランのダイヤモンドの拳が、サザンに重い一撃を与えて吹っ飛ばす。
町の街灯をいくつか破壊し、そのままの勢いでサザンは建物の壁に激突する。
「何だッ!?」
「キャァァァ!」
町の人間は次々に逃げ出し始める。彼らは何が起きているか分かっていない。
破壊された壁の中から、サザンはすぐに出て来た。
「お前はいつだってそうだったはずだ。これまでも己の邪魔をする者を全て、その巨大な鋏で断ち切って来た……。そうだろう!? サザンッ!」
サザンはジェット・ギアで勢いよくガランに向かっていく。
だが、彼とガランの間には、埋まらない力の差がある──
「『覚醒』」
橙色の光が、ガランの全身から溢れ出す。
「ダイヤモンドフラッシュ」
そしてダイヤモンドの輝きを一瞬増大させ、目くらましに使う。
「!?」
「フンッ!」
サザンは再び吹っ飛ばされる。先程よりも威力は高く、ダメージも多い。
「かはッ……」
交通道路に飛び出して、車の前に投げ出される。
だが今のサザンは痛みを感じていない。
飛び出してすぐに体勢を立て直し、吹っ飛びながら道路に手をついて、ジャンプして車を躱す。
そのままジェット・ギアで空中に浮かぶと、再び集中に入る。
──「……サザン。貴様は、私のようにオリジナルギアを持っている。だが、その真価を発揮できていない」
──「貴様はまだ『そこ』に至っていない」
──「何かを失ったことのない者は、限界を出すことが出来ない」
「…………キィー…………」
失うことでしか手に入らない力など、サザンは欲していなかった。
だが、全ての運命は彼に『それ』を強制させる。
彼は全身から、砂色の光を溢れ出させる──




