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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
七章【残心の死鋏】
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『fate:ガラン・アルバイン』②

◇ 界機暦かいきれき三〇二六年 六月十二日 ◇

■ 央帝国立病院 ■


 この日、ガランは上からの指示で健康診断を受けに来ていた。

 毎年案内はされているが、強制されたのは今回が初めて。違和感を持ちつつも、ガランは言われた通りの検査を受ける。

 そうしてある程度検査が終わったところで、ガランは検査を担当していた者の一人に、質素な部屋へと案内された。


「あ、ガランさんじゃないですか」

「エヴリン……? お前もか」


 二人とも薄地の検診衣を着ている。ただ、いつものようにエヴリンは、眼鏡を掛けるがごとく、目の周りと間を覆う仮面を付けていた。


「不思議ですよね。健康診断を強制されるなんて……」

「ああ。どうも私達だけではないらしい。どこの官庁でも同じように、全員が健康診断を受けるようにとの指示が出ている」

「変なの……。ところで、私達何でこの部屋に案内されたんですかね?」

「お前も聞かされてないのか?」

「ガランさんも?」


 ガランはますます違和感を膨らませる。特に、共にいるのがエヴリン・レイスターであることが、そこに拍車をかける。


(……エヴリンは昨年皇室庁に入った、サザンに次ぐ若き『天才』のノイド。……自分で言うのもなんだが、私の能力も低くはない。ノイドの能力の高さは、エネルギー変換装置である『核』の機能の優劣に連動している。……優れた核を持つ、我々の身体を調べているのか……?)


「こんにちは。そしておめでとうございます」


 その時、質素な部屋に何人かの白衣の男が現れる。

 白衣ではあるが、何となくガランは彼らが医者ではないように見えた。


「え……?」

「何でしょうか?」

「お二方は選ばれました。『コア』の適合者に。これは大変めでたく、光栄なことなのですよ?」


 嬉しそうに話しているが、二人は何が何だか分からない。


「コア……? 一体……何のことでしょうか?」

「詳しい話はこれからさせて頂きます。……ああそうだ。ガラン・アルバインさん。帝国軍のノーマン・ゲルセルク元帥閣下殿が、貴方にお話したいことがあるとのことです」

「!? の、ノーマンさ…………元帥が?」

「はい」

「……」

「どうしました? ガランさん」

「……いや。何でもない」


 それから二人は説明を受けた。今回の健康診断が、本当は何を目的にしていたのかということを。

 コアの適合者を有能なノイドの中から探し出し、新たな『皇帝直属特殊作戦遂行機動部隊』に加えるためであったということを──


     *


◇ 同日 ◇

■ 帝国軍統合作戦本部 最高司令室 ■


「久しいな。ガラン・アルバイン」


 これが初対面ではない。実はノーマンとガランは、既知の関係にあった。


「……お久しぶりです。ノーマンさん。兄の遺体引き取りの際は……本当に、大変お世話になりました。感謝の言葉だけでは言い表せません」


 彼の言う恩義を感じている相手とは、このノーマンのことだった。

 しかしこれまでずっと、立場上相まみえる機会に恵まれずにいたのだ。


「……私は、人間に誇りを奪われたノイドを、せめて祖国で眠らせようとしただけだ」

「はい。ノーマンさんの御厚意のおかげで、私は……」



「『戦機せんき』に選ばれたようだな」



 ずっと頭を下げていたガランは、ここでようやく顔を上げ、目の前の彼に怯まされる。

 その情報は、つい先ほど秘匿事項と念を押されたばかりの内容だ。

 しかしよく考えれば、あの研究者からの紹介でガランは今ここに来ている。それに、帝国軍元帥のノーマンが、帝国最高の諜報部隊の事情を知っていてもおかしくはない。

 ガランが怯んだのは──彼のその、光の無い四角い瞳に対して。


「……は、はい」

「……いずれ、戦争が起きる」

「え……?」

「オールレンジとの戦争ではない。国家連合と……()()()()()()()だ」

「!? な、何を……」

「帝国は窮地に追い詰められ、我が軍は新たな戦力の必要性に迫られる……」

「ま、待って下さいッ! ノーマンさん……貴方は何を……」

「その時、『戦機』は我が麾下に加える。コアを持ち、オーバートップギアを使い、『覚醒レイズ』と『超過ネクスト』を可能にする最高戦力を……戦場に出征させるのだ」

「ば、馬鹿な……。何を……貴方は何を仰っているのですか……? ノーマンさん……貴方は……」


「……力を貸してほしい」


「……ッ!?」

「私には望みがある。ノイドの誇りを取り戻すという望みが。ガラン・アルバイン……兄の仇を討つためにも、その望みを……支えてはくれないか?」

「…………」


 壊れている。

 この、ノーマン・ゲルセルクという男は、いつからかは知らないが壊れている。

 そして壊れたまま、力を手にしてしまっている。

 恐らく誰も、この男を救おうなどとは考えないだろう。寄り添う選択などに意味は無い。

 一度壊れたこの男が戻ることは、二度とない。だったら一刻も早く切り捨てなければ、壊れた彼による犠牲は大勢出る。

 もしかしたら切り捨てる選択こそが、彼を救うということにもなるのかもしれない。

 だがガランは……兄の言葉を思い出してしまった──



 ──「……元帥と親友だった父は、死ぬ前に言っていた。『ノーマンはもう、誰も傍に居ない』と。オールレンジで差別されて生きてきたあの人は、その恨みに呪われ、死に辿り着けない亡霊だ。だから父はあの人と距離を置き、人間との間に子を作った。私という子を……」



 ガランの中で、何かが音を立てて軋んでいる。

 己の成すべき選択は──


     *


 それから外に出たガランは、突然鳴り出したCギアを、通話状態にする。


「……サザンか?」


『ガランッ!』


「どうした?」


 サザンは声を荒らげ、息を切らしているようだった。

 そしてガランは、どうしようもない現実を突きつけられる。



『落ち着いて聞いてくれ。その……



 ────エルシーが、倒れた』



 刹那。

 ガランは完全に思考が停止してしまった。

 その所為か、サザンが捲し立てながら話している言葉を、ほとんど聞き逃す。


『今のところは……ま、まだ分からないが、多分……いや、分からない。その……ああそうだ、病院はそこだ。そこのその、国立病院だ。でも多分……先生が言うには、その……』

「……サザン……」


 加えて、明らかに今聞くべきでない、どうでもいい質問をぶつけてしまう。


「……お前、今日の健康診断は出たのか?」

『何? 何と言った? もう一回言ってくれ。ガラン……俺は……』

「…………いや、何でもない。今すぐに行く。大丈夫だサザン。……大…………丈夫…………」


 エルシーが倒れ、病院に運ばれ、そして手術中に至るまでずっと傍に居たサザンが、健康診断に出られるはずはなかった。

 もしエルシーがこの日倒れていなかったら、サザンが健康診断という名目の『選抜』に出ていたら、何もかもが変わっていたのかもしれない。

 しかし時は、二度と戻ることはない。

 そして──


     *


◇ 界機歴かいきれき三〇三一年 七月二十七日 ◇

◇ 午前五時六分 ◇

■ 帝国軍統合作戦本部 最高司令室 ■


 ガラン・アルバインは、ずっとノーマン・ゲルセルクの最終目的を知っていた。

 知っていながら、それを止めようとはしてこなかった。

 彼の望みを、誰も気付かないところで、ずっと背後から支え続けていた。

 そしてその事実を知る者は、彼ら自身以外に存在しない。


「……では、貴方は知っていたのですか? ゼロという男の目的を……」


 この場にいるのは二人だけ。

 ガランはノーマンに対し、戦場で出会った『異端たち』のことを尋ね聞いていた。

 しかし、最早彼らが何者だろうと、ノーマンには関係ない。


「……そうだ。その上で私は……私の最終目的を達成する」

「……」


 そして、ノーマンは席を立ち上がった。



「……この世全てのノイドを、()()()()()()()()()()()()()()



 ガランは何も言えなかった。

 己が下した選択を、最後まで貫こうとしていた。そしてその選択を下すことにした、最大の理由は──



 ──「その人の望みを、支えてあげる……。その人の意志を、尊重する……。それだけで……」



(……ノーマンさん……)


 今更、ガランは目の前の壊れた男を見捨てることが出来ない。彼女の言葉を……無視できない。


「十年前に宇宙へと打ち上げた『サテライト』の本来の目的は、特殊な電波によってこの星全てのノイドの構造を変換させるためにあった。それに加え、たとえゼロがこの星のノイドを全て消滅させようとも、自動的にサテライトは起動する。セカンドプランによる別種の電波によって、新たな誇りを持ったノイドが、鉄屑をもとに生み出されることになる」


 人工衛星『サテライト』。

 かつてオールレンジと緊張状態にあったノイド帝国は、技術能力を世界に見せるためにそれを宇宙に打ち上げたとされていた。

 ゼロもこの人工衛星の存在を知り、『サテライト・ギア』という名称の衛星測位システムを導入させている。

 だがしかし、この人工衛星の本来の目的は全く別のところにあった。

 仮に核兵器などでこの星の生命が滅ぶことがあっても、何としてでも己の最終目的を達成させるため。


 何があっても、()()()()()()()()()()()()()


 この人工衛星が持つのは、この星全体のノイドの精神構造を、宇宙から降り注ぐ特殊な電波によって変化させるか、あるいはまた別の電波で鉄屑をノイドに造り替えるといった、悍ましく驚異的な技術。

 ノーマンの執念を糧に、実は帝国の技術は、ゼロが知り得ないほどに発展していたのだ──


「……()()()()()()()ことで、貴方の仰る『誇り』は、取り戻されるのですか?」

「人間に迎合する愚かなノイドはいなくなる。帝国だけでなく全てのノイドが立ち上がれば、本来この世界はノイドが支配できていたはずだったのだ」

「……この星の生命が滅びた後に、統一された思想のノイドたちが生まれても……荒廃したこの世界を、支配する意味はあるのですか?」

「……意味だと? 意味も意義もない。だが大義はある。それだけが全てだ。それだけが……」


 ガランはとても、この男の思想が理解できない。

 それでも──


「……サザンが、裏切った様だな」


(……ッ!)


 ノーマンは歩き出す。そして、向かうべきところへ向かう。


「待って下さいノーマンさ……元帥閣下ッ! サザンは何も……」

「シュドルクを討った。人間を守るために」

「元帥……ッ!」

「……()()()()も、もう必要ない」

「…………ッ」


 彼の言う『身代わり』の意味は、もう理解している。

 それでも──

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