『shortbreak:共同戦線』②
村落の野外設備を借り、人の良い村落のノイドの人々とマリアが中心となって、食卓を囲むことになる。
辺境の村だからか、ここの人々は人間が何人いても嫌な顔一つしない。
そして人間であるユーリたちや永代の七子たちもまた、ノイドの彼らに対して心から感謝の意を示している。
数時間前まではあり得ないことだったが、彼らは協力してこの時を過ごしていた。
些細な休息の時間を、彼らは自ら笑顔で包んでいたのだ。
やがて明け方が近付きだすと、サザンは皆から少し離れて見晴らしの良い丘の上に向かう。
「……先客か」
傾斜が急で、一部崖のようになっている丘の頂上付近で、足をぶら下げている男が一人。
ハチマキを風に靡かせるその男は、もちろんユウキ・ストリンガー。
「よっ」
そしてサザンの背後からは、もう一人この場に近付いて来る者がいた。
若緑色の髪をした少年、アウラ・エイドレスだ。
「あ……ど、どうも……」
三人は、ただ心を落ち着かせたいがために静かな場所を求めていただけだ。
もちろん、皆のことをやかましく思っていたわけではない。本能的にそう動いたのだ、
「マリアちゃんのご飯、とっても美味しいんですけど……僕には少し多かったかもしれないです。……カイン君は、全部平らげてましたけど……」
「食わねェとデカくならねェって言ったからな!」
「それだけが理由には見えなかったが……」
サザンは珍しく鈍感を発揮していない。カインがマリアに喜んでもらいたいと思っていることを、見ただけで理解してみせている。
それだけ今は、冷静に状況を俯瞰して見ているのかもしれない。
「……」
この中で唯一、サザンはずっとゼロとは『別の脅威』を見据えていた。
(……帝国はあの戦いで降伏する。軍がどれだけ権威を持っていようと、それは決して変わらない。……ノーマン元帥は、その先にノイドの勝利を見ていたのか? ……いや……あの人が見ていたのは……)
「デウス島でのこと覚えてっか?」
「……貴様が私に両断された時のことか?」
「お前が俺に貫かれた時のことだよッ!」
「どっちでもいいですよ……」
デウス島で出会った時の三人は、三人とも対立関係にあった。ユウキはそれを思い出し、今の状況が少しだけ嬉しくなって白い歯を見せる。
「……あん時はお前ら俺らのこと敵視してさァ。問答無用で向かって来たよな」
「?」
「いやいや、問答無用で向かって来たのはユウキさんでしょ!」
「そうだっけ?」
「そうですよ!」
「いや、私もだ」
「そうなんですか?」
「どうだったかなァ……ハッ! 忘れたぜッ!」
「駄目だこりゃ」
「…………とにかくッ! 感慨深ェじゃねェかよッ! なァオイッ! そう思うだろッ!?」
「…………そうかもしれんな」
「…………そうですね」
様々な経緯を経て、彼らはこうして今、手を組んでいる。呉越同舟の状態だ。
だがもしかしたら初めから、こうなる運命にあったのかもしれない。
──────その時、太陽が昇り始めた。
「お」
「夜明けか……」
アウラはその太陽を見つめ、親友のことを頭に浮かべる。
「…………太陽…………」
気が付けば彼の瞳から、涙が流れ出していた。
失った者は数え切れない。忘れることなど出来はしない。全てを背負って足を引きずりながら、それでも前に進み続けるしかない。
あの時自分は、そう選択したのだから。
「大丈夫か? アウラ」
「……大丈夫です」
涙を拭い、アウラはまた決意を固める。
「どうした?」
「…………これだけで……これだけで……良かったんです。これだけで……」
暗闇を照らす太陽こそが、ショウのずっと欲していたものなのかもしれない。
「……僕は、これを守るために戦ってきたんです。今までも…………これからも」
「……だなッ!」
「……ああ」
日が昇ると、この場に四人目が現れる。
何故だか若干苦しそうにしている、カイン・サーキュラスだ。
「うぐぅ……」
「おおカインッ! どうしたァ?」
「……い、いや、何でも……」
「やっぱり食べ過ぎたんだね」
「え? あ、あはは……」
図星を突かれて愛想笑いを浮かべる。カインはただ、マリアの嬉しそうな顔を見たいがために、彼女の作った物全てに手を付けていただけだ。
「……あったかいね。ここ」
「違ェねェ」
「…………兄貴。また守りたい人が増えちゃったよ。俺ってチョロいのかな? 一緒に飯食っただけなのに……もう、みんなに死んでほしくないって思ってる」
「ッたりめェのことさ。俺もお前と同じだ。お前らだってそうだろ? なァオイッ!」
「フン」
「フフッ」
僅かな休息の時間は、あっという間に過ぎ去っていく。
昇り切った太陽は、彼らを平等に明るく照らしている。
誰かを守ろうとする彼らのことを、同じように見守っているのだ。
*
◇ 数時間後 ◇
「あァ!? 一緒に行けないだァ!?」
怒りを示すのはユウキ。
全員が少しの休息を終えたのち、出発しようとしていた矢先のこと。彼はサザンに対して食って掛かっていた。
「……『遅れて行く』と言ったんだ。話を聞かん奴だな相変わらず」
「どういうこったよ」
「サザンさん?」
エヴリンも彼の言葉が意外だったようで、首を傾げている。
サザンは一瞬目線を下げたのち、そう決心した理由を語り出した。
「……ゼロは脅威だ。それは間違いない。だが私はずっと……妙な違和感を抱いていた」
「違和感?」
ゼロを打ちのめすことしか頭に無いユーリは、そこまで考えがいっていない。
「ノーマン・ゲルセルク。私はあの男が……ゼロの目的を知らなかったとは思えん。だが、知っていたとしたならば、奴と協力していた意味が分からん。元帥の目的は一つ。『ノイドの誇りを取り戻すこと』だったはずだ。たとえこの世界の全てのノイドがその誇りとやらを失っていて、生きる価値が無いなどと判断していたとしても、ノイドそのものが全て消え去れば、誇りがどうこうと言っている場合ではない。元帥は……恐らく、ゼロの目的が達成されたその先にも、何か……狂気を孕んだ何かを……考えているような……そんな予感が、私の脳裏から消えんのだ。だから私は……その違和感を、晴らさなければならない」
もしかしたら、そんなものは杞憂でしかないのかもしれない。
だがサザンは知っている。ノーマンの瞳には、光が灯っていないという事実を──
「……何も無ければそれでいい。あの男もただゼロに利用され、踊らされていただけならば、そんなにわかりやすい話はない。……ガランとヴェルイン・ノイマンにも合流してくる。二人も共に、戦ってくれるはずだ」
「……そうですね。その方が確かに、効率は良さそうです」
それを言われば止める理由はなくなる。むしろ、サザンには今から首都に向かってもらった方が、合理的とまで言えるかもしれない。
一抹の不安を抱えながらも、エヴリンは彼の判断に任せるつもりでいた。
そして、ユウキは──
「死なねェよな?」
ただ元帥の動向を窺いに行くだけで、生死に関わるはずはない。
しかしユウキだけは、彼の話を聞いて、彼と同じ様な嫌な予感を抱かされていた。
「……何?」
「あー……一度しか言わねェから聞き逃すなよ?」
少しだけ照れ隠しのように頭を掻きながら、ユウキは真剣な表情をサザンに向けた。
「……お前は必要だ。この先の戦いに、絶対に欠かせない存在だ。だから…………死ぬなよ。サザン・ハーンズ」
「…………誰に言っている? ユウキ・ストリンガー」
そしてサザンは、彼に対して背を向ける。
飛び立つためのジェット・ギアを発動し、空を見る。
「何度も言わせるな。…………遅れて行く。必ず」
「ハッ! あんまり遅いと、来る前に終わらせちまうからなッ!」
そして笑みを見せ、彼は飛び立った。
サザン・ハーンズの孤独な戦いが今、始まりを告げる──




