『shortbreak:共同戦線』
◇ 界機暦三〇三一年 七月二十七日 ◇
◇ 午前三時 ◇
■ 金科省 辺境 ■
郭岳省の戦いは、既に終局に向かっていた。
数時間前に連合軍は帝国に降伏勧告をし、あとは帝国内でそれを受け入れるための処理が行われるだけ。
そして、激しい戦闘行為は静まりつつある。特にそれを助長させていた両軍の主戦力がどういうわけか戦場から姿を消したので、続けるのも困難になり始めていた。
後に、突然戦場に現れた反戦軍が、両郡主戦力である六戦機と永代の七子の戦いを鎮めたという話が流れるようになるが、現実は少しだけ違う。
彼らはまた別の戦いのために、集う運命にあったのだ。
反戦軍の呼びかけに応じ、彼らは現在辺境の村落でこれからについて語り合っていた。
「……ここ。このアスガルタの丘に、『移動要塞マキナ』がいる」
野晒しの机の上に広げた地図を、皆が見つめている。
説明をするのはユーリ。その隣にいるのはユウキ・ストリンガーを始めとする、反戦軍の戦闘員メンバー。
そして、戦場を置き去りにして彼らについてきた永代の七子は四人。その鉄も四体。
アウラ・エイドレスとソニック。幽葉・ラウグレーとクロロ。デンボクとマスクド・マッスラー。そして灰蝋とαだ。
本来彼らと敵であった、六戦機のエヴリン・レイスターと帝国軍大尉サザン・ハーンズもここにいる。
「サザンさん。ガランさんは……」
「ヴェルイン・ノイマンを本部の医療施設に連れて行った。無事だと良いが……」
「……そうですね。戦力は多いに越したことはないですから」
そう呟きながら、二人はユーリの話に耳を傾ける。
力を合わせるはずがない者たちが、今は当たり前のように共通の敵を見据えていた。
「ゼロはここを防衛する気でいる。文字通りの……無限の戦力で」
「ワールド・ギアだっけ? 『ギア』って名前の機械を人間が身に付けているのは気になるけど……。この際何でそんな物が存在するのかは置いとくわ。それで、発動に条件はないの?」
尋ねたのはアカネ・リント。反戦軍の彼女らも、まだ詳しくゼロの持つ力を理解していない。
ただ、実際に先程ゼロは義眼の形をした機械によって、異なる世界から一人の人間を呼び出していた。その効果だけは疑うことも出来ないだろう。
「……強いて言うのなら、同時に複数人は呼び出せない。一度に一人。そしてさっき見た通り、一人出すだけでも数秒掛かる。その間ゼロは動けないし、義眼が発する光を集積しないといけない。戦闘中に使えるようなものじゃない」
「……なら、ガチで『無限』ってわけでもねェな。どんな奴を呼び出すのかは分かんのか?」
ユウキは勝機を見出して笑みを見せている。
だが、ユーリは無表情のまま変わらない。
「……分からない。ただ、ゼロは自分に従順な存在だけを呼び出している。今回郭岳省に出て来た三人は……私も何度か、見たことがある」
「えッ!? マジかよ、何者なんだアイツら!」
大きな声を上げるのは鉄のソニック。体も大きいため少し遠くから喋っているが、ユーリの話はしっかり聞いている。
「……あの老人のノイドは、過去に自分のことを『最古のノイド』と言っていた。名前はマシヴァ。それと『クロガネマガイ』のラフ。私の知っている『クロガネマガイ』はみんな、アレと同じでコックピットを持たない自立稼働するロボットで……特にアレは先進的な技術で造られている、意思を持った一体。裸姿の人間の男はアマネクといって、信じられないけど……昔、自分を『マキナ・エクスの子』と言っていた」
「……『マキナ・エクスの子』……だと……?」
反応したのは鉄・ブレイヴ。彼は元々、マキナ・エクスによって創造された鉄なのだ。
「昔……か」
「……」
同じように彼によって創造されたトルクとαも不審に感じ取っている。
ユウキはユーリがいつ彼らのことを知ったのか疑問に思ったが、まだその質問はぶつけない。話の腰を折らないためだ。
「最後に……彼の腹心で、どんなノイドにも顔を変えられる厄介な男がいたんだけど……」
ここでサザンは、いち早くその名を察してみせる。
「N・Nのことか」
「知ってるの?」
「……奴は私の前で自爆した。何故私を殺そうとしたのかは分からないが……」
「……そう」
今ここでそれについて触れると面倒になるので、ユーリは先に話を進めることにした。
「……とにかく、グレンたちのおかげでノイド・ギアの完成は遅れることになった。タイムリミットは少なく見積もって、一週間……いや、もっと短いかもしれない。トリガーとなる資材が足りていないだけで、それさえ手に入れば数日と完成に時間は掛からない。……急ぐしかないよ」
「未完成のまま使われる可能性は?」
質問をぶつけたのはエヴリン。この星そのものをどうこう出来るような破壊力ならば、未完成でも危険なのではないかと思うのは自然だ。
「それは大丈夫。ゼロは……絶対に、この星の全てを逃すまいと考えている」
「思考を読んでいるのか? 何故そんなに奴について詳しい? お前は何者だ?」
不審な目を向ける灰蝋は、まだ反戦軍のことをよく知らないので彼女を信用しきれていない。
だが、彼だけでなく反戦軍以外の者は皆同じ疑問を持っていただろう。
「……それもこれから話す。ただ、出来れば先に今後の貴方たちの去就を聞いておきたい。今ここにいる全員が……本気で、ゼロと戦う気があるのか」
もっともではあるが、ここまで着いてきた時点で、答えは分かっていることだ。
これは最終確認。完全に組織を無視して、身勝手に世界を救うために動けるかを、改めて問うているだけ。
「……聞くまでもねェだろッ! なァオイッ!」
確かにユウキ・ストリンガーという男に聞く意味は無いだろうが、ユーリが聞いた相手は彼ではなく、反戦軍以外の面々だ。
しかし…………彼の言葉は、皆に勇気を与えている──
「無論だ」
「ですね」
「応よッ! なァアウラッ!」
「そうだね……ソニック!」
「……怖くない? 幽葉」
「ふふ……クロロに心配されるなんてね。……大丈夫。もう震えてない」
「目立てそうだなァ! デンボクッ!」
「『面倒そうだな』の間違いか? マスクド・マッスラー」
「……フン。力を貸せ、α」
「灰蝋……。素直になったね。まったく」
意志は既に統一されている。恐怖は勇気で押しのけられる。
今ここに、共同戦線を張ることになった──
ぐぅぅぅ
その時、緊張感を綻ばせる音が聞こえてくる。発生源は、カイン・サーキュラスの腹部からだ。
「……ごめんなさい。あの、昨日から何も食べてなくて……。あはは…………はぁ」
「じゃあご飯にしましょう! ね! ユーリさん! 何よりも優先されるべきは、エネルギーを蓄えることですよ!」
マリアがニッコリと笑みを向けると、ユーリも表情を和らげる。
「……マリアの言うことももっともだ。私達は必要ないが」
「ヒト種は食事によって、体力を効率良く養う。特に人間は、食事なしには体力も回復できないだろう」
トルクとブレイヴの言うことに頷き、ユーリは一旦休息を取るべきだと考えた。
ちなみに、腹を鳴らした本人であるカインは、ノイドなので別に食事をとらなくても回復は出来る。
腹が鳴るのは単純に、機械仕掛けの胃腸が空となり、収縮によって食べ物ではなく空気や液体が消化器官に流れ、振動を起こしているからだ。
しかしブレイブの言うように、効率良くエネルギーを蓄えるには食事は有用。これは必要事項なのだ。
だからユーリは、一つ息を吐いて頷いた。
「……だね」




