『帝国本土最終戦』⑩
完全に戦闘態勢を解いたアウラたちは、ショウとピースメイカーの亡骸の傍で立ち尽くしていた。
「……恨むか?」
ユウキは自分たちがトドメを刺した事実を受け止め、強い眼差しで尋ねた。
「……いえ。ありがとうございます。ショウを……止めてくれて」
「……救ったのはお前だ。礼言ってたろ?」
「…………そう……ですかね……」
「つーかお前らさ、さっきまでのあの状態何だ?」
「我も気になっていたところだ。『完全同化』のように見えたが……」
「あ、ああそれは……何だろう? ソニック」
「そりゃおめェ! …………何だろうな」
二人も何故『完全同化』のような状態になったのか理解していない。
全力を出して、それでも死なないだろうことは確信していた。ただそれも直感に過ぎない。
「何だそりゃ」
そうしていると、周囲で逃げ回っていたノイドや鉄紛たちが、ユウキたちを囲む。
攻撃してくるのかと思ったが、どうやら敵意は感じられない。
「反戦軍のアンタ! 助けてくれてありがとう!」
「ユウキ・ストリンガーだよな!? ありがとう……! 何も出来ず死ぬのかと……!」
「救われたッ!」
彼らは皆、敵も味方もなくただ純粋に感謝を述べてきた。
「……何で俺の名前バレてんだ?」
「いや、自分から大声で名乗っていたぞ」
ブレイヴが呆れて溜息を吐くと、ソニックはシシシと笑い出す。
が、その時──
「ユウキッ! 危ないッ!」
ユーリの声だ。彼女は鉄紛のコックピットを開けて叫んでいる。
だが、声の方向よりも先に、目の前の出来事に目を奪われた。
「「「「「ぐあああああああああああああああああああああ!」」」」」
巨大な光弾によって、両軍の者どもが吹き飛ばされる。
それを行ったのは、一体の鉄のような存在。
「何だッ!?」
「兄貴ッ!」
同時に、カインたちがこの場に到着する。
「YEAHHHH! 外しちまった! この俺様としたことが!」
光背を背負い、光沢の多い電線の入った装甲をしている、スリム過ぎる体型の鉄……のような、『自称クロガネマガイ』。
カインたちが相手をしていた敵が、こちらに移動してきたのだ。
だが来たのは、彼だけではない。
「ユウキ・ストリンガー……」
「させないッ!」
三叉槍でブレイヴごとユウキを狙った老人ノイドを、炎を纏った蹴りで止めたのは、アカネ・リント。
彼女と共に、その老人ノイドと共に戦っていた者達も集まって来る。
反戦軍だけではなく、永代の七子と六戦機もだ。
そして──
「─────────やあ。この世界の諸君」
ユーリは誰よりも早く、その声の正体に気付く。
「ゼロ……ッ!」
「……出やがったな……ゼロォッ!」
鉄・カワードに乗ったまま上空から降りて来た彼は、この場に集結したこの世界における最大と言っていい戦力を前に、悠然と笑みを見せていた。
自然な調子でコックピットを開け、誰よりも高い位置から全てを見下ろす。
「!? アレは……」
「国家連合貿易事務局長……」
敵を追いかけてきていたデンボクと幽葉は、すぐに彼が何もか理解した。
「ぐ……どういうことなのだ……?」
「……まさか……」
止血しただけで腕を失ったままのヴェルインと、ダイヤモンドの体がボロボロに傷付けられたガランも、彼の姿は見えている。
「……ふむ。『一応の作戦』は、流石に時間が掛かり過ぎるか。あるいは……君らでは足りないか」
「「!?」」
『自称クロガネマガイ』のラフと老人ノイドの男は、ゼロに対して畏れているかのような表情を向けた。
「まあいい。それならば……もう一人、呼んでおこうか」
その時、ゼロの前髪が風によってなびく。
ずっと長い白髪で隠されていた彼の右目が、露わになる。
「……ユウキ。ゼロの能力は……」
そしてユーリは、彼が今からやろうとしていることが何か、分かっていた。
「さあ……来い」
ゼロの右目は──
────────機械仕掛けの義眼だった。
そして、その義眼から光が放出される。
その光が地上に向けられると、『あり得ない出来事』が起きる。
「……ッ!? な……ッ!」
この場の全員が、『それ』に愕然とさせられた。
放たれた光は丁度アウラとソニックの正面に注がれていて、『それ』は光の中から現れた。
「…………ここは…………」
現れたのは、『人間』。全裸の男性と思われる人間が、出現した。
つまり、ゼロの義眼の能力とは──
「…………別の世界に生きる存在を、この世界に呼び出すこと」
ユーリの言葉を聞いても、誰もその意味を理解できない。
言っている意味が、分からない。
「『ワールド・ギア』。あの義眼によってこの男は……無尽蔵に自身の言いなりとなる存在を、増やし続けることが出来る」
全裸の男は、出てきてすぐにゼロに気付くと、彼に対して跪いた。
「……今回は、如何様にされますか? ゼロ様」
「やあアマネク。マシヴァとラフもいるよ。もちろん今回も目指すところは同じだ。……私に、従ってくれるね?」
「仰せのままに」
そして男は立ち上がり、たまたま正面にいたアウラとソニックの方に目をやった。
「……ッ!」
(何だコイツ……!? 人間……!? いや、でも……何だ……? コイツは何か……何かが…………僕は……)
金髪で筋骨隆々な人間の男性。別に、何の変哲もないように見えるが、アウラは彼から何かを感じ取った。恐らくは、この場にいる者の中で、彼だけが。
そしてアウラたちを一瞥だけして、すぐにアマネクはゼロに近寄った。マシヴァと呼ばれた老人ノイドとラフもだ。
だが、その刹那──
「……そうか。それが……貴様の持つ力かッ!」
瞬時に、ゼロの背後に一体のノイドが現れる。
一瞬でユウキは気付く。
巨大な鋏を操る、バンダナを首に巻いた男のノイドだ。
「サザンッ!」
「シザークロスッ!」
が、しかし、彼の攻撃は容易くカワードに避けられる。
「チッ!」
初撃を外したサザンは、冷静に一旦距離を取る。クルッと回転しながら、ユウキらの傍に着地した。
「サザンさんッ!」
彼が来たとほぼ同時に、まだ回復しきっていないエヴリンが飛んできた。
「エヴリン……!? 無茶をするな! まだお前は回復しきって……ぐッ!」
「自分だって……!」
「何してんだお前無鉄砲だなッ!」
「何だと……!? 貴様がそれを言うかユウキッ!」
「……敵はあっちですよ。二人とも」
「おいおい! みんなボロボロねェじゃねェか!」
「何のことはない。敵は目の前だ」
「ブレイヴ様ッ! 大丈夫ですか!?」
「見たところ大丈夫そうですよ、トルクさん。それで……ねぇカイン。あの人って……」
「ユーリッ! コイツらが……全部の黒幕なんだよね!?」
「……そうだよカイン。コイツが……ッ!」
ゼロはやはり、悠然とした態度のまま。これだけの脅威を前に、たった三人と二体でどうにかなると考えている。
……いやむしろ、どうこうしようとすら思っていないほどに、歯牙にも掛けていない。
「……皆々上手く踊ってくれたよ。私の目的は……直に果たされる」
「!? どういうこと!?」
「私の流した情報で、君は勘違いしてくれた。……ノイド・ギアが、帝国の本土で造られていると」
「……ッ!」
「ノーマン・ゲルセルク元帥との密約で、ギギリー・ジラチダヌと通じていた私は、初めから研究機関を掌握していた。全ては『移動要塞マキナ』の上で……密かに進めていたのだ」
「な……ッ!? そんな……」
アウラは愕然としていた。そこまでノーマンが与えていたのならば、彼とXの企んだ作戦は意味を成さない。
初めから、ゼロは完全に兵器開発の中枢にいたのだ。
そして皆驚いているが、中でもサザンは特に嫌な予感を抱いていた。
ノーマン・ゲルセルクという男が、世界の消滅を許容するはずがない。
だとすれば何か、あの男はゼロとはまた違う何かを、『切り札』として握っている可能性がある。
恐らくそれは、仮にノイド・ギアがゼロの手に渡っても、関係ないような『何か』。
(元帥……)
何となくサザンは察していた。何故ならノーマンは、ノイド至上主義でありながら、誇りを失ったノイドにも命の価値を見出していなかったからだ。
そして彼は確かに言っていた。我々は誇りを奪われたと。
ならば彼はもしかすると、世界の全てが消えた後に何かを──
「この戦いの全ては、そこから目を逸らすためでもあった。疑問に思わなかったか? 私なら……いくらでも、『ノイド』という資源を生み出せるのに」
「貴様……!」
「だが他の資源は足りなかった。戦争もそのために続けた。とにかく……時間切れだ。もう君に出来ることは何も無い」
「…………………………舐めないで」
ユーリの瞳には、希望が灯っている。ゼロが理解できない、明るい希望だ。
「……何だって?」
その時、ゼロの持つCギアが鳴り出す。彼の部下からの連絡が来たのだ。
それは、彼の言う『移動要塞マキナ』で、ノイド・ギアを開発している部下からのものだ。
『ゼロ様! こちら、移動要塞マキナです!』
「どうした?」
『ノイド・ギアの完成が……遅れそうです!』
「…………何故?」
『申し訳ありません! 最終段階に必要な資源の物流ルートが……何者かの手によって阻まれているようで!』
「…………なるほど。ならば、新たなルートを考えよう。私が戻るまで……待っているといい」
『は、はいッ!』
ゼロは微塵も感情を出していない。初めから虚無に向かっている彼は、どのような事態でも出すべき表情を出せない。
「……反戦軍の、本隊か」
そしてユーリは、仲間たちの活躍を誇らしげに思って口元を緩める。
既に解散した反戦軍は、誰も彼も解散したくせにまとまって動いているのだ。
「私がどうして、貴方の言葉通りに物事を考えると? 移動要塞マキナの座標は既に掴んでる。まあ、全部数日前に分かったばかりのことだけど」
「流石だね。フフ……だが、所詮は時間稼ぎだ。ここに人員を割くのではなく、あちらを全力で潰すべきだった」
「それだと貴方に行動を読まれて、私達は向こうで、永代の七子や六戦機はここで、分散した所為で皆殺しにされていた」
「……六戦機や永代の七子を、死なせたくなかったと?」
「ええ。だって、ここに集まっている全員がいれば…………貴方も倒せる」
「…………無駄だよ」
「ならどうして向かって来ないの? 少なくとも、ここで決着をつけるのは時間が掛かるって……そう思っているからでしょ? 私達が負けても、その隙に向こうを潰せられればそれで良い」
「…………」
ユーリはゼロの油断を誘い、移動要塞マキナの防衛を手薄にさせた。
それによってゼロは、今ここで全員を相手にしてしまうと、その間に他のユーリの仲間に移動要塞を破壊される可能性が生まれると考える。
実際にそこまで出来る人員は物流ルート遮断に動いているグレンたちの方にはいないのだが、彼女のブラフは上手く刺さっている。
反戦軍は、実はその凄まじい執念によって、ほんの数日前に移動要塞マキナの存在を発見してみせていた。
ノイド・ギアが完成すればゼロはすぐにそれを使用できるのだと知って、そこからユーリとキクを中心に作戦が組み立てられることになる。
六戦機と永代の七子という世界最大級の戦力を味方にするために、この帝国本土最終戦に乱入する作戦と、同時並行で情報操作を行い、ノイド・ギアの完成を遅らせる作戦だ。
彼らは完全に、虚無に支配されているゼロの行動を、全て読んでいた。
「……どうやら決着は、向こうでつけなければならないようだ」
「……」
そして、冷静なユーリは本気でここでゼロを倒せるとは思っていない。
もちろん彼らが移動要塞に戻るところを止める気はなかった。
「待てこらてめェ!」
そしてユウキは、そんな自分たちの作戦を忘れている。
「……君は……」
「ハルカをやったのは……てめェか?」
「………………」
「オイッ! 聞いてんのかッ!?」
「そうだが」
「!? てめェ……!」
ユウキは気付いていない。この男が今、どういうつもりで頷いたのか。
「ユーリ。彼には何を話したのかな?」
「……」
「フフ……凄惨な過去を話すのはつらいだろう。分かるよ」
「……ッ!」
「オイこらてめェ! 話してんのは俺だッ! お前にユーリの何が分かるってんだッ! このクソ野郎がッ!」
「……面白い事を言う。ならば、君は分かるのか?」
「分からねェが……分からねェままでいたいとも思わねェ。コイツがいつか、自分から話すまで俺は──」
「自分自身に庇ってもらえるとは、実に面白いな。ユウキ」
そして、ゼロはカワードのコックピットを閉める。
ユウキは今、自分の耳を疑って立ち尽くしてしまった。
だが今の彼は、怒りの所為で頭が通常の状態ではなく、むしろいつも以上に回転が素早く動き、そして──
「……自分……自身……?」
ここでユーリは決意した。最早、隠す気など毛頭ない。
そしてユウキは、その真実の一端を推測する。
ゼロが『ワールド・ギア』などという世界の理を破るようなものを持っているのならば、推測は出来る。
異なる世界から存在を呼び出すのならば。
異なる世界にも自分のような存在がいるのならば。
ユーリが『その名』を初めて聞いた時、息を飲んだその理由は──




