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ENSEMBLE THREAD  作者: 田無 竜
六章【風は感じられるか】
102/158

『帝国本土最終戦』⑨

◇ 界機暦かいきれき三〇三一年 七月二十六日 ◇

◇ 午前零時 ◇

■ ノイド帝国 郭岳かくがく省 ■


 ユウキとブレイヴは、体に異常を感じていた。

 ピースメイカーの枝に触れるたび、少しだけ重たくなっていくように感じるのだ。


「なんか気だるくねェか!? ブレイヴッ!」

「エネルギーを吸われているようだ……この枝に!」

「なるほど……よく分からねェが分かったぜッ! 要は気合いでどうこう出来るって奴だ!」


 そしてユウキは、何の躊躇いもなく全力を出す。


「『覚醒レイズ』ッ! んでもって……」


 全身から白い光を溢れ出し、そのままさらにブレイヴにも全力を出させる。


「「『超同期オーバーシンクロ』ッ!」」


 溢れ出る二人のエネルギーの総量は、ピースメイカーの枝で吸収可能な限界を超えていた。

 逆にブレイヴの機体に触れるだけで、そのまま破裂してしまうのだ。


「……ッ!? エネルギーが……大きすぎるッ!」

「吸収限界」


 ショウはすぐに目の前の敵の危険性を理解する。

 枝を次々にぶち破って向かってくるブレイヴに対し、彼はピースメイカーを後退させた。


「おいおい逃げんのか!? 良いぜ逃げちまえ! その方が良いだろッ!? なァオイッ!」

「……」


 ショウはまだ、逃げるつもりも虐殺を止めるつもりもない。

 何もかもを消し去るために、闇の中を進み続けている。


「「『超同期オーバーシンクロ』」」


 ピースメイカーは全身から、赤紫色の光を放つ。

 ユウキとブレイヴからすればこれは想定内。全く怯むことはない。


「へッ! 本気出したか……!」

「だが我らは負けん。そうだろう……ユウキッ!」

「ッたりめェだッ!」


 するとピースメイカーは、ブレイヴを襲っていた枝を全て()()()()()()()()()()()

 突然わざわざ攻撃の手を完全にしまい込んだので、ユウキらにはその意図が分からない。


「何だァ!?」


 効かない攻撃を続けることに意味は無い。ショウが枝をしまい込んだ理由はシンプルだ。

 自身の持つ、『もう一つの武器』を使うことにしただけのこと──






「───────────ライトレイ・ギア」


     *


 ユウキ以外の反戦軍のメンバーは、皆が敵に苦戦している。

 カインたちは、謎の『自称クロガネマガイ』の荷電粒子砲による攻撃が延々と続く所為で、隙を見つけられない。

 アカネたちの方は単純に、老人ノイドの戦闘能力が高すぎて、防戦一方の状況を変えられない。

 そしてそんな彼らを空高くから嘲笑う、藍鉄色のクロガネが一体。

 その名はカワード。搭乗者はゼロだ。


「無駄だよユウキ……いや、ユーリ。必死に手に入れた強力な味方も、君らの前に立ちはだかる絶大な敵すらも、全て無意味なんだ。……分かっているだろう? 君は誰よりもそのことを……分かっているはずだ」


 笑みを見せたり、悲しそうな表情を浮かべたり、苛立ちを露わにしたり、感情を滅茶苦茶にしながらそう呟く。

 だがその実、彼は何の感慨も持ち合わせていない。

 心の無い彼は心があるかのように振る舞い、自分でもそれが出来ていないことを、理解していない。


     *


「……永代の七子(エターナルセブン)は改造人間のはず……。ギアを使うわけが……」


 ユーリは驚愕していた。既にピースメイカーの固有能力は見ている。クロガネの武器はその固有能力と小銃ライフルなどの兵器だけ。

 つまり、それ以外の武器があるとすればそれは、ブレイヴがユウキの糸を発するように、ノイドのギア以外に無い。


「何だこりゃあッ!」


 ピースメイカーは全身から、何もかもを破壊する光線を四方八方にまき散らす。

 全身から光線を発する所為で、ブレイヴはその挙動を予想することが出来ない。


「……光線。レーザービームというものです」

「さっきの枝はどうしたんだよッ!? 何だコイツァ!」

「……オリジナルギアです。貴方の持つ、それと同じ」

「あァ!?」


 ユウキは一瞬の間に、自分のよく知るギア製造技師の顔を想像した。

 もうこの世にはいない幼馴染ではなく、師匠と呼んで師事していた若作りの女性の方。


「……レーガ師匠かッ!? 今時無駄に予算掛かるオリジナルギア造るアホなんて……もう他にいねェぞッ!?」

「? さあ……。帝国から盗んだとは言っていたけど、よく知りませんね……」

「お前人間じゃないのか!?」

「…………さあ。何者なんでしょうね。……分からない……」



 御影みかげ・ショウは、連合に拾われる前から体を改造していた。

 (イクス)がノイドの体から人間の体へと改造していたように、ショウも人間の体からノイドの体へと改造されていた。

 死ぬはずだった事故で、僅かでも生存確率のある唯一の可能性を、彼は自分でも知らない間に試されていたのだ。



 ──「私は以前、貴方の体をノイドに変えた研究者から、貴方の話を聞きました。そこで光沢を放っていた事実を知った。だから貴方に会いに行ったのです。もしも貴方が『そこ』に至れば……もしかしたら、途轍もない力を発するかもしれないとも期待してね」



 ショウは人知れず、連合に与えられたオリジナルギアの練度を高め続けていた。

 それは、レーガが当初ユウキにあげようとしていた『ライトレイ・ギア』。

 目が見えない彼は、ピースメイカーに乗らなければそれを使って戦うことが出来ない。

 しかし、使いこなせばこのギアは、凄まじい威力を持つ。


「……ライトレイ・ギアを適合可能にするようにと、三度改造を受けたこの体は、もう人間なのかノイドなのか何なのか……分からない。そして血反吐を吐くような鍛錬を経て……こうして無理やり、()()()()()()()()()()んです」

「……ッ!? まさかお前……」


 そしてショウは、太陽のような黄の混ざった白色の光を、全身から放つ。



「『覚醒レイズ』」



 ピースメイカーのコックピットの隙間から滲み出るその光は、ユウキたちの目にも確認できる。

 そしてピースメイカーは、同時に無数の枝を周囲に向かって解き放つ。

 それらは彼らの戦いを避けて離れていた連合軍、帝国軍の者どもを、無差別に突き刺していく。


「うあああああああああああ!」

「ぎゃああああああああああああああああああああ」

「がァァァァァァァァ!?」


 叫ぶ彼らの声を聞いて、ユウキは歯をギリギリと噛み締めた。


「おいお前ッ! 相手すんのは俺らだッ! 他を巻き込むんじゃねェよ!」

「だったら手出しできないようにすればいい。ここがどこだか分かっているんですか? 競技場でも音楽会場でも、ましてや社交場でもない。ここは…………『戦場』ですよ。ユウキ・ストリンガーさん」

「ンなこた分かってんだよガキがッ! 動物じゃねェんだぞ!? 波に流されるままに、話し合いも放棄して戦ってって…………それも俺達のやることじゃねェだろッ! そんくれェ分かんねェのかよどいつもこいつもッ!」

「…………ええ。分からない。分からないから……こうしているんです」


 枝でエネルギーを吸収し、レーザービームを無尽蔵に撃ち続ける。

 ブレイヴは、それを避け切ることが出来なかった。


「「がああああああああああああああ!」」


 どちらも同じ、『超同期オーバーシンクロ』と『覚醒レイズ』の状態ではある。

 ならば何が優劣をつけるか。それは、至極単純な『才能』の違い。

 ストリング・ギアよりもライトレイ・ギアの方が強力で、発生させるエネルギーの度合いも、ユウキよりショウの方が上。

 こうして戦うよりもずっと前から、埋まらない差はどうしても存在する。

 ……しかし。勝敗を決めるのは、それだけではない──




「「アクセルスパーダァァァァァ!」」




 ピースメイカーの枝では吸収しきれないエネルギーの塊である光の刃が、その枝を切り裂き破裂させる。

 『共存ハウリング』状態のアウラとソニックが、闇から親友を連れ出すために現れた。


「……ッ! アウラァ……ッ!」

「ショウッ!」


 微笑みが完全に途切れる。ショウは、もうその本心を隠そうとはしない。

 いや、隠す余裕をたった今失った。


「ショウ……何でこんな真似を……」

「…………」


 残念ながら、ショウはアウラと言葉を交わす気がない。

 アウラはピースメイカーの枝で貫かれて死に絶えた者達を見て悲痛な表情を浮かべているが、ショウの目には入らない。


「……クソッ! 来るならもっと速く来てくれよッ! なァオイッ! 『風タッグ』ッ!」

「ユウキ・ストリンガー……。ごめんなさい。でももう大丈夫。僕が彼を……」

「おいおい俺らは退くつもりないぜ? 何のつもりか知んねェが、コイツは放っておけねェ! 協力させろッ!」

「……ショウは、ゼロという男と組んでいます。そいつはこの世界を──」

「大体分かってるッ! いくぜアウラッ! ソニックッ!」

「おおッ!? 物分かり良すぎるぜコイツッ!」

「……だね」


 三体のクロガネが、光を放って闇夜を照らしている。

 三者の実力はそれぞれが拮抗しており、二対一ならショウとピースメイカーに勝機は無い。

 そう思ったブレイヴは、この優勢の中で『気掛かり』をなくそうとする。


「……少し、良いか? ユウキよ」

「駄目だッ!」

「……」

「……いや。冗談だって。何だ?」

「……ピースメイカーと、話をさせてほしい」


 ブレイヴと同じく、ピースメイカーも古代のクロガネ

 彼らはかつて、共に戦ってきた過去がある。彼の『気掛かり』はそこにあった。


「ピースメイカーッ! 何故このようなことをする!? 己は……かつての己は、平和を愛していたはずだ!」

「…………ブレイヴ。平和とは……叶わぬ理想の中で生まれた言葉です。何千年も自ら目を閉じていた貴方には……闇に飲まれて目が見えなくなる恐怖が、分からない」

「……ピースメイカー……」


 時間という壁で隔絶された二人は、既にお互いのことを理解できるような状態に無い。

 皮肉なことに、ずっと目を開いていたピースメイカーは、それ故にショウと同じ様に世界に対して絶望と虚無感を抱いていた。

 デウス島に籠っていたおかげで希望を捨てることがなかったブレイヴは、もう説得が無意味だと理解する。


「……君がそんなに口を利くところ、初めて見たよ」

「……戦闘継続」


 ショウとピースメイカーは、もうどこも向いていない。お互いのことすらも、見えていない。

 目の前の二組とは、完全に対照的になっていた。


「良いのか? ブレイヴ」

「……ああ」


 ユウキとブレイヴは構え直し、強く力を込める。


「何だアンタ、ピースメイカーと知り合いかよ!」

「誰だ?」

「俺ァソニック! 最近生まれたばっかだ! よろしくッ!」

「……そうか」


 希望は確かに残っている。自分よりも遥かに若いクロガネを目にし、ブレイヴはまた戦意を燃え上がらせた。


 そして、交戦が始まる。

 ピースメイカーは無数の枝を伸ばしてそこら中からエネルギーを吸収しつつ、同時に二体の視界も奪う。そして光線を撃ち放ち、殺しにかかるのだ。

 ソニックは途轍もなく素早く、精密な動きで上手く光線を躱そうとするが、枝によって視界が奪われると、全てを躱しきることは困難だろう。

 ブレイヴの方も糸で枝も光線も受けながら進み、ひたすらに真っ直ぐ向かう強引なやり方しか出来ない。

 だが最終的に、二体はピースメイカーのもとに辿り着く。攻撃は確実に当てられる。

 どちらかが集中攻撃を受ければ、一体は戦闘不能にされたかもしれない。

 攻撃が分散してしまうこの状況では、ピースメイカーに出来ることはもう──





「「─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────『完全同化シンクロ・フル』」」




 光が輝きを増すと共に機体が肉体に変化し、光背が出現したことで、アウラは理解する。

 そして強く噛んでしまった唇と、強く手すりを握りすぎて爪の食い込む拳に、ピースメイカーの放つ光のような色の血を滲ませる。


「………………ショウ………………」


 二対一でも、互角の戦いが始まってしまう。

 ブレイヴもソニックもピースメイカーも、痛々しいほどにお互いを傷付けている。


「「ストリングブレイヴバーストォォォォォォォ!」」


 ブレイヴの放つ全てを貫く糸の大砲は、光線でも破壊されない驚異的な威力を誇っている。


「「ペネトレイションユニバーサル」」


 ピースメイカーはこれまでよりも遥かに強大な威力で、遍く全てに無数の光線を放出する。


「「アクセルマッハスパーダァァァァァァァァァ!」」


 そしてソニックは溢れ出る光の刃を二刀にして、全てを風と共に切り裂き揺るがす。

 大気を震えさせ、音すらも置き去り、闇の中で戦いは続けられだ。

 だがいずれ決着がつくことは、初めから分かっていたこと。

 ショウとピースメイカーが全てを捨てた時点で、その決着の仕方も定まりかけている。

 だがそれでも、ユウキとアウラは自分たちが終わらせようとしていた。

 今度こそは、今回だけは、自分たちの手で終わらせようと──


「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」


 そして──二人のそんな想いだけは、叶えられることになる。



「が…………」


 理性を失っているためとはいえ、ピースメイカーの攻撃は何故かソニックに集中していた。

 無数の光線を一気に浴びて落とされる中、アウラはただただ止まらない涙を流す。

 理性を失っても、目が見えなくとも、彼はずっと……アウラ・エイドレスのことを──


(……何も……)


(……何も見えない……)


(……何も分からないんだ……)


(だからせめて……分かろうとする方法を探して……)


(……それでも何も……分からないまま…………死んでいく……)


(………………けど…………)


「ストリング……」


(……君の声は、そよ風のように……心地良く……感じるんだ……)


「ブレイヴバーストォォォォォォォォォォォォ!」



(感じることは……出来るんだ……)



 落ちていきながら、彼は意識を取り戻す。その理由は……何も無い。


「……ごめんよ……アウラ……」

「ショウ……ッ!」

「……今……ようやく分かったんだ……。なのに……なのに……」

「僕は分かろうとしなかったッ! 君のことをッ! 微笑みの裏に何を悩んでいるのか、知ろうとしてこなかったッ! 死ぬなよショウッ! 死なないで……ッ!」

「……ありがとう……」

「ショウッ! 僕は……ッ!」


 アウラの声は、届いている。

 たとえ何も見えなくとも、彼の声は親友の耳に聞こえている。

 それだけで幸福を感じられるということを、ショウは最期に知ることが出来た。


「……ピースメイカー、一緒に行こう。一人には……しないよ」


 そして、ユウキは緩んだハチマキを締め直す。


「…………結んでおくぜ」

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