『帝国本土最終戦』⑧
■ 国家連合本部 ■
▪ 連合軍総合指揮系統担当職員執務室 ▪
永代の七子の指揮を執るステイト・アルハンドーラ中将は、実は彼らの出撃中は何もすることがない。
そして彼は今、X=MASKから驚くべき話を聞かされて、連合軍総司令官スナイプ・ヴァルトのもとにやって来ていた。
彼は苛立ちのままに、総司令の机を叩く。
「本気であなた方は……世界の滅亡を望んでいるのか!? 総司令ッ!」
しかし、スナイプは複雑な知恵の輪を弄ってばかりで、意に介していない。
「……Xか。無駄な真似を……」
「……ッ!」
否定されなかったことが、ステイトを更に絶望させた。傍のXは溜息を吐いている。
「『無駄』……ですか。無駄で無為なのはあなた方だけだ。それを世界に押し付けるとは片腹痛い。……今、戦場に『異端』が現れたとの報告がありました。ゼロの息がかかった……いや、彼に『呼び出された』存在……ですかねぇ」
「……そこまで理解しておいて、何故まだ平和を形作れると思える? ……安寧は今だ。今しかない……。その中で死ねることに……何故意味を見出せない……」
「総司令……ッ! あの子たちは……あの子たちは何の為に戦わされていたのですか……ッ!」
「……情が移ったか。ステイト中将。あんなのは……何の意味も無い矮小な戦力だ」
「『あんなの』……?」
そこでXは、何故か唐突にクククと笑い始めた。
「……何がおかしい」
「クク……ああいえ。『矮小』……ですか。確かに、報告だけを聞いている貴方は、何も知らないでしょう。しかし……『彼』は、『彼』だけは違う。絶対に。断言出来ます。しかし仕方がない。これは私とスカムさんしか知らないですからねぇ……。いや、灰蝋にも言ったか。ま、御影・ショウは根拠もなく、『彼』が強者だと理解していましたが……」
「? 何の話だ?」
そしてXは、己が最初に見出した、ただ一陣の風を思い浮かべる。
*
■ ノイド帝国 郭岳省 ■
「……ソニック。失敗したらごめん。でも……出来る気がするんだ。僕らなら」
「預けるぜアウラッ! 俺ァおめェを信じてるッ!」
「ああ。いくよ…………相棒ッ!」
アウラとソニックは、今まで見せていたよりも遥かに巨大で輝かしい、若緑色の光を共に全身から溢れ出させる。
そしてその様子を見ていた灰蝋は、ついに確信した。
「……そうか。やはり……Xの言っていた通り……」
「どういうこと? 灰蝋」
「……本物の『天才』だ。腹立たしくて憎らしい。俺がなれなかった存在が……コイツだったんだ」
ソニックの後ろに────光背が現れる。
「ッ!? クヒヒヒヒッ! やったね坊やッ! 『完全同化』かッ! アッヒャッヒャッヒャッヒャ! それで殺せると良いねぇ! 無駄だろうけどッ!」
「……いや、殺しはしない」
「!?!??!?!」
まるで、会話が通じているかのような言葉が返ってきた。
「な……に……?」
『完全同化』に至ったのならば、会話が通じるはずはない。完全に意識を奪われて、理性など残っていないはずだ。
ギギリーは、先程の灰蝋とαがやったことと、同じことをアウラたちがやっているのではないかと思わざるを得ない。
だが彼は知らない。アウラ・エイドレスという男は──
「……いけるよソニック」
「あたぼうよォッ!」
音速をも越えた圧倒的速度で、ギギリーに攻撃を仕掛ける。速すぎるその攻撃は、もうギギリーの反射神経では捉えきれない。
「ぐぼッ……!?」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
そして、一方的に殴られ続ける。
だが、再生は間に合っている。ギギリーは殴打の雨を食らいながら、思考をフル回転させていた。
(何だ……!? 何故理性がある!? どうなっている!? あっちのガキと同じ!? コイツも人造人間!? 改造だけで辿り着く領域じゃない……ッ!)
*
■ 国家連合本部 ■
▪ 連合軍総合指揮系統担当職員執務室 ▪
「…………何…………だと…………?」
スナイプ・ヴァルトは、あまりの衝撃で知恵の輪を手元から落とした。
そして彼の目の前で、Xは笑みを見せている。いや、仮面の所為で見えはしないが、ずっとケタケタと嬉しそうにしているのだ。
「クク……そう! 彼は…………彼だけは! 他の永代の七子と違い! 一度だって改造手術を受けていない! 受けていないのですよ!」
「どういうことだ? X」
そう尋ねるのはステイト。彼はまだ、その事実がどれだけのことを表しているのか、理解していない。
「無論スカムの人造人間でもありません! つまり彼は、当たり前のように初戦で『同期』に至り! 僅かな戦闘経験で『超同期』に到達し! 生まれた時から……鉄と共にある運命にあったのです!」
「馬鹿な……馬鹿な……。そんなことは……あり得ん……。ゼロからも……聞いたことが……」
「おやおやそれは吉報だ! 最初に私が会った時! 彼は『超同期』が可能である印として……この仮面、プレシジョン・ギアを通して光沢を見せていた! しかし、そこに色は無かった! スカムに尋ねたところ、彼は驚いていましたよ! あの時のスカムの悔しそうな表情は……決して忘れられない!」
イクスは、当時のスカムの言葉を思い出す。
自分が長い年月をかけて生み出した存在に匹敵する少年に対する、嫉妬心に溢れたその言葉を。
──「透明の色はッ! 全鉄と適合可能であることを表しとるけんッ! マリアと同じ……同じだと!? ふざけやがってッ! これでもし……もしもアレを達成したら……そいつは『バグ』だッ! 『異物』だッ! くらさっぞッ!」
「……私には分かる。彼はそれを可能にする」
「何が……出来るというんだ……」
「クク……デメリットなしでかつ、永続的な、『完全同化』……」
本来鉄とヒト種は、意識を強く結び付けすぎると拒絶反応を起こしてしまう関係にある。
だからこそ適合者は限られ、適合者ですらも、限界を超えて鉄の力を引き出せるくらい同化してしまうと、両者が共に死に至るように出来ていた。
だが──アウラ・エイドレスは、そんな常識を揺り動かす。
「…………『共存』…………ですよ」
*
■ノイド帝国 郭岳省 ■
数分が経過しても、ソニックの攻撃の手は緩まない。
ギギリーはそろそろ、あり得ないことが起きていることを理解し始める。
「ご……が、ごぉ……ッ!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
(……違うッ! あっちのガキとはまた違うッ! いつまで続く……いつまで続くんだこの『完全同化』はッ! コイツは…………化け物かッ!?)
灰蝋は、アウラのような存在を目指して造られた人造人間だった。
しかし、アウラ・エイドレスは誰からも何もされることなく、生まれた時から特別だった。
そんな彼に恐怖と嫉妬心を持っていた灰蝋だが、不思議と今はそんな感情が出てこない。
「こんなことが……。彼は一体何者で……」
驚くαに対して、彼は穏やかに笑みを浮かべる。
「フン。聞いてなかったのか? ただ一陣の……風だそうだ」
アウラは今、自身からも若緑色の光を発している。ノイドならばともかく、本来人間には出来ないことだ。
彼は、やろうと思えば全ての鉄の性能を百パーセント以上で引き出せる。
人間としての、完全な『異端』。だがしかし、彼は間違いなく、美しく尊いこの世界が生んだ、『奇跡』の一例だった。
「畜生がッ! 無駄だって言ってんだろ!? おたくなんぞに! 私は殺されないんだよォッ!」
いや、このまま攻撃を浴び続ければ、いずれ酷使されたコアが動作不良を起こし、再生は出来なくなる。
ギギリーはそろそろ、死ぬ可能性を頭に過らせていた。
「殺さないって言ったろ? なァソニックッ!」
「応ともよォッ!」
一方的に殴りながら、アウラはもうギギリーをどうするか決めていた。
そして一瞬目を閉じて、覚悟を決める。
いや……初めから決めていた覚悟を、噛み締める。
「……悪ィなアウラ。俺じゃなくもっと他の鉄なら、おめェの才能をもっと速く出しきれたってのに……」
「何言ってんだよ。僕が今こうしてここにいるのは、ソニックが傍に居てくれたからだ。ソニックだったから、ここまで来られたんだ。違うとは言わせない」
「……ああッ! そうだな相棒ッ!」
そして、ソニックはギギリーを掴んで空高く上昇する。
「なな何をする気だい!? ま、まさか……」
「……殺しはしない。けどもしかしたら、お前はいずれ自分から……その命を絶つことになるかもね」
「やややや止めろォッ! 考え直せッ! 頼むッ!」
「……」
「わ、分かった! 謝ろうッ! サンライズシティのことも! メイシン・ナユラのことも! おいコラ聞けよッ! 無視すんなクソガキがァァァァァ!」
大気圏を超え、さらにソニックは上昇を続ける。今の彼の機体は、たとえ宇宙空間でも潰れることがない。
つまり、彼らが今やろうとしていることは……。
「申し訳ありませんッ! 済まない済まない済まなかったです! 止めて本当にッ! 私は死にたくないッ! 許してくださいッ!」
そしてソニックは、今までのそれを遥かに上回る力で、ギギリーを宇宙空間に向かって放り投げる──
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
宇宙空間に飛ばされても、頑丈なコアによる再生機能は簡単には停止しない。死に近い苦しみを延々と繰り返し、繰り返し、繰り返し続けることになるのだ。
ギギリー・ジラチダヌは、こののち無限にも感じる苦しみから逃れるため、自らその命を絶つことになる──
*
遥か上空から戻って来た二人に対し、灰蝋は皮肉な笑みを向けた。
「……それは、殺してないって判定なのか?」
「ああ。死なないって言ってたからね」
「フン! そうだな」
「立てるかァ? α」
「……私達よりも……」
αは遠方を指差した。まだ、戦いの全てが終わったわけではない。
「行け、アウラ・エイドレス。……御影・ショウが、暴れてる」
「灰蝋……」
アウラはメイシンと霧の方向に視線を向けた。霧は生きているが、メイシンはもう亡くなっている。
「行ってください。彼女もきっと……それを望んでいます」
「霧……。……分かった。行こうソニックッ!」
「応ッ!」
そして、アウラは親友のもとに向かう。長い長い夜は、まだ終わらない──




