『ワーベルン領抗争』③
その『音』は、何もないはずの上空から聞こえていた。
しかし、そこには確かに『それ』がある。幾数体に及ぶ『それ』が、上空にいたのだ。
「……さァて、バッカス。これからオレたちのやることは、戦争行為じゃねェ。そう……虐殺。『虐殺』だ。ワーベルン領に蔓延る有象無象を排除する。それだけだぜ」
その声の正体は、残念ながら見えはしない。
ただ、およそ人間やノイドの声とは思えない、機械音声のような声だった。
「おいおい、勝手なことを言うなよイビル。我々は正規の手段に則って戦うのみだ。さあ……挨拶の前に、姿を現すぞ!」
上空に、突如として巨大な『化け物』が姿を現した。
鉄で出来た、ロボットのようにも見えるそれは、生物のようでもあった。
例えるのならそれは、機械仕掛けのドラゴンだ。
目も口も鼻もあり、巨大な翼と尻尾に加え、手も足も鱗もあるが、全て機械で出来ている。
しかも、それが一体ではなく複数体。唐突にこのワーベルン領の上空に現れた。
「さあ……面白くなってきたぜェ! ゲヒャヒャヒャヤヒャヒャヒャヒャ!」
『イビル』と呼ばれたのは、この機械仕掛けの化け物のうちの一体のこと。
他の化け物は皆無機質だが、この一体だけは違う。
そもそも見た目からして、この一体だけが派手な黒と赤、青の三色を交えた身体を持っていて、地味な青緑色を基調とした他の化け物とは異なっている。
そしてこの一体だけが当たり前のように人語を喋り、汚らしく笑う、笑う。
これから誰かを殺すことを、心の底から楽しみにしている。
そういう意味では、この化け物は確かに人間と遜色ない『人格』を持っていた。
人間でいうところの、『悪人』の人格を──
一方、地上から化け物の集団を目にしたクロウ・ドーベルマン大佐は、ジェット・ギアを使って空を飛んでいた。
「……どういうつもりだ。連合軍のクズども」
そしてついに、上空で停滞している化け物たちの前に辿り着き、クロウもそこで静止する。
「……ステルスは、国際軍事法で禁止されているはずだ。反戦軍の船じゃあるまいし……国家連合が、自ら制定した法を破るとはな」
クロウがそう言うと、イビルは高笑いを見せた。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ! 法ってのァ、破るためにあるんだぜ!? クソガキ!」
「鉄……」
この高笑いする化け物の正体は、巨獣型機械生命体、『鉄』。
人間、ノイドとはまた別の、知性を持つ生物。
だが、この生物は他の生物と決定的に違う部分がある。
それは──
「ダハハハ! 滅茶苦茶言うなイビル! 我々はステルスのまま『攻撃』をしていない! よってこれはすなわち、違法ではない! そうだと思わないか!? 帝国軍の男よ!」
その声は、明らかに人の声であり、それを拡声器でクロウにも聞こえるようにしているだけのもの。完全な機械音声のイビルとは違う。
しかも、その声の出所は──────イビルの腹の中。
「……屁理屈だな。我が国の領土を侵犯した時点で、違法は違法だろうがよ。クズ野郎」
「ダハハハハ! 優男に見えて口が悪いな! 実に面白い! そもそもワーベルンをノイド帝国の領土と認識しているのは、ノイド帝国だけではないか! 領土侵犯? 馬鹿を言ってはいけない! 我々は何も問題を起こしてはいない!」
「ゲヒャヒャヒャヒャ! その通り! その通りだぜバッカス!」
バッカスという人間の男は、イビルの体内にいた。
そこはコックピットのようになっていて、背中に機械の管を繋げることで、彼はイビルに『エネルギー』を与えている。
それは、『魂』という名の『エネルギー』。
少し失えばまた再生する代物だが、一度に大量に失うのは危険なもの。
鉄は、主に人間の『エネルギー』を提供してもらうことで『戦闘』を可能にする、特殊な生物なのだ。
「……」
クロウは戸惑っていた。それは、唐突に領土に敵軍が踏み入ってきたから──ではない。
(連合軍がステルス迷彩を搭載した鉄で、南インドラ海戦線を飛び越えてここに踏み入る可能性は帝国も想定していた……。……だからこそ、帝国はワーベルン港湾に捕虜の人間を住まわせたのだ。これで相手方も上陸出来ないと睨んでの……卑怯千万な企みだった……はずだが……)
クロウが自分でも『卑怯』と銘打ったその策は、連合軍がワーベルン領を取り返すのに消極的になるには、十分だった。
おかげで南インドラ海での戦いが長引く遠因にもなったのだが、連合目線では、無理をしてワーベルンを取り戻す必要は無いとまで考えられていた……はずだった。
「……下が見えないのか? 町がある。民間人を巻き込む気なのか? 戦闘行為をするのならば、海上から我が軍の基地を、ミサイルなどで狙うべきだったろうに。ここまで踏み入る必要は無い」
「ダッハッハ! 海上からミサイル!? ステルスのままかい!? それこそ違法ではないか! まったく笑止! 笑止だぞ!」
「一旦退け。民間人の避難が先だ。ノイドではなく……収容区に住む、捕虜の人間の避難だ」
「ああ……本当に残念だ。全くもって残念だ。卑怯な帝国軍め! 民間人を人質に取るとは最低だ!」
「……何だと?」
「加えて我々の避難の要求を断り、目の前で民家人を虐殺するなど! 許せん! 帝国軍のクズどもが!」
「……!? ……貴様……ッ!」
クロウはここで、その『筋書き』を理解した。
つまり連合軍は、最悪の選択をしたということ。
「……避難の指示を出さなかったのは、お前たちの方だ。帝国軍。さあ行くぞ……イビル!」
「クソッ……!」
*
地上のユウキとサザンは戦いを止め、状況整理に入っていた。
二人とも、その角ばった耳の通信機能を使っている。
「あァ!? どういうこったよそりゃあ!」
ユウキが連絡を取っている相手は、反戦軍の母船にいるつばきだ。
『す、すすすみません! でもその、あの、あの、どうやら連合軍が攻め入ったようで……はは……大変ですよねぇ……』
「『大変ですよね』じゃねェだろッ! 何でだよ! そっちも気付かなかったのか!?」
『は、はは、はいぃぃ……。レーダーに映らなかったようでぇ……はは……わ、私達と同じですねぇ……』
「『同じですね』じゃねェだろッ! クソッ! ここは収容地区のすぐ傍だぞ!? 冗談じゃねェ!」
『うえぇ!? そ、そこで戦う気なんですか!? 連合軍は!』
「イカレてやがる! 止めるっきゃねェぞこんなのッ!」
『!? ま、まま待って下さいユウキさん!』
「あとよろしく!」
ユウキはすぐに通話を切って走り出そうとする。
「ユウキ!」
そこでユーリが声を出す。ユウキは『邪魔すんな』とだけ言おうと、一瞬だけ振り向いた。
「邪魔をするな」
そう言ったのは、ユウキでもユーリでもなく、サザンだった。
彼は、いきなりユウキを襲い掛かってきたのだ。
「何すんだ!?」
どうやら寸止めだったたようで、ユウキは軽々避けられた。
「私が行く」
「俺も行くってんだよ!」
「邪魔になるだけだ」
「邪魔はお前だろッ!」
「二人ともッ!」
ユーリの声に振り返る。
「……争ってる場合じゃないでしょ? 貴方たちも……あの連中も……!」
彼女に言われて上空を見ると、既にそこにはクロウ率いるノイドたちがいた。
彼らは鉄の集団と向かい合っている。
この状況は、言ってしまえば連合軍の完全な奇襲作戦。
それも、民間人の犠牲を無視した最悪な不意打ち。
帝国軍としても、反戦軍としても、この状況を見過ごせる理由は何も無い。
利害は、一致しているはずなのだ。




