狐の番犬呪い〜石像の秘密〜
2年前に作った小説です。
高評価だったら続きも投稿しようと思います!
車が一台も通ってなく、人の気配がない路地を小股に進んでいく。スマホの地図アプリを開き、目的地を検索した、長身で白髪の男はシワのよったコートの襟を立てると白い息を吐く。あたりは空き地と雑木林しかない。
「依頼場所に行くのに林を潜らなきゃいけないのか。」
男は顔をしかめるが、その目からは期待が差し込んでいた。
今回の依頼は大型会社『沢倉株式会社』の社長、沢倉三郎からの依頼だ。こんな山奥に呼ぶもんだから、この山は沢倉の山だと思う。
それにしても道が整っていなく、かなり前に人か熊がが通ったと思われる獣道しかないので、男は表情を険しくしながら足を進める。
だが林を抜けるとそんな雰囲気は嘘のようになくなった。
突然現れた大自然に囲まれている真っ白で美しく、けれども歴史を感じられるの建物。建物を象徴するように建物の正面にある空にも届きそうなほどに大きな門が目を惹く。
これが今回の依頼場所だ。依頼場所といっても、まだ沢倉本人にも会っていないが。
男は鞄から手帳を取り出し、ページをめくる。そこには今日、3時に沢倉に会うと書いてある。
腕時計を見ると、今が2時59分なことに気づく。
ギリギリだったな、と内心焦りつつ、自然と時計の秒針に目がいく。3.2.1...時計が3時を刺した瞬間、巨大な門がゴゴゴゴと大きな音を鳴らしてゆっくり開いていく。
まるで地獄の門が開く様に。
その扉が50センチほど開いた時、門の奥に人がいるのが見える。
「あれが沢倉三郎さんか。派手な演出だな」
と思いつつも、男は表情を崩さない。
完全に門が開ききると、その男がこちらに近づいてきた。小柄だがガタイが良く、身長よりも大きく見える。そして目を引くのは、頭の上に鳥の巣を乗せたようにモジャモジャな髪の毛。その頭の下にはどこか寂しそうに笑う目が浮かんでいる。
「どうも、私は沢倉株式会社の社長の沢倉三郎です。こんなところまで足を運んでくださり、誠に有難うございます。」
沢倉は挨拶をして頭を下げた。
「私は探偵の一ノ瀬遥です。ご依頼ありがとうございます。で、今回はどういったご依頼で...?」
遥は上目遣いで沢倉を見る。その目は初めて光を見た赤ん坊の様に煌めいていた。
遥にとってこの依頼は人生を変えるチャンスにあった。一つの死を報わせる、人生で最初で最後の一度きりのチャンスだ。
「そう急かさないでくださいよ。話は中でお話し致しましょう。さあ、お入りください。」
門を潜ると、今まで自分が見てきた世界が夢の中と思えるほどに、とても幻想的な世界だった。
左右対称に並べられた大きな噴水。それを囲むにして設置された花々。
そしてこの幻想的な世界全て覆う様に道の真ん中に置かれている大きな狐の像。
少々錆びついているがしっかりと整備されているおかげか、生き生きとしている。
家の中に入った遥は高級ホテルかと見間違えるほど大きな豪邸をエレベーターを使って登っていく。その時間が妙に長く感じた。
最上階の12階に着き、先の見えないほど長い廊下を沢倉と共にコツコツと歩いていくと、廊下の真ん中に男がいるのが見えた。
前までくると、その男は一ノ瀬を警戒しているのか鋭い視線を向け、沢倉に問いかける。
「どうされたのですか。沢倉さんがお客様をお呼びになるなんて。それにこんなに若い方を。」
スーツをしっかりと着こなし真面目に見えるが、髪色が少し明るく、どこかやんちゃを感じさせる男だ。
「若いって言っても30ですけどね。」
遥が口を挟む。すると沢倉が首を振る。
「そんなに怒らないでくれ。君に無断で客を呼んだのは反省するが、お前の親父さんの事件を解いてくれる方だ。」
そう沢倉が答えると、その男は目を見開き、何かを言おうとするが、沢倉が右手を男の前に出し、止める。
「この件は立ちながらする話じゃない。部屋でゆっくり話そう。」
3人は社長室と書いてある部屋に入った。
30畳くらいの部屋だが、壁一面に広がる窓や、家具から溢れ出る高級感で目が眩しくなる。
見るからに値段高いソファに腰を掛けると、向かいに座っている男が話す。
「先ほどはすみませんでした。また沢倉さんがへんなところからお客を連れてきたのかと。申し遅れました。私、沢倉さんの秘書をやらせていただいております、矢野建人です。」
矢野は名刺を遥に渡しながら答える。その目を見るには遥をまだ信用してないのか、怪しい目つきをしている。
「今回の依頼をお聞きに参りました。一ノ瀬遥です。改めてよろしくお願いします。」
一ノ瀬も内ポケットから名刺を取り出し、沢倉と矢野に差し出す。
すると、沢倉は一つ深呼吸をして言った。
「それじゃあ本題に入ろうか。」
2
浅い呼吸を繰り返す。今にも心臓が飛び出しそうだ。堀川樹は手で空気を煽って酸素を貪る。
追ってきている。追われている。という事実がとても吐き気を誘う。
次の瞬間、現実に引き戻され、堀川は布団から飛び出す。額から飴玉ほどの大きさの汗が大量に拭きだす。
あぁ、いつものか。と思い考えるのをやめ、タオルで汗を拭く。
イタリアに主張している堀川は、実は今、世界的に注目されている有名科学者なのだ。3日後に帰国するため、トランクに荷物を詰めていたところ、寝落ちしてしまったらしい。
彼、堀川は小さい頃から夢に怯えている。
なぜかと言うと、この夢を見ると必ず自分の身に危険が及ぶからだ。いわゆる、予知夢ってやつなのか。
でも今日はいつもとは違う。いつもは自分が車に轢かれる夢などを見て、それを事前に知ってるので回避する、という毎日だったが、今回は違う。
今、私と誰かが大きな狐に追われている。まるで悪魔のような狐に。
その瞬間、堀川は悟った。これは、現実じゃないということに。これは自分が考えだした、たんなる妄想だ。と自分を納得させるかの様に言いかけるが、謎の恐怖と興味が想像を膨らませ、全く意味がない。
じゃあ逆に考えてみる。これはなんだ、と。現実でないなら夢の世界か。夢で夢を見るなんて変だな、と内心笑う。
ではこれは一体何か。神からの警告か。だが、隣に居た一緒に逃げていた男の正体がわかれば...と顔を歪ませる。
見たことがある男だった。だが名前が一向に出てこない。あれはいつか必ず俺の身に起きる事だ。早く解決しなければ、と思い、堀川は頬杖をついて考え込む。
すると、壁に掛かってある紅色のスーツからジャスミュージックが流れ出す。
堀川は慌ててスーツのポケットの中からスマホを取り出し、画面を見る。
すると、見た事ない番号だ。取引先のものだろうか、と思いながら、応答ボタンを押す。
「もしもし、堀川ですが。」
「俺だ、樹。お前にお願いがある。」
すると低く、どこか懐かしさを感じさせる声が早口で言う。
一瞬誰かわからなかったがこの少し癖のある喋り方や話すスピードなどでじわじわとその正体が分かった。
「久しぶりじゃないか!ごめんが今、イタリアにいるんだ。」
堀川が声を弾ませて言うと、低い声がスピードを崩す事なく言う。
「ウキウキと話している暇はない。お前の、科学者の手が必要なんだ。久しぶりに探偵として俺の左手となってくれないか?」
堀川は予想していなかった答えに一瞬顔をしかめるが、すぐに口角が上がり答える。答えは一つしかない。またあんな日を迎えることができるなら。
「2日後に行く。」
堀川は今も口角が上がっていくのを感じながら答える。
「そうだと思った。」
男は即答すると、すぐに電話を切った。そして3つのメッセージが送られてきた。その住所と会う時間、そして感謝の言葉だった。だが一番重要な依頼内容は送られてきていない。
「直接会って話すってか、変わってないな」
堀川は荷物を持ち、大きな帽子を頭に乗せ、イタリアを後にした。
3
髪の毛が鳥の巣の様にワシャワシャな沢倉が脳に響く低音で言った。
「それで今回の件だが...」
その時、目の前に座っていた矢野が立って、どこか言いずらそうな顔をしながら言った。
「沢倉さん!やっぱり俺に話させてくれませんか。この一ノ瀬とか言う人、少しは信用できそうだし。あと沢倉さんじゃわかってなかった部分とかも俺が全部話すので。」
沢倉は一ノ瀬に視線を投げかけてくる。
「いいですよ。探偵の仕事の一つとして、依頼の内容は一ミリも外には出しませんから安心してください。」
すると矢野は、少し安心したのかまたソファに腰を掛けて、一つ深呼吸をして言った。
「俺の父親の矢野勇太郎は、沢倉さんの弟だったのですが、結婚すると、俺の母矢野真由美の苗字をもらい、『矢野』になりました。
ですが母は、俺が3歳だった時に30の若さで癌で亡くなったんです。そして父は男手一つで俺を育ててくれてたんですが、職場でうまく行ってなかったらしく、俺が5歳の時に兄の二郎さんのお家に住むことになったんです。」
一ノ瀬は無言で矢野の話に耳を傾け、沢倉が出してくれたコーヒーを啜る。
「勇太郎は本当に謎解きが大好きな人でねぇ。子供の時からクイズを出してきていたよ。そして中学生になる頃にはミステリアスな子供でね。それで友達も少なかった様で。でもいつも私にはクイズを出してきたんだよ。」
沢倉は天井を眺め、どこか懐かしそうな目で語る。まるで勇太郎との日々をゆっくりと噛み締める様に。
すると矢野は、下を向いてさっきまでの話のスピードとは比にならないようなゆっくりなスピードで話し出した。
「沢倉さんの家に住む様になって3年半が経った頃でした。突然、父がおかしくなったんです。机を引っ掻いたり、壁を叩いたりと。精神科に行くと、原因不明でした。」
一ノ瀬は腕を組んで矢野に話しかける。
「勇太郎さんがおかしくなる前に何か無かったですか?例えば身近な人が亡くなったり...」
矢野は首を左右に振った。
「なにもなかったと思います。父はミステリアスが好きだったと言いましたよね。なので屋敷の中に物を隠してそれを俺に見つけさせる、いわゆる宝探しゲームをやっていました。とても難しく、テレビの裏に隠していた時もあれば、階段の中に隠されていたこともありました。」
矢野の表情が少し緩やかになって勇太郎との思い出を話しだす。すると急に眉間にシワが寄り、話し出した。
「ですが、そこである事件が起きました。それが父が突然いなくなったのです。父は元々体が弱く、あまり外出もしていなかったので、いなくなったときはとても焦りました。警察に行方不明届けを出したのですが見つからず、一週間が経ちます。そしてここから事件が一転します。それが1ヶ月後、いなくなったはずの父から手紙が届いたのです。」
一ノ瀬は体を矢野に寄せ、問いかける。
「行方不明者からの手紙ですか。不思議ですね。ですが、もしなんらかの理由で誘拐などされたのであれば、SOSの手紙として辻褄が合います。」
「それは無いと思います。先ほども言ったように、職場で上手くいってないのをきっかけに在宅ワークをしており、誰も父に恨みもないハズですが。まあ、恨みがあるなら、職場の方ですかね。」
矢野は即答した。
「そして、父がいなくなって二週間が経った頃、家から20キロほど離れた神社で父の遺体が見つかりました。...その遺体には、首を絞められた痕跡があったため、他殺と思われます。」
矢野は声を絞り出して言った。
「それで、その手紙の内容なんですが...意味のわからないことが書いてあったんです。」
矢野は無理やり話を変えると内ポケットから一枚の封筒を取り出した。一ノ瀬は指紋がつかないように白い手袋を手にはめ、封筒を受け取る。
その封筒には住所と"沢倉次郎様 矢野建人様"と定規で線を引いたらしい、カクカクな文字で書いてあった。
封筒を裏返すと、"矢野勇太郎"と書いてある。
なぜか胸騒ぎをおぼえた一ノ瀬は封筒の中を覗く。中には便箋が一枚畳まれて入っていた。便箋を取り出し、せわしなく開く。そこに記されている文字が網膜に映し出される。
『矢野勇太郎は、自らの罪に耐えられなくなり、自殺を図った。だが僕は止めた。そんなのだめだから。僕を見た彼の顔は一生忘れられないね。もう一度。世界に。心を込めてイエスより』
その文字は一ノ瀬をふるい上がらせた。
堀川樹は細い歩道を軽い足取りで歩いていく。
堀川をここに呼び寄せた一ノ瀬遥はなんのためにここに呼んだのだろうか。周りには小さな家と空き地しかないこんなど田舎に。
今日は運悪く雨で、風も強い。そんなことは聞いていなかったので堀川はびしょびしょだった。
堀川はふやけた地図を片手にしばらくいくと林に当たった。どうやらこの林を抜ければ、目的地のようだ。
林に入ると、堀川は足を止める。誰かが通った後だろうか。濡れた獣道が残っている。目印があって進みやすくなる。
堀川は久しぶりに遥と会うということに自然と鼓動が早まった。
再び歩き出すと、背後から小さな音がした。眉がピクリと動く。
自分に合わせて歩き出したものがいる?耳をすましながら足を速める。背後から聞こえる足音もテンポを上げた。
間違いない、尾行されている。全身に緊張が走る。
一ノ瀬とは刑事時代同僚だった。一ノ瀬の肉食動物のような視線は怖かったが、話している内にいいやつだと気づいた。
警察官の特殊班だった2人は、様々な訓練を行ってきた。多かったのは尾行されたときの対処法だ。
現役時代、嫌と言うほど訓練したのを活用させるんだ。
足を止めることなく頭の中で作戦を考えていた時、あることに気づく。足音がどんどん近づいてきている。それもすごい速度で。
堀川は考えるのをやめ、全力で走った。30を超えていてもジム通いしているおかげか、体力の落ちは微塵も感じさせない。
水たまりを踏むたびに水が跳ね、ズボンに跳ねるのがわかる。
40秒ほど、真っ直ぐに走っていると、足音が大きくなってきた。だが堀川はある違和感に気づく。 足音が不自然なリズムなのだ。
人が走るような一定のリズムではなく、タタン、タタン、というリズムなのだ。
もしかして人ではないのか?と思い、スピードは落とさないまま、息を吐く。
熊か鹿だろう。と思い、堀川は腰にある手さげバックに手をかける。こんなこともあろうかと、熊よけスプレーを持ってきていた。熊とはまだ決まっていないが。
覚悟を決めた堀川は、スプレーを片手に後ろを振り向く。
その瞬間、堀川は目を見開く。
後ろには熊でも鹿でも、タヌキでもない、大きな大きな白い狐がいた。
狐は堀川の約7倍ほどの大きさで尻尾は4本ある
次の瞬間、時間が止まったように風も雨も止まった。
堀川の目が狐の水晶玉のような青い目と合うと、堀川は自然と腰が抜け、膝が泥と雨で濡れる。
動け!走れ!と脳が命令するが、体が命令を無視する。
顔を上げると、いつのまにか狐が目の前にすわっている。恐怖で顔が引き攣る。
狐の口が不自然に動く。まるで何かを話しているかのように。
次の瞬間、堀川は意識を失った。まるで眠るように。
4
手が震える。足が震える。歯がカチカチと音を立てている。
一枚の手紙を掴む手には滝のように手汗が止まらない。
「どうかしましたか?一ノ瀬さん?!」
矢野の声が遥か遠くに聞こえる。
矢野は一ノ瀬に近づき、背中に手を添える。暖かい手が心地よかったが、少しも落ち着かない。
「やはり、そうでしたか...」
一ノ瀬の様子を見た沢倉は腕を組み、唸る。
「"やはり"ってなんですか?!沢倉さん!父さんを殺した犯人のことですか?!」
矢野は喉が潰れるほどに大きな声で叫ぶ。父親の事件に関係があることを知り、興奮しているのだろう。
「大丈夫です、矢野さん。この事件は必ず解決します。例え、命が尽きたとしても。」
一ノ瀬は震える手を無理やり止め、力強く答える。
すると矢野はソファから立ち上がり、一ノ瀬に頭を下げて言った。
「よろしくお願いします!もし俺にできることがあったらなんでもやります!」
一ノ瀬は優しく微笑む。
「この事件を解決するには私の力だけでは足りませんので1人、私がこの世界で勇逸、信頼している人物を呼んでもよろしいでしょうか。」
一ノ瀬は肉食動物が草食動物を食いつくような威圧感があった。
「どうか、よろしくおねがいします。」
矢野は再び頭を下げる。それにならって沢倉も頭を下げる。
「私の方からも、よろしくお願いします。」
一ノ瀬は2人が頭を下げるのを見送って、スマートフォンに手を伸ばし、ある人物に電話を掛ける。画面には、堀川樹と映されていた。
「俺だ、堀川。お前の手が必要だ。俺の左手となってくれないか。...そうだと思った。」
一ノ瀬は電話を切ると、2人にスマホの画面を向ける。
「彼を知りませんか。」
沢倉と矢野は画面を覗き込むとハッとした顔で顔を見合わせる。
「堀川先生じゃないですか。昔、よくお世話になった人です。」
一ノ瀬は沢倉の予想外の回答に眉間にシワを寄せる。
「昔はこの館によく来てくれてね。よく建人と遊んでくれていたよ。でもある事件をきっかけに、来なくなってね。」
沢倉はその細い体からは感じさせられないような威圧感が漂っていた。一ノ瀬はその態度から沢倉の意図を完全に読み取った。
「...そうなんですか。彼は今海外にいると言うことで、2日後にここに来ます。それまで、この館についてもう一度詳しく教えてくれませんか。」
長い廊下を矢野と共に歩いていると、突き当たりに出て大きな扉に辿り着く。
4メートルほどのその扉を矢野は重そうにゆっくりと開けると、ハンカチで汗を拭いながら言う。
「ここが父の部屋です。父が亡くなってからというもの、物や服は一つも移動させていないので、必ず手掛かりを掴んでください。あ、そういえば、一ノ瀬さんと俺って、2歳しか歳が変わらないですよ。なので、気軽に話してくださいね。」
矢野は先ほどとは比にならないほど心を開いたようで、親指を立てて微笑むと、ドシンと大きな音を立てて扉を閉める。
勇太郎の部屋に案内してもらった理由はこの部屋になにかあると思ったからだ。
勇太郎の部屋は見渡す限り天井まで届くほどの本棚で敷き詰められており、真ん中に作業用デスクとシングルベットがあった。
本棚に丁寧に置かれている本や床は白い埃が積もっている。本当になにも動かしていないんだな、と思いつつ作業用デスクに近づくと、デスクの上に一冊のノートが置いてあることに気づく。
ノートを手に取って息を吹きかけると、表紙に日記と書いてある。日記帳に大きな手がかりがあるかもしれないと思い、ページを開く。
その日記帳は2ページだけしかなく、他のページは破ったのか、ギザギザになっていた。
遥は癖のある字を読み始める。
『4月15日 天気 晴れ
今日は大好きな作家さんの本を読んだ。とても面白く、読み終わる頃には4時間も経ってしまっていた。ツケルを遊びにでも連れて行こうか。』
なんの変哲もない日記。この勇太郎が言っている大好きな作家がわかれば、と思いながらもページをめくる。
すると、2ページ目はほとんどの場所が破れていた。遥はゆっくりと声に出しながら読む。
『4月 26日 天気 雨
今日は久しぶりに南 にあった で、ランチに行 た。南は相変わらず変わってなく て、面白かった。たまには、こういう も、いいと思った。だが、まだ のことが脳裏に浮 ぶ。もう忘れ い。』
南?誰だ?
重要人物だと思った一ノ瀬は、沢倉に聞こうと思い、部屋を出る。さっき来た道を戻っていると、廊下の窓際に矢野がいることに気づく。
矢野は右手に缶コーヒーを持って、窓の外をジッと見つめており、気付いても気づかない。
一ノ瀬は矢野の耳元まで手を持って行き指を鳴らすと、矢野は一ノ瀬に気付き、「ワッ」と声をあげてコーヒーを溢しそうになる。
「なんだ、一ノ瀬さんか。ビックリしましたよ。」
矢野は呼吸を整えながら言う。
この窓からは庭が一望できるらしい。
「そんな外を見てどうしたんだ?」
一ノ瀬が首を傾げると、矢野はコーヒーを持っている手で窓の外を指す。つられて一ノ瀬も外を見る。
そこにはたくさんの狐がいた。色は黄色、オレンジ色、白色と様々でざっと30匹はいるその狐たちは上から見るとモザイクアートのように規則良く並んでいた。
「な、なんで庭にあんなに狐がいるんだ?もしかして飼っているのか?」
「んなわけないでしょう。見てくださいよ。庭の真ん中にある大きな狐の像を囲むように並んでいるでしょう。まるで、あの像を拝むように。」
確かにそのように見える。みんな蔵の方を見てるし。どこか不気味に思った一ノ瀬は身を震わせる。
その時、狐たちが一気に遠吠えをし始める。その遠吠えはオオカミの遠吠えのように脳に響き、一ノ瀬は思わず一歩後ずさる。
矢野は何もなかったかのようにコーヒーを口に含み、一つため息をつく。
「あいつら、毎日ここに決まった時間に来て『唄う』んですよ」
「唄う...?」
「はい。この沢倉家では狐は遥々700年ここに来続けていて、先祖から狐の遠吠えのことは『唄う』と呼ばれているんです」
「700年?!じゃあ、狐との付き合いも長いんですね」
一ノ瀬はそんなに伝統が引き継がれているのかと思い、言葉を漏らす。
「沢倉家の子供たちは、外を出歩けば狐。のレベルでしたからね。でもここにいる狐はこの屋敷を守ってくれている気がして。囲まれているかのような、見守ってくれてるような。いわゆる、沢倉家の番犬ですね」
2章へ続く