馬車の中の沈黙
馬車が走り出してから5分ほど経過しているが、私達は互いに無言のまま時間だけが過ぎていった。
(う〜ん…これは気まずい。
こっちから何か話しかけてみるべき?
でも、話しかけにくい雰囲気なんだよなぁ…)
私と目線を合わせないようにするためなのか、ただ外の景色を見るのが好きなだけなのかは分からないが、出発してからずっとエクトルは窓の方を向いて難しそうな表情をしていた。
(んん〜…時間がますます長く感じる!
こんな時、スマホさえあれば余裕だったのに…!)
当然この世界にスマホなど存在するはずもないので、私は思い切って話を切り出してみることにした。
「あの…お兄様。
学園まではどのくらいかかるのでしょうか?」
「20分程度だ」
「そうなのですね。
お兄様は外の景色を眺めるのがお好きなのですか?」
「いや、そういう訳では……」
「…そう…ですか……」
(ダメだ、これ以上会話が続かないっ…!
もしかして…話しかけられたくない?)
再び沈黙を覚悟した時、エクトルが気まずそうに言葉を発した。
「その…ロゼは俺と一緒に登校するのを嫌がっていたから…迷惑をかけたら…すまない」
(なんだ…良かった)
エクトルが気まずそうにしていた理由がロゼールを想ってのことだったと分かり、私は変な緊張感から解放された。
「迷惑なはずがありませんわ。
今の私にとって、お兄様が一緒に居てくださることはとても心強いことです。
それに、私の方がご迷惑をかけてしまうかもしれません。
ですが…何も分からない今はお兄様だけが頼りなので、またしばらくご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ…もちろんだ」
エクトルは少し照れくさそうにそう言うと、顔を隠すかのように片手を頬に当て、再び窓の方を向いた。
(もしや照れて…る?
確かにこんなに可愛い妹に頼られたら、兄として嬉しくないわけがないよな〜。
しかし実は中身がこんなんで、ホント申し訳ない…)
会話が続き緊張もほぐれたところで、私はロゼールのことをよく知るエクトルから少しでも多くの情報を聞いておこうと話を続けた。
「あの、もしご存知であれば教えていただきたいのですが…学園での私はどのように過ごしていたのでしょうか?」
記憶喪失ということにしているとはいえ、少しでも違和感なく馴染むに越したことはないだろう。
エクトルは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「ロゼは…元々家でも口数が少ないが、学園でも誰かと話をしている姿はほとんど見かけなかったな…
基本的には何人かの令嬢達と一緒に、常にダランベール嬢の後ろをついて回っていたように思う」
(ダランベール嬢ってシャルロットのことだよね…?
それじゃまるで金魚のフ……いや、俗に言う"取り巻き"ってやつね!?)
エクトルらしい的確な意見を聞き、学園でのロゼールの姿が少しだけイメージ出来た。
「私は学園でも随分と物静かな性格だったのですね…
ありがとうございます、お兄様。
参考にさせていただきますわ」
「……?別に参考にしなくても良いんじゃないか?」
話を聞かせてもらったお礼を言うと、エクトルが不思議そうな顔で言葉を返してきたが、私にはその意味がよく分からなかった。
(………?
普通は早く元のロゼールに戻って欲しいと思うものじゃないのかな…?)
エクトルの言葉が少し引っかかっていたが、ようやく馬車が停車し外から声を掛けられた。
「エクトル様、ロゼール様、ご到着致しました」
学園まで私達を送迎してくれた、パーマがかった金髪に丸メガネをかけた優しい雰囲気の青年ロベルトが、ゆっくりと馬車の扉を開けてくれた。
扉が開いた先に見えたのは、そこかしこに複雑な彫刻が施された中世のお城のような、豪華な建物がそびえ立つとんでもない場所だった。
(………!!?でっっか!お城!?
もしかして、この建物が校舎なの!?
こんな学園、どんな人達が通っているのか想像しただけでも恐ろしいんだけど…
元バリバリ庶民の私がこんな場所で上手くやっていけるのだろうか…)
想像よりはるかに大きかった学園の規模に一瞬で萎縮した私は、急に不安な気持ちでいっぱいになった。
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