二人の馴れ初め
情報元をレアンドルに聞かれ、レティシアが戸惑いながら答えた。
「誰に聞いたのかまでは覚えていないわ…
けれど、令嬢達の間ではみんな知っていたわよ?
あの頃の私なんかが選ばれるはずがないと、誰もが不審に思っていたもの。
もちろん私自身でさえも…
だから、少しでもレアンドルの見せかけとして役に立てるようにと、妃教育を頑張ろうと思ったの」
「仮だとか見せかけだとか、そんなこと僕は一度も思ったことないんだけどなぁ〜?
だって、あの頃のレティシアに魅力を感じたからこそ、何としても許嫁になってもらうための根回しや努力をしたんだからさ♪」
強引レアンドルの影がチラッと垣間見えたが、気にしないでおこう。
「あの頃の私に、魅力……?人違いでは?」
レティシアがさらに戸惑った顔で聞く。
「ううん。あの頃の僕は、毎日のように続く令嬢達とその親達の猛アピールに疲れちゃっていてね…
視察という名のリフレッシュをしにルベルジュ侯爵領に行ったんだ。
ここは何でも一級品の農産物が出来るし、自然が豊かできっと心も癒してくれると思ったんだ。
そんな豊かな自然を感じながら散歩していたらね…急に泥だらけの女の子が飛び出してきたんだ。
彼女は採ったばかりの野菜を抱えていてね、顔に泥をつけたままニコニコと微笑みながら、トマトを一つくれたんだよ。
そのあと、またどこかへ走り去っていってしまったんだけれど…それが僕には衝撃的な出会いだったんだ。
それまでに見てきた、親の言う通りに動かされているような面白みのない女の子達とは全く違って、すごく生き生きとした姿の彼女が、とても素敵だと思ったんだ。
視察を終えてルベルジュ侯爵邸に行くと、娘を紹介したいと言われてね。
ああ、やっぱりここでもか…と残念に思っていたら、今度は泥のついていない綺麗に着飾ったあの女の子が、見るからにブスッと不満そうな顔で渋々出てきたんだ。
彼女が侯爵家の娘なら、許嫁として反対される理由もないし、見つけた…!!と思って、急いで許嫁として迎えるための準備に取り掛かったんだよ。
だから、レティシアは僕が惹かれた唯一の女の子で、自分から許嫁にしたいと懇願した訳だから…仮の許嫁だなんて事はあり得ないよ」
レアンドルは終始ニコニコ楽しそうに当時を振り返って話していたが、レティシアは恥ずかしいのか照れ隠しなのか、途中から手で顔を覆って黙り込んでいた。
話し終えたレアンドルに、エクトルが反応する。
「あの頃のレティシアらしいな」
「僕は今の完璧な侯爵令嬢としての立ち振る舞いをするレティシアも好きだけど、あの頃の無邪気でわんぱくなレティシアも大好きだよ」
恥じらいもなくレティシアへ甘い言葉を囁くレアンドルは、王子様そのものだった。
レティシアもそれに答えるように、恥ずかしそうに話し出す。
「わ、わたしはっ…許嫁として恥ずかしくないくらいに立派な令嬢になれば、いつか仮ではなくレアンドルの側に居られる存在として、選んでもらえるかもしれない…と思って………」
レティシアが恥ずかしさに耐えきれず、また顔を覆う。
「つまりレティシアも僕のことが好きってことだね♪
ごめんごめん、からかっているつもりは一切ないよ。
今まで、僕のために変わろうとしてくれていたんだね。
でも僕は、レティシアが自分らしく生き生きとしている姿を見れるのが一番嬉しいな」
(さっきから二人の世界が広がっているけれど…将来の国王と王妃が仲睦まじそうで、この国は安泰ですなぁ)
目の前で少女マンガ的展開が繰り広げられているのを、温かい目で眺めていると、いきなり爆弾が投下された。
「では…遠慮なく素を出させてもらいますね。
私への想いを持ってくれていることはとても嬉しかったです。
……だとしたら、先日のシャルロット様へのあの態度や言葉は、一体何だったのですか?」
レティシアがニコニコ笑顔のまま敬語で問い詰める姿は、少し怖かった。
この二人、実は似たもの同士なのかもしれない…
あまり見たことがないレティシアの様子に、恐る恐るレアンドルが答えた。
「それに関しては本当に、本当にっ、自分でもよく分からないんだ。
勝手に口が喋った!みたいな……ふざけてるわけじゃないんだってば〜!
エクトル助けてっ、レティシアが怖いよぉ」
「すまない。俺にもふざけてるとしか思えん。
お前が分からないなんて…あり得ない事だからな。
あるとすれば、実は操作魔法か何かが存在していてお前を操った…とかな…はははっ………すまない。
そんな目で見ないでくれ、レティシア」
男性陣の真剣なのかふざけているのか分からない会話を、レティシアが怖いくらいに完璧な作り笑いで聞いていた。
私はその間、自分の正体も含めてこの世界で起きようとしていること、ロゼールの願い、をカリーヌのように三人に打ち明けるべきかどうか悩んでいた。
この人達は、話せば必ず力になってくれるだろう。
レティシアとレアンドルの問題もすんなり解決するはずだ。
だけれど…
(ロゼールはもう居なくなってしまったと、エクトルにハッキリ突きつけることになっちゃうな…)
「ロゼ?気難しそうな顔して…どうかしたのか?」
何かを察したエクトルが心配して声をかけてくる。
(こんなに妹想いの良いお兄様なのに…残酷だよなぁ。
やっぱりやめておこう)
「いいえ、ちょっと別の考え事が…何でもありません」
「ロゼールは、この原因が何かを…知っているんだよね?」
黙っておこうと決めた側から、レアンドルがニコニコしながら確信をついた言葉を発した。
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