リディアーヌ・ヴィラール
ロゼールを突き落とした犯人だと聞かされていたリディアーヌ本人との遭遇に驚いた私だったが、先程の言葉の意味が気になり、勇気を出して話を聞いてみることにした。
「あの…もしかして、あなたはリディアーヌ様ですか?」
一応確認しておこうと軽い気持ちで聞いたのだが、私のその言葉にリディアーヌは目を見開き、怒りで顔を赤くしながら答えた。
「……っ!!あなた、ふざけているの!?
それとも、わたくしを馬鹿にしているのかしら!?」
何の説明も無しに知っているはずの人にそう言われたら、確かにおちょくられていると思われても仕方がないことに気づき、私は慌てて理由を説明した。
「い、いやっ…違うんです!
これには訳がありまして…私、転落したせいなのか記憶喪失になってしまったんですっ!!」
「………冗談だったら、許しませんわよ?」
「いっそ冗談なら良かったのですけれどね…
今もシャルロット様たちとはぐれてしまい、教室までの道が分からず一人彷徨いながら途方に暮れていたところでしたの」
「…そう。どうやら嘘ではなさそうね。
つい先日までのあなたとは、まるで何もかも別人のように違うもの。
……しょうがないですわね、ついてきなさい」
意外にもアッサリ受け入れてもらえ、私の方が拍子抜けしてしまったくらいだった。
「え…案内してくれるんですかっ!?
ありがとうございます、リディアーヌ様!」
「わ、分かったから…手を離してちょうだい」
さっきまで静かな校舎に一人きりで心細かったこともあり、私は安堵と喜びのあまりリディアーヌの手を取りすがりついてしまった。
リディアーヌ・ヴィラールはルドフォワ侯爵の息女で、小説上では自身の許嫁がシャルロットに惚れて夢中になってしまったことに腹を立て、ことあるごとに様々な嫌がらせをしてくる、いわゆる悪役令嬢と呼ばれる存在だった。
更にリディアーヌはシャルロットに対してだけではなく、他の令嬢を泣かせている描写なども書かれており、学園内でも悪い噂が絶えない人物だった。
しかし、私には目の前のリディアーヌが発する言葉や立ち振る舞いが、一般的な悪役令嬢のイメージとはかけ離れているように感じていた。
(リディアーヌって、いかにも悪役令嬢って感じの性悪でキツい女の子なのかと想像していたけれど…凛とした態度がカッコいい親切な女の子じゃない!)
リディアーヌに案内してもらいながら歩いていると、たまにすれ違う生徒達がこちらを見ながらコソコソと話をしていた。
「ねぇねぇ、あの二人って…」
「あれは事故じゃなくて、ヴィラール嬢が突き落としたって噂だぜ?怖ぇ〜」
「あの子、また酷いことされそうになってるんじゃ…」
(リディアーヌがさっき言っていた噂はこういうことか…
つい先日転落事故にあった人物と、突き落とした犯人だと噂されている人物が一緒に歩いていたら、そりゃ格好のネタだよな…)
周囲から好奇の目に晒されている原因は、道案内を頼んでしまった自分にあると責任を感じ、私はリディアーヌに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「すみません、私と一緒にいるせいで…」
「あんなの、勝手に言わせておけばいいのよ。
ところで…わたくしの事は覚えていた様だけれど、あなた一体どこまで覚えているの?」
「正直、自分のことさえ分からないままです。
リディアーヌ様のことを覚えていた訳ではないのですが…転落事故ではなく、突き落とされたのかもしれないというお話を聞いて、お名前だけは知っていましたので…」
(シャルロットから聞いたということは、伏せておいた方が良さそうだな)
私の話を聞き終えたリディアーヌが、怒りのこもった声で静かに言った。
「そう…わたくしが突き落とした犯人だと言いふらしているのも…やっぱり全部、あの女の仕業なのね…」
リディアーヌの中では既に噂を流した人物が特定出来ているようで、私は恐る恐る質問してみた。
「えっ…と……あの女…って…?」
それまで静かに怒りを露わにしていたリディアーヌが、ついに感情的になりながら言った。
「シャルロット・ダランベールに決まってるじゃない!
ことあるごとに、わたくしを悪人に仕立て上げようと……本当に腹が立ちますわ!」
(う〜ん…これはものすごく仲が悪そう。
ヒロインと険悪な関係にあるとは、さすが悪役令嬢として登場しているだけのことはあるな)
シャルロットへの怒りが少しでも収まればと、私はリディアーヌに提案をした。
「あ、あの…私もリディアーヌ様が犯人だとは思えないですし、きっと見間違えてしまっただけではないでしょうか?
シャルロット様にも、リディアーヌ様が突き落としたというのは間違いではないかと私からもお話しておきますから…」
「いいえ、見間違えなどではないはずよ。
わたくしを悪者扱いしてくるのは、いつものことですもの!
それに、あなたに言ってもどうせ覚えていないのでしょうけれど…わたくしには、自らわざと落ちていったように見えましたわ」
(えっ!?ロゼールが自分から…?
それって…自殺でもしようとしたってこと?
いやいや、そうだとしたらシャルロットとリディアーヌがいる側で、というのはどう考えても不自然だろう)
予想していなかった一つの可能性が浮かび、ロゼールの意図が分からなかった私はボソリと呟いた。
「なんで自分から落ちたりしたんでしょうか…」
「それは、わたくしが教えてほしいくらいよ。
あの日あなたに手紙で呼び出されて、書いてあった通りに学園の隅にある女神の泉まで行ったのよ。
そこでシャルロットと一緒に、変な水晶玉のような物を触らされたわ。
そうしたら突然、あなたがそれを抱えて階段の方へと落ちていったのよ!?
全く意味がわからないわ…!」
(うーん…すみません!
私にもまったく分かりません!!
わざわざ身を危険に晒してまで、一体ロゼールは何がしたかったの…?)
「私にもさっぱりで…すみません。
今の話ですが、誰かに話したことはありますか?
きちんと話を聞けば、リディアーヌ様が突き落とした犯人ではないことも分かってもらえると思うのですが…」
「もちろん、わたくしは突き落としてなどいないと訴えて続けていますわ。
でも…たとえ正しいことを言っていたとしても、それを信じてもらえるかどうかは別の話よ。
悔しいけれど結局、いつだってシャルロットの言っていることが正しいと信じられてしまうのよ…」
(それに似た気持ちを、私は嫌というほど知っている。
過去の私が感じていた、理不尽なことへの諦めの気持ち…)
「あぁ本当に腹が立ちますわ!
大体、ことあるごとに私を悪者に仕立て上げようとしてくるのですわよ!?
まったく、何のつもりかしら!?
でも…わたくしは絶対に負けませんっ!!
あんな女に、負けてたまるもんですか!」
「違った!」
「………?何がですの?」
「あっ、いえ!?どうぞお気になさらず…」
過去の私とは違い、リディアーヌには諦めの気持ちなど微塵もなかった。
たとえ他人が信じてくれなくても、自分だけは己の真実のために戦い続けるリディアーヌの姿勢に、私は強く胸を打たれた。
「さぁ、ここから先はもう分かりますでしょう?
真っ直ぐ進めばあなたの教室にたどり着くわ」
リディアーヌにそう言われて辺りを見ると、いつの間にか何度か通った覚えのある場所まで辿り着いていた。
「ありがとうございます、本当に助かりました!
お話も聞かせてもらえて良かったです。
あの時何が起こったのか…私も色々と調べてみようと思います!」
私の気合い十分な様子を見たリディアーヌが、手を口元に当てながらクスクスと笑って言った。
「……ふふふっ、あなた本当に別人のようね。
それでは、わたくしは失礼するわ」
(………!?!なに今の超絶かっっわいい笑顔!!
これがギャップ萌えってやつ…!?)
リディアーヌが不意に浮かべた笑みは、先程からの凛とした表情とは違い、少女のような無邪気で愛らしい笑顔だった。
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