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神田ひかりの人生

パソコンの画面から目を離すことなく高速タイピングを続けていると、小柄で太った身体つきにどう見ても違和感のあるカツラを装着した部長が、息を荒げながら近づいてきて言った。



「ちょっといいかねっ、神田くん!

君は春野くんにばかり難しい仕事を回して、毎日遅くまで残業させているそうじゃないか!?」



茶髪のゆるふわボブで身体のラインが分かりやすいピタッとしたスーツを見に纏い、今にも泣き出しそうに瞳をウルウルさせながら部長の隣に立つ女"春野あかり"が甘え声で訴える。



「私の仕事が遅いからしょうがないんですけどぉ…

最近ずっとお家に帰るのが遅くてぇ…」



(あ〜はいはい、またいつものパターンね。

もうどーでもいいわ)



「後輩の仕事量の調整や、残業管理も出来ないだなんて、君はそれでも教育係なのかい!?

最近は無理な仕事量だけじゃなく、春野くんが質問をしても無視するそうじゃないか」



職場のパソコンよりもスマホを触っている時間の方が長い人間が、時間内に仕事を終えられるはずがない。


それに彼女の場合は質問ではなく、遠回しに仕事を丸投げしようとしているだけだ。


私は部長の言葉を無言で聞き流しつつ、その隣で勝ち誇ったように『ざまぁ』とほくそ笑んでいる、顔だけ美少女性格最悪女の溜めに溜め込んだ仕事を捌く。


私"神田ひかり"は理不尽な部長の言葉に対して、もはや言い返す気力すら無くなっていた。


もちろん最初は理不尽な指摘に怒りが込み上げ、客観的事実を言い返したりもしたが、取り込まれた男達には何を言っても無駄だった。


所詮は、顔が良くて可愛ければ絶対的に勝つのだ。


例え不利な状況でも泣いたら庇ってもらえるし、泣かせた方の印象が悪くなる。


そんな環境下で、正しいと思うことをいくら主張しても時間の無駄であり、理不尽な状況にいちいち傷付くのもバカらしい。


それならば、最初から反抗などせず諦めてしまえばいい。


そうして今の私が出来上がった。



「善処します」



私は一瞬だけパソコンの画面から目を逸らし、部長に向かっていつもと同じ一言を返した後、再び仕事に取り掛かった。


本来であれば誰かさんが担当のはずの、明日締切のものがまだまだ沢山溜まっているのだ。


さすがに取引先にまで迷惑がかかるのだけは見過ごせない。


今の時刻は16時ちょうど。


定時までにはとても終わりそうもない量だが、せめて終電までには間に合わせたいと考えると、くだらない会話に手を止めている暇は全く無かった。



「……っ!君は少しも反省する気がないのかね!?

そんな態度じゃ春野くんだって……

今後のことは…」



いつもと変わらない私の返答に腹を立てた部長が更に話を続けていたが、その内容が私の耳に届くことはなかった。



「部長ぉ、私のためにありがとうございますぅ。

でもぉ…神田さんのせいだけじゃなくてぇ、私も聞き方が悪かったのかなぁって反省してますからぁ…もうこの話は終わりにしましょう…?」



「そうかね…?春野くんがそう言うのなら…

神田くん!君も春野くんを見習って、ちゃんと反省したまえ」



部長はそう言い放ち、春野あかりを連れて去っていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



私はようやく片付いた仕事を終え、駅から少し離れた自宅へと向かう道のりを歩いていた。


ふいに目の前から走ってきた車のヘッドライトの向きがおかしいと気づいた瞬間にはもう遅かった。


車はブレーキを踏む様子もなく、加速しながら私の方へと突っ込んできた。



(あぁ…これは無理そう…私、このまま死ぬのかな…

27年の人生かぁ…なんか…何もかも中途半端な人生だったなー………)



面倒事を避けるために自分の意見を押し殺し、周囲の人々にも自分自身にも諦めしかなかった人生に少しばかり後悔しつつ、幸いにも?痛いという感覚すら感じないまま意識が途絶え、私は死んだらしい。



(……?あれ…死んだはず…じゃ……)



しっかりとした意識があるということは、生きている証拠なのだが…


今ベッドに横たわって見ている景色は、おそらく私の生きていた世界ではない。


見覚えのない豪華な装飾の施された天井と、身体を優しく包みこむ様な極上な寝心地のベッドは、ここが自宅でも病院でもないことを物語っていた。


事故に遭ったはずの身体にも痛みを感じる箇所は全く無く、むしろ慢性疲労気味だった身体の疲れが全て取り払われたかのようにスッキリとしている。



「よい…しょ……んん〜っ!!」



ベッドから上半身を起こし、気持ちよく伸びをした瞬間…



コンコンコン…



ーーーーバンッ!!



素早いノックの後、間髪入れずに勢いよくドアが開いた。



「ロゼール様っ!?

やっと目を覚まされたのですね!?

本当に、本当に良かった…!!」



そう言いながら、コスプレでしか見たことがないようなメイドの格好をした女性が、安堵のあまり目の前で泣き崩れる。


歳は30代後半くらいで、濃い茶色の髪を後ろでまとめ上げた清潔感のある髪型をした見知らぬ女性だった。



(えぇ…何この状況……どうしよう)



今の自分が置かれている状況が全く飲み込めず、私は率直に聞いてみることにした。



「あの〜…ここはどちらで?」



「………!!!?!?」



私の発した言葉に、女性は驚いた様子で勢いよく顔を上げてこちらを見た。



(うわ〜綺麗な深緑色の目…こんな目の色の人、初めて見たなぁ)



思わず女性の瞳の色に驚いていると、キラッと長い糸のようなものが私の視界を横切った。



(………?今のは何だろう…)



横切ったものの正体を目で追おうとした瞬間、近づいてきた女性が私の手をガシッ!っと握り締めて言った。



「ここはロゼール様の寝室ですよ!

随分と怖い思いをなさったのでしょう。

でももう大丈夫ですからね…このナディーヌがずっとお側に付いております!」



「えぇと、ナディーヌ…さん?

その〜…ロゼール様とやらの寝室になぜ私が?」



「……ロゼール様?しっかりしてくださいっ!

やっぱり頭を打ったせいで…!?

すぐにお医者さまを呼んでこないと!」



青ざめた顔をしながら慌ただしそうに部屋を出ていくナディーヌを呆然と見送りつつ、私は先程見えたキラキラと光る銀色の糸を強く引っ張ってみた。



(痛っ!!えっ、これ…私の髪の毛!?何で!?

そもそもそんなに長く…な……)



私は自分の頭が派手にイメチェンされている理由を考えようとしたが、この部屋にいる理由も含め、いくら考えても答えは分からないのだろうと途中で思考を放棄した。


私はとりあえず全貌を確認してみようと、化粧台にある鏡の前へと向かった。


そこに映った自分の姿を冷静に分析してみる。


腰まであるサラッと伸びた銀髪に、透き通るような水色の瞳。


色白で華奢な身体。


年齢は…10代半ばくらいだろうか?


美少女と言っても決して過言ではない、幼い顔ながらも上品で綺麗な顔立ち。



(うわぁ…恐ろしいほど別人。

これはロゼール様とやらの姿なのだろうか…

もしや乗り移っちゃった的な?……嘘でしょ…)



「こちらです!お医者さまっ、さぁ早く」



医者を連れて戻ってきたナディーヌが、詳しい状況を説明し始める。



「3日前、ロゼール様がご友人とのご歓談中に学園の階段から転落したとの連絡がありました。

すぐに医務室に運ばれ、専属医の方に診ていただいたそうです。

幸い転落した階段は段差がそれほど高くなく、柔らかい芝の上に倒れ込んだおかげか、少しのかすり傷だけで済んだようなのですが…

ですが…!それからずっと意識が戻らず、先程ようやく目を覚まされたのです!」



「ふむふむ、どこか痛い所や違和感のある所はありますか?」



(はい、全てです!…なんて言ったらヤバいだろうなぁ)



医者の質問に何と答えるべきか迷ったが、見知らぬ少女のフリをし続けることなど出来るはずもないので、ここは鉄板ネタで答えることにした。



「え〜っと…私は誰?ここはどこ?」



「………ああっ!!」



あまりのショックにナディーヌが床に崩れ落ちる。



「ここはユニオール伯爵リシャール・ディディエ卿のお屋敷で、あなたはご息女ロゼール・ディディエ様です。

何か思い出して来ましたかね?」



医者がロゼールの身元を丁寧に説明してくるが、伯爵だの息女だの聞き馴染みのない言葉を突然言われても、私にはここがどこの国なのかすら判断がつかなかった。



「すみません、今は何も…

ですが、私がよく知っているであろう人の名前を、もう少し詳しく教えていただけませんか?

何か思い出すきっかけになるかもしれないので…」



記憶喪失ということにしておいたとはいえ、頻繁に接してたはずの人にいちいち名前を聞いて回るのも失礼かと思ったので、私は今のうちになるべく情報を集めておくことにした。


ナディーヌが私の要望に応え、丁寧に説明し始める。



「ロゼール様はこのお屋敷で、お父様であるリシャール様、それから歳が2つ離れたお兄様であるエクトル様と共に暮らしております。

お母様であるマリアーヌ様は、ロゼール様が幼少期の頃に亡くなられました。

ロゼール様はこの春から、エクトル様と同じセントブリューヌ学園の高等部に通い始めたところです。

わたくしが存じ上げているご学友は、先日の転落事故の際にご歓談されていたと伺っております、クレティア侯爵家のご息女シャルロット・ダランベール様、ルドフォワ侯爵家のご息女リディアーヌ・ヴィラール様です。

特にシャルロット様とは、高等部に上がる前から既に親しいご関係でした」



(ん…?シャルロットとリディアーヌ……?

どっちも聞いたことあるような…

……!!この国って……まさか…!?)



ロゼールの学友だという二人の名前を聞いて、私の中にある一つの仮説が思い浮かぶ。



「あの…この国の名前って……?」



「リヴィエ王国ですよ」



(やっぱり……!!!)



『リヴィエ王国物語』は高校生の時に巷で流行っていたウェブ小説で、私もひと通り読破した記憶がある。


確か出てくる登場人物たちは皆、美男美女という都合の良い設定だった。


その中でも一際可愛いとされていたヒロインに、悪役令嬢の許嫁が惚れてしまう。


何とか許嫁を取り戻そうとする悪役令嬢からの嫌がらせの数々を乗り越え、最終的には主要な男性キャラクターのほとんどがヒロインの虜になってしまうというかなり強引な展開の逆ハーレムものだった。


乙女ゲームような世界観ではあるが、私は昼ドラ学園事件簿のような感覚で読んでいたのを思い出した。



(あの小説の世界に転生しちゃったってこと……!?

……嘘でしょ…?冗談キツいよ神様ーー!!)



信じたこともなかった神様的存在に叫びつつ、ロゼール・ディディエとしての神田ひかり第二の人生が始まった。



初めまして。読んでくださりありがとうございます。


初投稿の作品になります。


書き方や文字数など手探りで投稿しているので、序盤は細切れになってしまっているかもしれません。


完結まで気長にお付き合いいただけると嬉しいです。


続きが気になる、面白そうだと思っていただけたら

ブックマーク、いいねをよろしくお願いします(^^)


評価、感想もいただけると嬉しいです…!



※現在、第一話から順に加筆&修正作業を進めています。

ストーリーの大幅な変更などはありません。

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