プロローグ ~入学前~
手すりの壊れた歩道橋。
誰も気づかないのか、気づいてて何もしていないのか。
何にせよ、今の私にとっては好都合だ_
_おかしい。景色が変わらない。
と思いきや、グイッと後ろに引き寄せられた。
「あなたみたいな人は、初めて見ました。少しお話を聞かせてくれませんか?大丈夫です、警察とかではありません。ただの中学2年生です。」
嘘、同い年…?
冷ややかな声の主の方へ振り返る。なるほど確かにそれくらいの顔だ。
「千石マキ…」
「はい……って、えっ!?」
なぜ私の名前を知っているか問う前に、彼は、
「授業を抜け出すならせめて名札は取っておいた方がいい。」
と言いながら名札を指さした。
階段を降り、地べたに腰掛ける。
開店しているのか閉店しているのかわからないようなお店の、すぐ横。平日の昼にはそぐわない2人が並んだ。
「名札から察するに同い年、んで東中か。」
「…詳しい、ですね…」
「別に敬語じゃなくていい。それと別に詳しくはない、単に俺が西中だから…
交流会あったろ、前に。そっちの名札に見覚えがあったんだ。」
むしろ他の学年の色は知らんしな、と彼は付け足す。
そして彼は、道路の方向へ視線を変え黙ってしまった。
「あの、話って、何が聞きたい…の…?」
私が切り出すと、彼は「そうだな」と私の方へ向き直る。
「最初こそ、なぜ死のうとしてたのか聞きたかったが…今は、なぜ授業を抜け出してまでこんなところに来たのかが聞きたい。」
「…つまらなかったから。校則は多いし、先生はすぐ怒るし…」
私はいつの間にか、愚痴のような不満のような何かを並べていた。
本当は、そんなに深く考えていなかったような気がする。なんか、衝動的にこの場から抜け出したいというか、現実逃避したいというか。その手段が飛び降りだってのは、冷静に考えればやりすぎだったかもしれない。
だけど、うんうんと頷く彼相手にどんどん話してしまった。
そして気づけば涙が出てきて、私の口は言葉を紡げなくなる。
彼はゆっくりと口を開いた。
「自由を求めたってわけか。聞いてよかった。俺と同じだ。」
「えっ…?」
「言っただろう、俺は西中、君と同い年。俺も抜け出しと似たようなもんだ。唯一違うところは、俺は死のうとしたのではなく2年後に期待したところだな。」
彼は言うと、手さげ鞄から何かを取り出す。
風ノ葉学園、と書いてあった。パンフレットだろうか。
彼はそれを開き、私に見せながら言う。
「ここは、単位制で自由な校風。それなりの学力はいるが、それさえあれば過去の授業態度なんぞは問われない。この学園が指定するテストで高得点が取れればいい。」
聞けば、彼は既に受験のための勉強を始めているらしい。
そうか、だから規則だらけの中学校に通うのが足枷なのか。
同い年とは思えないほど、彼は先を見ていた。
「…さて、俺の休憩時間はそろそろ終わりだ。もしまた君に会うことがあるとしたら、風ノ葉学園の入学式の日だろう。
俺は仁武タツミ…どうか死んでくれるな、君ほど俺に近い人間は初めて見た。」
彼は立ち上がり、手を差し伸べる。
その手を取ったら、スッと立たされて、視線が交わった。
大きな暖かい手、私より頭2つ分くらい高い身長。そして冷ややかな声は、最初こそ少し怖かったのだけれど、最早私をドキドキさせるのに十分だった。
風ノ葉でまた会おうと約束をして、私は中学校へ戻った。
学校では、数少ない友人のヨシノや先生にこっぴどく怒られ、親まで呼び出されていた。
私は珍しく素直に罰を受け、彼女らは随分と目を丸くした。その姿はむしろ滑稽だった。
もう私に迷いも曇りもない。
風ノ葉に受験して、入学して、タツミくんと再会する。
そして言うんだ、ありがとうって。
あわよくば…もう一度手を取って、隣を歩かせてほしい。
<人物紹介のコーナー>
・千石 マキ (せんごく まき)
10代にして被害妄想が激しく悲観的な女の子。良く言えば冷静で慎重ではあるものの、根本の考えが他人とズレている。考える割に中身が伴って無いこともしばしば。とにかくすぐ死にたがる。死にたがる割にもし津波が来たら走って逃げるタイプ。今回初めて学校を抜け出した。
・仁武 タツミ(じんぶ たつみ)
10代にして妙に達観している男の子。受験勉強を頑張っている。まだまだ謎が多い。
・竹宮 ヨシノ(たけみや よしの)
マキの数少ない友達。