5-13話 二人の勇者
「座ってください」
カイトはアウルムとシルバを部屋に案内し、強いからといって偉ぶることもなく、極めて礼儀正しく振る舞う。
「早速ですが、本題に入らせてもらいます。いつ……いや、この瞬間にもニノマエが動く可能性がある以上時間を無駄にしたくない」
「理解しています。まずあなたの知る彼のユニークスキルと呼ばれる勇者だけの特別な力……それについて教えてください。それが分かれば犯行の手段も推測出来るかも知れません」
カイトは顔の前で指を組み、肘をテーブルの上に乗せながら話す。
「あいつが言うには強くなるほど強くなる能力らしい」
「同語反復……ではないですか」
強くなれば強くなる。当たり前で、何の意味も持たない言葉のように聞こえる。
「それはあいつがそう言っていたからです。レベルアップと共に能力が増え、出来ることが多くなる……ということらしい。俺たちは本当にこの世界に来てごく僅かな時間しか関わっていない。
最初の能力は1日に1度だけ『刃物による攻撃が無効』というもの。その後、一体何を獲得したのか、どういった法則なのかについても分からないし、あいつ自身分かっていなかったはず」
「法則?」
「勇者の能力には一つの能力に複数の効果があったり、ニノマエのようにレベルアップと共にやれることが増えるものがあります。
観測範囲内ですが、いずれにも法則があります」
勇者から、それも勇者の中でも特にユニークスキルに理解があるはずの者から詳しい説明を聞けるというのは有り難い。
これを利用して、他の勇者のユニークスキルについても聞いておきたいと、姿勢をやや前のめりにアウルムは話を聞く。
「具体的な例を挙げれるのなら、教えて頂きたい。法則の法則……これもまた同語反復ですが、我々にはそれについての情報がありません」
「……いいでしょう、仲間のユニークスキルについて勝手に話すのは無理ですが、俺の能力なら教えられます」
(チッ、思ったよりガードが硬いな。いや、義理堅いのか? とにかく釘を刺された形の後に聞き出すのはマズイ……)
アウルムはカイトのユニークスキルについて詳しく知る事が出来る代わりに、他の勇者のユニークスキルについて聞くことが出来なくなることに苛立ちを覚えた。
「最強の剣術を使う……ではないのですか?」
「それは世間的に知られた能力の一端でしかないですね。俺のユニークスキル『剣の頂』は先ほど言ったように複数の能力を持ち、レベルアップと共に成長するものです。だからこそ、ニノマエは俺に共感し裏切られたと感じているのでしょう」
そう言って、カイトは無手から突如剣を出現させ握る。
「──『壊刀』。これは触れたものを破壊する効果を持つ剣です」
その剣が形と色を変える。カイトは剣の刃がない部分で撫でるように机の上に置かれた調度品に触れるとサイコロ状に粉々になった。
「他にも違う効果を持つ剣を出せます。全部は流石に教えられませんが、法則は俺の名前の『カイト』から、俺たちの国で同じ音の『カイ』とつく言葉に関連した効果を持っているとだけ」
「なるほど……全てを言えないという事情は理解してます。では、こちらが考える法則についての質問に該当するようなことがあれば教えて頂くのはどうでしょうか」
「まあ、それなら……」
カイトに質問をしていくことで、知らなかったユニークスキルについて情報が集まっていく。
法則には個人的な要素が絡む。生産系であれば種類や値段、量などが増え、店のメニューやゲームのコマンドのようなものなど、バリエーションは様々。
また、スキルの名前から法則が暗示されていることもある。
ニノマエのユニークスキルの名前は『テンカラノシレン』。10ずつのレベルアップと一定の条件をクリアすることで能力が増えるというもの。
条件は分かるが、能力の中身についてはサンプルが1つしかない以上推測が出来なかった。
他にもニノマエとの出会いに関するエピソードから人物像を探った。
「それは……なかなか頭が痛くなる話ですね……」
「まさか、あの時のことをこうまでして恨みを持ち復讐に来るとは思いもしませんよ。5年も前の話を引きずって勝手に怒ってるんですからね」
カイト自身の口から語られているので、完全に鵜呑みにするわけにはいかないが、ニノマエとの因縁は耳を疑うほどに無茶苦茶なものだった。
こんなことになってしまったカイトに同情すら覚えるほどにニノマエの性格は自分勝手だ。
(自己愛性パーソナリティ障害……それにサイコパス傾向もあるな……17歳時点では多感な年頃ということもあり予備軍……とまでしか判断出来ないが無視出来ない要素だ。簡単に人を殺せる能力を持てるこの世界では危険度な段違いだ。強い殺意や行動力も持ち合わせている、早く対処しないとな)
詳しくプロファイリングをしながら自身の考えを全てではないにしろカイトに伝える。
あくまでこの国の治安維持に協力的な調査官の一人として不自然のないような態度をとることに徹する。
「行動分析と予測、ですか。ゲームみたいだな……ああ、失礼。ゲームというのは俺の世界の遊びのようなものです。なるほど、いやそういう考え方は活かせるのか……」
カイトはアウルムの話を聞きながら自分流に情報を咀嚼し、落とし込もうとする。
「私の知り得る限りの情報では、あなたに対して不意打ちや闇討ちのような事はしないでしょう。派手で、目立った登場をしたがるはず。
第三者にカイト・ナオイが認める人物として認識されたいはずですから暗殺は意味がない。
逆に一人でいる時は安心出来るとも言えますがね」
「安心……? むしろ一人でいる時に来てくれた方が余計な被害を生まなくて済むからそちらの方が安心でしょう。
俺に正面から挑んでどうやって勝つというのですか」
それはナルシズムや傲慢ともまた違った、絶対的な自信から出る言葉。
魔王を殺し、世界を救い、最強の名をほしいままにした男の純粋な疑問。
アウルム、そしてシルバもそれが大口ではないということは分かっている。
今、この密室で二人がかりで、全ての能力を使い不意打ちしたとしても勝てるビジョンが浮かばないほどに隙がない。
自然体でありながらも、常に警戒し、戦う準備が出来ているという一つ一つの洗練された挙動。
ニノマエはこの男の強さを分かっていて喧嘩を売っているのか、何も知らないからこんな無謀な真似をしようとしているのではないかと、疑わざるを得ないほどにカイト・ナオイという存在は大きい。
「先ほど、刃物による攻撃を無効化する能力を持っていると言ってましたが、あなたの能力と相性が悪いのでは?」
「その程度の対策、俺が考えていないとでも? いくらでも殺せる方法はありますよ。大体、それは俺の攻撃を無効化する手段の一つであって、俺を殺せる能力じゃない。脅威ですらありません」
つまり、攻撃無効系のスキルはいくつかあるがカイトには通じない可能性があるということ。
アウルムの『隠遁』や『霧化』、シルバの『不可侵の領域』、加えてカブリことウエダから獲得した、自らの意思で触れに行った攻撃をすり抜けさせるスキル『貫通回避』も効かず、斬られるかもしれない。
万が一、敵に回した際にこの上なく厄介な相手であると知る。
致命傷を与えられず、防御も不可能。反則だろうとも思える理不尽さが最強たる所以。
その絶対的な自信に二人は思わずゴクリと生唾を呑む。
そんな時、ドォンッというこもった爆発音が響き、閃光が窓から差し込んだ。
「何だ? 爆発……?」
カイトは立ち上がり窓に近づく。
「ヤヒコ、シズク、カナデ……俺だ。何が起こったか分かるか?」
カイトは念話で仲間に連絡を取り出した。
(へえ、勇者の念話って声に出さんとあかんのか)
(声に出さずに会話出来るってかなり便利だよな……それより、このタイミングの爆発……)
(ニノマエか、やっぱり?)
(いや……まだ分からんが調査官は駆り出されるのは間違いない行くぞ)
(おうっ!)
「そうか、何か分かったら教えてくれる……チッ、ニノマエ……お前なのか!」
「どこに行かれるのですか」
念話を終了したカイトは苛立ちを見せながら部屋を出ようとする。
「もちろん現場だ」
「私に命令する権限はありませんが、行くべきではありません。もしニノマエだった場合これは陽動の可能性がある。方角からして貴族街と平民街の中間地点でしょう。今頃爆発のパニックと野次馬で現場は人が多い。
そんな中、目当てのあなたが行けば被害が拡大するのは間違いありません」
「俺を狙って関係のない人たちを巻き込むのをここで指を咥えて待機していろ……と……?」
「はい。ニノマエで無かった場合のことも考えてください。もちろん、あなたの心配などしていません。ですが、あなたが動くことによる影響の心配はしています」
「……ふぅ、分かった。あなたは優秀だ、相棒の方も相当腕が立つのは分かる。任せます、その代わりニノマエに関することだった場合──」
「ご報告はさせて頂きます。では、これにて失礼します」
カイトは手に持っていた剣を消して、深呼吸をし気持ちを落ち着かせた。
それを見た二人は部屋を出るとすぐにキラドに出動要請をされ、早速現場に向かう。
「カイト、主人公タイプにしては割と冷静な判断も出来るんやな。直情的でもっと喚いたりするんかと思ったわ」
「そりゃお前だろ。魔王倒したんだから自分の立ち位置や行動による影響範囲も理解する程度の賢さはあって当然だ」
「まあ、せやな」
二人は王都の建物の屋根の上を走りながら、火の手が上がる現場に向かいカイトに関しての互いの所見を語り合う。
「で、どうするよ」
「二手に別れよう。現場での状況分析と、少し離れたところから俯瞰で異変を探るべきだ」
「なら俺が見張り訳やるわ。戦闘になった時は俺の方が対応力あるしな」
「ああ任せる。何かあったらすぐに教えてくれ!」
アウルムはシルバをおいて屋根の上をジャンプし、火の手の上がる現場へ向かった。
シルバは一度立ち止まり周辺の状況把握に努める。
「さて……もしこれが放火犯やテロ的な行為の場合の犯人の取る行動は……っと」
アウルムから犯罪に関する知識を叩き込まれたシルバは次に起こり得る事態の想定をする。
燃える建物は騎士の詰所の一つの近く、平民の住む木製の建築物。
すぐに隣の建物にも燃え移りそうな勢いで火は燃え広がり、周囲には煙の匂いがする。
「ニノマエなら放火によって火を見ることが目的じゃあない……火よりも火によって起こる混乱する人々を見たいはず。となると、他の奴らとは挙動が違うはず……それに恐怖が目的なら、野次馬で人が集まったタイミングでもう一発デカいのが来るはずや」
テロによる爆発等が起こった際、すぐにその場から離脱するべきである。
民衆の混乱により怪我をする恐れもあるが、軽めの被害によって人を効率的に集めて、そのタイミングでもう1度爆発を起こし被害を拡大させるという狙いがあるからである。
人が多い場所は危険。それを分かっているからこそ、その場から立ち去れと大声で喚起したいところではあるが、それは自分の役目ではないということを理解している。
「考えろ……俺が犯人ならどこにいる? 爆発現場のすぐ近くか? ……いや、違う力を見せつけて自分が凄いと証明したいような幼稚な発想の人間なら高みの見物をしたいはず……となると、もっと見晴らしが良くて周囲の状況を観察出来るような場所や……」
シルバはここら一帯を見渡すことが出来る場所を探し始めた。
「あそこか……」
目に留まったのは一際高さのある建物──時間を伝える鐘のある塔だ。
ニノマエが居なくとも、周辺の状況を把握するのに一番適した場所は塔である。まずはそこに向かうべきだと判断を下した。
塔の階段を駆け足で登っていき、一番上の空間に出る。
「……馬鹿と煙は高いところが好きってか」
塔の最上階には手すりに手を置き、前のめりに火事を見物している人影が確認された。
髪の色は黒、斜めから見える顔立ちから日本人であることが分かる。
「おい、こらお前ニノマエかぁ?」
「…………」
返事はない。
「聞いてんのかぁッ!? もしもしぃッ!?」
「ん? 僕に言ってるのかい」
「お前以外誰がいるんじゃ、もう一度だけ聞くッ! お前はニノマエか!?」
「違うよ」
「そうか、違うんやな……何ッ!? ニノマエじゃない!?」
「僕の名前はヒカル・フセ……といえば分かってもらえるかな、調査官殿。久しぶりの帰国だというのについたらすぐにコレさ。大まかな事情は聞いてるからね、彼が居るとしたらここ、と思って来たけどあなた同様空振りのようだ」
「それは……あー失礼しました。なにせ、王宮内は殺気だっているものでして」
「はは、構わないよ。それよりも僕と同じ考えでここに来たんだろう? 今のところ不審な動きはないよ」
(俺の意図を読んでる……? 話に聞いてたとおりの頭脳明晰さやな)
支配人グゥグゥ──ジングウジから聞いた人物像から合致したヒカル・フセにシルバは警戒を強める。
「外国にいたと聞いてますが……他の方は?」
「ああ、この騒ぎに気付いて僕だけここに来たんだ。そろそろ魔法部隊が消火にあたるだろう」
城から宮廷魔法使いによる消火活動が始まり、被害が1棟の全焼と1棟の半焼に留まり鎮火された。
肩透かしを食らった気分ではあるが、密接した木造エリアの火事にしては比較的小さな被害に収まったというべきだろう。
異変を二人で探りながらシルバはヒカルと世間話をしていた。彼はニノマエと話したことがなく、性格も聞いただけだと言うが、この先予想される行動についてはアウルムの考えとほとんど同じであった。
「何も起きない……ということはこれはニノマエ君とは無関係の偶然の火事、なのかな」
既に野次馬も減り始め、今から何かするにしてもタイミングが遅過ぎる。
「だと良いのですが……」
「やれやれ、久しぶりの休暇はゆっくり過ごそうと思ったのに、王国祭中は休みなしだろうね……お互い大変だね」
「はい、このまま何事もなく無事に終わることを願うばかりです」
「じゃあ僕は報告もあるし、そろそろ行くよ……お疲れ様です」
「フセ殿もお疲れ様です。一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、これでも魔王退治した時のメンバーの一人だからね」
「分かりました、では私も失礼しま……!?」
シルバがそう言いかける途中でヒカルは塔から飛び降りた。普通の人間であれば確実に死ぬ高さではあるが、彼は途中で落下速度を何らかの魔法を使いながら落として、鳥のように優雅に地面に着地した。
「びっくりした……」
(シルバ、現場検証が終わったがそっちはどうだ?)
(今、例の生徒会長と解散したところや。塔にいるんやが、どこで合流する?)
(……向かうから待ってろ)
念話でアウルムと合流する約束を取りつける。
***
「よお、ヒカル・フセはどうだった?」
「第一印象としては気さくな奴……かな、後話してて思ったけどかなり頭良いんやろうなって思ったな。ニノマエに対する理解度もお前のプロファイルとあんまり変わらんかったし、そりゃ国に重宝されるよなって感じ」
アウルムはやや服に煤けた形跡が見られた状態で塔を登ってきた。
「ふーん、ジングウジが一方的に恨んでるってことか、やっぱり」
「頭回るから油断ならん奴やとは思う。でも話してて嫌な奴とは思わんかったってのが正直な感想やな。そっちは何か収穫あったんか?」
「……収穫って言うか、子供が死んでいた。爆発で原型を留めないほどにバラバラの状態でな。親はなんとか助かったが、あの肉塊をあんたの子供だって言えなかった。行方不明ってことにして肉塊は回収してあるから後で尊厳を保てる程度に復元してもらえるか。俺が後で発見したことにして引き渡す」
「それは……キツかったな……任せとけ」
アウルムの顔に暗い影が落ちるのをシルバは感じ取った。犯罪捜査に関わる中で特にキツいのが遺族に死を伝えるということだ。
遺族に会うと他人の死がまるで自分のことかのように入り込んできて同情してしまう。
死んだ者と遺族の関わりで、今の遺族がいるのだと強烈に痛感させられるからだ。
ここに死んだ者が生きていた証があると思い知らされる場所に足を運ぶのは気が重い。
「結局、爆発の原因は火の不始末とかからの引火か?」
「それが出火した場所が複数あって特定出来なかったんだ……油やガスの貯まった何かに引火して爆発したって訳じゃなさそうだ。爆発が起点で、その炎のせいで建物に火が移った……というのが他の騎士や調査官とも話し合った結論だが、肝心の爆発したものが何か分からなかった」
「例えばやが、空気を爆弾に変える能力。みたいなものがあったとして、それをニノマエが使ったって可能性は?」
「あるな。ユニークスキルや魔法由来の爆発の場合原因特定は難しいし、いくらでも考えられる。俺が確認したのは偶然起こり得た不幸な事故である可能性を潰すということだ」
「じゃあ……」
「ああ、これは偶然の火事ではなく何者かが悪意をもって行動した結果だ。それがニノマエかは分からんがな」
ニノマエでなければ、注意するべき人物が他にもいることになる。一体、この王都で何が起ころうとしているのか。
明日から始まる王国祭、無事で終わりそうにない気配を感じ取り、シルバは額から冷や汗を流す。
今日の火事は大した規模ではなかった。だが、それでも罪のない子供の命が奪われ、家族は絶望に突き落とされる。
これはほんの始まりに過ぎない。もっと悲惨なことが起こる。しかもそれが起こってからの後手にまわった対応しか出来ない現実。
日付が変わったことを知らせる鐘が塔から鳴り響き、王国祭初日を迎えることとなった。