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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
5章 エブリバディ・プレイザフール
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5-12話 テロ対策会議



「では、明日より本格的に王国祭が始まり我々の抱える問題、レイト・ニノマエに関する対策及び祭中の警備の会議を開始させて頂きます。司会進行は宰相であるバーテミウス・クローツが務めさせて頂きます。

 現在、街では────」


 宰相が書類に目を通しながら現在の状況を報告する。


 二人は従者に渡された資料を読みながら、目の前に座るキラドの背後に控える。


 文字は読めるが独特の表現のせいで理解するのが難しく、シルバは早々に書類を読む事を諦めてパラパラと眺めた後は顔を上げた。


 隣ではアウルムが情報を精査している。それは彼に任せて、この場にいる者たちの観察をした方が良いと考える。


 やはり、カイトに自然と視線が吸い寄せられた。


(こうして実物を見てるとコスプレしたガキにしか見えん。強い奴特有の『覇気』がない……いや、『意図的に』抑えとるな。まるで演奏開始直前のオーケストラのような緊張感のある静寂を意識せず維持してる。

 遠いッ! 1秒で届く距離にいながらも剣が届くイメージがまるで出来ひん、殺気を見せた瞬間殺される……)


 これまで会ってきた勇者たちは、年齢それなりの幼さが言動から感じられた。また、逆立ちしても勝てないような絶望感もなかった。


 だが、カイトと戦い何秒持たせられるか……5秒? 3秒? あるいは一瞬?


 ともかく、勝つ前提のプランなど全くイメージ出来なかった。


 世界最高の剣術使いであるカイトは現在、帯刀すらしていないというのにだ。


 無手で、無防備でこの格の違い。高過ぎてその辺の連中では差を実感することすら不可能だとシルバは評価する。


 後は騎士団長、副団長の二人も相当な達人。単純な剣術勝負では恐らく負ける。ステータス差だけでは説明出来ない経験と実力の持ち主であることは確か。


 この錚々たるメンツが一人の勇者をここまで警戒? ちょっと大袈裟過ぎないかとシルバは改めて疑問を持つ。


「ここまではよろしいか? では、この手紙から何か分かった事、気になったことがあれば意見を聞きたいのだが──?」


「待て、キラド侯爵の配下の者に聞いてみようではないか。この私を待たせたのだから何か発見があるはずだ、そうであろう? ……まさか何も分からぬとは言うまい。王族であるこの私を待たせるに足る力添えがあって当然だ。そうだな? キラド侯爵?」


「はっ! おい、殿下に発言の許可を頂いた。話すことを許可する」


(うっわ〜王族って嫌な感じ。しかもわざと嫌味言ったろうとかじゃなくてマジで自分が偉いって思ってるから出てくる態度って感じするし相いれませんわ……アウルム無茶振りされてるけど大丈夫か?)


 親子ほどに歳の離れたフリードリヒ王子とキラドのやり取りは、日本で育ったシルバとしては違和感がある。


「はっ、では僭越ながら発言させて頂きます。この文章から『俺たちは』という一人称により、組織的な行動をするという予測が立てられています。

 しかし、これは極めて可能性が低くこちらの撹乱が目的でしょう」


「ほう? それだけか? その程度の議論は我々がとっくに済ませた結果、組織的に動くという答えだとは想像はつかなかったか? それとも何か断言出来るだけの根拠があるというなら申せ」


「……まず、彼の人物像から見えてくるのは強い自尊心を持っているということです。それはこの筆跡からも読み取れます。そして他者から否定されることを極端に恐れ、否定していなくとも否定されたと歪んだ解釈をして怒りを覚える。

 文章全体を見ると『俺たち』という言葉を使いながら常に一人称的な内容で、組織全体の視点の犯行声明ではない点、肝心なところでは『俺』と一人称になっていることから、自分を大きく見せたいという心理の現れと、捜査の撹乱が目的と考えられます。また、撹乱する事自体を楽しむ目的もある幼稚さも文章から見受けられます」


「では貴様は他人の筆跡でどんな人間が分かるとでも言うのか? まるで星を眺めて誰にでも当てはまるくだらん戯言を抜かす占い師ではないか。全くもって根拠がない。貴様が勝手にそう考えているだけだと否定することが可能か?

 フンッ……笑わせてくれる、キラド貴様の配下は占い師……いや道化師であったか?」


 フリードリヒ王子がそう言うと彼らの派閥だけでなく、他の参加者もアウルムの意見を笑った。



「──続きをお願いします」


 その笑いが起こる中で、茶化すような素振りもなく至極真面目にカイト・ナオイが発言したことで、会議室は静まり返った。


「カイト……いや、ナオイ卿、そなたこの者の言葉を信じるのか? 何の根拠もない推測に過ぎないのだぞ」


「それは違います。彼は一度も会った事もないニノマエの人物像をこの一瞬にして誰よりも理解出来ています。彼の言ったことは俺の知るニノマエと合致している……彼の話は聞くべきです」


(へえ、怒られへんのや?)


 カイト・ナオイ──勇者最強である彼はフリードリヒ王子の言葉を否定して、許されるほどの立場であることを物語っていた。


「続けよ」


「はい、根拠はあります。それはこの手紙に隠された暗号を読み解けば分かる事です」


「暗号だと? 調査した文官からはそのような報告は上がっていないが?」


 フリードリヒ王子は宰相とキラドを交互に見て確認を取る。それが事実であれば、何人もの文官や調査官、この手紙を見た者が気付かなかった事にたった一人で気がついたことになる。


「この手紙の最後に書かれた記号のことです」


 縦棒と丸を交互に書いたもの、1010と、読める。この国における0と1の記号は0の真ん中に点があり、1は『i』が1とされている。


 つまり、0の概念が存在している。


(百貨店のマークを思い出してたん俺だけやろうな〜)


 その記号を見てシルバは笑う。


「報告書にはこれが、ニノマエの名前を表した数字による言葉遊びだとか。なのであれば、彼が言葉遊びをするような性格だと考え他に言葉遊びのようなことをしているという視点が必要になります。

 そして、これは0と1のみ──2進数を使えば答えは出てきます」


「2進数とはなんだ?」


「この国では通常、0から9までの数字を使い計算します。それを10進法といい、2進数、2進法とは0と1だけで数字を表現する手法です」


「0と1だけで表現? そんなことは不可能であろう」


「いえ、可能です。0は0、1は1、2は10、3は11と桁を増やしていくことで表現出来ます。

 そして、この手紙の文字、妙にカクついているとは思いませんか?」


(言われてみれば、本来曲線で繋げるようなところまで一画ずつハッキリ書かれてんな……)


 シルバはアウルムの言葉から書類にコピーされた手紙の文字を見た。


「この文章の文字、一つ一つの画数を全て0と1で表現します。そして、行ごとにその数字の合計を足します。その数字をこの国で使われる文字の順に変換していくと……


『解読お疲れ』


 何の意味もない言葉です。こちらを嘲笑いたいだけ……王政や勇者に反発を抱く者を束ねる立場の人間の言葉じゃあない。


 彼は個人的な思想で動いている。社交性に乏しく、対人関係が苦手な男が強烈なカリスマで集団を率いるのは難しい。人を動かすには大義が必要──それも、この国に喧嘩を売るような話を上手く乗せられるような度量はない。


 そもそも、そんな度量があれば、この書類に書かれている勇者様たちのパーティを抜けるようなことにはなっていない……違いますか、ナオイ卿?」


「その通りだ」


 カイトは静かに頷き、アウルムの言葉を咀嚼していた。


「いやおかしいだろう? まず言っている意味が半分ほどしか分からぬ。

 さっきばかりこの場に来て書類を読み、何のメモも取らず頭の中で計算してそれを全て文字に変換したと、言っているのだと言う事はなんとか理解した……しかし、そんな事が出来る訳がない、有り得ぬ。出鱈目を言っているのではないか?」


 フリードリヒ王子はアウルムの言葉を疑っていた。『解析する者』によるサポートがあったことから素早く答えを導き出せたというタネはあるが、多少時間をかければアウルムは頭の中で答えを出せる。


 しかし、それはこの時代のこの国の人間にとっては異常な計算力ということになる。


 先進国アメリカの国民の一般的な数学力というのは、日本の数学教育を受け、別に得意な方ではないという者ですら驚きの対象になるほど乖離がある。


 現代におけるアメリカ人ですら17時などと表現されれば、「17-12=5、5時だな」と咄嗟に計算することが出来ず、日本人が異常な数学力を持っている。という認識をされたり、アメリカで数学が得意と思っていた者が日本の高校に転校した際、まるでついていけなかったという話がある程だ。


 つまり、日本人が普通レベルと思っている数学力というのは世界的に見れば比較的高いという事実がある。


 これは現在のアメリカの一般人レベルの数学の話である。


 では、そんなアメリカよりも学術的な理解度の低いこの世界、この時代、この国の文化レベルを考えればどうか。


 アウルムはもはや、異常な計算能力を持ち、フリードリヒ王子があり得ぬと断ずるに相応しい人間離れした解答をしたと認識されるのも自然である。


「殿下、彼の言っている理屈は分かります。俺が計算して確認しますので少しお時間をください」


 カイトはペンを手に取り、黙々と手紙の文字の解読に取り掛かる。


(カイトは意外とお勉強出来るんやな脳筋かと思ってたけど)


 シルバの偏見でしかないが、カイト自身は数学が得意な理系選択をしており、2進法も知っていた。

 指で2進法を簡単に確認する方法を授業で聞いた事があったので、時々指を曲げ伸ばししながら計算し、アウルムと同じ答えに辿り着くのを会議室にいる全員が見守った。


「確認しました。彼の言う通りの答えが出ました、あっています。恐ろしく素早い計算が出来て、筆跡鑑定や心理の読み解き、言語力も高い。

 キラド卿、凄い方を連れて来ましたね」


「いえ、フセ殿が不在ですからこういった事が得意な者がどうしても必要になると思ったのです」


「なるほどそれが事実とあらば中々の切れ者であるな……想像以上の収穫だ、この件は私から父上に進言させてもらう。キラド侯爵、今回の遅刻は不問としてやろう」


「ありがとうございます」


 アウルムの功績はキラドの功績。キラドの功績はフリードリヒ王子の功績に収束する。

 中々有益な情報が無く、イラついていた王子が手柄を立てた事で機嫌が少しばかり良くなる。


「そこのお前、他に言いたいことがあるなら申せ。聞いてやる」


 アウルムに更に手柄の匂いを感じ取ったフリードリヒ王子は疑いの眼差しから、期待のこもった眼差しに変わり、続きを求めた。


「ニノマエにとって、国家転覆やそれに類する被害を与える事は目的ではありません。ナオイ卿に復讐を果たすこと──その結果としての被害というだけの話……」


「どうした、申してみよ。時間が惜しいのだ、早くせぬか」


「では……今現在、ニノマエがどこにいるのか、という観点から街中の捜索及び警備がされていますが、ナオイ卿が目的ということがハッキリしているのであれは彼がどこにいるか、ではなくナオイ卿をどこに配置するか、それをどうやって伝えるのか、という考えをすれば誘導することが出来るのでは、と考えます」


「貴様! 調査官の分際でナオイ卿を囮にしようと申すのか!? 身の程を知れッ!」


「そうだ! 何様のつもりだ!」


「調査官に指揮の権限はない! これは越権行為だ!」


 アウルムの発言によって、何人かの貴族が息を巻いて立ち上がり非難し始める。


「控えよ! 最終的な判断を下すのは私だ! 私が申せと言ったのだ、この期に及んで愚かな問答で時間を浪費させるな!」


 フリードリヒ王子は怒気を込めて机を叩いた。


「もし、彼が大勢を巻き込んでもナオイ卿に接近するプランがあるとすれば危険です。犠牲者を不要に生み、混乱をもたらすでしょう。

 ですから、被害を最小限に抑えるには真っ直ぐ向かわせるような誘導が必要……かと」


「もしそれで、本当に目の前に現れたら瞬殺する。関係ない人たちを俺の事情で巻き込むのはごめんだ」


「ただ……不確定な要素もいくつかあります。彼に関しては5年も前の情報でユニークスキルについても不明という点です。

 この5年で世界は大きく変わった……それが彼の人格や行動に何らかの影響を及ぼした可能性は大きい。

 せめて、ユニークスキルがどういったものか分かれば攻撃の方法もある程度絞れるのですが……。

 こちらの読み通り行動するという確証はなく、誘いにも乗らず破壊行為自体を楽しむ可能性もあります。これは確率の話であり、確定の話ではないです」


「……結局のところ、人員は各所に配置せねばならんという答えは変わらぬか。歯がゆいが、これだけ捜索しても見つからんということは何か起こるまでは見つけられんだろう。何か起こった時にどれだけ早く対処し、被害を最小限に抑えるしか道はないのか……」


 フリードリヒ王子は天井を見つめながら、脱力してそう呟いた。


「クソッ! 王国に泥を塗るような真似など万死に値する!」


「探索に特化した能力の者が生きていればと悔やむことになるとは……」


 貴族たちの反応は基本的にはメンツを潰されることに対する怒りや恐れ。多くの犠牲者になるであろう平民に対する心配ではない。


 勇者も自分たちに都合の良い駒か何かだと思っているような口ぶり。目の前に勇者のカイトがいてもそれは変わらない。

 根底の認識が違いすぎる。


「どこから、どうやって、一体何を考えているのか……分からないことは多いです。ただ、一つだけ分かることもあります。これだけは言える。

 もし、ニノマエと遭遇した際は彼を否定したり、侮辱するような言葉を絶対に使ってはならないということです」


「犯罪者相手に気を遣えと?」


 一人の貴族が、何を馬鹿なことをと言いたそうにする。


「いえ……そうではなく、安易な挑発は危険だからです。話が通じる相手ではないので、こちらの言葉を曲げて解釈し激昂して暴れるかも知れないからです。とにかく不用意に刺激してはいけない。

 時間稼ぎをして、対応出来る者が来るまで待つ。ニノマエを確実に無力化出来る強さのある人間に任せるべきです」


「うむ……被害を抑える為にもそのようにした方が良いか」


 フリードリヒ王子は忌々しそうに頷き、騎士たちにもその旨を周知するよう指示を出し、細かな調整をした後会議はお開きとなった。


「キラド卿、そちらの彼を少し貸して頂けますか」


「ナオイ卿……うむ、しかし彼の素性等を詮索したり引き抜き等は勘弁して頂けると……」


「分かっています。彼と話してニノマエについて理解を深めたいだけです、何か見落としていた事に気づけそうで」


 会議が終わるとカイトがキラドに対して申し出た。キラドは少し考えた後、許可を出す。


「……あなたは?」


「こいつの相棒です」


「何もとって食いやしませんよ」


 カイトは隣にいたシルバに何故ついてこようとするのか質問をした。


「何かあった際にナオイ卿のお手を煩わせる訳にもいきません。今、この瞬間にニノマエが襲撃することも考えられます。こいつは頭は回りますが戦闘はからきしです。

 その時、足手纏いにならぬよう同行を許可して頂きたい」


「……良いコンビだ。構いませんよ、お願いをしているのはこちらですから」


 アウルムとシルバはカイトについていき、小さめの部屋に案内された。

5章もこれで折り返し地点です。応援よろしくお願いします!

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