5-11話 地下道
「ホンマにここであってるんか?」
「そのはずだ。メッセージは間違いなくここを示している」
「お前が暗号解読の仕方間違えてなかったらの話やけど」
アウルムとシルバは廃墟となった民家の中にいた。
地面は埃をかぶり、壁には蜘蛛の巣が張った人の気配のない場所を見てシルバは心配になる。
「ここにあのキラド卿が来るとは思えんけど……侯爵って偉い貴族なんやろ?」
「ま、来ても使いの者とかだろうな。侯爵ってのはこの国に13人しかいない。それぞれが国に大きく関わる役職を担い、大臣も多い。
キラド卿が警備局の副大臣なのは上に王族がいるからで、王子がほぼ全権を握っているらしい。
まあ、王族に関しては箔付けのお飾りってところだろう。詳しくは知らんがな」
「ふっ、お飾りか……そんな単純な話ではないのだがな」
「ッ! キラド卿……」
「久しいな、夏蝕、冬蝕」
アウルムの発言を皮肉めいた笑いと共に返す声に振り返ると、トーマス・キラド本人がローブを目ぶかに被って仕掛け扉から姿を現した。
フードを下ろして見せたその顔は疲労が隠せないほどのやつれ具合ではあるが、以前会った時のような悲しみは感じられなかった。
やつれていても、垂らした白髪混じりの茶髪の奥から見える眼光の鋭さは依然として健在であり、国家の治安を管理する立場としての重み、侯爵としての威厳があった。
「お疲れのようですね。この忙しい時期にまさか直接こうも早く会えるとは思いませんでした」
「夏蝕、貴様のことだ。大体何が起こっているのかは既に掴んでいるのだろう? むしろ何も知らないと言うのであれば、私は多少ガッカリするがな」
「追放者ゼロに関する事でしたら概要くらいは知っていますが、他の事となると分かりかねます」
「うむ、話が早くて助かる。私がこの忙しい中、わざわざここに足を直接運んだのは恩があることと、仕事を頼みに来たからだ」
「仕事……ですか」
居住まいを正し、身を入れて話を聞く態度を見せるがアウルムとしては願ってもない提案だった。
(このタイミングで依頼、どう考えても追放者に関するものだ。彼の許可の元、公的に王都で捜査に関われる方法を考えていたが、まさか向こうから提案してくるとは……よっぽど喫緊の問題なのだろうな)
「追放者ゼロを名乗る男、レイト・ニノマエの発見、もしくは暗殺、討伐なんでも構わん。
王国祭を邪魔される前に殺すことが、我々の目下の最重要課題となっている。その捜査に協力してもらいたい」
「なるほど……しかし彼は勇者のはず。良いのですか?」
「国の威信と頭のおかしなガキの勇者一人の命など、比べるまでもない」
トーマス・キラドは一切の迷いを見せず断言する。そこから、この国の貴族が勇者という存在をどう認識しているのかも薄らと見えてくる。
「これから対策会議が始まるのでな。二人にも参加してもらい全体の把握と情報を共有しておきたい。
頼んでもいない成果をわざわざあげて報告してきたのだ、何かしらの狙いがあるのであろう、夏蝕よ」
各地で調査官の名を使った事件解決に関しては報告を上げていた。トーマス・キラドに対しての信用度を上げて、実績を積み、こういった事態に遭遇した時首を突っ込める為の仕込みだった。
彼は貴様らにとっても何かしらのメリットがあるのだろうと、遠回しにこちらの目的も探るような言い方ではあるが、会議に参加出来ることで得られる情報はニノマエ関連だけでなく、他の勇者についてもあるはず。
であれば、この誘い受けるメリットは大きい。
「……調査官が表の場に出るのですか?」
その一方、調査官として、夏蝕のアウルム、冬蝕のシルバとして面が割れるというデメリットも存在している。
「当然ながら匿名性は守られる。この仮面を与える。これは認識阻害と鑑定妨害の付与がされたマジックアイテムだ。これを使用すればお互いの素性は分からぬまま調査官として会議に出席出来る」
「なるほど……これは調査官の発言が必要な場での使用は普通なのですか?」
「ああ。ただし、持ち出そうなどと考えるな? 装着している者の素性は分からぬが、見るものが見れば何を装着しているのかは分かる。それにこれを個人が使用することは禁じられている」
キラドは二つの白い仮面を取り出して渡した。白いがその表面には複雑な模様が彫られており、それ自体の鑑定を防ぐ効果があった為『解析する者』でも再現は不可能だ。
「確かに、外でこれをつけていれば誰かは分からぬが、調査官であることは分かる。調査官であると分かること事態が問題で、意味がない行為ですな」
「うむ……今は時間がない。王城に続く通路があるので着いてきなさい。話は道中でする」
くるりと振り返り、隠し扉を開けたキラドが先導しようとする。
「あの〜キラド卿、お一人なんですか? 副大臣がこんなところを一人で歩くって不用心じゃないっすかね」
「この通路を護衛役に知られることの方が不用心だ。限られたものしか知らず、複雑な構造をしているので一度で覚えるのはまず不可能だがな。
今は非常事態故に貴様らに使用を許可するが途中から目隠しをしてもらう」
「そうですか……」
(副大臣ってのは伊達じゃないってか、流石に肝座っとるなこのおっさん。にしても、王都の地下に迷路みたいな通路があるって話はホンマやったんやな)
(このどこかに秘密の囚人を拷問する為の施設があるって噂だが……細い道が続いている。潜入するにしても発見されるリスクが高く逃げるのも難しそうだ)
地下通路は大人が1人か2人が並んで歩けるかどうかというほどほど狭い。敵に利用された際に大量に押し寄せることを防止する為の構造なのだろうが、これでは迎撃する側としても不便そうだと、アウルムは壁を触る。
「これは他国や犯罪者に利用されそうですが」
「それくらい把握している。一部ではスラムや闇市のような場所もある。だが犯罪者を締め出すよりも我々の目の届くところで泳がせて、利用してるつもりの者を利用する。それだけだ。
マジックアイテムが無ければ辿り着けん場所や他にも仕掛けがある」
「では追放者ゼロに利用されるようなことは万に一つもないと?」
「仮に国に関わる設備近辺を利用したとして、それを検知する仕組みがある。どこにいるのからすら分からん男の居場所が分かればこちらの勝ちだ。
あの英雄カイト・ナオイをぶつければ武力で圧倒出来る……警備局の役目はニノマエが手に負えん場合、最終的にカイト・ナオイがどこに行けば良いのかを教える──ということになる」
「へえ……守りは万全なんすね」
「守りではなく、突破された場合の対策が万全なのだ」
そうこう話している途中に分岐路に辿り着く。そこで目隠しを命じられ、右に左にと、何度も何度も道を変えながら進んでいく。
こうなってしまえば、自分の現在位置や何度右や左に行ったかを完全に記憶することは実質的に不可能である。
いくら優秀な調査官と言えど何度も暗記し、道を歩くことで身体に染み込ませる。または何かしらの目印をもとに道を進んでいく、地図を持つようなことをする必要がある。
慣れているとは言え、スルスルと迷うこともなく進んでいるトーマス・キラドの頭の良さに驚嘆する二人であった。
それは、この廃墟と王城に繋がるルートだけでなく王都の全ての地下通路の地図が頭に入っているという発言が嘘ではないと直感的に理解出来たことにもよる。
「着いた。目隠しを取ることを許可する。ここからは仮面をつけよ。特に冬蝕、貴様は喋り方が平民出身丸出しな上に訛りも酷い。出来るだけ喋るな」
「はい」
「ええっ!? 酷くないですか!?」
「その『ええっ!?」という反応が貴族的ではないのだ」
キラドはため息を吐いて、シルバの顔に向けて指を差した。
その後、ええ〜これがあかんのか〜という態度、表情もダメだ。偽装の効果が無くとも仮面をつけるべきだと酷い言われようだった。
「武闘大会に出るというのは、その場所に目を置くことが出来るという点で許可出来るが……出来るだけ長くその場に留まる必要があるということは、分かっているな?」
「派手に目立つことなく、そこそこの成果を上げて勝ち残れってことでしょう? なかなか難しいことおっしゃいますね?」
「そうだな……貴様が勝てば大番狂せと呼ばれる有名な実力者を後で教える。該当する者と戦った時は勝つな……まあ実力で言えば勝てるだろうが、勝つな」
「あれ? 俺の強さ知ってらっしゃるんですか? 結構買ってくれてるような言い方ですが」
「馬鹿者……単独で迷宮都市の『夢幻』に何度も出入りして無傷で帰ってくる男の情報が私の耳に入らぬと思っておるのか?
夏蝕の目くらまし役とは言え、生半可な実力でないことくらい誰にだって想像がつく」
「ええ……」
目くらまし役、というのは間違ってはいないのだが、キラドの中で自分がおまけのように扱われていることに内心傷つくシルバだった。
だが、有力貴族に実力を褒められたことも事実なのでそれはそれで良しとして受け入れる。
地下通路を上っていくと王城から少し外れた場所に出た。数分歩けば王城に着く距離まで近づける事自体滅多になく、この位置からでも荘厳な建築であることが一目で分かる。
派手に飾りすぎる事なく、それでいて王の住む場所として相応しい豪華さや迫力。この国にとって特別であり、象徴である城に二人は圧倒された。
「田舎ものの平民丸出しだ、冬蝕! キョロキョロするでない!」
「だってこんなん反射みたいなもん……なんで俺ばっかり……さーせん」
「ぷぷっ……」
「夏蝕、お前は冬蝕のしでかすことを笑う前に止めんか馬鹿者!」
怒られてやんの、とシルバを揶揄うアウルムだったが、それを怒られてしまいバツの悪そうな顔をする。
(お前も怒られてるやん)
(黙れお前のせいだ、集中しろ敵の本拠地みたいなもんだぞ)
念話で口論をしながら王城の一室に入る。決定権のあろうものだけが顔を明らかにし、調査官は全て仮面をしている異様な空間の入り口に視線が集まる。
「殿下、申し訳ありませぬ遅くなったことをお詫びします」
「一体何をしていた? 」
キラドが敬語を使い、仕切りをする人物が王族だということは初見の二人でもすぐに分かった。
服の素材や宝飾の金のかけ具合が段違いで目立つ。悪く言えばこの場から浮いている。
財力的にはキラドでもそういった服装は可能だろうが、王族より劣った見た目をするというのも貴族社会において上位の身分の者を立てるのも必要なことだ。
(おい……)
(ああ、見たら分かるわ)
二人の仮面越しの視線の先にはまだ子供っぽさが残った日本人の男がいた。
カイト・ナオイ、王国内最強と呼び声の高い伝説級の人物はそれらしい迫力もなく背も低かった。ただ、顔は似顔絵が国中で売られており、人相も聞いてきた話と一致した。
それが大柄な白人系の多い空間の中で一際目立っていたというだけ。
強者としての風格や近寄りがたいオーラは無く、それはむしろこの場を仕切る王族の方が強かったくらいだ。
「……キラド侯爵、その者たちは?」
「今回のような捜査に向いた力を持つ子飼いの者です。なにせ事が事ですから、召集させました」
「ふん、私を待たせてまで連れてきた貴殿の手下なら期待して良いのだな?」
「……はい」
フリードリヒと鑑定に表示された男は第2王子で歳は29歳、銀髪に碧眼。冷酷な目つきでキラドを睨んだ。
「では現在の状況を共有、そして報告せよ」
フリードリヒ王子は宰相に司会進行をまかせ、この場において最上位の豪華な装飾のされた椅子に座り込み、腕を組んだ。