5-10話 追放者ゼロ
「では、休憩頂きます!」
「おう、遅刻はすんなよ」
フレイはシルバと会った3時間後に休憩をもらい、詰所から出た。近くの路地裏に人目がないかを確認してから、自然な振る舞いで入っていく。
「……まだ来てないのか」
路地裏には人の気配がない。人の気配がないとは言え、その前を歩いていく人は祭りのせいでいつも以上に多い。
表で話すよりはマシだが、待ち合わせ場所としてはどうなのか? 些か無警戒に過ぎると思いながらも、少し奥に入って待とうとすると、突然フレイの視界にアウルムとシルバが現れた。
「ッ!? 何だ!?」
「落ち着け、俺の結界や」
「あ、ああ……そういえば結界使いだったなシルバ殿は」
「目を閉じてろ」
シルバの能力を思い出したフレイは落ち着きを取り戻したのもつかの間、アウルムに指示を出される。
「相変わらずだな、アウルム殿も」
「良いから目を閉じろ」
「正直、目を閉じろとあなたに言われても不安なんだが」
「別に何もしねえっての……」
呆れながらアウルムは頬を掻いた。フレイは言われるがまま目を閉じる。
「5歩前に出ろ……もう開けて良い」
「ふう、何なんだ一体……ここはどこだ?」
「誰にも見られず、聞かれない安全な場所。とだけ答えておく」
フレイはアウルムが作った『虚空の城』に繋がるゲートに入らされ、目の前には真っ暗な空間に連れられている。
「光がないが暗くない……不思議な場所だ」
まるで闇の中にも関わらず光源がないのにお互いの顔がハッキリと見える空間をフレイはキョロキョロと見回した。
「まあ、座ってや」
シルバが空間の中にポツンと置かれたテーブルと椅子を示して、座るように促す。
「茶はいるか?」
「かたじけない。頂こう」
アウルムはそれだけ聞くとどこからともなくティーセットを用意してフレイの前に茶を出した。
「で、どうしてた?」
「日常業務の合間を縫ってそれとなく調べた。ただ、ごく自然な会話から得られる情報を意識的に覚えただけで、もちろん書き記すなんて真似も出来ないからな……」
「そこまで期待していない。騎士に密偵の真似事なんてやらせて上手くいくとは思わん」
「これでもヒヤリとした場面は何度かあったんだ。もう少し優しくしてくれないか?」
「悪い悪い、こいつの言うことは無視して何でもいいから教えてくれる?」
過度な期待をされても困るが、それでも期待していないという言葉に若干傷ついたフレイをシルバが慌ててフォローする。
「まず既に悪行が公に知られて指名手配されている者については簡単に情報が手に入った。そして何故野放しになっているのかも分かっている」
「こちらの掴んでいる情報では公的に知られた犯罪者となった勇者はシーペント卿、KT、カメリアと呼ばれるものだが相違ないか? そいつらが野放しなのは単に手出し出来ないからだろう。手出し出来たとしても被害が大きい」
「そうだ。あともう1人いるのだが順に説明していこう」
フレイによって、二つ名だけでなく本名とおおまかにどういった人物か、まで分かった勇者は4人。
シーペント卿は校長だった60代の男だという。名前はナミオ・オサフネ。かなり早くの時点で勇者の集団から離脱して海賊になった。
彼を捕まえられないのは活動拠点が海で、能力も特殊な船を操ることが出来ることから、カイト・ナオイですら近づくこと自体が難しいとのこと。
KT、タクマ・キデモンはケンイチから知り闇の商売に関わっていて知らぬ者がいないほどの有名人であり、地下の犯罪帝国の王。ただし、居場所や組織の全貌などは一切不明。
能力は呪いを相手にかけるものとされている。
カメリアは比較的最近知った名で砂漠の国カリザーン王国の隣の特殊な地区、バスベガと呼ばれる場所を実質的に支配する高級娼婦。
本名をツバキ・タカサゴと言い、国外であり彼女に身を捧げる男の数が多過ぎる為、手出し不可能とのこと。
「国外については情報が少ないから助かるな」
「そう言ってもらえて良かった。ヤヒコ・トラウトという男に一度裏切ったら殺すと脅されていてな、ただの警告だろうが、あれは肝が冷えた。
正直、もうこの件に関わるのが怖い……」
フレイはホッとして、沈黙してから茶をゆっくりと飲み干した。
「それで最後は?」
「ゼロ……自らを『追放者ゼロ』と名乗る男だ。本名はレイト・ニノマエ。つい先日、王国祭を襲撃するようなことを仄めかす脅迫状めいたものをカイト・ナオイ卿宛に送りつけた。上から下までピリついているのはそのせいだ」
「来たか!」
「追放者ァッ!? ついに出たなぁゴラァッ!」
その名を聞いた途端、2人は反応した。ついに尻尾を出した。
ラナエルたちの最後の仇がこの王都に来る可能性が高い。いや、もう既に来ているかも知れない。
彼女たちの悲しみを知っているからこそ反応せずにはいられなかった。
「知っているのか!? 知っているのならこちらに情報を流して頂けないだろうか! 国防に関わってくる話なんだ!」
「いや、そうなるとお前に話してから上に情報が伝わるのは都合が悪い。俺たちの持つコネから情報を流そう。どのみち会うつもりだったからな」
「でもさぁ、より忙しい状況って分かったんやし会ってもらえるか分からんくない?」
「待て、二人とも一体何の話をしている?」
会話の流れが読めないフレイは一度話を遮った。
「良いか? 教えて」
「そのうち分かることだからな。驚いて妙な反応を周囲に見られるよりはマシだろう」
そう言って、シルバに続いてアウルムも国家治安調査官の身分を示す、ネックレスをフレイに見せた。
「ど、どういうことなんだ……国家治安調査官だと……!? 国が勇者狩りをしているって言うのか!?」
「ああ、ちゃうちゃう。調査官になったんはフレイに会った後の話や。立場上、こういうのがないと不便なこともあるからな。まあ、知らんふりしといてくれ。
そのうち、調査官として会うかも知れんから頼むわ」
「そうではない! そうではないぞシルバ殿! 国家治安調査官はギルド会員とは訳が違う。その方が便利だからとか、そんな理由でなれるようもんじゃあない!
一体どうやって……!?」
「ま、説明すると長いんやが──」
「シルバ、それは守秘義務に反する」
「おっと、悪い言えへんわ」
フレイの勢いに感化されてシルバがトーマス・キラドとの機密を漏らしそうになるのを、アウルムが止めた。
この件は勇者とは関係がない。フレイが知る必要はない。
それを思い出したから、シルバはそれ以上語らなかった。
「で、追放者ゼロだが手出し出来ない理由はなんだ?」
「まず、単に存在を知られていなかった。勇者が召喚されて最初の頃、ナオイソードに試験的に所属していて、合わないからと加入を断ったその後、消息不明となった。
ナオイ卿に手紙が送られて、その時存在を思い出した程に忘れられていた」
「まさか、それで逆恨みしてんのか?」
「と、思われるというのがパーティメンバーの見解だな」
「呆れたやつだ……」
それだけで、本当に国が動くほどの大事になるだろうか?
いまいち、信じられない。というのがアウルムとシルバの印象だった。
そして、聞けば聞くほど人物像が分からなくなってくる。
ラナエルたちから聞いた会話の一端では、ヴァンダルの破壊行為を一応は止めようとした。結果的には争いのせいで被害が拡大した。
それから、ラナエルたちを仲間にしようとし、拒否されたので逆上した形で闇の奴隷商に売った。
視野が狭く、感情で場当たり的な行動をし、自尊心が高い。この厳重な警備の中、何人もいる勇者たちの膝下で派手なことをやらかせるような能力がない。
それが今まで分析した追放者ゼロのプロファイルだ。
「手紙、見てみないとな……」
「もう国の中枢の人間は見とるやろ。更に何か分かるんか?」
「筆跡、文体、紙、インク、付着物、手紙一つあるだけでも助けになる」
「へえ、てか単純な話、人相描きとかないんか?」
国の人員を使って探し回った方が早く発見出来そうだとシルバはフレイに質問した。
「あるのだが……その、本人の顔にこれいった特徴がなく顔を変えるマジックアイテムも持っているから、あまり意味はない」
「ああ〜そうやった……! でも厳重な入都チェックあったやん? あれで引っかからんか?」
「私が言うのもなんだが、抜け道はいくらでもある。鑑定するのもよっぽど挙動が怪しい人間か、身元を保証するものがない限りはされない。
金を握らされたら黙って通す兵士がいてもおかしくないしな……」
「そういうことを専門にする闇の業者もいる。よっぽどの間抜けじゃない限り、王都へは楽々侵入してるだろうさ」
「じゃあなんか起こってから後手に回って出ていくんかよ」
それじゃ誰かが犠牲になる。遅過ぎる。事前に食い止めたいとシルバは口をへの字に曲げた。
「そうなれば、この人だかり紛れ込んで追跡も難しい……そうだ、聞きたいことを思い出した」
「なんだ?」
言いかけた途中で、アウルムは顔を上げてフレイを見た。フレイは一体どんな質問をさせるのかと身構え、無意識の防御反応で腕をさすった。
それを見て、自分がそんなに怖いか? と思ったアウルムだったが、藪蛇になりそうなのでやめて前から思っていたことを聞いた。
「勇者の中に、感知系または探索能力、捜査能力に優れたやつはいるか?」
「ああ……そういった能力の勇者ならいたな」
「『いた』? なんで過去形やねん」
「今回の件で、我々はそういった能力の勇者が必要になった。だが、該当するような者は既に全員死んでいるか他国にいるか、消息不明で使えないんだ」
「この国に一人もおらんのか!?」
アウルムはフレイにミスリードをさせた。本当に聞きたかった理由は2つ。
1つは、そういうタイプのやつがいた場合自分たちの正体がバレる可能性があること。
もう1つは、悪いことをするブラックリストのような勇者たちにとって都合が悪く、カイト・ナオイのような武力よりも厄介だからだ。
それを聞いてアウルムは「やはり」と確信を持つ。
何者かによって既に意図的に消されているのだ。またはその何者かが仲間に抱え込んでいる。
悪人を追い、場合によっては悪人にされかねない立場で行動をしていると、発見される、考えを知られる、というのが何より恐ろしく危険であるということに気がつく。
だからこそ、可能な限りブラックリスト勇者を始末した痕跡は消した。そして、追っ手のような存在が現れず、自分たちに関する情報も流れていない。
勇者が死んだことは他の勇者たちも気がつく。ステータスの交友欄の名前が消えるのだから。その仕様については闇の神から聞かされている。
勇者が死ぬ。これは他の勇者としても軽視出来ない事であり、必ず調査が入るはず。だが、今のところ追われていない。
となると、そもそもそういう能力を持った勇者がいないことになる。それは確率的にあり得るだろうか?
数百人の勇者の中に一人も感知するようなことに特化した能力を持つものがいないとは考えにくい。
では、いないのは何故か? 同じように考えるものがいるはずだからだ。
殺しているからだ。 勇者を殺す勇者がいるからだ。
「ユニークスキルに関しては勇者の国の言葉で書かれており、鑑定しても我々は読めない。よって自己申告なところが大きく、所有者本人ですら能力の本質を勘違いしていることもある。
だから、我々が知りうる限りは、という注意があるんだがな」
「にしても一人もおらんって異常やろ……」
「能力的に、魔王軍との戦いで危険な任務を任され敵に狙われる仕事を与えられることが多かった……国はそれを承知で前線に送っていたから不思議ではない。
正しい判断だったかと言われれば私には答えがないが……」
フレイの言っていることは理解が出来る。情報とは戦いにおいて重要な要素で、勇者間で念話の使用により高速の情報の移動が可能となる。
そして重要な情報をタイムラグなしに味方に送ることが出来る。世界の存亡がかかっているとなれば、そうするべきだ。
「勿論……異世界の彼らを我々の世界の事情で巻き込むことが許されるのかという問いについては私は否と答える。彼らには戦う筋合いがない」
「で、その勇者が今になって国に牙剥いて困ってると。平和の代償とでも考えてるんか?」
「関係のない者に危害を及ぼして良い理由にはなっていないが、怒る権利はあるとは思う。勇者たちこそ本来は関係のない者なのだからな」
「そうか……そういう考え方なら追放者ゼロのやることに筋は通ってるんか……? ──ってなるかいッ!」
シルバは一度、フレイの意見に同意する態度を見せるがすぐに否定する。
「シルバ殿?」
フレイはそのシルバの言動をキョトンとした顔で見る。ノリツッコミという概念がないのだから、仕方がない。
「この国や世界全体のやっとることに筋は通ってない。それは俺も思う。
でも、聞いた限りではカイト・ナオイ個人に対しての恨みのついでに国も巻き込むのは話が別や。
その行動に大義がない。先のことを考えてるとは思えん。
やから、そいつが何かヤラかす前に潰す」
エルフたちのトラウマを少しでも和らげる為、気遣いを欠かさないシルバだからこそ、彼女たちの痛みをよく理解していた。
アウルムでは、どうしても取り調べのようになってしまいカウンセリングのようなことは難しい。長期的に信頼関係を築いて、抱えている問題を吐き出させるという役目をシルバは担っていた。
追放者ゼロの行動によって彼女たちがどれだけ傷つけられたか、そんな人たちを更に増やそうとしている現状に怒りを募らせて、自分に言い聞かせるように言葉を絞り出した。
「……そろそろ休憩時間が終わる。私はこれにて失礼しよう」
「あ、ああ……そうやな。まあさっき言ったけど俺らと調査官として顔合わせることあっても知らんふりしといてな」
気まずい雰囲気になったタイミングでフレイが席を立つ。つい、熱くなってしまったとシルバは言葉を詰まらせながら続いて立ち上がる。
「分かっている。アウルム殿、すぐ帰れるのか?」
「目を閉じろ」
「またか……一体どこなんだここは」
そう不満をこぼしながらも目を閉じたフレイはアウルムの『虚空の城』から出て、路地裏に戻り兵士の詰所へと帰っていった。