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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
5章 エブリバディ・プレイザフール
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5-6話 命の値段



(まさか、あいつが英雄に回るとは……長時間の拘束に耐えられるだけの自信が……? いや、全員殺してでも生き残るつもり?)


 ゲーム開始時点からキーマンになることを予想していたアウルムの動向はチェックしていた。無駄に犠牲者を増やさぬよう、自らの答えを他の参加者に聞かせるようなことまでしている。


 つまり、頭は回るがお人好しで甘ちゃん。


 そう推理していたグゥグゥからすれば、相棒のシルバの解答をドンピシャで当ててこのゲームを乗り切るというのが一番自然な運びだった。そのはずだったが、当の本人は英雄の役割に周り、その相棒がかなり困惑を見せている。


 コンビ間で明らかに連携が取れておらず、シルバが頭を悩ませているという光景により困惑させられているグゥグゥだった。


 衝立で、シルバの表情こそ見えないがどう答えるべきか、明確なプランがあるようには思えない。横目でシルバの方に意識を向けながらグゥグゥは考える。


 制限時間は残り10分。自分で設定したとは言え、もう少し思考をまとめる時間が欲しい。いや、そんな事を考えているのが時間の無駄だ。


 刻一刻と迫る制限時間を前にアウルムという人間がどういった思考で行動するのか、それについて考察を重ねていく。


(こいつは絶対に、誰かが見殺しされるのは嫌な情に熱いタイプ……でもあっちは冷静で合理的な判断をする性格っすよね……)


 シルバであれば予測はつく。しかしアウルムの会話の節々から無駄な犠牲を出すことは好まないが、犠牲がどうしても出る場面ならば、それは自分の責任ではないと割り切り必要とあらば殺す。


 そういった思考が読み取れる。


(かと言って……50人ほんとに見殺しにしますかね? そんなことしたら相棒との関係が壊れるでしょうに……無関係の人間10人殺した方が被害は少ないんすけど、それも考えにくい……となると、必要最低限の犠牲。人間が飲まず食わずで生存出来るラインが3日。3日だけここに拘束されるようにするのがもっとも合理的な落とし所……)


 3日はギリギリ生存出来ると仮定して、5日から2日減らす。その為には金貨200枚必要となる。


 金貨200枚を獲得するにはグゥグゥとシルバの解答に最低でも2の差がないと成立しない。


 そして、50人全員助けるとなると50日分に相当する、金貨5000枚。日本円にして約5億円もの大金となる。


(50人を救い、自分たちも無傷で生き残るベストな勝ち方は英雄と賢者の答えを誤差なく合わせ、かつ、生存可能な日数での犠牲者数に抑える、そしてこちらとの誤差で金を支払い助ける……そういうことっすかねえ)


 しかしながら、全員を助けたいからと言って拘束日数を実現不可能な日数にすることは事前に禁止した。だから50日拘束されて2人ともその答えを合わせることは出来ない。


 また、無関係の者を10人殺し、50人生かすという選択も2人の関係性からして考えにくい。


(ということは……50人殺すまたは無関係の人間10人を殺すという非情な判断をしつつも、俺っちとの誤差から金を得て、その金で人を救うということですかね……さてさて、それは少し考えれば誰だってたどり着く答え。これではゲーム要素が少なく駆け引きにもならない……こちらを出し抜くような答えをしてくるはずっすよねえ……)


 あまりにも簡単過ぎる答えが出る。アウルムの倫理観の推測ではなく、ここまでは前提条件でしかない。


 ここから、アウルムという男がどうやって自分に揺さぶりをかけているつもりなのか、それを読み解く必要があると顎に手を当て支配人グゥグゥは考え始める。


(まず、相手の足を引っ張るならば極端な数字を出さないと誤差は発生しない。一方で極端な数字ほど外した時にこっちのデメリットが大きくなる。

 それはあちらも理解していると仮定するのが当然。そう思わせておいて、25人殺す判断をしてこちらが50人殺す答えを出させ、誤差を消すこともあり得る。


 50か25か、これが分岐となる。こちらがどちらを選べばいいのかの二択を迫っている勝負……違う! 待てっ! 待てっ……! そうじゃない!)


 深い思考の海の中にいたグゥグゥは一度海面に戻り空気を求める。


(危ない……読み違えをするところだった……! そもそも、俺っちはあいつの答えを推測するだけでいいが、あっちは相棒シルバがどういう答えを出すかを推測しながら答えを出すという前提条件が違う!

 アウルムの答えはアウルムの思考ではなく、シルバの思考をトレースした答えを出すだけッ!

 俺っちが『誘導』されていた……!?)


 そうなると、グゥグゥが考えるべきはシルバがどういう答えを出すかである。これで難易度はグンと下がる。


(俺っちがそこまで考えると予測しての提案だった訳っすね……でも、浅知恵でしたね……ククク……お疲れ様です)


 シルバという男が最終的に出すであろう答えを先んじて予測。


 支配人グゥグゥの解答は『50人から25人殺す』である。

 これで、アウルムの答えがシルバとグゥグゥの両方が一致した場合、アウルムの拘束時間は0日になってしまうが、グゥグゥとの解答の誤差がないせいで25人は殺す必要がある。


 金貨2500枚の手持ちがないことは明らかだ。そんな量の金貨を隠し持つことは出来ないし、それに値するような宝飾品なども無い。


 50人殺すという選択をすれば、もし外してしまった場合のリスクがあまりに大きい。

 アウルムの拘束日数が増えるリスクを選ぶ性格ではないシルバが50人という答えは考えられない。


 また、2人で答えを合わせるという問題の性質上キリの良い数字にするしかない。基本的には5の倍数以外の答えは変だ。というか、こちらの裏をかく以上の意味はない。


 10人という答えもあり得ない。10人殺す選択をするなら無関係の人間10人殺すことで50人が助かるからだ。10人殺したところで40人で40日、45日の拘束は誰だって死ぬ。


 0人も同上の理由プラス、ルールによって禁止されている。


 そこで中間の25人。こちらが50人殺すとの誘導、予測が前提の25日。差し引き0日にする計算かつ、リスクが50人より低い。

 半分は助かった。助けられた。そういう考え方も出来る。


 生きるか死ぬかの二択。生存率50%。大金を得るチャンスにしてはなんなら高過ぎる確率。


 妥当以上の落とし所。


(人命、リスク、金、全てのバランスが取れて合理的な答えが25人。この大勝負で敢えて25という中途半端な数にするという判断。アウルムも助け、他の参加者も助けられる最大の譲歩ラインが25ッ!

 それがシルバという男が出す答えッ! もし外れていてもこちらも答えは中間の25であり被害が一番少ないッ!

 アウルムッ! どうだッ!?)


 ***


「時間です、賢者さん解答は終わりましたよね?」


「……ああ」


 制限時間が来て、グゥグゥとシルバは解答をパネルに書き込んだ。


「では英雄さんの答えを記入してもらいます」


「その前に、シルバと支配人グゥグゥの解答を交換してお互いの答えを確認させろ。後から答えを変更することがないようにな」


 スポットライトに照らされるアウルムはグゥグゥを警戒した視線を送り、指示を出す。


「良いっすけど、あなたに答えを教えるような動きを感知した瞬間負けということにさせてもらいますよ?」


「聞いたな? シルバ、絶対に余計なことはするな。お前はグゥグゥの答えを確認してズルしないことを見張るだけで良い」


「分かってるって……ほな、答えの交換しよか……『25人か』…………」


 うるさそうにアウルムをあしらうシルバがグゥグゥの答えを見て表情が曇ったのをグゥグゥは見逃さなかった。


「『50人』!? ……これは予想外の答えっすね。ちなみになんで50人にしたか教えてもらえます?」


「ん? いや〜正直アウルムが何人殺すか、何人生かすかって考えれば考えるほど全然分からんかってギリギリまで悩んだんよな」


 シルバのパネルには50人を殺すという選択が書かれており、これはグゥグゥにとって完全に予想外──否、想定以上の馬鹿だと思わせられる答えだった。


 グゥグゥは自分の出すであろう答えをアウルムが当てるというゲームの本質すら捉えられていないシルバを過大評価した自分に恥じ入ったほどである。


「で、最後の最後に朧げながら『50』って数字が頭に浮かんだんよな……だから50にした。ま、アウルムなら50人殺してでも生き残る選択するのはあり得るしな」


「勘……ですか?」


「ああ……まあ、そう言われたら勘やな」


(馬鹿過ぎる……こんな馬鹿に命を預けたんすか……? 敵ながら哀れっすねアウルム……)


「……さてさて、それじゃ英雄の答えを出してもらいましょうか」


 グゥグゥはアウルムの方に身体を向けて答え合わせをする。


「頼むッ……アウルム頼むッ……!」


 拳を握り、相棒に希望を託す滑稽なシルバの姿が視界に入っているグゥグゥからは笑みが溢れる。


「良いだろう……俺が出した答えは『50人殺す』だ」


「何ぃッ!?」


「……よっしゃ……! よっしゃああああああ! グゥグゥは25人! 誤差が25人ってことは25人は助かる!」


「な、何故……そんな馬鹿なッ!? 25人は死んでもいいって判断するはずが……」


 シルバは無邪気にはしゃいで勝利に興奮する。最終的には勘で答えた50という数字に自信はなかったが故にアウルムが自分のその勘まで読み切った。流石は相棒と言う他のない冴え渡る答えに痺れていた。


 一方でグゥグゥは混乱していた。読みが完全に外れたことも、シルバが土壇場で決めたはずの50人という数字を当てたトリックも皆目見当がつかなかったからだ。


「よしっ! よしっ……ん? アウルム、お前の指で隠れてる部分なんか書いてるよな?」


 シルバは喜びの中、アウルムが持つパネルの指で隠れている部分に気がついた。


「これか? これはグゥグゥの答えを予測したものだ……25人。まあ、これが当たったからってボーナスがあるような約束はしてないから意味はないんだがな」


 ただのおまけだとアウルムは笑う。


 意味はない。そういうが、実際のところ意味はある。


 グゥグゥの答えまで読む。つまりこのゲームの結末まで予測どころか、完全にアウルムが掌握しておりグゥグゥはアウルムの掌の上で踊らされていたのを示していることに他ならない。


 これ以上ないほどの屈辱と心理的なダメージを負わせる目的があった。


「で、でも……25人は殺すんすよ? 良いんすね!?」


「待て……」


「いやいや! あなたが25人殺すって決断したんすから今更言い訳とかは聞きませんよ!?」


「金払え。25人の誤差だからまずは金貨2500枚払え。ゲームに勝ったんだから元々の賞金の金貨100枚も払え。2600枚払え」


「ッ!?」


 そこでグゥグゥは青ざめる。自身の手持ちでは金貨2600枚が支払えないことに。


 元々、差が出たところで50人の中から何人か助けてそれで差額の帳消しが可能という算段での参加。

 だが、全員殺す判断をしている以上、人の命と金を交換することが出来ない。


 というよりも、アウルムはそれを求めていない。


 最初から金目的。こちらを破産させに来ていた。


「クッ……仕方ないですねしかし金貨2600枚という大金を用意するにはそれなりに時間が──」


「ゲームにお前が負けた場合、プラスで金払えよ。払えへんかったら死ね。吐いた唾飲ませへんぞ」


 そして思い出すシルバの一言。


 それをアウルムが一言一句違わず口に出した。


「そして、お前は更にこう返事した『こんなしょーもないことで嘘ついてどうするんすか!』とな。今すぐ用意しろ貴様の都合なんかこっちには関係がない」


「ッ! 25人との命と交換で良いんじゃないすか!?」


「ああ、金をもらったら何人助けるか検討する。このゲームはお前との解答の誤差により金がもらえるルール。つまり、その誤差で得た金で人の命を救うという道が残っていたという前提で話が進んでいる。


 だが、残念なことに俺たちにそんな手持ちがないことは明らかだ。お前がまず金を渡し、その金で人を助ける。

 これが正当な手順。

 第4の試練の際にゲームが終わった瞬間に金が支払われるシステムだったのだから、後日支払いなんて寝言は聞かない」


「どうしたん? 払えへんの? 俺、払えへんかったら死ねって言ったよな? 約束破るん? えっ? 約束破るんかって聞いてんねん……おいコラァッ! 答えんかいボケオラァッ!? アァンッ!? 吐いた唾飲ませへん言うとるやろうがオィッ!」


 烈火の如くシルバが激昂する。


 払わないのではなく、払えない。しかし払うという約束をした以上、グゥグゥの行動はシルバの『破れぬ誓約』の違反である。


破れぬ誓約(マイルール)』──発動。


 グゥグゥ、それを操作する中の勇者まで誓約は及び行動が不能となり、シルバの指示通りにしか動くことは出来ない。


「出てこいッ! オイッ! 中身のお前やァッ! ダッシュでここまで来いッ! ケジメつけろダボがッ!」


「終わったな……」


 行動を完全に支配されたグゥグゥはもう誰かを殺すことは出来ない。


 よって金が支払われようが、支払われまいがこれ以上犠牲者は出ない。何人殺すかの選択など意味がなく、こうなりさえすれば勝ちは確定していた。


 これがアウルムの描いた結末のシナリオだった。

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